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2017年1月27日 (金)

年休改革?

 1月25日の日経新聞に気になる記事がありました。
  「現在の労働基準法では,入社後7カ月目になって10日間の有休が与えられるほか、有休日数が20日に達するまでに6年半かかる。会議では,入社から1カ月ごとに1日ずつ増える仕組みなどを提案する。」
 そこでいう会議とは,規制改革会議のことです。有休というのは年次有給休暇のことで,労働法では,通常,年休といいます。
 今回の提案が,もしそのとおりであるならば,疑問があります。入社直後に年休を付与することができるようになると,転職を促進することになるのでしょうか。最初の半年に年休をとれないことが転職の阻害要因になっているという話を,私は不勉強で知りませんでしたが,おそらくそのような調査結果があるのでしょう(労働者としてみれば,年休の取得要件が緩和することはもちろん歓迎するでしょう)。
 年休制度の改革は,労働時間制度の改革と連動すべきもので,拙著『労働時間制度改革』(中央経済社)でも扱っています。その200頁で,年休の最大の問題点は,労働者に時季指定権を付与していることで,これを使用者主導にせよという趣旨のことを書いています。別にこれは私だけの意見ではありませんし,同書で紹介している他国の例もみれば,自然に出てくる発想です(同書の第6章は,年休に関する章です。さらに,『勤勉は美徳か?』(光文社新書)の第6章でしつこく年休のことを扱っています)。ちなみにあのドイツでも,年休をとるまでには6カ月の待機期間があります。
 規制改革会議の提案の詳細はよくわかりませんが,入社1カ月が経過すると年休はまず1日付与され,20カ月経過すれば20日になるということでしょうかね(27日の日経新聞では,1年半で20日に到達とありました)。もちろん8割以上の出勤は要件となるのでしょうね。また,1カ月ごとに発生する休暇の取得期限は,その1カ月の終了時から1年(時効を含めて2年)なのでしょうかね。
 こうなると年休管理は複雑で大変でしょうね。そもそも年休の問題は,日数ではなく,取得率の低さが問題とされてきました。こういう改革をしたからといって,一番重要な年休取得が促進されるわけではありません。年休取得の低調さは半年の待機期間にあるわけではありません。年休取得促進への抜本的な解決がなされないまま,転職促進のために待機期間をなくすというのは,筋の悪い政策のように思えるのです。というのは,長時間労働の是正ということを政府はさかんに言っているわけで,それには労働時間の長さだけでなく,休暇制度の実効性もターゲットになるはずなので,そこにまずメスをいれなければいけないからです。
 そもそも企業によっては,良い人材を引きつけるために,法律で言われていなくても,自発的に採用時にいきなりフルの年休を付与したりする例もあるようです。年休は労働基準法の規定で,その要件は最低基準なので,労働者に有利に修正することは,もとより企業は自由にできます。そう考えると,法改正をするほどのことはなく,流動的な労働市場で競争原理が働けば,法定年休の積み増しをするということはいくらでもあります(ちなみに大内伸哉編『労働法演習ノート』(弘文堂)の第2章は法定外年休の付与をめぐる法的な問題を扱ったものですが,これはそういうことが現実に起こっていることを反映したものです)。ほんとうに転職促進をするならば,より過激に年休のポータビリティのような発想もありえますが,それはもちろん無理でしょう(企業からすると,年休をたくさんもっている人の受入を拒否するということで,かえって転職阻害的になりますね)。
 労働基準法39条の定める年休は,企業からすれば,法律上無理矢理押しつけられた義務です。ノーワーク・ノーペイの重大な例外でもあります。働かない者に給料を払うということですから。それでも,労働者にとって重要なものですし(海外のヴァカンスの慣行に合わせたもの。ちなみにイタリアでは憲法において放棄できない権利として保障されている),継続勤務と8割出勤という要件を課すことによって,企業の利益にも配慮しているものです。
 そもそも労働者のほうで時季指定権がある日本の法制は,比較法的にみても労働者に非常に有利な面があります(それが皮肉にもかえって労働者の取得を難しくしていることについては,前記『勤勉は美徳か?』の第5章1を参照)。企業の利益を守るための時季変更権もありますが,その要件は厳格です。労働基準法上の年休制度は,これまでの時間年休の取得の容認など改悪方向で進んできているなか,いま改めて,この制度を,転職促進という観点ではなく,根本から専門的知見をまじえてしっかり議論をしてもらいたいです。
  私は改革マインドは十分にあるのですが,変な方向への改革が進もうとするならば,徹底的に改革抑制派に回ります。今回の改革案について私は詳細は知らないので,たぶん誤解に基づいている部分が多いと思いますし,個人的には私の懸念が誤解に基づくものであって,規制改革会議はよく考えたうえで提案されようとしていて,新聞はそのことを上手に伝えていないだけだ,と信じたいです。
 年休となると,私をはじめ多くの労働法の研究者は,労働時間の問題と同じくらい,いろいろ口出しをしたくなるでしょう。私も上記で引用した本以外にも,いろいろなところで年休のことは論じているので,やはり黙ってはいられません。

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