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2017年3月21日 (火)

労働基準監督業務の民間委託について思う

  3月16日に,政府の規制改革推進会議は,労働基準監督業務の一部を民間に委託することを検討するための初会合を開いたそうです。その背景には,長時間労働などの労働基準法違反の事例が目立つなか,労働基準監督官が不足しているため,行政監督が十分になされていないという認識があります。委託先として社会保険労務士等も候補に挙げられているようです。
 たしかに,都市部では,労働基準監督官の業務は激務となっており,監督官の過重労働という洒落にならないような状態が生じているとおう話も耳にします。民間委託そのものが悪いとは言えませんが,厚生労働省はこれに難色を示しているようです。 
  ここで一つ浮かびあがる疑問は,社会保険労務士は,監督業務を受託するでしょうか。業務の範囲の拡大は,社会保険労務士にとって悪いことではないでしょうが,これまでは監督される企業の側で業務をすることが多かったでしょうから,監督業務までやると,本業のほうに支障が出てこないかという心配があります。たとえば,自分が顧問などをした企業について監督業務の受託は認められないでしょうし,監督業務を受託した企業と将来的に顧問契約を結ぶことも原則としては認められないでしょう。監督業務という権力的な業務の民間委託である以上,委託先にいろいろな規制がかかってくることは避けられないでしょう。
 ちなみに,兵庫県労働委員会の公益委員には弁護士が3名おられますが,慣例として,労働事件を扱ってこなかった弁護士の方が選任されているようです。監督業務とは違いますが,労働委員会の業務も公権力の発動という面があるのであり,これまでの本業との関係で中立性が損なわれないようにすることへの配慮だと思います。
 それでは,監督業務を労働問題を扱っていない者に委託すればよいということになりそうですが,そうなると今度は専門性の点から問題が出てくるでしょう。どのような業務を民間委託するかにもよりますけれども,労働基準法の解釈や通達に精通していなければならない監督業務においては,専門性を軽視することはできません。しかし専門性のある社会保険労務士の多くには,すでに企業側に立った自分のビジネスがあるのです。というような堂々巡りの議論となり,このあたりのことが,うまく解決しなければ,なり手が出てこないのではないか,という気もします。
  そもそも警察を増やせば治安が良くなる的な発想でよいのかということも問題となります。公務員減らしの対象に労働基準監督官も含めてしまったことには問題があるということは以前に私も『君の働き方に未来はあるか?』(光文社新書)に書いたことがあります(81頁)が,ブラック企業対策には,もう少し別のものもあるのではないかという気がします。私は,その本では,労働者側に立ってブラック企業対策を書きました(81頁以下)が,それに加えて企業側の法律知識の向上も必要です。殺人,放火,強盗,窃盗をしてはならないということは誰でも知っているのに対して,監督業務は,「使用者」(労働基準法10条の定義を参照)という限られた主体による,あまり詳しく知られていない労働基準法という法律の違反をターゲットとするものです。ここに労働基準監督業務の特殊性があり,上述のような問題点が出てくる背景的原因があります。
 とはいえ批判ばかりをしてもいけません。良い民間委託案が出てくれば応援するにやぶさかではありません。厚生労働省も職分を侵されるという視点ではなく,労働基準法のエンフォースメントをいかにして高めるかという大局的な視点で建設的な対応をしてもらいたいです。今後の議論の進展に注目しましょう。

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