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2017年6月15日 (木)

小嶌典明「労働組合法を越えて」を読み直す

 私が研究者として駆け出しだったころ,学界で最も独創的な研究成果を発表されていたのは,小嶌典明さんでした。とくに憲法28条をめぐる解釈に正面からとりくんだ二つの業績は,いまなお輝いているように思います。一つは,日本労働研究雑誌333号の「労使自治とその法理」(1987年)です。この論文は,多数決主義の観点から,複数組合主義に疑問を提起したもので,今日でも,なおこの論点はまだ解決しているわけではありません(たとえば奥野寿「少数組合の団体交渉権について」日本労働研究雑誌573号(2008年)も参照)。これについては,私は小嶌説には反対の立場で,小嶌説は,アメリカンな香りが強い論文かなという印象をもっていました。
 もう一つが同雑誌の391号の「労働組合法を越えて」(1992年)です。当時,この論文が出たときに大きな衝撃を受けたことを覚えています。
 この論文は一体何だ???,という感じでした。最後の結論は,「憲法28条はプログラム規定だ」ということで,憲法28条の団結権から,さまざまな労働組合の法的権利を導き出そうとしてきたプロレイバー的労働法学にとって,その言い方は気にくわなかったことでしょう。しかも従属労働者の権利の牙城である憲法28条が,事業主も享有主体となるとはありえない!,ということだったでしょう。
 小嶌さんの主張の骨格は,簡単にいうと,憲法28条の「勤労者」概念を見直そうよ,ということでした。戦後の農業協同組合法,中小企業等協同組合法などの立法における団体協約規定,さらに,団体交渉規定を確認しながら,「経済上の弱者がその取引において実質的平等の立場を確保するために団体交渉という方法がとられている」という立法の流れを確認し,憲法28条は,典型的な労働者以外にも,農民,漁民,中小企業者なども視野に入れて,団体交渉法制を立法化していくという壮大なプログラムをもつ規定だったのだと指摘しているのです。論文の最後は,「憲法28条がかりにプログラム規定にとどまるにしても,その少なきを補って余りある夢とロマンが,このプログラムにはある。筆者はそう信じてやまない。」で結んであります。そのとおりです。ロマンある解釈です。
 そして,このロマンを,私も含めほとんどすべての労働法研究者は共有していなかったところに問題がありました。ところが,いまこのロマンある解釈は,再び表舞台に立とうとしています(というか,そういう議論をしたいと思っています)。
 いま,フリーランスの団結,インディペンデント・コントラクターの団体は,法的にどう扱われるか,という問題が浮上しています。2011年4月12日の最高裁2判決(拙著『最新重要判例200労働法(第4版)』(弘文堂)の第138事件を参照)が,個人業務委託契約のような類型の就労者を労働組合法上の労働者と認めたことから(もともとその解釈には無理はありませんでしたが,高裁が違う判断をしていたのです),経済的に弱者である事業者の団結を,どう理論的に位置づけるべきかへの関心が高まってきました。労働法サイドでは,労働者概念の話ですが,独禁法(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律)サイドからは,事業者概念の話になります(荒木尚志「労働組合法上の労働者と独占禁止法上の事業者-労働法と経済法の交錯問題に関する一考察」菅野和夫他編『労働法が目指すべきもの』(2011年,信山社)も参照)。
 ところで,アメリカの労働法の歴史をみると,反トラスト法(独禁法)の歴史(シャーマン法,クレイトン法)と労働組合とは密接な関係があったのですが,少なくとも日本法では,憲法28条により,労働組合は承認されている(と解されている)ので,独禁法の問題は出てこないし,出てきたとしても,いわば合憲的例外とする解釈が可能だと思っています。では,協同組合はどうなのか,です。小嶌説をベースにすると,同様に合憲的例外論によることができます。そもそも,たとえば中小企業協同組合は団体協約を締結することができ,相手方は誠意をもって交渉に応じなければならないので(9条の2),まさに労働組合と同じような扱いです。小嶌論文は,憲法次元では労働組合と協同組合の違いはないとみているのです。同論文では,独禁法との関係は正面からは扱われていませんが,交渉力格差の是正による実質的平等の実現ということでいえば,自営業者の団結を独禁法の例外とすることは憲法によって根拠づけられるという論法は十分に立ちそうです。
 もっとも独禁法のほうでは,労働者は事業者ではないというところで,整理がついているようです(前述のように適用除外規定の存在の説明は難しいのですが)。ただ,現実には,労働者か事業者かが明確でなくなってきており,2011年の2判決もそういう事例でした(楽団のオペラ歌手,カスタマーエンジニア)。そうなると,この二分法で白黒を無理矢理決するのではなく,より実質的にみて,独禁法の例外とすべき(広義の)勤労者の団結とはどういうものかを正面から論じる必要があるように思います。そのとき,あくまで競争法のロジックに則って,競争を制限しない,あるいは競争を促進するということから例外扱いとするのか,それとも交渉力の弱い者は例外的にカルテルを認めるという保護法的発想で対処するのかは,理論的に大きく異なるところです。小嶌説だと後者になりそうですが,競争法学者はどういうでしょうか。こうみると,これは独禁法の問題ではありますが,労働法学が乗り出して議論すべきテーマにも思えます。
 最近,労働組合法の研究者は激減していますが,私はまだまだやることがあると考えていて,院生にこのテーマで研究しないかと呼びかけているところです。「文献研究」をし,昔の優れた論文を見つけ出し,新たなインスピレーションを得るということの重要性を,若い研究者にはぜひ再確認してもらいたいです。

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