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2017年4月

2017年4月30日 (日)

まずまずのスタート

 今期の阪神タイガースは,4月を終わって,14勝10敗で貯金が4。どのチームにも負け越しておらず,まずまずのスタートでしょう。マテオ→ドリスの抑えのリレーが安定していて,必勝型があるのがいいです。岩崎,藤川,松田,高橋もよく,さらに金本監督のお気に入りの桑原が新戦力として大活躍です。先発は,メッセンジャーが今年は快調で勝ち星もついており,ローテーションは岩貞,能見,藤浪,秋山,青柳で回しています(横山も使えそうです)。秋山が4月はエース級の安定した活躍でした。能見は勝ち星に恵まれず,青柳は不安定ですが,今後に期待できます。藤浪も2勝しており,これで岩貞が復活すれば(JOSHINの呪い[JOSHINのCMにでれば活躍しない。昨年の藤浪,上本,梅野は総崩れで,今年から梅野が岩貞に代わった]がなければいいですが),投手順はそこそこいけるでしょう。
 打線は外人抜きの国産(ここ数試合はキャンベルが使われていますが)で,上本が今年は好調ですし,鳥谷も前半は飛ばしました。何と言っても糸井の安定感はばつぐんで,糸福留とのコンビは相手投手に脅威となっています。今年からファーストコンバートの原口はここまでは不調ですが,そのうち調子をあげてくれるでしょう。レフトは高山がやや不調で,途中から中谷との併用となっており(中谷は原口とも併用されています),和製大砲の中谷のこうした使い方はかなり贅沢で,よい競争になっています。ショートは,北条は打率は低いですが,監督が辛抱強く使っています。糸原というライバルもいますが,チャンスをつかみきれていませんね。捕手は梅野で固定する方針のようです。梅野は捕手としての力は上げていますが,いくらなんでも2割は打たなければ使っていけないでしょうね。江越,大和など使ってみたい選手を十分に使えないくらいの状況ですが,ただ安心はできません。戦力的にみると,WBC疲れの筒香のDeNAや山田のヤクルトがまだ眠っている状況であり,これらのチームと戦力的には大きく違うとは思えません。広島がこのままもたついてくれていると,セリーグはパリーグと同様,大混戦になるかもしれません。とくに阪神は,夏場になると,福留にはいっそうの休養日が必要ですし,鳥谷は好不調の波が激しく,サードの守備が不安定なのに,連続試合出場などで使い続けられるであろうことから,ここがウイークポイントにならないか心配です。

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2017年4月29日 (土)

水町勇一郎・緒方桂子編『事例演習労働法(第3版)』

  水町勇一郎・緒方桂子編『事例演習労働法(第3版)』(有斐閣)をいただきました。いつもどうもありがとうございます。私も弘文堂から編著者として『労働法演習ノート』(弘文堂)を刊行していますが,こちらはまだ1回も改訂しておらず,差をつけられてしまいました。有斐閣のこの本のほうは,試験問題的な要素が強い感じがしますね。弘文堂のほうは,実際の生の事例を読ませるということを主眼としていますので,目的が違います。教師は試験問題を作る場合には,解答から逆算して作るので,事実関係にあまり無駄がありません。有斐閣の設問にはそのような印象を受けます。弘文堂のほうは,できるだけ逆算しないように作ってほしいというオーダーを執筆者に出していました。解答に関係のない事実もいっぱいあるため,それだけ内容は難しくなっています。ただ事実関係がリアルになり,ときには現実を先取りしているような設問もあります。
 いずれにせよ有斐閣の本のほうは,手堅く勉強するには適しています。Checkpointのところも,非常に適切なものが多く,独習にも向いていると思いました。弘文堂の本のほうは,ゼミなどで活用したり,議論をしたりする場合の教材用という感じです。私たちのほうは当分は改訂する予定がありませんので,余裕のある方は有斐閣の本と併用してもらえればと思います。

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2017年4月28日 (金)

休日労働の抑制

 昨日の労働政策審議会(厚生労働相の諮問機関)の労働条件分科会で,厚生労働省が休日労働の抑制を労働基準法の指針に明記する案を示した,という記事が日本経済新聞の昨日の夕刊と今日の朝刊に出ていました。残業時間の特例の上限を原則,年720時間とするなかに休日労働分が含まれず「抜け穴」との批判があったことに対応したもののようです。
 分科会に要請したいのは,三六協定を維持するならばそれでよい(私は本来は不要論です)が,それならば,時間外労働や休日労働は法定労働時間の例外であるということをもっと強く打ち出すことです。私が考えていた絶対的上限はもっと厳しいものだったので,現在の案では実質的には絶対的上限とは言えないようなものです。それならば,法の本来の趣旨に立ち返り,法定労働時間や法定休日を超えることは例外的なことであるということを明記してはじめて限度時間やさらに特例の720時間といった数字が多少は許容可能なものとなっていくと思います。最初から年720時間まで時間外労働ができるというような印象を与えてしまってはいけません(マスコミの報道の仕方の問題もあるのでしょうが)。
 そう考えると休日労働について,抑制的であるべきだという程度のことでは不十分で,労基法35条の週休制が原則なのだということが,もっと強く打ち出されなければなりません。私は休日労働については,おそらく連合もびっくりの強硬派です。
 かつて『君は雇用社会を生き延びられるか-職場のうつ・過労・パワハラ問題に労働法が答える』(2011年,明石書店)では,私は週休制の徹底を主張していました。そこでは具体的には変形休日制(4週で4休日[労基法35条2項])を廃止すること,休日労働については代休を義務づけることを提案しています(192頁以下)。その後の『雇用改革の真実』(2014年,日経プレミアシリーズ)では,週休1日の徹底と休日労働の原則禁止を主張しています(186頁)。しかし,こうした提案はまったく相手にされなかったので,その後の『労働時間制度改革-ホワイトカラー・エグゼンプションはなぜ必要か』(2015年,中央経済社)では,主張を緩和させて,変形休日制は4週間単位ではなく2週間単位とすること,休日労働についても時間外労働と同様のガイドライン方式を導入することなどの提案をしています(200頁)。ガイドライン方式は,同書のなかで,時間外労働について定めた内容と平仄をあわせるため,三六協定や割増賃金に代わる事前規制方式を休日労働でも取り入れるべきだとしたのです(休日労働命令の不意打ちを避けるようにするねらい)。しかし心のなかでは,明石書店で書いたような代休の義務化という提案は依然として魅力的だと思っていました。ただ経営者側に聞くとそれは無理だとほぼ異口同音だったので,現実性が乏しいと思っていたのですが,現在の働き方改革の流れの中では,確実に休日を与えるという主張が,ひょっとしたらもっと受け入れやすいかもしれないと思うようになっています。
 いずれにせよ休日についての法の原則は,労基法35条1項の「使用者は,労働者に対して,毎週少くとも一回の休日を与えなければならない」です。休日に労働をさせることは,この原則に反するものなのだという原点から議論を進めてもらいたいです。そうすると休日労働があることを前提にその抑制をするのではなく,努力義務程度であれば,むしろ代休を付与するよう努める,といったことを書いてもらいたいものです(代休を付与するならば,休日労働はそれほど強く抑制する必要はなくなります)。同じことは,休日の事前振替(現行法上も就業規則等に根拠規定があれば可能)に着目することでもよいのです(もっとも安易に事前振替がされるようだと,不意打ち的な要素があるので問題ですが)。
 厚生労働省が休日に着目してくれるのは有り難いのですが,着目の仕方には注文をつけさせてもらいました(もちろん,会議では,すでに私の述べたようなことをふまえた議論がされていたのかもしれませんが)。いずれにせよ,休日労働に対する強い規制を加えていこうとするならば,私は応援していきたいと思います。この休息という観点から,さらに年休改革にもつなげてもらいたいですね(もしまだならば,『勤勉は美徳か-幸福に働き,生きるヒント』(光文社新書)の第6章「休まない労働者に幸福はない」も読んで,問題意識を共有してもらいです)。

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2017年4月27日 (木)

藤井ブーム到来か

 藤井聡太四段の炎の七番勝負の最終局,羽生善治三冠戦は,先手の藤井四段の圧勝でした(収録はすでに2月になされていたようです)。途中で,角桂と金の交換という駒損をするのですが,持ち駒の金を中段に打って攻め,銀も相手の2枚の角を狙って攻め上がり,最後は銀3枚と角で羽生玉を追いつめました。羽生三冠は最後は藤井玉を追い込みましたが,藤井四段は余裕でかわした感じです。ソフトの評価値も,1回も藤井四段の優勢は動きませんでした。力強さを感じる将棋で,これは大変なことになりました。名人になるには順位戦を上がっていかなければならないので5年かかりますが,最高賞金の棋戦の竜王戦は初年度からいきなり竜王になるチャンスがあるので,藤井竜王が誕生するかもしれません。藤井竜王といえば,藤井システムで竜王を奪取した藤井猛九段が有名ですが,もう一人の藤井の登場です。マスコミもこの話題を逃していません。ワイドショーでも扱われています。フィーバー到来という感じです。
 藤井四段の目下の敵は,すでに佐藤天彦名人と渡辺明竜王となっているのかもしれません。羽生三冠も佐藤康光九段もやっつけたいま,その次の世代のトップ棋士が照準でしょう。ここにあっさり勝つと,世代交代が一気に進むことになります。
 そんななか昨日の棋王戦の予選では平藤真吾七段との対戦がありました。平藤七段も相当頑張って,藤井四段は一見危なさそうでもあったのですが,しっかり読み切って勝ちました。これで14連勝です。これからは相手もいっそう必死になるでしょうが,藤井四段の力は頭一つ抜けている感じですね。
 一昨日は,棋聖戦の挑戦者決定戦もありました。糸谷哲郎八段と斎藤慎太郎七段の関西若手どうしの対戦があり,終盤はこじれましたが,1分将棋のなか,いったん逆転されたのを再逆転して勝ちました。これで斎藤七段はタイトル戦初登場です。昨年も永瀬拓矢六段が初挑戦して,羽生棋聖にあと1勝まで追い込んでいます。ただ,この最後の1勝が若手にはなかなか難しいのです(佐藤天彦名人もそれでいったんは敗れたあと,名人の奪取につながっています)。藤井四段の炎の七番勝負では負けてしまった斎藤七段ですが,タイトル戦での活躍を期待しましょう。
 藤井フィーバーで,昨年の三浦事件のネガティブな印象を払拭できそうです。棋界のホープを大事に育てていってもらいたいです。

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2017年4月26日 (水)

柚月裕子『パレートの誤算』

 柚月裕子『パレートの誤算』(祥伝社文庫)を読みました。この小説は,社会派ミステリーの範疇に属するのでしょう。少し前に紹介した『最後の証人』の著者の作品です。
 本のタイトルは,経済学でよく出てくるパレートの法則からきています。パレートの「2対8の法則」は,実は拙著『雇用社会の25の疑問-労働法再入門-(第2版)』(2010年,弘文堂)では,公務員に関して,2割の優秀な人が,全体の8割に貢献をしているという例で援用していました(201頁)が,この本では,公務員の立場(警察官と市役所のケースワーカー)から,市民に対して述べられており,どんなに生活保護を支給しても堕落する市民は後を絶たないので生活保護は無駄とする考え方(働きバチの法則)と,社会に貢献できていない2割以外の人も怠けているわけではないという考え方とが対置されています。パレートは,社会現象を分析して述べたにすぎず,別に2割の人がダメだという評価しているわけではないのに,そう誤解されているとして「誤算」というタイトルをつけたようです。
 
 ベテランのケースワーカーで人望も厚かった山川というケースワーカーが,生活保護受給者の訪問調査をしている途中で,訪問先の住居の火災に巻き込まれて死亡します。山川の死因は撲殺でした。つまり火災に巻き込まれてなくなったのではなく,既に火災の前に殺されていたのです。山川の仕事を引き継いだ聡美と小野寺は,山川が生活保護受給者に関する重要な情報について記録をしていなかったことに気づきます。生活保護受給者のなかに,ヤクザとの関係が疑われる者がいて,不正受給の疑いがでてきましたが,山川が何も記録を残していないことから,山川に対しても疑惑が出てきました。
 こうして不正受給の疑惑がますます高まる中,聡美は,火災後失踪していた金田という山川が担当していた生活保護受給者から,これ以上調査をすると身に危険が及ぶという警告の電話がかかってきます。その後,金田はリンチで殺されてしまいます。聡美の周辺が不穏となるなか,山川のパソコンからパスワードのかかったファイルが出てきて,それを警察に持ち込もうとしたとき,聡美はヤクザに拉致されてしまいます。殺される一歩寸前で救出されますが,裏でヤクザとつるんでいたのは思わぬ人でした。
 山川がなぜ殺されたのか,不正受給に関わっていたのかが焦点です。最後のほうでは,聡美と常に一緒に行動していた小野寺は怪しそう,といった謎が出てくるのですが,意外に最後は平凡です。
 個人的には,不正受給に絡んでいたヤクザが悪で,それに立ち向かったケースワーカーは善で,ちょっと感じが悪かった警官の若林は意外にいい奴で,市役所の身内に共犯者がいたというようなところは,普通の話であって,もうひとひねり欲しいところではありました。普通の市民的正義が全面的に出ているところ(本書のタイトルにも現れています)は,つまらなさを高めています(ケースワーカーの仕事のたいへんさはよくわかります)。   ★★(一気に読めますが,強く推薦はできません)

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2017年4月25日 (火)

折原一・新津きよみ『二重生活』

 1996年刊行の単行本の2度目の文庫化です。うまいミステリー小説でしたね(以下,ネタバレあり)。
 プロローグで,ある女性が,侵入者に殺されてしまいます。侵入者は,宝石などを奪いますが,目的はその女性を殺すだけにあったようです。
 本編に入り,主人公は,夫の正宏がMRで,妻の亜紀が女医の藤森夫婦。夫の長野転勤により別居生活となり,週末婚状況です。妻は,探偵事務所に,夫が転勤先の松本で,愛人を囲っているようなので,そのことを調査して欲しいと依頼してきます。調査はあっさり終わり,夫の正宏は,社宅以外に別宅があり,そこでは表札が藤森で,下に「弓子」と書かれていました。近所の噂でも,正宏が愛人を囲っているということでした。正宏の浮気による二重生活は確定的でした。
 松本での正宏と「ユミ」の出会いは偶然でしたが,看護婦を目指していたユミは,両親を亡くし,必死にのし上がろうと思っていました。そんなユミに正宏は金銭的な援助をするうちに親しくなり,二人は結婚します。しかし,正宏は婚姻届は出さないままでした。正宏はすでに結婚していたからです。そのうち,この二重生活がユミにばれてしまい,ユミは正宏の正妻に復讐しようとします。そして,それはうまく成功するのです。
 ここで読者は,プロローグで,藤森亜紀が殺されたのだと思い込まれます。
 亜紀は,実は正宏の浮気疑惑の真相がすぐにわかりました。そして松本まで行って正宏と会い,今後のことを話し合います。その後,亜紀は正宏を殺す計画を立て,実行に移して成功します。
 ここで読者は頭を整理しなければなりません。時間的には,その殺人は亜紀が殺される前のことでなければおかしいはずです(亜紀の正宏殺人⇒ユミの亜紀殺人)。つまり,女医として成功している亜紀は,自分に隠れて二重生活をしている夫を許せなくなり殺害するが,夫の浮気相手により殺されたという話のように思います。
 ところが,正宏の葬式に現れた弓子が,実は藤森の娘であったという衝撃の事実が読者に伝えられて,話は大きく展開します。ここで,現在の話(探偵事務所の浮気調査報告書)と14年前のこと(ユミの日記)が同時並行で語られていたことを読者は知らされます。
 亜紀は,かつて看護婦を目指す苦学生でした。松本で,亜紀(ユミ)と出会った正宏は,亜紀を資金的に助けるなか,恋に落ち結婚しますが,正宏には埼玉の入間に妻子がいました。結局,正宏は正妻のもとに帰って,ユミは捨てられます。正宏の家庭を崩壊させるために,正宏の正妻の愛子を殺します。それが冒頭のプロローグのシーンでした。
 医療系で働きたいという強い希望をもっていた亜紀は,正宏を失った後,ユミという名で夜のアルバイトをして必死に学費を稼ぎ,そして女医にまでのしあがります。それから10年以上経って,亜紀の地区を偶然に担当していた正宏は亜紀と再会し,夫婦となります。そこには二人の打算がありましたが,亜紀は危険になった正宏を殺します。殺人の原因は浮気ではなかったのです。
 その亜紀も,誰かから脅迫されていました。それは亜紀が愛子を殺した後,女医になった今まで続いているユミとしての部分が関係しているのです。亜紀もまた二重生活をしていたのでした。
  時代的に古くさい感じがあるのですが,内容は素晴らしい。夫婦の合作ですが,うまくかみあって傑作と呼ぶにふわさしい推理小説となっています。 ★★★★(読み出したら止まりません)

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2017年4月24日 (月)

ロボットが仕事を奪う

 日本経済新聞の日曜版の第1面で,今後,ロボットによって人間の仕事がどこまで奪われるかの推計結果が出ていました。人間の職業を,業務に分解し,どこまでロボットによって代替されうるかを測定したようです。
 私はあるプロジェクトで,これと似た発想の企画を提案中ですが,その内容はここではまだ書かないことにしましょう。より直接的に,ロボットやAIの発展が,雇用にどのように影響を及ぼすかをみる方法があると考えています。
 それはさておき,ロボットによる代替可能性は,一つの大きなインパクトにはなるでしょう。記事では,日本は「主要国で最大となる5割強の業務を自動化できることも明らかになった」とされています。ロボットに代替されやすい定型的な業務がそれだけ多いということでしょう(日経の電子版では,業種と職業を選択すれば,代替率を示してくれるサイトがあります。https://vdata.nikkei.com/newsgraphics/ft-ai-job/)。
 拙著『AI時代の働き方と法-2035年の労働法を考える』(2017年,弘文堂)は,こうした技術の発達が,人間の雇用について,支援(効率化),代替(雇用減少),創出(雇用増加)といった多様なインパクトがあるものの,総量的には減少傾向にあり,いずれにせよ職業訓練による人材の再配置が起こるので,そうした未来予想のもとに政策的対応をする必要性について論じたものでした。ただ,こうしが議論は,国民が,そもそも雇用に深刻な影響が生じるという問題認識を共有してくれなければ,どうしようもありません。日本経済新聞の記者は,私と問題認識を共有してくれているようであり,今回の記事もそういう視点が十分に出ています。
 ところで,先日の神戸労働法研究会では,先月の北九州私立大学でのワークショップに引き続いて,JILPTの研究員の山本陽大君が,ドイツの白書「Arbeiten4.0」という白書(Weißbuch)の内容全体を報告してくれたのですが,そこでわかったのは,ドイツの政策の方向性が,驚くほど拙著の内容と似ていたことです。私はドイツの政策の動向については,まったく知らなかったので,びっくりしました。現状認識を共有すれば,どこの国であれやるべきことは,自ずから似てくるということでしょう。もちろん細かいところには違いがあります(集団的労使関係の位置づけなど)。また拙著では,真正な自営的就労者に対する法政策を重視していますが,ドイツは,政策対象は従属労働者以外は準従属労働者(労働者類似の者)までにとどまっているようです。
 とにかく外国の動向も視野に入れながら,これからの社会を見据えた労働政策が必要となります。まさに2035年の労働法を考えなければならないのです。来月の12日にJILPT主催の「The Future of Work 仕事の未来」というシンポジウムが東京でありますが,そこではどんな議論となるでしょうか(私は,後半の1時間ちょっとのパネルディスカッションの進行役として参加します)。

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2017年4月23日 (日)

名人戦第2局

 将棋名人戦は,佐藤天彦名人が稲葉陽八段に勝って星をタイに戻しました。急戦で,後手の名人が攻め倒した感じです。ただ現在は,将棋界の話題は,名人戦よりも,また名人対将棋ソフトの対戦でもなく,藤井聡太四段がデビュー以来の連勝をどこまで伸ばすかということに移っています。13連勝のことは新聞にも出ていました。しかも,その13連勝目は,NHK杯で,躍進著しい千田翔太六段に勝ったというものです。NHK杯は,放送までは結果は知らされないのですが,これは例外中の例外ではないでしょうか。どのような将棋であったか楽しみです(放送は5月14日です。この日は視聴率が上がるでしょうね)。
 藤井四段は公式戦ではありませんが,炎の七番勝負では,増田康宏四段,永瀬拓矢六段,斎藤慎太郎七段,中村太地六段,深浦康市九段,佐藤康光九段と対局し,永瀬六段に負けただけの5勝1敗と,こちらも好調です。最終局は,23日に羽生三冠が相手ですが,どうなるでしょう。
 これも非公式戦ですが,「第零期 獅子王戦」では,藤井四段は羽生三冠と対局して,羽生三冠の勝ちとなっています。
 14連勝がかかる公式戦は,26日に棋王戦の予選で平藤真吾七段と対局です。羽生三冠にもち勝ち,さらに公式戦無傷の14連勝を達成すれば,また新聞で大きく報道されるでしょうね。

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2017年4月22日 (土)

労働時間制度改革を正しく進めよ!

 昨日の日本経済新聞の社説において,労働時間法制の改革が遅れていることについて批判的な記事が出ていました。書かれている内容は,私が日頃言っているとおりのことで,異論はありません。安倍政権は,都議会選挙のような目先の利益にとらわれず,これだけ多数の支持を得ている今だからこそ,しっかり将来を見据えた政策や法改正を進めるべきなのです。
 ただ,安部首相の周りにいる官僚のブレーンがどうも雇用政策に無知な人が集まっているのではないかという不安があります。同新聞で,「内閣官房の研究」というのが,3回連載されましたが,その初回で,いきなり出てきたのが,新原浩朗内閣府政策統括官の名です。経済産業省出身で,内閣官房の「働き方改革実現推進室」の実質トップを務める,と紹介されていました。厚生労働省を労働政策の中心から追い出してしまい,強引に「同一労働同一賃金の原則」の法制化を進めようとしているという噂が,私の耳にも入っています(真実はよくわかりませんが)。労働時間の上限規制に力を入れすぎているのも問題です。
 個人的には,経済産業省の政策の方向性にほとんど異論はないのですが,しつこく書いているように「同一労働同一賃金」だけは,あまりにも筋が悪いもので反対しています。官邸周辺で,どのような力学が働いてるのかわかりませんが,日本の雇用や労働を本当によくわかって,何が国益にかなうか,現在そして将来の国民の幸福につながるかを真剣に考えてるい人が,安部首相のブレーンになってほしいです。
 ホワイトカラー・エグゼンプションに話を戻すと,Business Labor Trendの2017年4月号で,本家のアメリカにおいて,「ホワイトカラー・エグゼンプション見直しが後退の見通し」という記事が出ていました(42頁)。短い内容なので,詳細はよくわからなかったのですが,どうもホワイトカラー・エグゼンプションの対象を定める収入要件を,ブッシュ政権下で引き下げられた(エグゼンプションの対象者を広げた)のに対して,オバマ政権は,その引き上げを行おうとしていたのを,トランプ政権が止めたということのようです。
  私の考えている日本型のホワイトカラー・エグゼンプションでは,収入要件を不要としています。大事なのは働き方の特性に応じた労働時間規制をつくることであり,自らの裁量のもとに知的創造的な業務に従事する労働者は,時間比例で増加していく割増賃金により労働時間を規制するのに適しないということが,改革のポイントです。多くの収入があるから,エグゼンプションしてもよいということではありません。詳細は,拙著『労働時間制度改革』の第8章(提言をしている箇所)を読んでください。

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2017年4月21日 (金)

中窪裕也・野田進『労働法の世界(第12版)』

 中窪裕也・野田進『労働法の世界(第12版)』(有斐閣)をいただきました。いつも,どうもありがとうございます。ついこの前にいただいたばかりだと思っていましたが,もう2年経過していたのですね。
 まずはコラムに目が行きました。
 48頁のコラムは,「フランスの労働法改革」というタイトルです。季刊労働法の最新号(256号)でも,野田さんが大学院生と執筆されていたので,このコラムも野田さんの執筆でしょう。フランスの改革は,規範のヒエラルヒーを逆転させ,現場に近いところの合意を優先させようとする試みのようであり,まさに分権型規制です(条文のあるHPを開きましたが,あまりに大部なので読むのは諦めました)。
 日本の解雇や労働時間などについて,私は分権型規制をすべきと述べてきています(中央経済社の『解雇改革』,『労働時間制度改革』)が,これについては批判的な意見もあります。野田さんも,フランスの動向について「危うさ」を指摘されています。
 そのとおり危うさはあるのです。ただ,この危うさを乗り越えなければ未来がないと思うのですが,どうでしょうか。
 分権型規制は,広義の労働条件の不利益変更の問題でもあります。そこには,個別レベルにおける合意の問題だけでなく,規範の階層構造論からみた労働条件不利益変更の扱い方もあるのです(拙著の『労働条件変更法理の再構成』(有斐閣)の比較法の部分は,規範の階層構造論とも関わっていました)。フランスの動向がどうかはさておき,分権型を実質化するためにも,労働者代表法制のあり方の根本的な議論が必要でしょう(私は従業員代表の立法化に反対の立場ですが,濱口桂一郎さんは,労働判例1147号の遊筆で,非正社員の組織化という観点から従業員代表法制に賛成していました。非正社員の労働組合の組織化については,ビジネスガイドの「キーワードからみた労働法」の次号では,オリエンタルランドの最近の事例を紹介しながら,その難しさについて論じています。だからといって,従業員代表法制の導入ということにはならないのですが)。
 86頁のコラムは,「大学教員の労働契約と解雇」というタイトルです。どきっとするものです。私もジュリストの連載「労働法なう。」で,「大学教員の辞めさせ方」というものを書いたことがありました(1476号)が,こちらのコラムは,大学教員の雇用保障に肯定的な考え方です。学問の自由,優秀な人材の育成という公的要素が根拠とされています。人材育成という点をあまり強調すると,人材育成に成果を出していない教員は解雇してよいという話になりかねないので,むしろ根拠とすべきなのは学問の自由(憲法23条)だと思います。私立大学であっても,大学教員の学問の自由は保障されていて,ある種の私人間効力があると解すべきでしょう。その意味で,かりに労働契約法16条がなくても,大学教員の解雇は,制限されるべきなのだと思います(解雇自由の国のアメリカも,おそらく同様ではないでしょうか)。
 他方,これからの大学は,研究専従教員と教育専従教員を区別していくようになるかもしれません。大学の大衆化により,教育には中学や高校の先生のような有資格者並みのスキルが必要となると同時に,研究はいっそう高度化していくので,教育負担を重く抱えながら研究することが難しくなっていくことが予想されるからです。もしこのような教員の区分がされるとすると,学問の自由が保障される研究専従教員とそうでない教育専従教員との間で雇用保障の程度が違うということはありうるかもしれません。
 ICTの発達により,高度専門教育は,一部の研究専従教員によってオンラインで発信されるようになり(これにより世界中の優秀な研究者の講義を聴くことができるようになる),教育専従教員は学生に対するチューターや補習に従事するという分業も起きていくでしょう。
 大学教員の雇用保障も大切ですが,今後の大きな大学改革のうねりの中で,教員はいかにして自力で生き残るか(研究で勝負するか,教育スキルを磨いて生き残るかなど)を考えることもまた必要です。コラムで「教員がそれに甘えてはならないのは当然である」と釘を刺していたのは,上に述べたような意味で賛成できるものです。

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2017年4月20日 (木)

リーガルマインド

   何かとトラブルが伝えられるユナイテッド航空ですが,一昨日の夏目三久が司会する『あさチャン!』で,障害のある94歳の女性(オーストラリア人。顔の感じからすると白人ではありません)をビジネスクラスからエコノミークラスに移動させたというニュースが採りあげられていました。この女性はビジネスクラスのチケットをもっていたのですが,同行していた孫はエコミークラスにいて,介助のためにビジネスクラスにときどき行って祖母の世話をすることを許してもらおうと思っていたみたいです。行きの便は問題がなかったのですが,帰りの便では,CAが,孫がエコミークラスとビジネスクラスとの間を行ったり来たりすることはできないといい,孫がビジネスクラスの料金を払って移動するか,女性のほうをエコミークラスに移動させるかを選択せよと言われて,結局,後者となったようです。女性にとっては人生の最後の旅になるかもしれないということで,身体のことも考えて,孫たちがお金を集めてビジネスクラスのチケットを買ったのに,なんてひどいことをするCAだということで,番組ではコメンテータも含め,完全にユナイテッドが悪者扱いされていました。
 しかし,このケースに関しては,ユナイテッド側も十分反論ができそうです。エコミークラスの人が,いくら家族がビジネスクラスにいるとしても,そこに出入りすることが禁じられるのは仕方ないでしょう。一方,孫の女性は,それならCAが介助をしてほしいと申し出たそうですが,一般的な介助であればともかく,それ以上のことであればCAの業務ではないでしょう。介助などのために付き添いが必要な場合には,同伴しなければならないというのが,航空会社のルールでしょう。そうなると,ユナイテッドのCAの取った対応は,それほど問題はなかったのでは,という気もしてきます。とくにビジネスクラスの乗客からすると,同伴者がやるべき介助をCAにさせることによって,自分たちへのサービスが低下する可能性があるので,納得できないという人もいるかもしれません。
 ただもし自分が,この女性の家族の立場にあったら怒り心頭に発するでしょう。行きは良かったのに,なぜ帰りはダメかと言いたいこともわかります。ほんとうは行きもダメだったのでしょうが,CAがちょっとサービスしたのでしょう。そこで帰りも同じと期待したのですが,帰りはルールを厳格に適用するCAにぶちあたってしまったのでしょう。
 どちらに非があったのか,ほんとうのところはわかりません(ちなみに席を移動した新婚カップルやダブルブッキングとなった客を引きずり下ろしたなどのは,やり方には問題があったのでしょうが,テロ対策だった可能性もあります)。ただ,ここで問題にしたいのは,テレビが,可愛そうな乗客と極悪のユナイテッドという単純な図式でとらえ,乗客の立場だけからみた報道をしていたことです。障害者で,高齢者で,おそらく人種的マイノリティとなると,それだけで同情されるべきカテゴリーと推定されてしまいそうですが,そういう思い込みが真実を見誤ることはないか,ということです。   どんなことでも背景をみていけば,双方にそれなりの言い分があると考えるのが法律家です。裁判というのは,そういう発想によって成り立っています。感情論に流されることを避け,まずは逆の立場の人の意見を聞くという手続をふまなければならないというのが,リーガル・マインドなのです(経済学者なら,まずはデータを見ようと言うでしょうかね)。

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2017年4月19日 (水)

今朝の日経新聞から

  今朝の日本経済新聞で,「DeNA元会長のVB,インドの学生とAI開発」という見出しの記事が目に止まりました。DeNA元会長の春田真氏が2016年2月に設立したエクサインテリジェンスという会社が,AI開発について日本では人材が足りないので,インドから人材を調達しようとするという内容です。
 AI時代においては,AIを活用する分野で働くか,AIが苦手な分野で働くかが勝ち組(というか,生き残り組)に入るために必要となるのですが,AIを活用する分野では,すでに人材不足が起きているのです。日本の大学生の多くは,残念ながら,これからなくなっていく衰退分野で働こうとしているのですが,AIを活用する分野のほうは超成長分野です。教育,進路指導などにおいて,このことを真剣に考えていかなければならないでしょう。
 上記の記事は,グローバル化の深化ということも考えさせられます。日本企業は,できれば日本人を採用したいと仮に考えていたとしても,適当な人材がいなければ,世界から優秀な人材をかきあつめようとするのです。技術系の仕事だと,言語の壁は大きくありませんし,ましてやインド人は英語が上手なので(訛が強いですが),他の言語を使う人よりも日本人にとってコミュニケーションをとりやすいでしょう。
 逆に日本人のなかに,どこまで世界の企業からスカウトされるような人がいるかです。人材のグローバル化は,外国からの「輸入」だけでなく,外国への「輸出」もともなっていかなければならないでしょう。最近の日本の大学は,グローバル化を謳うところが増えていますが,ここでもやはり「輸入」超過です。日本の学部学生を,真の意味で「輸出」可能な人材にするためには,ちょっと数ヶ月留学に行かせたからといって十分とせずに,より戦略的に,どのような分野で国際競争力をもつ人材を育成するかを考えていく必要があると思います。

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2017年4月18日 (火)

薬丸岳『誓約』

 薬丸岳『誓約』(幻冬舎文庫)を読みました。この著者の作品は初めてです(ネタバレ少々あり)。
 落合とバーの共同経営者となっているバーテンダーの向井は,妻と娘のいる幸福な生活を送っていました。しかし,向井には暗い過去がありました。向井の本名は高藤。向井は生まれつき顔にあざがある醜貌で,親からも捨てられ,世間からも不気味な獣扱いされていました。福祉施設で育った彼は,悪の道に手を染めます。あるとき,やくざと争いになって相手に大けがをさせ,命を狙われます。必死に逃げているとき,ひょんなことから坂本という老女(実際には50歳代)と出会い,親しくなります。高藤は,他人の戸籍を買って,整形手術を受ければ,ヤクザから逃れられると思い,坂本に借金を申し出ます。そのとき,彼女から,ある条件をつけられます。自分の娘は,二人の男性に陵辱され殺されたが,犯人は死刑にならなかった,自分はこの二人に復讐したいけれど,その体力もないし,末期ガンに冒されているため時間もない,そこでもしこの二人が出所したときに殺してくれることを約束してくれれば,500万円あげる,というのです。殺人の約束などできないが,どうせ坂本はすぐに死ぬし,出所は遠い先だと思い,高藤は坂本に殺人の約束をしたうえで,500万円をもらうのです。坂本は用心深く,逃走資金分だけ先に与え,高藤に逃げた先で免許証をとらせ,新たな戸籍上の名前と住所を確認したうえで,残金を支払いました。
 こうして高藤から向井になったのですが,あるとき向井のところに,この二人が出所したという手紙が届きます。向井は驚きます。あのときの約束の履行が求められているのです。そして,その手紙では,向井が約束を履行しなければ,向井の娘に復讐をするというのです。こうして,向井は追い込まれます。いまさら殺人などできるわけがありません。しかし,坂本を名乗る者の催促は必要でした。いったい誰がこんなことをしているのか。坂本はもう死んでいるはずです。必死に向井は脅迫者を探そうとしますが,みつかりません。
 というような流れで,追い込まれた向井の行動は緊迫感があります。しかし,脅迫者は,向井の近くにいる者に決まっているということで,犯人は限定されてくるのですが,そうであっても,なかなか確信させないところが,著者のうまいところです。
 最後の犯人の動機について,ネタのちょっと後出し感があり,どうかと思いましたが,かろうじて無理のない範囲で筋をつなげたというところでしょう。
 でも面白かったです。 ★★★(お風呂のなかで一気に読んでしまいました)

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2017年4月17日 (月)

多文化主義と国際都市

 前にこのブログで日本経済新聞の朝刊のオピニオン欄は充実していると褒めたばかりなのですが,今日のオピニオンはあまり良くなかったですね。イギリスはBrexitなどで孤立化を進めているようだが,多文化主義の先進国であり,日本企業もイギリスの本質を見誤らず,イギリスとの付き合い方を考えた方がよい,という趣旨のメッセージが込められていました。それは全然問題ないのですが,冒頭で,日本では受付嬢が多いがロンドンでは男性の受付もいるといったところから話が始まり,イギリスのほうがあたかも平等が進んでいて,多文化主義もそれとつながっているという論調のようにも読めます。こういう余計なことが書かれているので素直にこの記事を読むことができなかったですね。
 イギリスが多文化主義といっても,みんながイギリスの言語である英語を話すので,自国語を話す者に寛大な姿勢をとるのは当たり前です。イギリスにかぎらず,どの国でも,自国語を話してくれる外国人には,もちろん程度の差はありますけれども,親切なものです(フランスは少し違うかもしれませんが)。そもそも英語という辺境の国の言語が世界中の人によって話されるようになったのは,植民地支配の影響です。イギリスが世界を遠慮なく軍事的に征服してきたために,たとえば高い文明を誇ってきたインド人も英語を話さざるを得なくなったのです。つまりイギリスの多文化主義というのは,侵略の歴史と密接に関係しているのです(イギリスのほうは,途上国の発展に貢献したというのでしょうが)。いろんな国にちょっかいを出して植民地化していた以上,それらの国から来る人たちなど移民に対して寛大になるのは当然のことといえます。現在のロンドン市長は,両親が旧植民地パキスタンからの移民です。これを多文化主義の象徴と,単純に評価する気にはなりません(もちろん,移民の子孫が,市長になれないよりも,なれたほうがいいのですが)。いずれにせよ,こうした侵略の歴史が,今日においても,イギリスの経済の強みと関係しているとなると,非常に複雑な気持ちがします。
 ロンドンにはもう長い間行っていませんが,かつてイタリアのミラノからパリ経由でロンドンに行ったとき,たしかにロンドンは,ミラノよりもパリよりも都会であるという印象を受けました。いろんな国の人がいて,それだけ外国人にとって(物価は高いものの)文化的には溶け込みやすく,住みやすいところだろうなと思いました。そしてそのことがロンドンの大きな魅力にもなっていました。真の国際都市というのはこういうものなのかもしれません。だから,ロンドンから帰ってきた日本人が,日本はとても視野の狭い遅れた国であるという印象を持つのも理解できないわけではありません。
 しかし尺度を変えると,国際都市になることが,ただちに良いといえるかには留保が必要です。都市の価値は,ビジネスだけではないからです。同じように外国人があふれているイタリアのローマでは,ロンドンのようにみんなが英語を話すというような状況ではありません。ローマにいても,イタリア語を話すことは求められません。ただイタリア語を話さない外国人は,しょせんよそ者であり,ロンドンほどビジネス環境はよくないでしょうが,同調圧力はないのです。グローバル化の波に媚びず,それでも外国人を文化的に魅了するという点に,ローマの奥深さがあります。ここに侵略の歴史とは無縁の真の国際都市の姿があるように思えます(もちろん,イタリアもアフリカの一部の国を侵略した歴史がありますが,イギリスとは比べものになりません)。
 ローマでは,受付はおそらく女性でしょうね。

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2017年4月16日 (日)

平和を守るために

 私の住んでいる地域の周りも桜の名所がたくさんあります。夙川の桜はとくにきれいですし,芦屋川もそうです。神戸大学のキャンパスも桜がきれいです。小林秀雄は,ソメイヨシノは下品といって嫌っていました(『学生との対話』(新潮文庫))が,それでもやはりきれいですね。たしかに山桜は趣が深いですが。

 こんな平和で美しい日本が,いま北朝鮮からの深刻な脅威にさらされています。アメリカのシリア攻撃は,北朝鮮を刺激したようです。日本を攻撃すれば,北朝鮮は終わりなのだから,そんなことはしないという意見がある一方,暴発や,道ずれなど,日本が北朝鮮の最期に巻き込まれないという保証はありません。

 私たちは実は少し誤解をしているのかもしれません。日本にいると,アメリカこそ世界の中心にいて,北朝鮮はアウトローで嫌われ者という認識が一般的です。しかし,世界を見渡すと,アメリカを嫌悪している国や国民はたくさんいますし,北朝鮮の友好国もたくさんあります。むしろ嫌われ者のアメリカと仲良くしている日本は,それだけで世界の多くの国から嫌われる可能性があるのです。そのことはテロの標的にもなりやすいということでもあります。

 安倍首相はそれを分かってアメリカに接近しているのでしょう。でも国民はどうでしょうか。イメージでアメリカについていくことが国益にかなうと信じこんでいませんか。北朝鮮や中国の封じ込めは,ほんとうに得策なのか。そこは私にもよくわかりません。私は日本が防衛力を強化することそのものは大切だと思っていますが,北朝鮮をどこまで刺激してよいのか,何かあったときにほんとうに世界は日本の味方になってくれるかに,大いなる不安を感じています。

 いまのアメリカに一貫した外交的な戦略がありそうにありません。しょせんはアメリカ第一主義です。アメリカに頼るのは,とても不安です。危険な力勝負に巻き込まれてしまわないでしょうか。アメリカを利用しながら,ロシア,中国,韓国としたたかな交渉をする外交力が発揮することが大切なのですが,それが日本の政治家や外務省にできるでしょうか。
 北朝鮮の核の脅威がひしひしと感じられているなか,日本の外交力に国民が注視しなければなりません。もう手遅れかもしれないのですが。

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2017年4月15日 (土)

週刊ダイヤモンド登場

 週刊ダイヤモンド4月15日号の「Column 高まる副業・兼業気運は本当にいいことなのか?」に,中小企業庁でプレゼンをしたときの資料を基にしたコメントが掲載されました。どこから情報を入手したのか,偶然ネットで見つけたのか知りませんが,やっぱり役所でプレゼンをすると目につきやすいのでしょうね。
 副業・兼業は,相変わらず旬のテーマのようです。2年くらい前から,私にも副業関係での仕事の依頼が増えました。しかし,ここは私のような「何でも屋」ではなく,しっかりこのテーマを専門的に研究する人に対応してもらうことが必要です。
 そのようななか,河野尚子さんが,神戸労働法研究会で,昨年,報告してくれた内容を,今回「兼業・副業をめぐる法的課題―キャリアの複線化と兼業規制―」という論文として,季刊労働法の最新号(256号)で発表してくれています。副業がテーマですが,それだけだとあまり発展性がありません。サブタイトルにもあるように,パラレルキャリアなど広い視点から,この問題を扱っているところに,将来性を感じます。
 解釈論もしっかりできたうえで,さらに政策論もできるような研究者が今後は必要となります。河野さんには,そのような研究者として大成することを期待したいです。

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2017年4月14日 (金)

ヤマト・アマゾン問題に思う

 日本経済新聞のオピニオン欄の「Deep Insight」は,読み応えのある記事が次々と掲載されていて,いつも楽しみにしています。今朝は「ヤマトに映るアマゾン膨脹」というタイトルで,中山淳史氏がアマゾンのような巨大なプラットフォーマーが,産業構造にどのようなインパクトを及ぼしているのかについて論じていました。
 ヤマト問題は,私の立場からは,まずは労働問題という視点でみて,そして労働者の論理と消費者の論理の対立のなかで,前者の復権が起こりつつあるというストーリーになるのですが,実はそれにとどまらない大きな変化をはらんでいます。この記事のなかにあるように「起業した瞬間から即,グローバル企業という事例も出てくるかもしれない」という点がポイントです。
 グローバル化というのは様々な観点から議論できますが,とくにアマゾンのプラットフォームを使うことになって,グローバルレベルで,容易にビジネスを展開できるようになっていることが注目されます。アマゾンはいまやクラウド会社でもあるのです。AIの機械学習プログラムを無償で公開しています。わずかな手元資金で,スムーズに起業ができる環境をアマゾンが用意してくれています。
 これからはインディペンデント・コントラクターの時代になると私が述べているのも,こうした起業環境の劇的な改善が根拠となっています。
 一方,日本の経済政策や産業政策という観点からは,海外の巨大なプラットフォーム企業に寄生していかなければならないという面をどう考えるかという問題もあります。ヤマト問題もその一例といえますが,膨大な利益が,アマゾンを取引先とする日本企業から吸い上げられています。日本もこれに対抗して,日本版クラウドを築くという手もあると中山氏は書く一方,東京大学の柳川範之さんの「巨大化を気にする前に本質的に重要なサービスを提供できているかどうかが大事だ。アマゾンはそれができており,敵対するより十分活用して新技術,ビジネスを生むのも一案」というコメントも紹介しています。
 ほんとうに大事なのは,どうして日本において,アマゾンやグーグルのような新たな発想をもって大きく成功する企業が生まれてこないのか,ということかもしれません。日本の現状認識(という言い方は漠然としていますが,とくに経済的な面)として,私はかなり閉塞状況があると思っているのですが,実はあまりそう感じていない人も多いようです。ひょっとしたら国民は守りの姿勢に入ってるのかもしれません。しかし,すでにかなり劣勢にあると感じておいた方がよいのではないでしょうか。積極的に打って出なければじり貧なのです。日本の若者が,ビジネスや研究その他さまざまな面で,旧弊を打破していってくれなければ,日本はずるずると転落していくでしょう。AI時代の到来,デジタライゼーションの進化,グローバル化,少子高齢化などの大きな環境変化は,世界中の人にとって大きなチャンスであり,その波に乗らなければ厳しい結末が待っています。これはまさに若者の問題なのです。
 四條畷市で28歳で当選した市長が,同市でこれから生きていくのは自分たち若者なのだから,その若者が市政を握っていかなければならないと述べていたのは,実に頼もしかったですね。

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2017年4月13日 (木)

第132回神戸労働法研究会

 最初の報告者は先のブログで書いたように,私が解雇に関する研究の成果報告をしました。私の科研費による研究の成果報告会であると同時に,共同研究で進めている出版事業の中間報告でもありました。
 もう1人は,社会システムイノベーションセンターのプロジェクトの一環として,近畿大学(当時。現在,関西大学)の原弘明氏さんをゲストにお呼びして,「労働法における法人格否認の法理と事業譲渡にかかる労働契約の取扱い: 会社法の視点から」というテーマで,報告いただきました。
  原さんは,以前,守島基博さんと私の共著の『人事と法の対話』(有斐閣)について書評論文を執筆してくださったことがあり,これまで会社法と労働法にまたがった研究をされています。私が以前ブログにおいて法人格否認の法理について会社法学者の意見も聞いてみたいと書いたことに触発されて論文を執筆したということでしたので,ぜひお呼びして話を聞いてみたいと思ったのです。論文は,法政研究82巻2/3号681頁以下に掲載されています。
 詳しくは,そこを参考にしてもらいたいですし,そこで書かれている内容について,労働法研究者として,きちんとしたリプライの論文を書くべきと考えています。
 研究会での議論を少しだけ思い出しながら書くと,会社法においては,法人格否認の法理のイメージは,背後に個人がいる場合を想定していて(たしかに昭和43年の山世志商会事件・最高裁判決もそのような事案ですし,学部で会社法の講義で江頭憲治郎先生からお聞きしたときもそういう感じでした),親子会社の類型での法人格否認の法理の適用は,この法理の通常のイメージからは外れているようです。それと同時に,法人格否認の法理は,他の法理論によって実質的に妥当な結論を導き出すことができない場合に発動される例外的救済法理であり,労働法がやってるようなリジッドな場合分けや分類になじまないのではないか,という感想を原さんはもたれているようです。たとえば,濫用類型と形骸化類型の二分法は,十分な根拠がないのではないか,偽装解散の法理を濫用類型にしか適用しないのはおかしいのではないかなどです。
 私は個人的には,形骸化類型というのは,実態を法理論に反映させるべきという要請からくるもので,しかもそのような場合には,黙示の労働契約の法理で対処できることが多いため,あえて法人格否認の法理を持ち出す必要はないと考えています。
 濫用の場合には,法人格を濫用とした会社組織編成をしていた場合であれ,具体的な行為(解散+解雇など)において法人格を濫用としようとしていた場合であれ,当該行為の反規範性から背後にいる主体への責任帰属を肯定できるかということが重要な考慮要素になるものとみていますが,その帰結は別に雇用責任を課すことでなくてもよく,損害賠償請求という責任追及方法でもよいのでは,というのが私見の立場です(これは解雇の金銭解決の議論とも関連しています)。この点で形骸化類型と濫用類型は違っていると思うのです(私見の詳細は,拙著『労働法実務講義(第3版)』(2016年,日本法令)186頁以下)。ただ,この結論だけをみれば,おそらく原さんの考え方とそれほど違わないような気がします。
 第一交通産業ほか(佐野第一交通)事件の処理については,原さんは親会社との間で労働契約の存在を認めてよいという立場です。ここでは原さんは,要するに誰のもとで雇用関係を認めるのが実質的に妥当かという観点から判断すべきだとされています。実質論として親会社との間で労働契約を認めるのが妥当といえるかどうかはともかく,実質論を正面から打ち出してよいというところは,私には斬新です。労働法はもっとこのあたりを精密にしていかなければならないと思ってきたと思いますが,これは法人格否認の法理の性格に合わないということでしょうかね。
 私は,第一交通産業ほか(佐野第一交通)事件の処理については,一般論は,譲渡先の別子会社と譲渡元の子会社との間に同一性があれば,偽装解散の法理により別子会社との間で労働契約を認めてよいのではないか,という気がしていますが,この事件では,そうした同一性がない事案であったことからすると,結論は濫用をした親会社への不法行為による損害賠償にとどめるべきように思えます(拙著『最新重要判例200労働法(第4版)』(弘文堂)の第17事件を参照)。
 いずれにせよ,会社法の観点から,法人格否認の法理についての「筋」の議論をお聞きできたのは,たいへん有益でした。今後も,こうした異業種交流を続けていくことができればと思っています。そして,原論文に対しては,きちんと論文でリプライして,議論を活性化できればと思っています。原さんには,できれば団体法の使用者性についてもやっていただけないか,とお願いしました。

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菅野・荒木編『解雇ルールと紛争解決』

 菅野和夫・荒木尚志編『解雇ルールと紛争解決-10カ国の国際比較』(労働政策研究・研修機構)をいただきました。どうもありがとうございます。解雇法制について,日本,イギリス,ドイツ,フランス,イタリア,スペイン,デンマーク,韓国,オーストラリア,アメリカを対象国として行ったものです。JILPTで出されていた調査をまとめたもののようです。資料的価値が高いので,多くの人が参照するでしょうし,そうすべきでしょう。しかしながら……
 実は私たちも経済学者と一緒に解雇法制(金銭解決が中心)に関する共同研究を,長い時間をかけて進めてきました(このブログでも何度も書いています)が,これがようやく大詰めにさしかかっています。おそらく,この研究は既存の同種の研究にはないものを含んでおり,私自身も背筋がぞくっとするような驚くべき内容になりつつあります。その内容に自信がもてなくて,まずは法学系の意見を聞くために,3月の神戸労働法研究会で中間報告をしてみました。そこでの議論から,いろいろ改善点がみつかったので,その後も精度を高めるための作業を進めています。
 解雇法制について,次の国会で検討されるかもしれないので,それに間に合わせたいと思っています(といっても私たちの提案がそのまま受け入れられるとは考えられないのですが,議論をするうえでの新たな視点は十分に提供できるでしょう)。私たちが考えていることは,解雇規制を紛争解決という視点だけからみていてはダメということです。経済学者が標準的に考えている解雇規制に,法学側が真剣に向き合って,ほんとうの意味のコラボをすればどうなるか,ということを提示しようとしています。キーワードは,「許されない解雇」と「許されうる解雇」の区別です。「許されうる解雇」をどのように規制(コントロール)するか,これを日本の労働市場実態や比較法的知見もふまえて,具体的な政策提案に落とし込む作業をいまやっています。
 予告編はこの程度にしておきましょう。

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2017年4月11日 (火)

AIと雇用

 日本経済新聞が,「AIと世界」というタイトルで連載を始めたようです。その初回の今日は「今そこにある未来(1)仕事が消える日 変化に適応可能か」です。そこで扱われているテーマは,まさにAIが雇用に及ぼすインパクトです。最初にインドのIT企業のコールセンター業務で8,000人分以上の仕事が消えたという話が出てきます。コールセンター業務はAIのインパクトを受けやすいものの代表として,私も『AI時代の働き方と法-2035年の労働法を考える』(2017年,弘文堂)で例に挙げていました(25頁)。これがAIのもつ雇用の代替効果です。
 次に出てきたのが,雇用の創出効果に関する記事です。AIによって仕事を奪われたトレーダーが,新たに誕生しているフィンテック企業への転職を目指しているという記事です。技術革新は,雇用の代替と創出をうむのであって,うまく転換することができれば悲惨なことにならないし,むしろ大きな成功のチャンスを掴むことになります。
 ここまではほぼ教科書どおりの内容です。最後に出てきたのが「AIは万能ではない」として,富国生命保険で,AIに入力情報の確認をさせると,約1割のミスがありそれを人間がチェックしなければならないということでした。記者が,この情報に,どのようなニュアンスを込めているのかは,はっきりしていませんが,一見すると,これも教科書的な内容です。
 ただ読者は,AIは万能ではないから,人間にやれる仕事があると思って安心してはなりません。人間は,AIがおかすかもしれないミスの尻拭いをするだけであるという言い方もできるからです。人間が,機械が郵便番号の読み取りができない汚い字やはみ出し文字だけチェックするというのと同じで,まさに人間にやらされているのは単純労働なのです。当然,低賃金となるでしょう(上記の生命保険の確認業務が単純労働かどうかは知りませんが)。
 AIが万能ではないというのは,そのとおりです。しかし残された人間の仕事の内容がどのようなものであるのかも考えておかなければなりません。フィンテック企業への再就職を目指すようなものばかりではないでしょう。
 ところで,私が使っているクレジットカード会社で,私が以前にカードを利用したホテルから個人データが盗まれた疑いがあるという連絡がありました。この会社のクレジットカードの不正使用が発覚したのでしょう。私には実害はなかったですが,念のためということで,そのホテルでクレジットカードを利用した顧客全員に,カードの切り替えの連絡がありました。カードの不正使用の発覚は,おそらくAIによってなされたものでしょう。この分野でのAIの功績には大きなものがあります。
 もう一つ。テレビ東京(私のところではテレビ大阪)の「Newsモーニングサテライト」では,AIによる株価の動きの先読みをしています。株への投資をしていない私ですが,面白半分に予想をみています。そのうちお金が貯まったら,AIに頼りながら,投資でもしてみようかという気になりました。AIが着実に深く生活に浸透しています。

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2017年4月10日 (月)

復興大臣はなぜ激高したのか

 東日本大震災や福島第1原発事故に伴い全国に自主避難した人らへの住宅の無償提供が3月末に打ち切られたことについて,記者会見の場に立った今村雅弘復興大臣が,フリージャーナリストからの質問に,避難するか帰るかは自己責任と答弁したことや,その答弁に対する執拗な質問に対して激高したことが話題になっています。
 そこで興味深かったのは,この大臣が,記者会見は公式の場であって,論争する場ではないと発言していたことです。事前に準備があって,想定問答があるものは答えられるが,大臣の生の意見を聞くことは許されないという意味に受けとめられました。
 アメリカのトランプ大統領も,記者会見の場で,自分に不利な記事を書いていたメディアからの質問に,敵対的な態度をとったことが非難されていましたが,それとはちょっとレベルが違うような気がしました。
 今村大臣は何に怒ったのでしょうか。この記者会見では,別に今村大臣に不利な質問がなされたわけではなく,自己責任だとすることに疑問を投げかけられただけです。こういう質問は,本来なら責任大臣としては当然準備されているべきものです。敵対的な質問はかえって有り難く,それを受けて,準備されているはずの答えを公の場で堂々と発表すればいいのです。
 この大臣は,そういう答えをする準備をしていなかったのでしょう。おそらく,自主避難者に対する政策をどうするかについて,自分なりのしっかりした意見を持っていなかったのでしょう。そこで役人を呼びよせることもできず,かといって自分で答える能力もないため,怒ってその場を去ることしかできなかったのでしょう。
 野党はいつものように大臣の資質が疑わしいので罷免せよ,首相の任命責任はどうなる,と声を上げています。何かあるとすぐに罷免や辞職を求めるのはどうかと思いますが,今回のことについては,そういう要求をされても仕方ないような気もします。
 日本の大臣の多くは,専門外のポストにつけられ,官僚によって支えられているだけで,公式発言は全て官僚によって書かれたセリフどおりのものです。官僚に必要なのは,しっかり自分たちの言っていることを一言一句間違えずに発言するロボット大臣です。しっかり読んだから,立派な大臣だという,驚くべき状況です(ゼミの報告で,学生が自分で入力しているはずの文章の漢字を読むことができず,コピペをしていたことがばれたというケースがありましたが,首相が漢字を読めなかったということもありましたね)。
 これは官僚が役所を支配していることでもありますが,大臣に恩を売るという意味もあるのでしょう。もちろん役人は大臣を表面的には支えますが,心の中では完全に馬鹿にしています。
 役人作成のセリフは,実は,どの役所でもあります。私が経験している範囲でも,たとえば兵庫地方労働審議会では,会長の私にはセリフの書かれたシナリオが渡されます。私はアドリブが好きなので,そのとおりには読みません。ただ,最後の終了などについてセリフを飛ばして突然終わったりすると,役人はうろうろしてしまいます。また,かつては兵庫県労働委員会でも,調査期日における委員のセリフが書かれていました。読み方を間違えそうな漢字にはフリガナも振ってありました。これらは純粋に善意によるものでしょう。ただ,役人以外の人はバカだと思われていて,バカが恥をかかないようにという配慮なのかもしれません。もっとも,そういう準備をしてもらえるのが偉くなった証拠だと勘違いしてる人も多いのですが。
 あまりにもバカバカしい提案なのですが,公式の場で発言する人には,自分の言葉で話せる人を選びませんか。大臣にしろ,政府関係の委員にしろ,です。
 今日も日本中のいろんな役所で,役人がセリフをつくり,それを棒読みする大臣,座長,委員長がいて,タイムキーピングたすべてで,議事がつつがなく終わればよし,とする非生産的なことが行われていることでしょう。情けないことです。

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2017年4月 9日 (日)

東芝経営危機に思う

 私が最初にイタリア留学に行った時に持参したのは,東芝のDynabookでした。留学先のミラノ大学では,当時マッキントッシュしか入っていないなか,私のDynabookはイタリア人から興味をもって見られていました。Duomo広場に面して,Duomoと向かう位置に,Toshibaの看板があったことも記憶があります(いまはどうでしょうか)。
 東芝は,日本を代表する企業の一つです。その東芝が経営危機に瀕しているのは寂しいことです。青梅事業所も閉鎖されたという記事が先日出ていました。従業員のリストラ計画も出てくるのでしょう。
 たいへん申し訳ないですが,先週始まった学部の労働法講義の最初にもネタに使わせてもらいました。大企業であっても,いつまで続くかわからない,ということです。東芝が倒産したわけではありませんが,終身雇用というのは幻想であって,大企業の正社員になったから安心とはいえないよ,という最近いつもやっている話から,今年の講義も始まりました。まさに拙著のタイトルとおり,「君の働き方に未来はあるか?」(光文社新書)であり,転職力が大切だ,というメッセージは,より響きやすい状況が生まれています。
 しかし,これに加えて気になったのは,次のことです。たとえばSankeiBizの2月17日版で,「東芝のリストラ影響…取引先が4割減 事業売却でさらに減る恐れ」(http://www.sankeibiz.jp/business/news/170217/bsb1702170606004-n1.htm)と出ていました。おそらく東芝との取引を中心にしていた下請企業などが多数あったことでしょう。そうした企業のなかには零細企業も少なくなかったはずです。地元の事業所が閉鎖されることにより,経営が危機に陥ることも十分に想定されます。巨大な中核企業が倒れると,その周辺に「寄生」していた周りの企業も連鎖的に倒れる可能性があります。
 労働法では,非正社員も含め従業員のことは考えますが,取引先企業のことまでは考えないのが普通です。しかし零細個人事業主などは,労働法で守られている従業員とは異なり,取引を打ち切られてしまえばそれでおしまいです。経営危機の影響を最も強く受けるともいえます。廃業しても雇用保険による所得保障はありません。
 従業員は,他の地域から来た人も多いでしょうが,零細個人事業主の多くは,地元の人です。逃げるところがありません。また,多数の従業員が去っていくと,彼らに対して住居,食料,さまざまなサービスを提供していた業者にも影響が及ぶでしょう。
 イタリアでは,大規模な事業所閉鎖があると,地元の政治家が乗り出してくることが少なくありません。おそらく青梅クラスの事業所閉鎖があると,中央政府も乗り出してくるかもしれません。労働者が大反対をして争議行為が激しくなり,収拾がつかなくなる恐れがあるので,大きな政治的イシューになるのです。
 東芝のケースでも,労働組合の反対運動があったようです。ただ,同時に最も反対運動をしたかったのは,取引先の業者たちであったかもしれません。  こんなとき,取引先が団結して,自分たちの仕事を確保するために,あるいは今後の事業計画の情報を得て対策を検討するために団体交渉を申し込むことができるのでしょうか。
 労働法的には,これは労働者概念の問題となります。普通に考えれば,専属的な下請であったとしても取引先の労働者性は否定されるでしょうが,労組法上の労働者は経済的従属性で考えるという一部の論者の主張を突き詰めていくと,当然に労働者性が否定されるわけではないとも言えそうです。
 こうした法的な問題とは別に,巨大企業が地域の雇用や経済を支えるという図式は,とてもリスキーであるということも考えておかなければなりません。地域を支えるのは企業ではなく,そこに根付いている個人ということを再認識すべきなのでしょう。
 兵庫県を支えるものとして頼りにすべきなのは,兵庫県に住む地元の個人事業主なのです。この個人事業主は,決して会社形態のものとは限りません。Independent Contractorも含まれます。兵庫県を拠点として,ネットをとおして,東京をはじめ全国,あるいは世界と取引をする人も含まれます。そうした人材を育てることこそ,栄枯盛衰が激しい企業に頼らない地道な地方の活性化と言えるでしょう。

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2017年4月 8日 (土)

柚月裕子『最後の証人』

 柚月裕子『最後の証人』(宝島文庫)を読みました。プロローグをみると,バスローブを着た男女の修羅場。女性が男性を殺そうとしています。男女関係のもつれのようです。そして,被害者は男性,加害者は女性のようです。  小説は,法廷の場面を一つの軸に転換します。検察側は,被告人に不利な証人を次々と出してきて,被告人が圧倒的に不利な状況で展開されていきます。一方,無罪を主張している被告人のために弁護を買ってでた,ヤメ検の佐方弁護士は,凄腕のはずですが,ずっとおされっぱなしです。  これと併行して,7年前の交通事故で息子を失った高瀬夫妻の復讐計画がもう一つの軸です。息子の信号無視が事故の原因として事件処理されたのですが,高瀬夫妻は,実は自動車の運転手が公安委員長をしていた島津であるということをつかみます。島津が飲酒運転をしていたのを,警察や検察がもみ消したということを知ったのです。そんななか,妻の美津子が末期ガンで余命が短いことがわかります。美津子は島津に復讐しようと考え,何とか島津に近づき,自分をホテルに誘わせます。これをプロローグのシーンと結びつけると,復讐は成功したかのようにみえるのですが,途中の法廷のシーンで,被告人が島津であることがわかります。つまり被害者は美津子だったのです。  裁判は島津に不利に進んでいたのですが,最後に佐方は決定的な証人を引っ張り出してきます。それが7年前の事件の隠蔽に関与していた警察官の丸山でした。佐方は,定年退職したばかりの丸山を,人間過ちを一度は犯すが,二度は犯すなと説得し(1度目は隠蔽,2度目は証言台に立たないこと),7年前の交通事故は島津に責任があったことを証言させます。  この証言は島津には有利に働きます。美津子が,復讐目的で,色仕掛けで島津に迫ったということを示すものだったからです。それまでの証言は島津と高瀬美津子は不倫関係にあったとし,痴情のもつれという殺害動機が推認されていたのですが,実は物的証拠は弱いものでした。7年前の事故のことを明るみにでたことにより,状況は一変しました。二人は,知り合ってそれほど時間が経っておらず,まだ肉体関係もなかったなか,名誉欲の強い男性が女性を殺すほどの動機はむしろ乏しいという佐方の主張が説得力をもちました。  こうして佐方は勝ちます。島津は無罪となりました。事件の真相は,島津を陥れるために,美津子が自殺したのでした。美津子の夫の光治は医師でした。死体を他殺に見せかけるナイフの刺し方を妻に伝授していました。  一方,島津のより重い責任も明らかになりました。高瀬夫婦は復讐を遂げたことになるのでしょうか。光治は共犯者として起訴されることになりそうですが。  よくできた作品だと思いました。復讐劇は明確ですが,誰が誰をどのように殺したかについては,どんでん返しがありました。読みやすい文章で,今後もヒットメーカーになるでしょうね。テレビドラマ化されたそうですが,途中までどちらが被告人かわからないという点は,どのようにしたのでしょうか。 ★★★(一気に読めます)

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2017年4月 7日 (金)

名人戦

 名人戦が始まりました。若手のフレッシュな対決です。初戦は稲葉陽八段が勝ちました。封じ手以降,佐藤天彦名人の手は冴えなかったですね。3四角の飛金両取り以降,後手の稲葉八段が一方的でした。72手の短手数であるのは,横歩取りの激しい戦型からして仕方ないのですが,名人戦としては,若干物足りないものもありましたね。
 佐藤名人は,コンピュータに負けたショックも引きずっているのでしょうか。稲葉八段の充実ぶりもありますが。まだまだ長丁場です。ほんとうの勝負は6月でしょう。

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2017年4月 6日 (木)

役所との付き合い方

 少し前になりますが,4月2日の日本経済新聞の「検証・働き方改革」の内容をみると,今回の改革は,非常に情けない結果になってしまったようです。 
 昨年,私も参加した労働政策決定プロセスの改革の議論はどうなったのでしょうか。せっかく一所懸命にやり,いろいろ考えたのに,政府が働き方改革実現会議なる別ルートを作ってしまい,労政審改革はどこかに吹き飛んでしまった感じです。いま,労働政策決定プロセスは,どうなっているのでしょうか。残業をめぐる労使間の矮小な協議に,どれだけの意味があるのでしょうか。現状では,労働政策決定プロセスは無茶苦茶です。やっぱり2035年を考えたほうがいいですね。
 個人的には,昨年,厚労省のために費やした時間は,それほど多くはないものの,それでも多少は費やしたのであって,むなしさを感じています。やはり私はこういうことに関わってはいけないということを学びました。
 人生50年をすぎると,もっと「やらないこと」を増やしていかなければ,時間がもったいないです。やれることや,やったら意味がありそうなことは沢山ありそうですが,後でむなしさが残るような時間の使い方はしたくありません。もっと若いときなら,それも勉強だと思える余裕がありましたが,いまは違います。勉強するなら,もっと違うことでしたいです。
 若い人には,将来の人生の計画をすっかりもって,今を過ごせと言っているのですが,それは私くらいの年齢で残されている時間が減っていて,若干意味合いが違うとはいえ,基本的にはあてはまります。
 役所関係の仕事に無駄が多いのは,目的がはっきりしていないからです。目的がはっきりしていれば,そのための効率的な「手法」を考えていくという思考が働きます。しかし,役所の「手法」は基本的には先例踏襲で,「目的」も不明確(あるいは本来とは違う省益や,さらに政治的な目的が背後にある)ということであり,そんなところに政治や行政の素人が巻き込まれれば,湯水のごとく時間が奪われ,使い捨てられるだけです。
 役所に時間をとられないようにすることが,普通の国民にとっては大切です。大学関係者からすれば,文科省に時間をとられないすることが大切です(同じ日の社説の「元凶は文科省の大学支配だ」に溜飲を下げた大学関係者も多かったでしょうね)。

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2017年4月 5日 (水)

百田尚樹『フォルトゥナの瞳』

 百田尚樹『フォルトゥナの瞳』(新潮文庫)を読みました。フォルトゥナは,ラテン語から来ていますが,イタリアでも同じfortuna で,運命という意味です。財産という意味もあります。英語のフォーチューンですね。  この作品は,ファンタジーです。人の死期が近づくと,身体の一部が透明にみえる慎一郎。透明の度合いが高まるほど,その人の死期は近づいています。しかし,死を回避しようと助けてあげると,自分の身体に負担がかかってしまい,脳や心臓がボロボロになります。人の運命は神のみが管理できるものなのです。  慎一郎は,幼いときに,両親と妹を火事で亡くしていました。妹を助けられなかったことを悔やんでいる慎一郎は,死期に近づいている人をみるたびに,助けたくてたまらなくなります。  そんなあるとき,同じような目をもっている黒川という男から,他人の運命に関わるなという話を聞きます。おまえが命を助けた男が,将来,殺人鬼になるかもしれない,そうなると,かえって多くの人を殺すことになる,ということでしょう。  「バクダッドの死神」の話もあります。ある商人の召使いが市場でバクダッドで死神に会いました。死神が脅すそぶりをしたので,召使いは商人にサマラまで逃げたいので馬車を貸してくれと頼みます。その後,市場で死神に会った商人は,死神になぜ召使いを脅したのかと問います。死神は,今晩サマラで会う予定だったので驚いただけだと答えます。人の運命は,逃れることができないのです。  しかし,もし他人の運命,とくに死期を知ったとき,それを回避するために手助けしたくなるのも人情です。これに関する著者の慎一郎の設定がうまいです。まじめでコツコツ働いている腕のよい職人。しかも,彼は気にかけるべき家族がいません。社会の片隅でまじめに働いている慎一郎は,なんとか自分の特別な目を人助けに使いたいと考えるのです。ちょうど電車に乗っているときに多くの人の身体を透明にみえます。近所の幼稚園に通う子供も透明にみえます。慎一郎は,大きな電車事故が起こるのではないかと考えます。幼稚園の遠足がある日が,事故日ではないかと考えます。慎一郎は何とか電車を止めようと命を捨てる覚悟をするのです。  この作品では,慎一郎と葵との恋も関係してきます。天涯孤独であった慎一郎ですが,携帯ショップ店で働く葵に恋をします。これまで恋に縁のなかった慎一郎ですが,恋をすると,生きたくなります。単純に命を捨てることができないようになるストーリー展開も著者のうまいところです。  最後に,実は,葵も慎一郎と同じ目をもっていたというオチもあります。慎一郎は,葵が事故を起こすはずの電車に乗らないかをずっと心配していました。しかし葵の身体は透明になっていませんでした(一度透明になっていたことがあって,そのとき慎一郎が助けていました)。葵は,慎一郎に初めて抱かれたとき,慎一郎の身体が透明になっているのに気づきました。葵は慎一郎の運命を知っていたのです。最後のシーンはプチ涙です。  ちょっと変わった作品ですが,いつものようにストーリー展開のうまさに脱帽です(★★★★ すでに読んでいる人も多いでしょうが)。

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2017年4月 4日 (火)

又吉直樹『火花』

 又吉直樹『火花』(文藝春秋)を読みました。文庫化されたので,やっと買ってみました。ある漫才師の青春物語という感じでしょうか。「あほんだら」という漫才師の先輩の神谷に弟子入りした,スパークスの徳永が,悩み,苦しみ,もがく青春物語だと思いました。
 世渡りが下手で破滅的な人生を送るが,とても人間くさく,芸に人生のすべてを賭けている神谷。常識的なところがある徳永は,神谷にはとてもついていけないと思いながらも,その才能に敬意を表し,そのプロとしての芸人魂に大きく感化されます(最後には,無謀な豊胸手術までしてしまうところは,意表をつかれました)。その一方で,徳永は,神谷に何とかもう少しうまく生きてもらえないかという,歯がゆさを感じているところもあります。
 私には,とても切ない小説でした。漫才師が主人公の小説を漫才師が書いたという感じはしませんでした。一つの道を究めようとする不器用な神谷に深い共感を感じると同時に,その神谷をとことん見捨ることはしないで,心のどこかで慕っている徳永の存在にほっとするものを感じたのです。
 でも,そのような読み方は,著者の意図とは違うのかもしれません。この小説の冒頭と最後は花火のシーンです。しかし,書名は「火花」です。華やかな花火の脇で売れない漫才をやらされたときに出会った二人。「火花」を散らすような熱い戦いの始まりだったということなのかもしれません。でも私には,それほどの「火花」は二人には感じられなかったのです。むしろ神谷が世間・社会に対して「火花」を散らして戦っていたのかもしれません。
 いずれにせよ,話題だけでとった芥川賞ではないと思います。 ★★★(話題作でもあるので,読んでみて損はないでしょう)

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2017年4月 3日 (月)

新入社員への言葉

  今朝の日本経済新聞のオピニオンで論説委員長が執筆した,「新入社員諸君,就職おめでとう」という言葉で始まった「日本型雇用の限界 打破を」という論考は,残念な内容でしたね。
 最初に日本型雇用のことで,JILPTの濱口桂一郎さんの本(『若者と雇用)』にふれて,いつものメンバーシップ型とジョブ型の対比で,日本は前者であり,欧米と違うとしたうえで,それが三つの困難に直面しているとします。その第1がグローバル化への対応です。そこで年次関係なしに給料が決める日立製作所の例を出し,これがジョブ型だと紹介しています。
 グレード制の賃金は増えていますが,これだけでは日本型からの脱却には不十分です。運用が年功型であれば,やはり年次が関係してきますから。また,日立の例がどうであるか知りませんが,一般にグレード制は,ジョブに賃金が直接対応しているわけではないので,ジョブ型とはいえません(これはジョブ型の定義によりますが)。多くの人が誤解しているのですが,年功型賃金でなければジョブ型だということではありません。労働者の従事する職務に対応して賃金が決まっているのが真のジョブ型です。
 その後に,日産のリーダー作りの話が登場します。グローバルな舞台で,若いときから豊富な経験を積ませ,能力に応じて早めに昇進させていくということでしょう。これはたしかに日本型雇用システムとは違うところです。これを可能としているのが,グレード制の賃金体系だと話がつながっていればいいのですが,一方は日立で,一方は日産なので,話がつながっているかどうかはっきりせず,ツギハギ感があります(ちなみに,リーダー作りについては,今日の日経新聞の別のところで,経産省が経営幹部育成指針をまとめたという記事が出ていました。神戸大の経営のMBAでも経営幹部育成をやっています。私は,リーダー作りの要諦は,早い選抜によるエリート教育だと考えていますが,これはいつか書く機会があるでしょう)。
 第2はワーク・ライフ・バランスへの対応で,最近ではお決まりの第2電通事件への言及のあと,鶴光太郎さんのジョブ型社員をつくるべきとの主張を引用しています。ただ,ジョブ型社員を,残業時間や勤務地を限定した限定正社員とする定義をし,そのあとに,そういう社員をつくらなければ「若手に雑務をさせる文化が消えない」としています。ジョブは職務で,ジョブ型は職務限定だから,たしかにそうなると若手に雑務をさせることはなくなるかもしれませんが,それと「残業時間」や「勤務地」を限定した限定正社員をつくることとは別のことです。労働時間,勤務地を限定していれば,自動的に職務も限定されるということなのでしょうか。
 「ジョブ型」というのが,どうもよく定義されないまま,一人歩きをしていて,意味がわかりにくい内容になっているような気がします。
 第3は,非正(規)社員の増加です。ここからは新入社員に呼びかける話ではなくなっています。善解すると,これから政府は非正社員の対策に力を入れるから,正社員の君たちも安心できないよ,ということかもしれませんが……。
 以上は細かいことで,キーワードとエピソードとインタビューを適当に連ねて書いた記事という程度のことですが,より深刻なのは,最後の締めの言葉です。作家の山口瞳のメッセージが引用されています。「会社勤めで何がものを言うかと問われるとき,僕は,いま,少しも逡巡(しゅんじゅん)することなく『それは誠意です』と答えている」。
 タイトルからすると高度経済成長期のモデルを打破せよという話になるのかと思っていると,最後の部分は,精神的なものは,当時のものを維持せよということのようです。支離滅裂ではないでしょうか。
 誠意が大切なのは,人の生き方として当然です。ただ,それ以上に会社勤めをすることに誠意を求めることこそ「社畜」を生み出す元凶なのです。私が新入社員に送る言葉は,この論考を読むな,ということです。私はこういう大人がいるから気をつけろ,という趣旨で,『君の働き方に未来はあるか』と,その続編の『勤勉は美徳か』(いずれも光文社新書)を書いたのです。ぜひ,こちらの本を読んでもらいたいです。できれば論説委員長さんにも。働くうえでの意識が変わります。

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2017年4月 2日 (日)

久坂部羊『嗤う名医』

 久坂部羊『嗤う名医』(集英社文庫)を読みました。医療系(?)の短編小説です。
「寝たきりの殺意」は,認知症の元医師のちょっと切ない話。正気のときと妄想のときが繰り返されるのは,周りも迷惑ですが,本人は正気なのか,妄想なのかわからないところが怖いです。私は,認知症にかかっていた母は,こんな思いだったのかなと思わされることもありました(さすがに周りへの殺意はなかったでしょうが)。 
 「シリコン」は,小さいときからいつも運が悪かった女性が貧乳コンプレックスを克服するためにシリコンで豊胸手術をしたところ,やはり運が悪くて,数年後に形が崩れてきたので,今度は除去しようとして,担当がイケメン医師で舞い上がっていたら,手術は大失敗で乳房は取り除かれてしまったという運の悪すぎる女性が,最後に復讐し,ちょっと運が向いてきたかなという気分になる話です。
 「至高の名医」は,自分にも他人(同僚や患者ら)にも厳しい名医ですが,あるとき,自分のミスで患者を死なせてしまったかもしれないと気づき,そのことを遺族に正直に告白すべきかどうか悩みます。そんななか,ひょんなことからナースとの一夜の過ちを犯してしまい,その数日後,彼女からHIVの陽性であるとの告白を受けました。しばらく悶々とした生活を送りします。結局は,自分は陰性だったのですが,そんなこんなで自分の弱さを知り他人にやさしくなります。名医が,医師としての技術があるだけでなく,人間的にも成長したという話です。
 「愛ドクロ」は,頭蓋骨大好きな人の話です。好きが高じて,墓を掘り起こして頭蓋骨を入手しようとするとんでもない男で,妻もあきれはてますが,その妻も頭の形にほれられて結婚していたのです。妻の実物の頭蓋骨を手に入れることができない夫はレントゲン写真で満足しようとしますが,最後に,妻の頭蓋骨が,ほんとうに自由のものになるまで待つというような不気味なことを言うのです。
 「名医の微笑」は,職場でも家庭でもストレスの溜まる毎日を送っているはずなのに,いつも微笑んでいる医師の話。この医師には,驚くべきストレス発散法がありました。その異常な性癖の世界の描写の細かさは,経験がなければ書けないでしょう。
 「嘘はキライ」は,ちょっとシュールな話。人が嘘をついていると,頭から黄色の狼煙が上がっているのがみえるという特異な能力のある水島は,医局の疋田教授の後継争いの人事にまきこまれます。疋田教授が指名する藤城が後継教授になることを阻止しようと奔走する友人に頼まれて,疋田の不正経理を暴こうとするのですが……。最後は,自分は「嘘がわかるとはいえない」という嘘をついて,事態の収拾を図ります。水島の嘘は誰も見破れないので,この計画はうまくいきました。
 この作家,結構,好きかもしれません。 ★★★(おじさん向けの医師がらみの小説)

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2017年4月 1日 (土)

電王戦第1局

 名人がソフトになすすべなく敗れるというのは,20年前ならエイプリルフールのネタだったかもしれません。
 今日の佐藤天彦名人とPonanzaの戦いは,71手で先手のPonanzaの勝ちでした。コンピュータのあまりの圧勝で,言葉もありません。Ponanzaの初手3八金という鬼手に,名人は幻惑されたのかもしれません。手が進んで,後手の名人が8筋突破と桂取りを狙って指した9八角が疑問だったようで,先手が2九飛と桂取りを受け,さらに8八歩と桂取りに打ったところで,もう先手が勝てない変化になっていたようです。どちらの玉にも手がついていませんが,後手の名人に勝ち目はなくなったようで,早めの投了になりました。
 第2局は5月にあります。佐藤名人は,稲葉陽八段との名人戦の真っ最中のなかでのPonanzaとの対局となります。なんとか頑張ってほしいですね。
 棋王戦は,渡辺明二冠が逆転防衛で,千田翔太六段はあと一歩のところでタイトルを逃しました。このあと1勝が若手にとって遠いのです。ここを乗り越えられるかが,一流棋士になれるかどうかの試金石です。ちなみに千田六段は,コンピュータを使って強くなったと広言している棋士です。
 森内俊之九段のフリークラス転出もびっくりしました(順位戦には参加しないということ。名人に復帰する道がなくなる)。永世名人資格者であり,B級1組への陥落はプライドが許さなかったのでしょう。谷川浩司九段はB級1組に落ちても頑張っていますが,このあたりは生き方の違いですね。谷川九段も,もしB級2組に落ちればフリークラス宣言をするでしょうが,本人はB級1組はA級と実力差はほとんどなく,そのクラスにいるかぎり,第一線で指しているという意識をもっておられるのでしょう。ぜひ頑張ってほしいです。
 NHK杯の佐藤対決は,康光九段が勝ち,3回目の優勝となりました。和俊六段は快進撃でしたが,最後は元名人の康光九段の前に敗れました。相撲でいえば,文句なく三賞独占です。決勝の将棋も,最後までハラハラする接戦で,解説の羽生善治三冠も言っていたように,非常に面白い将棋でした。和俊六段は敗れたとはいえ,実力を十分に発揮したと思います。
 康光九段は,2月に会長になり,すでに多忙になっているでしょうが,そのなかでの優勝は見事です。

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