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2017年1月24日 (火)

アメリカの苦悩

 Trump大統領が就任式のスピーチで,「America First」と連呼した姿は,きわめて異様なものでした。私はこうみています。彼はアメリカ合衆国という「会社」の社長で,我が社が1番,君たちの雇用を守る,そのための社外の敵とは徹底的に戦う,ということを「従業員」に向けて宣言しているのです。
 大統領選の結果は,「社長」をみんなで選ぶというときに,外部からやってきた「社長候補」が,今までの「経営陣(アメリカの支配層。Hillary Clintonもその仲間)」は,自分たちのことだけ考えて,「従業員」の利益を考えてこなかったから,総退陣させると主張し,それが「従業員」に支持されたというところでしょう。
 でも実際には,国境を封鎖しても,関税をかけても,おそらく雇用(job)も産業も戻ってこないでしょう。Wedgeの2月号は,Trump特集「トランプに賭けた未来」をしていましたが,そのなかでEdward W. HillというOhio州立大学教授へのインタビューの内容は興味深かったです。
 そこでは,Trumpは,選挙中に石炭業界での支援アピールし電力供給のエネルギーとして復活させると述べたが,石炭は天然ガスに勝てっこないとされています。石炭は高価で危険で,プラントそのものが老朽化して効率が悪く,環境基準の問題もあるからです。
 もう一つ,Trumpは,メキシコが米国の雇用を奪っていると主張していますが,実際には,「米国の製造業はスキルのある労働者の不足に悩まされている」し,「スキルのないエントリーレベルの労働者がだぶついている一方で,教育を受けたスキルのある労働者は不足している」のです。つまり,「効率性と生産性を備えた強い製造業は復活している。手作業重視の古いタイプの製造業がカムバックすることはない」のです。
 Trumpに投票した者のなかには,ブルーカラーの白人が多かったようです。しかし,彼らの期待にTrumpが応えることは難しいでしょう。
 アメリカの悩みは,新しい産業や技術に対応するスキルをもつ労働者が不足しているということにあります。これを個人のレベルでみると,そのようなスキルの習得に乗り遅れてしまった中高年層が,既存の政治に強い不満を持ち,Trumpは,それを掬い取ったうえで,その対抗策として,外国との「deal」(多分に恐喝的な方法を用いるのですが)で,国内へ産業と雇用を呼び戻すという,一見もっともらしい具体的な処方箋を提示したのです。「America First」は,これからのアメリカは,自国の利益をひたすら追求することの宣言です。しかし,上記のアメリカの教授も指摘するように,この処方箋は間違っているのです。問題の本質は,他国ではなく,自国にあるからです。
 この間違いのツケは,誰が払うのでしょうか。おそらくTrump外交は,対外関係を悪化させ(迷惑なことに,日本もそのとばっちりをくうでしょう),アメリカ自体もいっそう弱体化させるでしょう。そして,それは世界中の治安を悪化させることにもつながるでしょう。しかも,国内に雇用を戻らない以上,まさかとは思いますが,国内で一種のクーデタのようなことが起こらないとも限りません(生きて任期満了を迎えることができるか心配です)。
 ただ,雇用が大切だと考えたことまでは,Trumpは正しかったのだと思います。私たちは,新しい産業への展望とそれに備えた適切な職業教育をしなければ,国民のなかに深刻な社会的デバイド(divide)を生むということを知っておかなければなりません。これは人工知能の雇用へのインパクトとも関係しています。新刊の『AI時代の働き方と法』の後半は,まさにこういうことを考慮して,未来志向で行った政策提言です。Trumpの出現という悪夢が現実化したアメリカを,他山の石とすべきでしょう。

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