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2017年1月19日 (木)

谷川浩司会長を助けよう

 私は谷川浩司九段のファンですから,以下に書くことはもちろん贔屓目が入っています。  
 日本将棋連盟の会長の辞職は引責辞任という形になりそうですが,むしろファンとしては対局に集中してもらえるという点で賛成です。
 三浦弘行事件に関する第三者委員会の調査報告書(概要版)がネットでアップされていました(https://www.shogi.or.jp/news/investigative_report_1.pdf)。なかなかよくできた報告書で,法律家が書いたらしい緻密な構成となっています。
 これによると,三浦九段がクロであるとはいえないということであり,もちろんシロであるとも断定してませんが,そもそも白黒を付けるということは不可能なものです。ただ三浦九段の疑惑を根拠づけるとされた事実について,どれも確認できなかったということです。とくに指し手の一致率について疑惑を根拠づけるようなデータが出なかったことが大きかったと思います。
 疑惑の4対局(対久保九段,対丸山忠久九段[2局],対渡辺明竜王)についての調査は,棋士(匿名)の意見聴取を基礎とした分析で,結論としてクロとはいえないということですが,調査書も認めているように,あまり強い説得力をもつものではありません。棋士は天才集団ですが,そこでも6割以上勝つ棋士とそうでない棋士との間には決定的な差があります。やはり誰の意見を聞くかは重要ですので,匿名の棋士の意見はほとんど意味がないと思います。
 そうなると,トップ棋士が直接対局して感じたものが,やはり大切となりますが,丸山九段は疑惑を感じなかったと言っていましたし,あの渡辺竜王も対局直後は感じていなかったようです。最初に疑惑を指摘したのは久保利明九段ですが,彼は三浦九段が対局で31分離籍していたと主張していたのに,それがビデオでの確認により誤りであったということが明らかになりました。この事実誤認が報告書でも度々指摘されていることから,第三者委員会の判断に大きく影響したのでしょう(これについては久保九段の弁明も聞きたいところです)。
 では,日本将棋連盟にどこまで責任があるのか。報告書にも出てくるのですが,三浦九段にも怪しい弁明があったことは事実だったのです。そして報告書の結論も,連盟が三浦九段に今回の措置をしたことはやむを得なかったということなのです。そこについては,第三者委員会は,実によくプロの棋士の仕組みにも配慮した説得力のある判断をしています。マスコミは,次の報告書の第6の末尾の部分をしっかり読まなければなりません。
 「以上の事情を総合考慮すると,連盟の三浦棋士に対する本件処分は,連盟の連盟所属棋士及び公式戦に対する規律として許容される範囲内の措置であり,やむを得ないものと評価されるべきである。ただし,以上述べたとおり,本件処分は,連盟の目的達成のために,三浦棋士個人に不利益が生じた場合といえるため,上記2(4)のとおり,失われた利益の多寡を含む上記総合考慮の諸要素等に照らし,連盟が三浦棋士に対し,何らかの補償を検討することが適切である。
 なお,本件処分は,本件疑惑に対してやむを得ず行われた措置であり,「処分」という表現はいささか適切さを欠くといえる。もっとも,措置が内容的に許容されるものであった以上,表現が適切でない点は,措置の効力を否定するものとまではいえない。
 また,連盟が本件処分のような措置を採るためには常務会の決議が必要と解されるが,本件処分の決定は常務会を構成する一部のメンバーで行われており,本来の決議はなされていない。しかし,2016年10月11日の時点において,三浦棋士からの休場の申し出等を踏まえ,同棋士を竜王戦七番勝負に出場させない方向性については常務会の全理事間で共有されていたといえること,数日以内に決定に参加していなかった理事の事後的な追認を得ていること,三浦棋士が休場の申し出を撤回した時点以降連盟として緊急の対応を余儀なくされたこと等を考慮すると,この手続上の問題も,本件処分の措置としての効力を否定するものとまではいえない。
 さらに,連盟の三浦棋士に対する通知書には本件疑惑について直接的には言及されていない点で若干正確性は欠くものの,通知書全文を見れば実質的には本件疑惑も含んで総合的に判断したことは明らかであり,本件疑惑について直接的に言及しなかったのは,三浦棋士の名誉に対する配慮もあったといえることから,不合理であるとまではいえず,やはり本件処分の措置としての効力を否定するものとまではいえない。」
 雇用労働者に対する懲戒処分の有効性判断を想起させるような表現が使われていますが,要するに,三浦九段に適切な補償をすることは必要だ(報告書は,最後に,「連盟は,三浦棋士を正当に遇し,同棋士がその実力をいかんなく発揮できるよう,諸環境を整え,一刻も早く将棋界を正常化されるよう要望するものである。」としている)が,連盟という組織の措置として今回の出場停止処分はやむを得なかったものであり,手続的にも問題はなく,有効なものだということなのです。
 ちなみに最後の「第7 本調査を踏まえた当委員会の提言」は,将棋界の将来もみた格調高いものとなっています。

 今回の三浦問題は,コンピュータと人間との戦いという大きな歴史のなかの1頁を刻むものとなるかもしれません。この春にはついに現役の名人の佐藤天彦が,コンピュータの最強ソフトと戦います。4月から始まる人間同士の名人戦よりも,こちらのほうが世間を注目を集めるでしょう。新しい会長には,そういう新しい時代におけるプロ棋士という職業集団のあり方をしっかり考えていってもらえれば,ファンとしては嬉しいです。
 同時に,私たちは人間同士の戦いもまだまだ楽しんでいたいのです。ハッシーが8日のNHK杯戦で,土壇場で深浦康市に大逆転勝利したような将棋こそ人間の勝負の面白さです。谷川九段の「光速の寄せ」だって,もっともっと味わいたいのです。谷川九段は順位戦でB級1組のなか厳しい状況にあります。ここでずるずる負けてB級2組に転落するようなことがあると,引退ともなりかねません。そんなことになったら将棋界の大きな損失です。三浦九段が被害者(それは事実ですが),谷川九段が加害者という図式で,谷川叩きをするようなことは,ぜひしないようにしてください。谷川九段は,違法行為をしたわけでもなければ,無効な行為をしたわけでもないし,非倫理的な行為をしたわけでもないのです。
 心身の不調も言われている谷川九段を助けるために(それは,もっと良い将棋を指してもらうためにです),ファンはもっと声をあげましょう。

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