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2017年6月18日 (日)

北原恵海『ちょっと今から仕事やめてくる』

 北原恵海『ちょっと今から仕事やめてくる』 (メディアワークス文庫) を読んでみました。つらい会社員生活をしている人には,身につまされる小説でしょう。
 青山隆は,中堅の印刷会社の新入社員でした。別に入りたくて入ったわけではない会社ではありましたが,自分を採用してくれた会社のために頑張ろうと当初は前向きでした。
 ところが現実は厳しかったのです。新入社員ならばミスがあって当たり前なのに,怒鳴り散らしてばかりの部長。部長がなかなか退社しないために,連日残業。おまけに休日でも平気で携帯電話をかけてきて,取引先のクレームの責任をとるようにヒステリックに電話の向こうで叫ぶ。
 こんな毎日で,青山は,自分の時間などなく,いつしか笑うことも忘れてしまっていました。満員社員にゆられて,こんなはずではなかったと思いながらも,まだ半年しか勤務していない会社を辞めることもできず,徐々に追い込まれ,駅のホームでふらふらとしていた彼の前に,突然「ヤマモト」という男が現れました。小学校の同級生だったということで話が盛り上がります。ヤマモトと話しているうちに,青山は人生に前向きになれそうになっていたのですが,そんなヤマモトに疑惑が生じてきます。ヤマモトのことについて記憶がなかった青山が,小学校のときの友人に問い合わせるなかで,小学校時代に山本という同級生はいたものの,その同級生は海外にいることがわかったのです。そのことをヤマモトに問い詰めると,彼は自分の名は山本だが,別人であるとあっさり白状したのです。さらに彼は自分は山本純という名であると明かしたのですが,青山が山本純を調べていると3年前に死んでいることがわかりました。目の前にいるのは幽霊の山本なのでしょうか。
 ということで話が展開するのですが,もちろん山本は幽霊ではなかったのです・・・。
 山本は親身になって青山の仕事ぶりを心配し,会社を辞めることを勧めます。そして自殺をしようとしていた彼に,そんな早まったことはせず,自分を大切に育ててくれた親のことを思い出せといいます。このアドバイスが青山を変えていきます。そして,ついに青山は,部長に啖呵を切って会社を辞めます。ヤマモトにそれを報告しようとしたとき,彼はすでに姿を消していました。山本はいったい何者だったのでしょうか。その後,青山は無事転職します。
 就職前の若者にも,就職して悩んでいる人にも,ぜひ読んでもらいたいですね。先週火曜の労働法の講義は「労働契約の終了」がテーマだったのですが,そこで私は「いつでも辞めていい」という知識が大切だと,力説しました。一般の人に労働法で教えるべきことを一つ選べと言われたら,期間の定めのない契約においては「辞職の自由があること」だ(民法627条)とも,授業中に述べました。
 この小説は,まさに辞職していいんだよ,ということを伝えてくれています。たしかに,誰にでも山本のような人が近くにいるわけではありません。でも,たとえ彼女がいなくても,友達がいなくても,いつも自分の味方になってくれる人がいるということを思い起こしてほしいのです。それが母親であり,父親なのです。青山はそれを知って,人生をリセットできました。みんな幸福をめざして,少しは自分勝手になってもいいのです。会社に人生を捧げる必要はありません。

 今日は,法政大学でJIRRAの研究会がありましたが,移動中や総会の合間や休憩中に時間をみつけて,スマホのKindleで,読み終えることができました。研究会のまじめなアカデミックな議論と,この小説は,私の頭のなかでは奇妙に共鳴していました。 ★★★(軽く読めるが,メッセージは重く,ちょっとミステリー的要素もあって味わい深いです)

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