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2017年2月 9日 (木)

労働基準法違反の制裁について考える

 今朝の日経新聞の「大機小機」で,労働基準法違反に対する制裁を工夫せよという意見が掲載されていました。個人責任を前提とした規定が問題であるのか,刑事制裁が問題であるのか,その両方なのか,いまひとつ論旨が明確ではありませんが,その主張は,法人だけを名宛人として,しかも刑事責任ではなく,「業務改善命令といった行政処分もあれば,交通違反の反則金制度,独禁法違反や金融商品取引法違反に適用されている課徴金制度も存在する」ということで,腹鼓氏は,そうした方法を検討せよとしています。
 これは傾聴に値する見解ですが,若干の基礎的考察が必要です。
  まず,現在の労働基準法の制裁が機能していないかどうかです。殺人事件が起きたからといって,刑法の殺人罪の規定が機能していないというわけではなく,違法残業があったからといって,法定労働時間を定める労働基準法32条の刑罰規定が機能していないとは言い切れません。起訴の件数が少ないからといって,全窃盗件数のなかで,いったいどれだけのものが起訴されているのかということを考えてみれば,話は簡単ではありません。むしろ,労働基準法の刑事罰は,予防機能としては効果をもっており,それはとくに行政指導をする際に威力があるという意見もあります。司法警察権をもつ労働基準監督官だから行政監督の実効性が高まるという面があるのです。
 とはいえ,私も,労働基準法の刑罰規定がよいと考えているわけではありません。腹鼓氏のいうように,個人責任をベースとした両罰規定とするのではなく,端的に法人を行政処分の対象とすべきということも一理ありますが,そもそも制裁は何のために課すかということから考えていく必要があると思っています。そうすると,制裁には,違法に対する応報ではなく,違法の予防という観点もあるのであり,そして後者の観点から,労働基準法が遵守されるようにするためには,制裁的手法がほんとうに適切か,という問題意識も出てくるのです。
 かりに応報という点からみても,刑罰は最も重い制裁であり,それは違法行為との釣り合いがとれていないという面があります。自殺するような長時間労働をさせたことは刑罰に値するということかもしれませんが,労働基準法の構成要件は,法定労働時間を超えて,三六協定の締結・届出なしに働かせることであり,それだけで刑罰を発動できるという規定は,かなり重いものといえるでしょう。もっとも,これが刑罰になっていることの意味は,歴史的には,法定労働時間を超える労働が,労働者の健康に重大な支障があるということと関係しており,そのようにみると,長時間労働は刑事罰で制裁するにふさわしいといえそうです。
 ただ,そのように考えて,労働者の健康という点から刑事罰を維持するとしても,ほんとうに健康に重大な支障が生じるような働かせ方をした場合を構成要件とするという方向で改める必要があるかもしれません。たとえば,月の時間外労働の絶対的上限を45時間や60時間として,それを超えてはじめて刑事罰を課すということなどが考えられます。
 しかし,予防という点まで考えると,そもそも刑事罰でよいかは,なお検討の余地があります。殺人,放火,強盗,強姦などは,それをしないことは道徳的に当然であり,何か特別なプラスの意味があることではありません。しかし長時間労働をさせないことは,企業にとってプラスとなる行為であり,ここに通常の道徳や倫理と結びついている刑法犯との違いがあります。このことは,長時間労働をさせない行為は,違反行為に対する制裁ではなく,インセンティブの手法をとることによっても実現できる可能性があることを意味しています。こうした長時間労働の特徴も考慮して,どのような予防手法がいちばん企業が反応するかを議論をしていくことが必要なのです。
 これは企業倫理,刑事学,法社会学などの知見もとりいれながら研究していくべきテーマではないかと思います。

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