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2017年2月22日 (水)

学校法人専修大学事件

  渡辺章先生から,「労災保険法上の補償給付の基本的性格と機能―打切補償の支払いと解雇の適法性をめぐる問題に焦点をあてて―」(専修ロージャーナルNo.12 (2016年))の抜き刷りをいただきました。有名な学校法人専修大学事件(拙著『最新重要判例200労働法(第4版)』の第57事件)で突然注目されるようになった,打切補償と解雇制限の解除をめぐる論点について,最終的には最高裁で妥当な結論になったものの,第1審では,悪名高い(?)伊良原判決により,渡辺先生の意見書が正面から批判されていたこともあり,ここは先生自身しっかり自説を論文として発表しておこうと思われたのでしょう。
 とくにポイントとなったのが,1976年の法改正で長期傷病者補償給付に代わって傷病補償年金が導入されたとき,労働省の「解雇制限との関係は従来のまま引き継ぐとの考え」の趣旨がどのようなものであったかです。
 長期傷病者補償は1960年の法改正で新設されたもので,療養補償を受ける労働者が療養開始から3年経過しても治らない場合に,労災保険法上の「打切補償費」(労働基準法上の打切補償に相当)に代わる,新たな保険給付として設けられたものです。このときの療養は,「療養保障給付」とは異なる「傷病給付」とされ,通常の療養とは別制度となりました。その後,1965年に,長期傷病者補償は,長期傷病保障給付に改められ,そこでの療養は「療養の給付」となりましたが,実質は「傷病給付」と変わっていませんでした(通常の療養補償給付とは別制度)。
 解雇制限との関係では,1960年以降,長期傷病者補償(その後の長期傷病補償給付)が支払われれば,労働基準法81条により打切補償をしたものとみなすという規定になりました。これは長期傷病者補償が,打切補償費に代わる制度であったことから,当然の規定でしょう。
 1976年の傷病補償年金への改正の際,重要な制度変更がありました。それは療養開始から3年を待たずに1年6カ月後に支給されること,ただし対象者は傷病等級が3級以上の重度のものに限定されたことです。そして,解雇制限との関係では,傷病補償年金の支給を受け,かつ療養開始から3年経過していれば,労働基準法81条により打切補償をしたものとみなすということになりました。文言上は労働基準法19条の解雇制限がはずれる労働者は,療養開始後3年という年数要件は同じものの,傷病補償年金の支給対象者が重度の障害のある者に限定されることになったのです。
 伊良原裁判官は,このことについて,一定の給付があれば解雇制限が解除されるという効果は,たしかに従前の規定を引き継いだものではあるが,傷病補償年金の傷病等級に至らない場合の療養保障給付についてまで,解雇制限の解除の効果が及ぶものではないという解釈を展開し(労災保険法の文言だけみれば,そうした解釈もありえそうです),さらに実質論として,傷病補償年金を受けている重度の障害がある者とそうでない者については雇用維持の必要性に大きな差があるので,後者の者について労働基準法上の打切補償によって解雇制限を解除するのは適切でないとしたのです。
 伊良原判決(それと同内容の高裁判決)を覆した最高裁判所に対して,根本到氏は「労災保険と労基法上の災害補償制度について十分な検討を行っておらず,明文の規定がない解釈論を正当化する論拠に欠けている」(法学セミナー727号「労基法19条1項の解雇制限と労災保険給付」)という批判や,中窪裕也氏の「労働者の復職の可能性を重視して,あくまで解雇制限の解除を否定するのか,それとも,みなし規定とのバランスや雇用維持による使用者の負担を考慮して,それを肯定するのか,という検討がなされるべきだったのではないだろうか」(法学教室422号「業務上疾病による休業者に関する労基法19条の解雇制限と打切補償」)という意見が出されていることもあり,渡辺先生はこれらの学説への批判も試みられました。
 渡辺先生は,1976年に傷病補償年金に改正されたとき,受給者になされる療養が,これまでの長期傷病者補償や長期傷病補償給付においては別制度であったのが,療養補償給付に一本化され,休業補償給付のみこれを行わないという規定に改められている点に注目されます(労災保険法18条2項)。このことから,「制度」論的には,労基法の打切補償の系譜を引く打切補償費と等価のものとされた労災保険法19条のみなし規定(解雇制限の解除との関係で労基法81条の打切補償があったものとみなすとする規定)との関係で,長期傷病者補償や長期傷病者給付における療養は,労基法75条の規定(療養補償の規定)によって療養を受ける場合と区別する余地があったのに対して,1976年以降は,そのような解釈の余地がなくなっていることを指摘されます。
 したがって,問題は,文言ではなく,労基法上の療養補償と労災保険法上の療養補償給付を同一視してよいかということになるとします。これは,まさに制度趣旨の問題です。そして,傷病補償年金制度をめぐる上記の歴史的な変遷をみていくと,「明文の規定のない解釈論」という批判は説得力がないことが明らかになります。制度趣旨という点からみると,労基法の療養補償と労災保険の療養補償給付が同質・同一であるということを否定する余地はまずないと思われます。
 もう一つ復職可能性の点についても,渡辺先生は,傷病補償年金の対象者を重度障害者に限定したことについて,復職可能性とは無関係であることを,立法趣旨に照らして論証しています。傷病等級の認定が,1年6カ月経過時点で,6カ月以上の期間にわたって存する障害の状態により認定するものとするという規定(労災保険法施行規則18条2項)の意味について,第3級は6カ月以上にわたって完全労働不能が続く場合をさし,したがって3級以上の傷病等級ではないということは,6カ月以内に常態としての労働不能から脱することができる(つまり復職可能性がある)という理解を示した岩永昌晃氏(民商法雑誌149巻3号「療養補償給付支給中の打切補償支払による解雇禁止解除」)を批判し,障害の程度をどのように判断するかということと復職の可能性とは別であると論じています。復職の可能性は,労契法16条の枠内で考えればよいということです。
 要するに,労働能力を完全に失っていて復職の可能性がないから,傷病補償年金に移行し,それゆえ解雇制限が解除されても仕方がないが,そうでない場合は解雇制限を解除されるべきではないというロジックは,法律を根拠なく読み込み過ぎたものであって,立法趣旨から乖離しているということなのでしょう。
 おそらく,法律を素直に読めば,傷病等級の点は,休業補償給付から傷病補償年金への移行をするのに適切かどうかということに関するものであるのに対して,労災保険法19条による打切補償のみなしは,傷病補償年金が打切補償費から引き継がれて設けられたという沿革によるものであり,両者をごちゃごちゃにして議論してはいけないというのが,渡辺先生のメッセージなのだと思います。
 「老いて」(すみません)なお迫力のある論文を書かれる渡辺先生には,心より敬意を払いたいと思います。

 *お詫びと訂正 
 上記引用の『最新重要判例200労働法(第4版)』の57事件の右段の解説の上から11行目の「支給される場合には,」のあとに,「療養開始から3年が経過していれば」という文言を補充していただければと思います。労災保険法19条を確認してもらえれば3年要件は当然のことなのですが,この文章のあとに傷病補償年金の1年半の要件に言及しているので,誤解を招く内容になっていました。お詫びとともに,訂正をお願いします。

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