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2017年1月16日 (月)

原稿の遅延は身体によくない

 雑誌原稿については,一回も落としたこともないし,遅延もほぼゼロの私は,雑誌以外の原稿もそれほど迷惑をかけたことはありませんが,昨年は辛い1年でした。まず判例百選に苦しみました。これは書けないというより,自分が何を書くべきかがわからなくなってしまったのです。もう一つが,日本労働法学会の講座です。私が書かなくてもよいのでは,という気持ちが最後まで残っていました。ただ自分で選択したテーマで書かせてもらったので,逃げることもできず,年末ぎりぎりで何とか出しましたが,時間がかかったから良い原稿になったわけでもなく,関係者のみなさんにはお詫びの言葉しかなく,もうこういう仕事は,自分も苦しむし,周りにも迷惑となるので,絶対に引き受けてはならないと堅く決意をしました。だから依頼しないでくださいね。
 問題の根源は,すべて私にあります。書きたいものがどんどん変わってきているし,書きたいものしか,書きたくないのが悪いのです。でもよく考えると,研究者というのは,本来,こういうもののはずです。
 教科書とか,学生向けのものを書くというのも,研究者の大事な仕事の一つかもしれませんが,多数いる労働法学者のなかで,私がやる必要はないですし,また私は適任ではありません。ということで学会のなかの自分の役割は,そういう定型的な仕事ではなく,もっと尖って,自分しかできないような仕事をやり続けていきたいと思います。

 人を待たせるのが嫌いな私は,誰かに原稿を待たれているという状況は,精神衛生上よくないです。走っても走っても前に進まず,電車や飛行機に間に合わないという夢もよくみました。
 若いころは,ある程度のストレスは,成長のための糧になりますが,私の年齢になると,そうではないのです。むしろパフォーマンスの質を下げることになりそうです。
 高齢者の定義がどんなに変わっても,最適パフォーマンスの年齢はそれほど変わらないと思っています。自分らしい作品をいかにして書くか。そのためには自分の時間を効率的に使うこと(ただ単に無駄を省くということではありません)が大切ですね。

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