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2017年2月17日 (金)

第130回神戸労働法研究会

 一人目は,大阪経済法科大学のオランゲレルさんのテーマ報告で,「中国法における『事実上の労働関係』に関する判断と問題点」でした。中国における事実上の労働関係をめぐる議論は,日本でなされているものとは異なり,主として,書面性が労働契約成立の有効要件となっている関係で,書面によらない労働契約の効力についての問題として論じられているなどがわかりました(日本の議論については,拙著『労働法実務講義(第3版)』(2015年,日本法令)の590頁以下を参照。ドイツでは,「faktisches Arbeitsverhältnis」の議論です)。
 二人目は,弁護士の千野博之さんが,ツクイほか事件・福岡地裁小倉支部判平成28年4月19日労判1140号39頁とファイザー事件・東京地判平成28年5月31日労経速2288号3頁について報告してくださいました。ファイザー事件のほうは,後日,季刊労働法に掲載してもらう予定ですので,そちらにゆだねます。
 ツクイほか事件は,介護職員に対するマタニティ・ハラスメントの存否等が問題となりました。具体的にみると,原告の労働者は,被告会社の経営する営業所のデイサービスで介護職員として働いていましたところ,妊娠したため,業務の軽減を希望しました。しかし,会社側にすぐに対応してもらえず,その間の対応に問題があったのではないかということが争われました。
  2012年8月1日に原告は上司の営業所長(女性のようです)に妊娠の報告をし,9月13日の面談の際に業務の軽減を求めました。しかし会社のほうは何も対応しなかったため,原告はその夫とともに12月3日に,より上の管理職と面談し,業務の軽減を求め,その後は実際に業務の軽減がなされています。
 9月面談の際の営業所長による原告への発言が認定されていますが,その内容は相当に酷いもので,それだけをみると,少なくとも言われたほうが萎縮するようなものであると言えそうです。もっとも,裁判所は,この発言には,原告への配慮不足はあるものの,営業所長が嫌がらせの意図をもって発言したとは認められないとしています。
 また健康配慮義務という観点からは,営業所長の発言は,「原告の勤務態度につき,真摯な姿勢とはいえず,妊娠によりできない業務があることはやむを得ないにしても,できる範囲で創意工夫する必要あるのではないかという指導をすることにあったのであり,また,従前の原告の執務態度から見てその必要性が認められること……からすれば,その目的に違法があるということはできない」としたうえで,「妊娠をした者(原告)に対する業務軽減の内容を定めようとする機会において,業務態度等における問題点を指摘し,これを改める意識があるかを強く問う姿勢に終始しており,受け手(原告)に対し,妊娠していることを理由にすることなく。従前以上に勤務に精励するよう求めているとの印象,ひいては,妊娠していることについての業務軽減等の要望をすることは許されないとの認識を与えかねないもので,相当性を欠き,また,速やかに原告のできる業務とできない業務を区分して,その業務の軽減を図るとの目的からしても,配慮不足の点を否定することはできず,全体として社会通念上許容される範囲を超えているものであって,使用者側の立場にある者として妊産婦労働者(原告)の人格権を害するものと言わざるを得ない」としました。
 そして,「原告に対する言動には違法なものがあり,これにより原告が萎縮していることをも勘案すると,指示をしてから一月を経過しても原告から何ら申告がないような場合には,被告において原告に状況を再度確認したり,医師に確認したりして原告の職場環境を整える義務を負っていたというべきである。そして,被告は,同年10月13日以降も拱手傍観し,何らの対応していないところ,被告が,原告に対して負う職場環境を整え,妊婦であった原告の健康に配慮する義務に違反したものといえる」として,営業所長の損害賠償責任を認めました。また,会社のほうの責任についても,職場環境配慮義務違反を肯定しました。
  ここでは,職場環境配慮義務,健康配慮義務,人格権などの概念が入り乱れていて,十分に理論的に整理されていない印象を受けます。業務軽減の申出に対して,会社が1カ月放置していたことまでは問題ではないが,1カ月経過した10月13日以降も放置していたことは問題であるとして,それに発言の若干の行き過ぎが「合わせ技一本」となり35万円の慰謝料となったという感じです。
 端的に発言内容からしてハラスメントの意図があって違法であったとなっていればすっきりしたのですが,そういう事案ではないということのようです。会社側は,営業所長は,原告にできる業務を具体的にあげるように求めたのに,その申告がなかったから,配慮できなかったという趣旨の主張をしています。判決は,その場合でも,営業所長のほうから面談を呼びかけるべきであったと述べていますが,この判断の適否は議論のあるところでしょう。使用者のほうがコミュニケーションをもっとしっかり取って,労働者のニーズにあった対処をすべきだったということなのかもしれませんし,それが労働基準法65条3項で権利とし認められている女性の業務軽減に対応する使用者の義務ということなのかもしれませんが,これまでの解釈からするとやや行き過ぎのような気もします。
 以前に神戸大学で行ったマタニティ・ハラスメントに関するシンポジウムにおいて,広島中央保健生活協同組合事件(最高裁判所第1小法廷判決平成26年10月23日平成24年(受)2231号。拙著『最新重要判例200労働法(第4版)』(弘文堂)の第134事件も参照)が,妊娠による業務軽減に伴う降格について,労働者の自由意思による同意を得て行う場合は例外的に有効とするという判旨があり,これはコミュニケーションの促進という観点からは望ましいという議論をしていましたが,これはコミュニケーションをしっかりとっていれば,労働者も納得して降格となるので人事管理上望ましいという意味であって,コミュニケーションをしっかりとらなければ,それだけでハラスメントになるとか,配慮義務違反となるとか,そういう意味ではありません。
 介護労働者の離職を防ぐのは,今日における重要な政策課題の一つであり,そのことは私も強く認識していますが,それを意識しすぎて,理論的に不十分なまま介護サービス業者に対する負担を重くすることは,副作用の方が大きいと思います。これは最近ときどきみられる世論迎合的判決の一つといえるかもしれません。
 控訴審においてもう一度理論的に整理して,妊娠中の女性に対する業務軽減に関して,本件のような対応において,どのような義務が使用者に対して課され,どのような場合にその違反となるのかについて,説得力のある判決が出ることを期待したいと思います。

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