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2017年6月14日 (水)

厚生労働省の報告書を読み,日経の社説を読み,金銭解決を考える

 厚生労働省が先月出した「透明かつ公正な労働紛争解決システム等の在り方に関する検討会」報告書を読んでみました。とくに後半の解雇の金銭解決をめぐっては,肝心のところは,対立する意見がそのまま掲載されていて,議論が難航し,統一的な方向性をなかなか打ち出しにくかったことがうかがえます。とりまとめは大変だったでしょうね(座長の荒木先生,ご苦労様でした)。委員のメンバーの数が多く,これだけの人が集まれば,仕方ないところでしょう。ということは,こういうメンバー体制で検討すること自体に問題があったのかもしれません(あるいは暗礁に乗り上げることを見こしていたのでしょうか?)。
 報告書の内容をみてみると,実は出発点で自分の手を縛っていることがわかります。検討事項は,「解雇無効時における金銭救済制度の在り方(雇用終了の原因,補償金の性質・水準等)とその必要性」でした。不当解雇を無効とするという出発点を固定してしまうと,手続的な問題をはじめ,細かい法技術論に入り込んでいきます。本報告書では,そのような論点にもかなり紙幅が割かれています。この出発点は動かせなかったのでしょうね(もともとは,この検討会は,「「日本再興戦略」改訂2015」の指示で始まったもので,政府の縛りが強かったことがうかがえます)。したがって,いわゆる事後型の規制にしたときにどういう設計が可能かのシミュレーション作業がメインとなり,これならば法律家中心に若干の実務家を入れてやればよかったのかもしれません(訴訟手続,バックペイ,労働契約終了時などは,法律家が好みそうな論点ですが,その他の分野の人にとっては退屈ではなかったでしょうか)。
 本報告書では,労働者申立てだけでなく,使用者申立ての可能性についても一応検討されています。一つ気になったのは,意見の一つとして出ていたもので,それは差別的解雇のような場合には,労働者申立ても本来認めるべきではない(法規範的にどう正当化するは非常に重要な問題である)という指摘です。ただ,これをいうと,差別的解雇をするような会社にこそいたくないと考えている労働者もいるでしょうから,結局,自らの意思による辞職となって,金銭的な代償を得られなくなる(自力で交渉して得るしかない)ので,かえって酷な結果にならないかという懸念が残ります。 
 報告書で興味深いのは,制度設計の議論をしたうえで,最後に前提となる「解雇無効時における金銭救済制度の必要性」を論じている点です(論理的には順番は逆ですよね。必要性がないという結論になれば,制度設計の部分は議論する必要はないので)。報告書では,この「必要性」について,「解雇紛争についての労働者の多様な選択肢の確保等の観点からは一定程度認められ得る」として,慎重ながらも積極説に立っていることに注目したいです(最後の1段落では,消極派の意見をとりあげて,これも十分に考慮することが適当であると結んでいますが,これは消極派の顔を立てた「リップサービス」だと私はみています。ただ,消極派のいう労使の合意の重要性については,私も否定しませんが)。この表現のなかに,使用者申立ての可能性を含んでいるのかはよくわかりませんが,個人的には,いつも書いているように,使用者申立てがなければ意味がないと思っています。
 ところで6月4日の日本経済新聞の社説は,「解雇の金銭解決制度は必要だ」と述べ,金銭解決の応援団として登場してきたのですが,その内容がちょっと悩ましいところです。悩ましいというのは,社説では,労働者申立ての金銭解決を,不当解雇で困っている労働者を助けて,再出発を促すものとして評価する視点を前面に出しているからです。
 労働者申立てを認めるというのは,不当解雇のときに,労働者のほうが,解雇無効(原職復帰)か,金銭補償を選択できるということです。企業としては,解雇をした労働者が解雇無効を主張してくるか,金銭解決をしてくるか予想がつきません。解雇により信頼関係が破壊されているときでも,なお労働者が解雇無効を求めてくる可能性があります。そうなると結局は金銭解決に向けた交渉となり,そのコストは大きなものとなるので,企業は必要以上に解雇回避的に行動するでしょう。また法律で補償額を高く設定すると,労働者は金銭補償を選択してくる可能性が高くなりますが,それだとやはり,企業のほうが容易には解雇をせず,人材を抱え込むようになるでしょう。どっちにしても解雇が起こりにくくなります。もちろん,それでいいのだという見解はたくさんあるでしょうが,日経新聞の社説はそういう立場ではないと思います。報告書は労働者の選択肢が増えればいいというスタンスですが,日経新聞もほんとうにそれと同じでしょうか。
 解雇の金銭解決をみるときの重要な視点の一つは,第4次産業革命をにらんで今後の労働市場の大改革が進むなか(もちろん労働力人口の減少という問題が背景にあります),人材が衰退部門で滞留することを防がなければならないということなのです(この視点は,以前にWedgeで書いたことがありますし,拙著『AI時代の働き方と法-2035年の労働法を考える』(弘文堂)の第5章も参照してください)。そのためには,ある人材を抱え込むか,それとも別の仕事で再出発してもらうかは,企業のほうで判断できるようにしなければならないのです。もちろん解雇された労働者の再出発は大変なので,政府の雇用流動型政策のいっそうの推進は必要ですし,企業の支払う金銭補償も十分なものとしなければなりません。その意味で,金銭解決は,企業にも痛みを負担してもらう制度としなければなりません。ただ,労働者の選択肢の多様化については,制度導入のメリットの一つではあり,世間を説得するうえでの論拠とはなりますが,そこを軸として制度を考えていく,この制度が本来もつべき本質的なメリットを発揮できなくなるおそれがあります(もちろん差別的解雇のような場合には,使用者申立てはダメで,労働者申立てのみ認めるべきというように,解雇のタイプにあった細かい議論をする必要はあります)。
 労働者申立てしか認めないという制度(労働者選択制)と,使用者申立ても認めるという制度(不要と判断した人材には,たとえ解雇が不当とされても,しかるべき金銭補償をしたうえでやめてもらえるようにする制度)とでは,金銭解決の意味はまったく異なるのです。ほんとうは,ここから先の議論があるのですが,それは私たちの研究成果の発表を待っていてください。

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