« 学校法人専修大学事件 | トップページ | まさきとしか『完璧な母親』 »

2017年2月23日 (木)

労働組合の役割とは?

 「働き方改革実現会議」は労使のトップがメンバーになっているので,その重要性たるや半端ではありません。その動向について,私もこのブログにしつこく書いていますが,今朝の日経新聞に掲載されていたヤマト運輸の記事と連合の会長のコメントとのギャップに考えさせられるものがありました。
 連合の会長は,日経新聞の記事によると,記者団に対して,「上限時間を罰則付きで決めることは労働基準法70年の歴史にも極めて大きな改革だ」と述べたそうです。前後の文脈がわからないので,この発言の真意はよく分かりませんが,文字どおりにとらえると,首をかしげたくなるところがあります。
 もともと労働基準法はその制定のときから,週の労働時間の上限を48時間(現在は40時間)として罰則付きで強制していたのです。個々の事業場において,労働組合(過半数代表であればということですが)は,三六協定の締結を拒否すれば,企業がそれを超える労働時間を合法的にさせることを阻止することができました。あるいは三六協定を締結して,企業が合法的に時間外労働をさせる範囲を設定することもできました。法は,労働組合の力を信用して,労働組合が自力で労働時間の範囲を限定できるようにしており,これは企業側からすると,きわめて強力な規制であったのです。
 それなのに,今回のように三六協定で締結する時間外労働の上限を罰則付きで決めてもらうということになると,自分たちでは労働者を十分に代表できない,あるいは代表できる場合でも自分たちでは十分に時間外労働の長さをコントロールできないということを正面から認めるものであって,「歴史的にも極めて大きな改革」という意味は,労働組合の歴史的敗北であるとみるのが正しいのです。
 労働組合にもっと権限を与えるべきとして,分権型規制を提唱してきた私としては,国家の規制に依存することに抵抗感を見せない日本の労働組合には,労働組合という名を付与することそれ自体にためらいを感じてしまいます。結果がよければそれでよいというのは,敗北へのプロローグです。
 結局,労働政策審議会レベルでは時間がかかるとして,トップが交渉の場に引きずり出され,そして屈辱的な条件を飲まされ,後はそれはどう屈辱的でないかを粉飾しようとしているという感じで,見事に政府の戦略にはまったような気がしてなりません。 
 これは相当きびしいコメントになっていますが,私がずっと労働組合の応援団であったことは,私のこれまで書いてきたものを見てもらうとよくおわかりかと思います。愛情からくる叱咤激励であるということをよくご理解いただければと思います(ダメ虎を叱咤激励する阪神ファンのようなものです)。もちろん,すべて分かった上での深い大人の戦略があったが上での今回の行動であるとするならば,それは私の理解不足ということでお許し頂ければと思います。
  一方,今朝のヤマト運輸の労働組合のニュースは,逆に労働組合の将来に希望を持たせるものでした。長時間労働の元凶である過重サービスの解消について労働組合が要求をし,経営陣がこれに応える姿勢を示したということのようです。人手不足のいまだからこそ,労働組合にとっては千載一遇のチャンスです。労働環境の改善は,企業にとっても受け入れやすい状況にあります。とくにサービス業においては,企業が顧客に提供するサービス内容を抑制するという姿勢がなければ,労働環境の改善につながりません。労働者の論理と消費者(生活者)の論理の対立を直視し,ようやく前者の論理を優先しようとする動きが出てきたということでもあります。こうした動きの担い手は,現場にいる労働組合がもっとも適任でしょう。
 私自身もamazonをよく利用していて,こんなに便利でいいのだろうかと不安を抱くこともありました。よく顧客が悪い(モンスター化している)ということも言われますが,どんどんサービスを向上させて,顧客のサービス意識を高めてしまった企業側にも責任があると思います。たとえば,私の最近の例でいうと,ワインをまとめて注文したとき,宅配ボックスに入れられては困るし(腰痛なので重い荷物を宅配ボックスから部屋に運ぶのが大変),また再配達になっては申し訳ないと思って,18時以降の時間指定をしていたので,必死に時間に間に合うように17時50分くらいに帰ってくると,実はその日は別の便(書籍)があって,すでに午前中に宅配ボックスに一緒に入れられていたというようなことがあったとき,思わずクレームもつけたくなります(よく来てくれる人なので,迷惑になったら可愛そうと思い,結局,クレームの電話は入れませんでしたが)。
  サービスがあれば,それを前提に行動するし,そうしたサービスがなければ,ないなりに別の方法を考えるのです(近くの酒屋に頼んでの配達という方法もあるのです)。無理なサービスは最初からやめておいてくださいというのが,消費者のニーズであり,消費者のニーズが過剰であるだけではないのです。
 背景には,もっと込み入ったビジネスの仕組み(amazonの横暴?)が影響しているのかもしれませんが,私たちは消費者でもあり労働者でもあるので,これからは労働者のほうの論理をもっと考えていきたいと思います。労働組合がその担い手になってくれるというのは,たいへん心強いです。
 そして,良いサービスにはしっかり料金の上乗せをしてもらったほうが,消費者としてもかえってそのサービスを使いやすいということになるのではないでしょうか(料金の追加があると,かえって消費者の要求がきつくなるという話もあるのですが)。

|

« 学校法人専修大学事件 | トップページ | まさきとしか『完璧な母親』 »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事