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2017年7月 8日 (土)

当然の最高裁判決ですが

  以前にこのブログでも紹介したことのある医師の割増賃金に関する事件について,最高裁判決が出ました(平成28年(受)第222号地位確認等請求事件,平成29年7月7日第2小法廷判決)。結論は予想どおりで,これまでの判例の踏襲です。下級審が,割増賃金込みの合意を認めていたのを覆し,通常の賃金の部分と割増賃金の部分との判別(分別)性がないので,割増賃金が支払われたものと認めることはできないとしました。前にも書いたように,高裁判決は,LSの学生が書けば不可となるような内容で,判例変更がされることを期待してチャレンジしたのならともかく,業務の特殊性とか年俸額が高額であるとか,「雰囲気的なこと」で病院を勝たせてしまっていました。最高裁はお灸をすえたのでしょう。
 この事件は,個別的デロゲーション(derogation)の論点(ここでいうデロゲーションとは,法の保護規制があっても,労働者が真の自由な意思による同意をしていれば,その保護規制を下回る場合でも有効としてよいということ)として採りあげられるべきでした。労基法37条に関する判例の示した判別性の基準は,強行規定の解釈を示した判例なので,強行性があります(ここでの強行性とは,当事者の合意で,労働者に不利な内容にできないこと)。業務の特殊性とか高い賃金額であるといった理由で,その例外を肯定できないのは当然のことです。医師が特別なんて言い出すと切りがありません。せいぜい立法論です。
 解釈論としてアタックするなら,ここはシンガー・ソーイング・メシーン事件や日新製鋼事件の最高裁判決を援用されるべきでした(拙著『最新重要判例200労働法(第4版)』(弘文堂)の第91事件と第92事件)。この2判決は労基法24条の賃金全額払いの原則に関するものです。すでに最高裁は使用者が労働者に対して有する債権での相殺により賃金を減額することを24条違反としていました。そのため,相殺に労働者が同意をしていても強行性に反するので無効となるはずだったのですが,最高裁は,上記の2判決で,まず労働者からの賃金債権の放棄について,ついで合意による相殺について,自由な意思に基づく場合には有効と判断したのです。
 実は割増賃金の判別性との関係では,テックジャパン事件の最高裁判決(前掲拙著の第104事件)で,労働者の放棄の自由意思性も争点となり,結論として自由意思性が否定されていました。そこでなされたのは,将来の額もはっきりしない割増賃金請求権の放棄は自由意思によるものとはいえないという判断でしたが,本件では,ここをもう一度採りあげて,自由意思論で攻める手はあったのではないかと思うのです。病院側弁護士は,ひょっとしたら,そういう主張をしていたのかもしれませんが,そうだとすると最高裁が,そこを完全無視したのは,たいへん問題です。
  今回の判決により,立法論としてホワイトカラー・エグゼンプションの議論を加速する可能性があるという意見もありますが,従来の判例が確認されただけで,プロの目からは衝撃度はほとんどありません。そもそも,医師は研究職を除きエグゼンプションの対象にすべきではないと考えています。むしろ大切なのは,解釈論としてのデロゲーションの議論をしっかり進め,本件での医師の業務の特殊性や高額年俸などは,労基法37条(に関する判例)と抵触するような合意の自由意思性の判断に盛り込んでけばいいのだと思います。それは法改正をしなくても解釈として十分に可能であり,しかもそのほうが,事案に応じた妥当な処理ができるでしょう。今回は,最高裁に,そういう解釈をとらせることができる絶好のチャンスだっただけに,非常に残念でもあります。
  こういう事件は,たんなる当事者間の紛争ということではなく,国の政策にもかかわるきわめて重要なものです。高裁判決の存在を知らなかったのは私の不覚ですが,知っていれば研究会で報告して評釈を書いて,最高裁に,この論点で何らかの判断をしてもらえるよう挑戦したかったところです(私の評釈を読んでもらえるかどうかわかりませんが)。判例情報の早期収拾の必要はないと前に書いてしまいましたが,こういうこともあるとなると,速報の入手も大切ですね。

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