« 日本労働研究雑誌の学界展望へのコメントその1 | トップページ | ハッシー敗れる »

2017年3月17日 (金)

日本労働研究雑誌の学界展望へのコメントその2

 昨日の続きです。もう一つ「労働委員会制度に未来はあるか?―その専門性を問い直す」季刊労働法252号も採りあげていただきました。中窪さんから,「この著者にしては……比較的穏当な,かなり現実に即して議論をしているように思います」というコメントを頂きましたが,私はいつも「現実に即して」議論しているつもりであり,その現実の見方が他の人と違っていることが多いだけなのだと思っています。たとえば,昨日も触れた労働者弱者論こそ現実に即していないと,私のほうでは思っているのです。今回の労働委員会に関する議論については,おそらく中窪さんと現状認識が一致したのでしょう。内容自体は,かなり過激な論文で自分では思っています。
  この論文は,労働委員会の実務を10年近くやってきたなかで,ずっと書きたくて,うずうずしていたテーマでした。労働委員会の本来の仕事は何なのか,とくに1号事件(不利益取扱い事件)について,労働審判などの司法手続との違いを意識していない実務は適切かなど,労働委員会の独自性や存在意義に関わる論点を,理論的に詰めていきながら,労働委員会制度や運用の問題点を指摘することを試みたものです。
 結論としては,労働委員会は,不当労働行為救済や争議調整という集団的労使紛争の解決機関としての原点に返って,その専門性を磨くことに専念すべきであり,個別労働紛争のようなものにウイングを広げるべきではない,ということです。それこそが労働委員会制度を真の意味で大事にすることだというメッセージも込めています。
 今回の討論に対する若干の不満は,労働委員会をできるだけ活用したほうがよいという議論は,わからないではないのですが,紛争解決システムの中で,なぜ労働委員会を使わなければならないのか,ということについては,十分に意識して議論されていないように思える点です。たとえば,個別紛争事件を労働委員会で扱うことについて,緒方さんの「労働審判の役割と重なるかもしれません」という発言に対して,川田君は「労働審判の場合,建前では,実務経験者である労働審判員は労使それぞれの代表者ではないということなので,労働委員会の労使委員と比べると当事者との接触の密度は違うということは言えるかと思います」と述べていますが,この程度のことでは,私にとっては全然説得力はないのです。とくに労使委員の出身母体と,実際に紛争になることが多い地域合同労組と中小企業との間には,大きなズレがあるので,いっそうそう感じてしまいます。
 紛争解決チャンネルがたくさんあればいいという考え方には,私は与していません。労働委員会の本来の専門的任務を果たすためには,まだまだやるべきことがあって,その専門性を磨いてほしいということ(本当に意味のある研修をすべきであること),一方で事件数が少ない県においては,専門外のことに手を出すのではなく,そもそもなぜ各県に労働委員会がなければならないのか,ということを考えてほしいということを強く訴えかけたいです。
 討論の最後のほうで検討していただいた中労委改革は,中窪さんも,緒方さんも,方向性としては賛成してくれているようです。
 いずれにせよ,現状維持あるいは膨脹主義的な組織の論理を捨て,限られたリソースをいかにして効率的に使って(とくに税金が無駄に使われていないかという視点),ほんとうに国民のためになるような労働紛争解決サービスを提供するか,ということを考えた改革が必要です。本論文で,いろいろとアイデアを出している(すべてが私のオリジナルというわけではありません)ので,会長も代わり新体制となった中労委のほうで,ぜひ真剣に取り組んで頂ければと思います。

 と,いろいろ書きましたが,今回は多くの論文のなかで,私の論文を2本も検討していただきました。個人的には,ICT関係の論文も検討してもらいたかったという気持ちはありますが,これは「派手な」論文で,これに対し,今回の2本は「地味な」論文です。地味だけれど,かなり力を入れて書いた論文に光をあててもらったことには,たいへん感謝しています。ありがとうございました。

|

« 日本労働研究雑誌の学界展望へのコメントその1 | トップページ | ハッシー敗れる »

労働法・雇用政策」カテゴリの記事