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2017年7月30日 (日)

第135回神戸労働法研究会その1

 1カ月以上前の神戸労働法研究会のことを書いていませんでした。
 一人目は,特別ゲストで,神戸大学大学院法学研究科の行政法担当の興津征雄教授に来ていただき,神奈川労基署長(医療法人総生会)事件・東京地判平成29年1月31日(平成26年(行ウ)262号)について報告してもらいました。以前にブログでこの判決の速報情報を流したことがありますが,そのときの情報提供元のO教授とあったのが,興津教授でした。主たる論点は,行政法上の「違法性の承継」(先行処分の違法性を,後の処分の違法性を争う手続で主張することができるか)ですが,労災認定の支給決定に対して,使用者に取消訴訟の原告適格を認めるという驚くべき判断がなされていることから,労働法上も無視できない判決となっています。ということで,これは行政法と労働法がまさに交錯する事件であると思い,私たちの研究会に行政法の先生を招待したのです。
 事件は,労災の支給決定がなされたあとの,労働保険料認定処分において,使用者側が,メリット制の適用を受けて増額された保険料に不満をもち,労災支給決定の違法性を主張して,保険料認定処分の取消を求めることができるかが問題となったものでした。
 行政処分の公定力からすると,労災支給決定処分の違法性を争うのは,その支給決定の取消訴訟の手続であり,取消訴訟の期間が経過すれば,もはやその処分の効力を争うことができなくなります。したがって,労働保険料認定処分の効力を争う手続において,労災支給決定処分の効力を争うことはできないのが原則です。しかし,労働保険料の認定処分にはメリット制が適用されるため,労災支給決定処分は後続の保険料認定処分と密接に関係しています。このような場合,後続の保険料認定処分の取消訴訟で,先行する労災支給決定処分の違法性を主張できる(これを,違法性の承継という)のではないか,ということが問題となりました。
 もっとも,これまでの実務では,労災支給決定について使用者が取消訴訟を提起することはできないとされてきました。使用者は手続の名宛人ではないからです。不服申立の適格もないし,取消訴訟の原告適格もないとされてきました。そのため使用者から支給決定処分の違法性を争えないのなら,違法性の承継の前提がないということになりそうです。 もっとも,行政法上,使用者の原告適格を否定するのが妥当かというと,実はそうではないようです。興津教授の報告によると,手続の名宛人ではなくても,行政処分の法的効果により権利の制限を受ける者は,行政手続法9条1項の原告適格の要件である「当該処分又は裁決の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者」に該当するという解釈が行政法学上有力だそうで,そうすると労災支給決定の法的効果としてメリット制により保険料増額という影響を受ける使用者は,当然,原告適格が認められることになります。これが行政法上の堅い結論であるとすれば,原告適格を否定するうえでは,労災保険の特殊性をいかにして説得に主張するかがポイントとなります。おそらく,それはきわめて困難であり,本判決も,原告適格は肯定しました。
 すでにレンゴー事件で,最高裁は,取消訴訟の補助参加人として使用者が参加することは肯定していました(最決平成13年2月22日)。民事訴訟法42条によるもので,適用条文は違うものの,実質的には,メリット制の影響を受ける使用者の利益を考慮した手続保障という考え方は,すでに最高裁のとるところだったのです。これを素直に展開していくと,原告適格を認めるのは当然のことといえます。
 では違法性の承継については,どうでしょうか。ここからは純粋な行政法の論点となりますので私は素人ですが,興津教授は,手続保障について特定事業主と被災労働者のどちらの保護を重視するかという価値判断が決め手となるということでした。そして少なくとも支給処分取消訴訟の原告適格が認められないのなら,違法性の承継は認めるべきということです。本判決は,逆に原告適格を認め,違法性の承継は否定するというものでした。被告である国側は,原告適格も違法性の承継も認められないと主張していましたが,これは不当というのが興津教授の見解でした。
 いずれにせよ,本件では事業主のほうに取消訴訟ができた期待可能性はないのであり(実務上原告適格が否定されていたため),この判決が原告適格を認めたからといって,本件での事業主のほうの手続保障が十分であったとはいえないはずです。判決は早期確定の必要性にも言及していますが,興津教授は,もらえないはずの給付をもらえるという正義に反する結論が,早期確定の要請を上回るとは考えられないという趣旨のことも述べています。行政法の観点からは,事業主が,不当な行政処分に対して十分な救済を受けられないことの不正義のほうが重要と考えられるようです。ここでは,事業主と労働者との関係だけをみる労働法と,市民と行政という関係でみる行政法との視点の違いがあって興味深いところでした。
 行政法の事件でしたが,素人にもわかるように非常にわかりやすく説明してもらったので,問題点がよくわかり,たいへん勉強になりました。やっぱり,こういう異業種交流はいいですね。

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