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2017年1月

2017年1月31日 (火)

インターバル規制と解雇の金銭解決

 昨日の国会で,蓮舫氏からのインターバル規制についての質問に,安倍首相が,「助成金の創設や好事例の周知を通じて自主的な取り組みを推進する」と答えたようです。やはり1日の労働時間の上限には,経済界からの抵抗が強く,さすがに安倍首相もそれは無視できず,強い規制の導入には慎重だ,というところでしょうか。
 EUにも例外規定があるとも答弁していますが,これは業種や職種などの特性からくるものです(EUの労働時間指令の17条以下)。そこは,拙著の『労働時間制度改革』でも紹介していませんが,もちろん労働時間規制は厳格にすればするほど,そこに例外が必要となるのは当然のことで,これはやむを得ません。ただ,それらは業務や職種の客観的な性質から説明のつく正当なものです。繁忙期の例外とか,そういうものを認めるものではありません。
 私見では,インターバル規制は,自主的な取組の推進ではなく,労働基準法の改正でやるべきです。適切な例外は設定してもよいのですが,1日(連続24時間)の労働時間の上限をきちんと設定することこそ,労働者の健康確保に必要だということを再確認しておきたいと思います。民進党も,ここは攻めどころだと思いますけどね。ちなみに私は週休制の貫徹(休日労働の制限や4週4日という変形休日制の制限も主張していますが,これはまだ採りあげられていませんね)。
 もう一つ,今朝の日経新聞には,解雇の金銭解決のことも出ていました。たぶん「透明かつ公正な労働紛争解決システム等の在り方に関する検討会」が開催されたのですね。新聞記事に出ているかぎりでは,相変わらず,同じような論点で行ったり来たりのようです。これは新しくなるはずの労政審か,専門家会議で,日本の労働市場の未来志向の改革という高次の観点から,議論してもらいたいです。どういう制度なら,自分たちに損か得かなんて議論をしていたら,永遠に終わりませんので。金銭解決については,拙著『解雇改革』(中央経済社)で提言はしていますが,新刊の『AI時代の働き方と法ー2035年の労働法を考える』(弘文堂)でも,これからの労働法のあり方として重要なので,ホワイトカラー・エグゼンプションと並んで,しつこく扱っています(第5章)し,さらにこれとは別に経済学との共同研究も進行中です(この共同研究はもっと早く完成するはずだったのですが,諸事情から難航しています。厚労省の動きもみながらということもあります)。
 労働時間と解雇は,拙著でも扱っているものの,これは「2035年の労働法を考える」ではなく,2020年に向けた喫緊の政策課題と位置づけるべきです。これをどうまとめていくのか。論点はほぼ出揃っているので,あとは政府のお手並拝見です。

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2017年1月30日 (月)

野川忍『労働協約法』

 ずっと前にいただいておきながら,ご紹介が遅れてしまいたいへん申し訳ありませんでした。机の上に置いてあったのですが,そう簡単に紹介できない本ということで,今日になってしまいました(そういう本が実はたくさん机の上に積んであるのですが,逐次紹介していきます)。
 『労働協約法』という古き良き労働法の香りがするタイトルの本ですが,装丁はポップな感じもあり,モダンな労働協約法という感じです。
 労働協約法という法律は,ドイツにはありますが,日本にはありません。しかし,労働協約論は,日本の団体法の古典的なテーマであり,労働協約論こそ,労働法の市民法からの独立のために重要な役割をはたしてきました。とくに労働組合法16条の規範的効力は,労働法の市民法からの「独立宣言」という意味もある規定でした。
 本書は,こうした労働協約にこだわって,これを体系的に論じたもので,戦前はともかく,私の知るかぎり例のないものと思われます。
 本書は,まず総論で,その意義,主体,法的性格,効力を扱い,その後に各論的な論点に踏み込んでいます。私の見解にも言及していただいた箇所があります。
 一つはユニオン・ショップ協定のところで,私の無効説を有力な見解として紹介していただきました(243頁)。ユニオン・ショップ,規範的効力,一般的拘束力といったものを総合的に考察して,労働協約の正統性を議論しようとした私の主張を,よく理解していただけていることがわかり,たいへん有り難く思いました(『労働判例百選(第9版)』のユニオン・ショップの判例では,私の名前は出ていませんでしたね。まあ若手からみると,私見は従来の無効論の焼き直しのように思われるかもしれませんが,実はまったく違うのです)。
 また野川先生は,416頁の注96で私見に示唆を受けたと書いてくださり,そのうえで批判もしてくださっています。これもたいへん有り難いことです。
 実は私の『労働条件変更法理の再構成』(1999年,有斐閣)は,もともと労働協約論が基本にあったのです。ドイツや日本的な意味での規範的効力の定めのないイタリアにおける労働協約の分析をとおして,組合員が労働協約に拘束される根拠はどこにあるのかを徹底的にこだわったところから,段階的正当性というアイデアが出てきたのでした(段階的正当性論については,拙著『雇用社会の25の疑問(第2版)』(弘文堂)の14頁注5で少し解説しています)。
 そして私的自治的正当性の議論を,まずは労働協約で貫徹させ(それはユニオン・ショップ無効論とも連動していますし,その後の拙著『労働者代表法制に関する研究』(2007年,有斐閣)の第4章にも掲載されている,ユニオン・ショップがある場合の不利益制限法理の議論とも連動しています),その試みを,野川先生はよく理解してくださったのだと思います。
 実は,季刊労働法で連載されている第3期文献研究で,研究会の段階では,規範的効力を採りあげていましたが,諸般の事情から,活字にはなりませんでした。自分でいうのも厚かましいのです(最近では外部資金の獲得などのために,自分の業績をアピールせよということを盛んに言われるので,そういうことに慣れてきました)が,拙著の労働協約論が,日本の学会に及ぼした学術的貢献について,それがどの程度のものかはともかく,誰かにしっかり批判的に検討してもらいたいなと思っています。研究会では少しやってくれていたので,活字にならなかったのがとても残念です。
 自分のことばかり書いてしまいましたが,この『労働協約法』は,私のような者の説までしっかりフォローしてくださっていることも含め,これまでの労働協約論を総括した業績で,その学術的価値は非常に高いと思います。労働協約論の重要性が,これからものすごく高まるとは思えませんが,労働法を学ぶ者にとっては,労働協約論の歴史的価値をしっかり学んでいなければなりません。そこでいう歴史的価値とは,戦前のドイツの翻訳的な労働協約論から,いかに日本独自の労働協約論に脱皮したか(あるいは,できていないか),ということと関係しています。本書を読んで,しっかり労働協約について勉強することを,とくに団体法を軽視しがちな最近の若手研究者に強く勧めたいと思います。
 もう一つ,野川先生関係では,野川忍監修・労働政策研究・研修機構編『職場のトラブル解決の手引き~雇用関係紛争判例集(改訂版)』(労働政策研究・研修機構)もいただきました。前に出されていたものの改訂版ですね。本のタイトルどおりの内容だと思いますが,手にして持ち歩くのにはやや重いのが残念です。これからはJILPTのような一種の公的機関が発行するものであれば,無料でネット配信して,逐次,情報をアップデートしていくというようなスタイルが求められるかもしれませんね(判例索引のなかの重複なども,そこで整理されたらいいでしょう)。

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2017年1月29日 (日)

浦賀和宏『緋い猫』

  浦賀和宏『緋い猫』(祥伝社文庫)を読みました。
  17歳の洋子は,ヤクザ上がりで建設会社の社長をしている父を嫌い,父が憎んでいる「アカ」の佐久間という工員のことが好きになります。佐久間は,アカのグループのリーダーでしたが,あるときグループの2名が惨殺されます。佐久間は疑われ,そのまま故郷の青森に失踪します。洋子は,友人の良美を通じて,佐久間が洋子に故郷に来てもらいたいというメッセージを伝えます。そして洋子は青森に行くのですが,佐久間の父はやはりアカを毛嫌いする地主で,その村全体は何かを隠しているような不気味さがあります。佐久間の父も村中の人は,佐久間は帰ってきていないというのですが,佐久間が飼っていた赤い三毛猫をみかけた洋子は絶対に佐久間は帰ってきていると信じ,どういうわけか自分を客として扱ってくれる佐久間の父の家に滞在し続けます。その間,洋子は,佐久間をGHQのスパイと疑うジャーナリストに助けを求める手紙を送ります。
 という感じで,佐久間はどうなったのかというミステリー的な展開になりそうですが,話はまったく違う方向になり,洋子は監禁され,視力を奪われ,多くの男に犯されるという驚くような展開になり,そして最後は父に救出されるのですが,監禁されているときに彼女を外から支えてくれた男は実は・・・,というホラー的な終息となります。
 文章はとても読みやすいし,GHQのスパイとか,下山事件とか,プロレタリア文学とか,興味深いところも結構あったのですが,何と言っても後半の展開がグロテスクすぎて好きになれませんでしたね。 ★★

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2017年1月28日 (土)

深水黎一郎『美人薄命』

  深水黎一郎『美人薄命』(双葉文庫)を読みました。この作家の本を読むのは初めてです。面白い作品でした。高齢者に対して弁当を届けるボランティアをする若者,礒田総司と,若いときに恋人を戦争で失った内海カエというお婆さんが登場人物です。お婆さんの悲しい回想を交えながら,ボランティアの若者とカエ婆さんとの交流を描くのですが……。すべてはカエ婆さんの妄想かと思いながら,実はそうでもないという二転三転のラストが面白いです。こういうシリアスな話を,トリックものにしながら描く(アナグラムは古典的な手法だと思いますが)というのは,相当の力量だと思います。最近,ちょっと甘めですが,それでも読みごたえがあるので★4つにします。 ★★★★

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2017年1月27日 (金)

年休改革?

 1月25日の日経新聞に気になる記事がありました。
  「現在の労働基準法では,入社後7カ月目になって10日間の有休が与えられるほか、有休日数が20日に達するまでに6年半かかる。会議では,入社から1カ月ごとに1日ずつ増える仕組みなどを提案する。」
 そこでいう会議とは,規制改革会議のことです。有休というのは年次有給休暇のことで,労働法では,通常,年休といいます。
 今回の提案が,もしそのとおりであるならば,疑問があります。入社直後に年休を付与することができるようになると,転職を促進することになるのでしょうか。最初の半年に年休をとれないことが転職の阻害要因になっているという話を,私は不勉強で知りませんでしたが,おそらくそのような調査結果があるのでしょう(労働者としてみれば,年休の取得要件が緩和することはもちろん歓迎するでしょう)。
 年休制度の改革は,労働時間制度の改革と連動すべきもので,拙著『労働時間制度改革』(中央経済社)でも扱っています。その200頁で,年休の最大の問題点は,労働者に時季指定権を付与していることで,これを使用者主導にせよという趣旨のことを書いています。別にこれは私だけの意見ではありませんし,同書で紹介している他国の例もみれば,自然に出てくる発想です(同書の第6章は,年休に関する章です。さらに,『勤勉は美徳か?』(光文社新書)の第6章でしつこく年休のことを扱っています)。ちなみにあのドイツでも,年休をとるまでには6カ月の待機期間があります。
 規制改革会議の提案の詳細はよくわかりませんが,入社1カ月が経過すると年休はまず1日付与され,20カ月経過すれば20日になるということでしょうかね(27日の日経新聞では,1年半で20日に到達とありました)。もちろん8割以上の出勤は要件となるのでしょうね。また,1カ月ごとに発生する休暇の取得期限は,その1カ月の終了時から1年(時効を含めて2年)なのでしょうかね。
 こうなると年休管理は複雑で大変でしょうね。そもそも年休の問題は,日数ではなく,取得率の低さが問題とされてきました。こういう改革をしたからといって,一番重要な年休取得が促進されるわけではありません。年休取得の低調さは半年の待機期間にあるわけではありません。年休取得促進への抜本的な解決がなされないまま,転職促進のために待機期間をなくすというのは,筋の悪い政策のように思えるのです。というのは,長時間労働の是正ということを政府はさかんに言っているわけで,それには労働時間の長さだけでなく,休暇制度の実効性もターゲットになるはずなので,そこにまずメスをいれなければいけないからです。
 そもそも企業によっては,良い人材を引きつけるために,法律で言われていなくても,自発的に採用時にいきなりフルの年休を付与したりする例もあるようです。年休は労働基準法の規定で,その要件は最低基準なので,労働者に有利に修正することは,もとより企業は自由にできます。そう考えると,法改正をするほどのことはなく,流動的な労働市場で競争原理が働けば,法定年休の積み増しをするということはいくらでもあります(ちなみに大内伸哉編『労働法演習ノート』(弘文堂)の第2章は法定外年休の付与をめぐる法的な問題を扱ったものですが,これはそういうことが現実に起こっていることを反映したものです)。ほんとうに転職促進をするならば,より過激に年休のポータビリティのような発想もありえますが,それはもちろん無理でしょう(企業からすると,年休をたくさんもっている人の受入を拒否するということで,かえって転職阻害的になりますね)。
 労働基準法39条の定める年休は,企業からすれば,法律上無理矢理押しつけられた義務です。ノーワーク・ノーペイの重大な例外でもあります。働かない者に給料を払うということですから。それでも,労働者にとって重要なものですし(海外のヴァカンスの慣行に合わせたもの。ちなみにイタリアでは憲法において放棄できない権利として保障されている),継続勤務と8割出勤という要件を課すことによって,企業の利益にも配慮しているものです。
 そもそも労働者のほうで時季指定権がある日本の法制は,比較法的にみても労働者に非常に有利な面があります(それが皮肉にもかえって労働者の取得を難しくしていることについては,前記『勤勉は美徳か?』の第5章1を参照)。企業の利益を守るための時季変更権もありますが,その要件は厳格です。労働基準法上の年休制度は,これまでの時間年休の取得の容認など改悪方向で進んできているなか,いま改めて,この制度を,転職促進という観点ではなく,根本から専門的知見をまじえてしっかり議論をしてもらいたいです。
  私は改革マインドは十分にあるのですが,変な方向への改革が進もうとするならば,徹底的に改革抑制派に回ります。今回の改革案について私は詳細は知らないので,たぶん誤解に基づいている部分が多いと思いますし,個人的には私の懸念が誤解に基づくものであって,規制改革会議はよく考えたうえで提案されようとしていて,新聞はそのことを上手に伝えていないだけだ,と信じたいです。
 年休となると,私をはじめ多くの労働法の研究者は,労働時間の問題と同じくらい,いろいろ口出しをしたくなるでしょう。私も上記で引用した本以外にも,いろいろなところで年休のことは論じているので,やはり黙ってはいられません。

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2017年1月26日 (木)

残業上限80時間?

 労働時間の絶対的上限規制の導入への動きが本格化しそうですが,当然のことながら,時間数と規制の手法が問題となるでしょう。この二つは関係していて,緩い時間数なら刑事罰が妥当でしょうし,厳しい時間数ならサンクションをもう少し緩和させるということになるのかなと思います。また変形制の設け方も,規制の強度に関係してきます。
 数日前の日経新聞の記事によると,2月1日の働き方改革実現会議で,月60~80時間を軸に,違反企業には罰則も設けるという方向で検討を始め,厚生労働省が年内に労働基準法改正案を提出するとなっています。これは現行の法定労働時間と例外の三六協定という仕組みをやめるということでしょうかね。
 私が『労働時間制度改革』(2015年,中央経済社)で行った提案は,三六協定と強行的な割増賃金はやめることを前提に,現在の法定労働時間(1週40時間,1日8時間)ではなく,時間外労働の限度時間違反のところで罰則を課すこととし,それを上回ることは許さないという内容のものです(絶対的上限については,同書の194頁を参照)。変形制を設けることはあってもいいのかもしれませんが,それならなおさら現在の限度時間を大きく上回る時間数を絶対的上限とするのは,緩すぎるということになるでしょう。経済界への配慮ということかもしれませんが,これではとても「働き方改革」とはいえないでしょう。
 ただ私の厳しい提案は,同書の他の箇所でも述べているように,強行的な割増賃金をなしにするということを前提とし(188頁以下),また創造的な働き方をする人には積極的に適用除外することも前提なので(208頁以下),規制の弾力化とセットです。
 政府は,適用除外(日本型ホワイトカラー・エグゼンプション。日経新聞は「脱時間給」という変な表現を使い続けていますが)の対象を広げず,現行の割増賃金規制も維持するということを前提に,労働時間の長さの上限は緩くするという方針かもしれませんが,そういう妥協的なやり方ではダメだと思っています。
 政府は,何かやったという実績を国民にアピールすることだけを考えるのではなく,日本の労働時間制度のあり方を根本から再構築するという気概をもってこの問題に着手してもらいたいです。とくにホワイトカラー・エグゼンプションの重要性は,新刊の『AI時代の働き方と法』(弘文堂)の第6章でも,またしつこく論じているので,ご関心のある方は読んでみてください。

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2017年1月24日 (火)

アメリカの苦悩

 Trump大統領が就任式のスピーチで,「America First」と連呼した姿は,きわめて異様なものでした。私はこうみています。彼はアメリカ合衆国という「会社」の社長で,我が社が1番,君たちの雇用を守る,そのための社外の敵とは徹底的に戦う,ということを「従業員」に向けて宣言しているのです。
 大統領選の結果は,「社長」をみんなで選ぶというときに,外部からやってきた「社長候補」が,今までの「経営陣(アメリカの支配層。Hillary Clintonもその仲間)」は,自分たちのことだけ考えて,「従業員」の利益を考えてこなかったから,総退陣させると主張し,それが「従業員」に支持されたというところでしょう。
 でも実際には,国境を封鎖しても,関税をかけても,おそらく雇用(job)も産業も戻ってこないでしょう。Wedgeの2月号は,Trump特集「トランプに賭けた未来」をしていましたが,そのなかでEdward W. HillというOhio州立大学教授へのインタビューの内容は興味深かったです。
 そこでは,Trumpは,選挙中に石炭業界での支援アピールし電力供給のエネルギーとして復活させると述べたが,石炭は天然ガスに勝てっこないとされています。石炭は高価で危険で,プラントそのものが老朽化して効率が悪く,環境基準の問題もあるからです。
 もう一つ,Trumpは,メキシコが米国の雇用を奪っていると主張していますが,実際には,「米国の製造業はスキルのある労働者の不足に悩まされている」し,「スキルのないエントリーレベルの労働者がだぶついている一方で,教育を受けたスキルのある労働者は不足している」のです。つまり,「効率性と生産性を備えた強い製造業は復活している。手作業重視の古いタイプの製造業がカムバックすることはない」のです。
 Trumpに投票した者のなかには,ブルーカラーの白人が多かったようです。しかし,彼らの期待にTrumpが応えることは難しいでしょう。
 アメリカの悩みは,新しい産業や技術に対応するスキルをもつ労働者が不足しているということにあります。これを個人のレベルでみると,そのようなスキルの習得に乗り遅れてしまった中高年層が,既存の政治に強い不満を持ち,Trumpは,それを掬い取ったうえで,その対抗策として,外国との「deal」(多分に恐喝的な方法を用いるのですが)で,国内へ産業と雇用を呼び戻すという,一見もっともらしい具体的な処方箋を提示したのです。「America First」は,これからのアメリカは,自国の利益をひたすら追求することの宣言です。しかし,上記のアメリカの教授も指摘するように,この処方箋は間違っているのです。問題の本質は,他国ではなく,自国にあるからです。
 この間違いのツケは,誰が払うのでしょうか。おそらくTrump外交は,対外関係を悪化させ(迷惑なことに,日本もそのとばっちりをくうでしょう),アメリカ自体もいっそう弱体化させるでしょう。そして,それは世界中の治安を悪化させることにもつながるでしょう。しかも,国内に雇用を戻らない以上,まさかとは思いますが,国内で一種のクーデタのようなことが起こらないとも限りません(生きて任期満了を迎えることができるか心配です)。
 ただ,雇用が大切だと考えたことまでは,Trumpは正しかったのだと思います。私たちは,新しい産業への展望とそれに備えた適切な職業教育をしなければ,国民のなかに深刻な社会的デバイド(divide)を生むということを知っておかなければなりません。これは人工知能の雇用へのインパクトとも関係しています。新刊の『AI時代の働き方と法』の後半は,まさにこういうことを考慮して,未来志向で行った政策提言です。Trumpの出現という悪夢が現実化したアメリカを,他山の石とすべきでしょう。

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2017年1月23日 (月)

伊岡瞬『代償』

 伊岡瞬『代償』(角川文庫)を読みました。東野圭吾『殺人の門』を想起させるような男同士の暗い関係。そこに出てくるのは,どうしようもない悪人,達也です(以下,少しネタバレありです)。
 母の遠縁にあたるという道子(養子で実は血がつながっていない)と,道子の再婚した夫の連れ子である達也が,何不自由なく育っていた平和で幸福な家庭に,突如現れてきたときから,圭輔の運命は暗転します。達也によって,自宅を事実上放火され,両親を殺され(しかも母親はレイプされる),その後に道子の家庭に引き取られた圭輔は,親の財産を奪われ,奴隷のように働かせるという暗黒の中学生時代を送ります。達也は,口が達者で,人の弱みにつけこむことが多いのですが,根っからのワルで,すでに達也の周りでは多くの人が謎の死を遂げています。
 そういう子供時代の圭輔の話が第1部で,第2部では,圭輔が司法試験に合格し,若き弁護士として羽ばたこうとして以降の話です。そこに,またまた達也が現れます。達也が強盗殺人で逮捕されたために,その弁護を引き受けてほしいという依頼が達也からきます。しかし,これまで自分では決して手をくださすことがなく,周りを利用することしかしていなかった達也が強盗をするということは考えにくいし,そして,なんと達也には当日のアリバイを証明するもの(義母の道子とのセックスの動画をネットで世界中に配信していました)があったのです。達也は,無罪である証拠を事前に出さずに,あえて圭輔を弁護人に引っ張り出し,そして裁判員裁判の最後の最後でその証拠を提示するという,回りくどいことをしたのですが,それはなぜでしょうか。
 『殺人の門』と違って,この作品では,達也はしっかり罰を受けるところがいいです。
 それにしても,どうしようもない悪人に,とりつかれて不幸のどん底に落とされた善良な人間についての読むのがつらくなる前半と,精神的に追いつめられながら,ギリギリいっぱいで逆転するという点で,最後は爽快な要素もあるミステリーの後半との組み合わせが絶妙です。非常によくできた小説だと思いました。
 この著者の作品は,もう少し読んでみたいですね(★★★★)。

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2017年1月22日 (日)

稀勢の里おめでとう

   大相撲は,やっと稀勢の里が優勝しました。実力は現在のどの横綱よりも上ということは,昨年の年間最多勝で証明済みであり,琴奨菊や豪栄道が,最初で最後の狂い咲きをした感じの優勝とは異なり,稀勢の里は,実力どおりのものがやっと出たというところでしょう。今日の白鵬戦も良かったです。横綱の白鵬が必死に戦ってくれました。消化試合とせず,全力で稀勢の里を倒しにきた横綱は鬼気迫るものでした(横綱も偉い)。それを打ち破った稀勢の里は,まさに新たに角界の第一人者となる資格十分というところです。
 横綱が二人休場,大関二人が皆勤で負け越し(しかも一人は大関陥落),一人は休場というボロボロの状況でも,あまり寂しくなかったのは,要するに上位陣は白鵬と稀勢の里がいれば十分ということでもあります。
 稀勢の里は横綱となりそうです。実力は誰もが認めるもので,直前の2場所だけ良かったから昇進というのとは違い,久しぶりの強い横綱の誕生となりそうです。前の師匠の隆の里に似た体型で,しかも隆の里と同様の遅咲きの昇進。白鵬に翳りが出てきたなか,稀勢の里の一強時代が到来するかもしれません。今場所もボロボロの琴奨菊にあっさり負けるなど,ポカも多いのですが,まともに稀勢の里と戦って勝てそうな力士は,白鵬以外はちょっと見当たりません。
 昨日の優勝のシーンも感動的でした。まず逸ノ城を完璧に寄り切り,勝ち残りではなく,支度部屋にいて,そこで白鵬が負けた知らせが入り,最初は涙をこらえて背中を向け,そしてインタビューを受け,その最後に左目から涙がぽろりとこぼれるところは,多くの人がほろっときたことでしょう。国民みんなが待望していた久々の日本人横綱の誕生です。ついでに言うと,白鵬に勝った貴ノ岩の相撲もすごかったです(この貴乃花部屋のモンゴル人力士の将来も楽しみです)。こういう取組が続けば,大相撲はもっと盛り上がるでしょうね。

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2017年1月21日 (土)

人工知能と人間社会に関する懇談会

 昨日の会合で終了しました。リアル出席が今回を含めて2回,WEB出席が2回,欠席が2回でした。一つ残念だったのは,WEBでの参加がやりにくかったことです。事務局の方の手を煩わせて,skypeを通しての参加だったのですが,委員数が多いことなどもあり,会議の状況がつかみにくかったです。WEB参加のやり方は,各役所で違うので,早く全省的に取り組んで,技術を磨いていってほしいですね。
 さて今回は鶴保庸介大臣(内閣府特命担当大臣)が冒頭の挨拶だけに参加され,その後は,報告書案をめぐる意見交換でした。構成員の多くは肯定的な評価をしていましたが,私はあまり身内で誉めるのもどうかと思い,多少,問題点も指摘しました。ただ全体的には,内閣府という,実権はあんまりないが,逆にフットワークが軽く横断的に政策提言できる立場にある役所ならではの報告書になったと思っており,事務局や座長の原山優子先生のご努力には敬意を表したいと思っています。
 人工知能の発達については,私は一国民としてとても楽しみにしていますし,さらに日本の経済や科学の国際競争という点からも,人工知能技術の研究や開発にもっと力を入れてもらいたいと思う反面,雇用についてはあまり楽観的にならず,何もしなければ大変になるという警戒心をもって,できるだけ迅速かつ的確に政策的対応をしていくべきであると考えています。そういう気持ちから,『AI時代の働き方と法-2035年の労働法を考える』を弘文堂から上梓しました。
 内閣府の報告書案は,AIの倫理的観点にフォーカスをあてており,そこは日本としてのAIをめぐる政策論議の総論的な意味をもっているのだと思います。そして,各論については,今後,AIを含め情報通信技術の活用による社会への影響という点は総務省が担当し,そのなかのとくに雇用や労働の面については,経産省と厚労省が,さらに初等中等教育のなかでの職業教育との関係では文科省も連携して取り組んでいくことになるのでしょう。
 私としては,いろいろ学ぶことができ,貴重な経験となりましたし,とても楽しかったです。構成員に入れていただいたことに大変感謝しています。

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2017年1月20日 (金)

生活者の論理と労働者の論理

  「働き方改革」のなかで,労働時間の絶対的上限を設けることが,いよいよ「働き方改革実現会議」で検討されるという記事が今朝の日経新聞に出ていました。罰則付きの絶対的上限は必要かと思いますが,時間数や変形制の内容などがどうなるかまで見極めなければ評価は難しいですね。1日単位の上限を設定する機能をもつインターバル規制も議論してもらいたいです(過労の問題を考える際には,こちらのほうが大切です)。三六協定や割増賃金のあり方にまで踏み込めるかも注目です。それと同時にエグゼンプションの話もすべきです。たぶんエグゼンプションはやらないでしょうが,ほんとうはそこまで提言してもらわなければ,真の労働時間制度改革にはなりません。中途半端な改革論は,将来に禍根を残します。
 そもそも労働時間の規制改革は,労政審でやるはずですが,この動きをみると,実現会議で大筋を決めてしまい,その後始末(条文化という技術的作業)を労政審にやらせるということになりそうですね。これでいいのか,というのが,昨年やった有識者会議のテーマなのですが,政府はあまりそこでの提言を考慮するつもりはないのでしょうかね。もともと実現会議と労政審の関係ははっきりしていないので,政策提言は実現会議でやるというのであれば,それはそれで結構なのです。ただ,あちらこちらでいろんな会議を立ち上げて官僚を無意味に走り回らせるのはどうかと思います。働き方改革のために,役人が過労で倒れたなんてことになると,悪い冗談にもなりません。
 それはさておき長時間労働の本丸は,日本社会の過剰な「おもてなし」ではないかという議論が,日経新聞の経済教室あたりで,ぽつぽつと現れています。今朝の刈谷剛彦氏も,高学歴化で「高まったはずの人的資本が生み出す価値はどこに消えたのか。ここからは実証データを提示できない仮説に基づく議論となるが,それは価格(さらには報酬)に転嫁されない,他の先進国以上に行き届いたサービスを消費者が受け取ることで使い果たされていると考えられる。」というのは,興味深い指摘です。
 私はもっと俗に,便利すぎる社会が,労働者の論理を損なっていると言っています。カツヤマサヒコShowで,勝谷氏と意気投合したのも,まさにこのテーマです。日本人よ,もっと不便でもいいじゃないか,ということです。
 Amazonで注文した本が翌日届かなくてもいい。細かい時間指定などなくてもいい。企業は,そういう過剰なサービスをしなくていい。こういうことを言うべきなのが労働法なのです。不払い残業がなくなり,最低賃金が遵守されれば,どうしてもサービス価格は上昇します。労働者を自営業者にして労働法の規制を免れようとする偽装自営業者問題もきちんと摘発する。どの企業も労働法から逃げられないようにすれば(不正競争を許さないようにすれば),賃金は上昇し,それはサービス価格に転嫁されます。そのとき,消費者はそれだけの対価を払うのに適したサービスか考えるようになり,過剰サービスは自ずから減少していくのだと思います。それに過剰サービスはエコにも反するでしょう。低賃金・高サービスが温存されると,ITやAIなどの技術の導入も遅れてしまい,国際競争に取り残されます。
 労働時間の絶対的上限の設定は法律家としては関心がありますが,本気で日本社会をよくしようと考えるならば,国民が生活者の論理を振りかざさないことが大切なのです。労働法は,労働者の敵は企業だとみてきました。それは間違ってはいないのですが,根本的には,消費者や生活者の意識が変わらなければ,それに答えようとする企業がどうしてもでてきて(それ自体は悪いことではないのですが),企業の競争激化により労働法が危険にさらされ,長時間労働体質や低賃金体質が温存されるということになるのを知っておく必要があります。

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2017年1月19日 (木)

谷川浩司会長を助けよう

 私は谷川浩司九段のファンですから,以下に書くことはもちろん贔屓目が入っています。  
 日本将棋連盟の会長の辞職は引責辞任という形になりそうですが,むしろファンとしては対局に集中してもらえるという点で賛成です。
 三浦弘行事件に関する第三者委員会の調査報告書(概要版)がネットでアップされていました(https://www.shogi.or.jp/news/investigative_report_1.pdf)。なかなかよくできた報告書で,法律家が書いたらしい緻密な構成となっています。
 これによると,三浦九段がクロであるとはいえないということであり,もちろんシロであるとも断定してませんが,そもそも白黒を付けるということは不可能なものです。ただ三浦九段の疑惑を根拠づけるとされた事実について,どれも確認できなかったということです。とくに指し手の一致率について疑惑を根拠づけるようなデータが出なかったことが大きかったと思います。
 疑惑の4対局(対久保九段,対丸山忠久九段[2局],対渡辺明竜王)についての調査は,棋士(匿名)の意見聴取を基礎とした分析で,結論としてクロとはいえないということですが,調査書も認めているように,あまり強い説得力をもつものではありません。棋士は天才集団ですが,そこでも6割以上勝つ棋士とそうでない棋士との間には決定的な差があります。やはり誰の意見を聞くかは重要ですので,匿名の棋士の意見はほとんど意味がないと思います。
 そうなると,トップ棋士が直接対局して感じたものが,やはり大切となりますが,丸山九段は疑惑を感じなかったと言っていましたし,あの渡辺竜王も対局直後は感じていなかったようです。最初に疑惑を指摘したのは久保利明九段ですが,彼は三浦九段が対局で31分離籍していたと主張していたのに,それがビデオでの確認により誤りであったということが明らかになりました。この事実誤認が報告書でも度々指摘されていることから,第三者委員会の判断に大きく影響したのでしょう(これについては久保九段の弁明も聞きたいところです)。
 では,日本将棋連盟にどこまで責任があるのか。報告書にも出てくるのですが,三浦九段にも怪しい弁明があったことは事実だったのです。そして報告書の結論も,連盟が三浦九段に今回の措置をしたことはやむを得なかったということなのです。そこについては,第三者委員会は,実によくプロの棋士の仕組みにも配慮した説得力のある判断をしています。マスコミは,次の報告書の第6の末尾の部分をしっかり読まなければなりません。
 「以上の事情を総合考慮すると,連盟の三浦棋士に対する本件処分は,連盟の連盟所属棋士及び公式戦に対する規律として許容される範囲内の措置であり,やむを得ないものと評価されるべきである。ただし,以上述べたとおり,本件処分は,連盟の目的達成のために,三浦棋士個人に不利益が生じた場合といえるため,上記2(4)のとおり,失われた利益の多寡を含む上記総合考慮の諸要素等に照らし,連盟が三浦棋士に対し,何らかの補償を検討することが適切である。
 なお,本件処分は,本件疑惑に対してやむを得ず行われた措置であり,「処分」という表現はいささか適切さを欠くといえる。もっとも,措置が内容的に許容されるものであった以上,表現が適切でない点は,措置の効力を否定するものとまではいえない。
 また,連盟が本件処分のような措置を採るためには常務会の決議が必要と解されるが,本件処分の決定は常務会を構成する一部のメンバーで行われており,本来の決議はなされていない。しかし,2016年10月11日の時点において,三浦棋士からの休場の申し出等を踏まえ,同棋士を竜王戦七番勝負に出場させない方向性については常務会の全理事間で共有されていたといえること,数日以内に決定に参加していなかった理事の事後的な追認を得ていること,三浦棋士が休場の申し出を撤回した時点以降連盟として緊急の対応を余儀なくされたこと等を考慮すると,この手続上の問題も,本件処分の措置としての効力を否定するものとまではいえない。
 さらに,連盟の三浦棋士に対する通知書には本件疑惑について直接的には言及されていない点で若干正確性は欠くものの,通知書全文を見れば実質的には本件疑惑も含んで総合的に判断したことは明らかであり,本件疑惑について直接的に言及しなかったのは,三浦棋士の名誉に対する配慮もあったといえることから,不合理であるとまではいえず,やはり本件処分の措置としての効力を否定するものとまではいえない。」
 雇用労働者に対する懲戒処分の有効性判断を想起させるような表現が使われていますが,要するに,三浦九段に適切な補償をすることは必要だ(報告書は,最後に,「連盟は,三浦棋士を正当に遇し,同棋士がその実力をいかんなく発揮できるよう,諸環境を整え,一刻も早く将棋界を正常化されるよう要望するものである。」としている)が,連盟という組織の措置として今回の出場停止処分はやむを得なかったものであり,手続的にも問題はなく,有効なものだということなのです。
 ちなみに最後の「第7 本調査を踏まえた当委員会の提言」は,将棋界の将来もみた格調高いものとなっています。

 今回の三浦問題は,コンピュータと人間との戦いという大きな歴史のなかの1頁を刻むものとなるかもしれません。この春にはついに現役の名人の佐藤天彦が,コンピュータの最強ソフトと戦います。4月から始まる人間同士の名人戦よりも,こちらのほうが世間を注目を集めるでしょう。新しい会長には,そういう新しい時代におけるプロ棋士という職業集団のあり方をしっかり考えていってもらえれば,ファンとしては嬉しいです。
 同時に,私たちは人間同士の戦いもまだまだ楽しんでいたいのです。ハッシーが8日のNHK杯戦で,土壇場で深浦康市に大逆転勝利したような将棋こそ人間の勝負の面白さです。谷川九段の「光速の寄せ」だって,もっともっと味わいたいのです。谷川九段は順位戦でB級1組のなか厳しい状況にあります。ここでずるずる負けてB級2組に転落するようなことがあると,引退ともなりかねません。そんなことになったら将棋界の大きな損失です。三浦九段が被害者(それは事実ですが),谷川九段が加害者という図式で,谷川叩きをするようなことは,ぜひしないようにしてください。谷川九段は,違法行為をしたわけでもなければ,無効な行為をしたわけでもないし,非倫理的な行為をしたわけでもないのです。
 心身の不調も言われている谷川九段を助けるために(それは,もっと良い将棋を指してもらうためにです),ファンはもっと声をあげましょう。

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2017年1月18日 (水)

東野圭吾『殺人の門』

 冬休み中に読んだ本のなかの1冊が,東野圭吾『殺人の門』(角川文庫)。東野圭吾の少し前の作品です。長編で,とても暗い話なので,途中で読むのが辛くなるようなストーリーなのですが,でもあっという間に読み終えました。やっぱり話の展開がうまいですね。これでもか,これでもかという不幸がおそいかかるなか,殺意はついに現実化する……。屈折した友情の行き着く先は,どうなるのか……。 ★★★(格差問題やエリートの転落という視点でも読めるかもしれません)

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2017年1月17日 (火)

労務事情に登場

 労務事情は,2011年1月から1年3カ月ほど,「労働法の歴史から“いま”を知る」というテーマで連載をしたことがありました(それをまとめたものは,日本法令から『歴史からみた労働法』として刊行されています)し,それ以前にも単発で2回ほど執筆したことがありました(公益通報と懲戒がテーマ)。今回の1332号では,座談会(鼎談)に登場です。テーマは「労基法施行70周年」ということで,労働基準法の過去,現在,未来を語るというものです。リクルート研究所の大久保幸夫所長と連合総合生活開発研究所の古賀伸明理事長が参加してくださいました。
 時間が限られていましたので,論点を網羅的にとりあげるというより,3人の関心の高いテーマにしぼって議論することになりました。結果,歴史よりも現在の論点がどうしても中心となった気がします。
 古賀さんは労働組合の方ですが,より広い視点から大局的に話してくださったと思います。大久保さんはやはり人事のプロですので,そういう視点で重要な指摘をしてくださいました。私は進行役ですが,法律屋なので,どうしても法規制のあり方という視点での話になりました。ほんとうなら,ここに現役の組合や経営者団体の幹部の声が入っていればさらに面白かったでしょうが,欲張りすぎですかね。労働基準法の制定や改正にくわしいはずの行政関係の人や歴史研究をしている人が入っていないのは,この企画には過去だけでなく,現在と未来を語るということがあったからでしょう。
 個人的には,日頃,直接お話する機会がほとんどない方と話をすることができて,とても楽しくかつ有益な時間を過ごすことができました。こういう企画を立ててくださった産労総合研究所には深く感謝いたします。

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2017年1月16日 (月)

原稿の遅延は身体によくない

 雑誌原稿については,一回も落としたこともないし,遅延もほぼゼロの私は,雑誌以外の原稿もそれほど迷惑をかけたことはありませんが,昨年は辛い1年でした。まず判例百選に苦しみました。これは書けないというより,自分が何を書くべきかがわからなくなってしまったのです。もう一つが,日本労働法学会の講座です。私が書かなくてもよいのでは,という気持ちが最後まで残っていました。ただ自分で選択したテーマで書かせてもらったので,逃げることもできず,年末ぎりぎりで何とか出しましたが,時間がかかったから良い原稿になったわけでもなく,関係者のみなさんにはお詫びの言葉しかなく,もうこういう仕事は,自分も苦しむし,周りにも迷惑となるので,絶対に引き受けてはならないと堅く決意をしました。だから依頼しないでくださいね。
 問題の根源は,すべて私にあります。書きたいものがどんどん変わってきているし,書きたいものしか,書きたくないのが悪いのです。でもよく考えると,研究者というのは,本来,こういうもののはずです。
 教科書とか,学生向けのものを書くというのも,研究者の大事な仕事の一つかもしれませんが,多数いる労働法学者のなかで,私がやる必要はないですし,また私は適任ではありません。ということで学会のなかの自分の役割は,そういう定型的な仕事ではなく,もっと尖って,自分しかできないような仕事をやり続けていきたいと思います。

 人を待たせるのが嫌いな私は,誰かに原稿を待たれているという状況は,精神衛生上よくないです。走っても走っても前に進まず,電車や飛行機に間に合わないという夢もよくみました。
 若いころは,ある程度のストレスは,成長のための糧になりますが,私の年齢になると,そうではないのです。むしろパフォーマンスの質を下げることになりそうです。
 高齢者の定義がどんなに変わっても,最適パフォーマンスの年齢はそれほど変わらないと思っています。自分らしい作品をいかにして書くか。そのためには自分の時間を効率的に使うこと(ただ単に無駄を省くということではありません)が大切ですね。

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2017年1月13日 (金)

三浦騒動の影響を受けるA級順位戦

 今期のA級順位戦は,前代未聞の変則形態となりました。昨年末に谷川浩司日本将棋連盟会長から出された発表により(http://www.shogi.or.jp/news/2016/12/post_1492.html),三浦弘行九段は12月までの出場停止期間に2つの不戦敗があったことを考慮し,今回は自動的に残留となり,残りの対局もなし(すでに決まっている対戦相手は不戦勝)となります。その結果,A級からの降級は2名ではなく1名となり,来期は本来の10名ではなく11名で戦うことになります。11名というのは,かつて(1984年)大山康晴名人が,ガンの手術で休場したために,降級とはならず,翌年は順位11位となったという例を覚えていますが,今回の三浦九段もそれと同じような取扱いになるようです。来期のA級は降級が3人となります。
 それで今期のA級ですが,10日,羽生善治三冠と佐藤康光九段は,羽生勝ちで,佐藤康光九段は1勝6敗で苦しくなりました。羽生三冠は次の三浦戦が不戦勝になり,自動的に7勝2敗となります。同日行われた渡辺明竜王と深浦康市九段は,渡辺勝ちで4勝3敗ですが,すでに名人挑戦の可能性はなく,残留も確定しました。深浦九段は敗れて3勝4敗ですが,三浦戦が残っていたことがラッキーで自動的に4勝4敗となり,残留が確定しました。渡辺竜王は,今期の三浦九段の唯一の勝利の対局に敗れたのが痛かったですね。まあこの一局が例の三浦騒動を引き起こしたのですが……。
 11日は,全勝の稲葉陽八段が行方尚史八段に勝ち7連勝。これで残り2局連敗しても,最悪でもプレーオフ進出は確定し,名人挑戦にぐっと近づきました。行方八段は4勝3敗で挑戦の可能性はなくなりました。
 12日は,広瀬章人八段が屋敷伸之九段に勝ち5勝2敗。プレーオフ進出の可能性を残しました。屋敷九段は3勝4敗で,同星の深浦九段より順位が上ですが,深浦九段のように三浦戦の不戦勝がないので,降級の可能性が残っています。
 これで稲葉八段が残り2戦のうち一つ勝てば名人挑戦決定。羽生三冠は残り1戦,広瀬八段は残り2戦を勝つと,稲葉が2連敗した場合にかぎり,プレーオフの進出可能性が残ります。降級は,1勝の佐藤康光九段と,三浦戦の不戦勝でラッキーな2勝目をあげた森内俊之九段と,3勝の屋敷九段のなかからの1人に限られました。佐藤九段は,残り2連敗すれば降級。1つ勝っても,2勝5敗の森内俊之九段が残り2戦のうち1つでも勝てば降級。残り2連勝して3勝6敗になった場合は,少し複雑です。次が森内九段と屋敷九段戦であるため,屋敷九段が森内九段に勝って4勝目をあげれば,森内九段が最終戦に勝っても3勝どまりなので,順位が佐藤九段よりも下の森内九段の降級となります。一方,森内九段が屋敷九段に勝って3勝5敗で並んだとき,最終戦で森内九段(対稲葉八段)か屋敷九段(対羽生三冠)のどちらかが敗れれば,どちらかが3勝6敗となるので,順位の上の佐藤九段は残留で,敗れたほうが降級。森内九段と屋敷九段がどちらも敗れて3勝どまりであれば,順位が下の森内九段が降級。要するに,屋敷九段が降級するのは,佐藤九段と森内九段が残り2連勝し,自身が2連敗した場合だけとなります。
 次の第9局で佐藤九段が深浦九段に勝ち,森内九段が屋敷九段に勝てば,最終局は血みどろの戦いになる可能性がありますね。このとき,もし第9局で,稲葉八段が渡辺竜王に負けて,広瀬八段が行方八段に勝っていれば,最終局は,降級にかかわる3人が,全員,挑戦にかかわる3人と対局することになり,近年まれにみるドラマティックな「将棋界のいちばん長い日」になる可能性があります。

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2017年1月12日 (木)

日経新聞に登場

 今日は日経新聞朝刊に登場しました。昨日,電話でインタビューが来て,30分以上話したと思いますが,採用されたのは,そのごく一部です。おそらく記者がとくに印象に残ったところをとりあげたのでしょう。
 記者の問題意識としては,ホワイトカラーの長時間労働についてまで労基署が目を光らせるようになると,企業に過剰に萎縮効果が働かないかということがあり,そこで私にコメントを求められたようでした。
 これについての私の答えは,労働時間規制がある以上,それを遵守するのは当然で,電通の場合も含め,労働基準法違反行為があれば刑事罰がある以上,法人としての企業だけでなく,人事担当の上司(労働基準法10条を参照)も,使用者として書類送検になることまで十分覚悟していなければならない,というものです。
 ただ個々の事案について,企業の体質を問題視して,やみくもに経営者をつるし上げにするようなことは望ましくなく,それでは問題の抜本的な解決につながらないということも言いました。クライアント重視,消費者の重視,労働者の論理の軽視は,日本の多くの企業に共通するものなのです。ここから見直さなければならないのであって,そうした長時間労働の根底にある本質的な問題に切り込む報道をして欲しいということも述べました。
 一方で,これから企業に入る若者は,滅私奉公的な働き方をする覚悟で飛び込んでいくというのではダメだという,いつも言っている話もしました。自分の時間は自分のものという時間主権を取り戻すことが必要だということです。とはいえ,長時間労働イコール悪ということでもないのであり,若いときには,ある程度集中して仕事をすることにより,スキルを身につけることも必要であって,ポイントはいまやっていることが将来につながるような働き方かどうかを,自分でしっかり見極めることだということも述べました(拙著『勤勉は美徳か』(光文社新書)参照)。この点が,原稿に使われたようです。
 もう一つ,最初の萎縮効果との関係については,労基署が摘発していくことに,私はそれほど批判的でないということも述べました。この点は記者の方には意外であったようですが,私の理屈は,次のようなものです。現在の労働基準法の労働時間規制は非常に厳格であるので,だからこそそれを一部の労働者に対しては弾力化する必要があるというのが,私のエグゼンプションの議論です。しかしこれまでは,労働基準法の労働時間規制がしっかり遵守されていないため,この法制度の持つ本来の厳格さが認識されていませんでした。企業のほうも,規制をかいくぐることができる状況に安住して,本気になってエグゼンプションの必要性を考えたりしなかったのです。時たま残業代を減らすという目的だけでエグゼンプションを支持する経営者もいたりするのですが,これは真っ当な政策論議をする際には非常に迷惑な存在です。
 経営者としてはまずは労働時間規制をしっかり遵守しなければなりません。その上で,その規制が厳しいと感じるならば,それをしっかりと立法改正の動きにつながるよう意見表明していけばいいのです。おそらくそのときになって,これからの企業の中心となる知的創造的な働き方をするうえで,現在の労働時間規制が有害であるということがわかるでしょう。
 その意味で私は企業が萎縮をするというか,しっかりと法規制を守る方向で動いていことは,望ましいと考えています。
 というなことを話したのですが,なかなか記事にはならないので,ここに書いておきました。
 今朝の日経新聞で驚いたのは,厚生労働省が,転勤に関する研究会を始めたということです。まったく知りませんでした。そのような研究が始まってるのなら,今回のビジネスガイドの原稿でももう少し転勤のことについて,とんがったことを書いておけばよかったなと思いました。
 転勤について,私は育児や介護の負担という問題だけではなく,そもそもどうしてそれが必要なのかについてもっと考えるべきであるということを言っており,この部分は私はプロレーバーもびっくりの強硬な批判論者です。厚生労働省の研究会は,どういうメンバーがやってるのか知りませんが,しっかりした議論をしてもらえればと思います。

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2017年1月11日 (水)

毎日新聞に登場

 今年最初のマスコミ登場は,昨年末にインタビューを受けていた毎日新聞のインタビュー記事「はたらく 雇われず稼ぐ人を支援」です(1月9日の朝刊。また毎日新聞のHPからもみることができます)。昨年12月に経済産業省で報告したときのパワポ用スライドをみた記者の方からの電話インタビューを受けたものです。私は(勝手に)今年はインディペンデント・コントラクターの年であると呼んでいるのですが,まさにそれにふさわしい出だしですね。
 インディペンデント・コントラクターの一種といえるであろうフランチャイジーについては,日本労働研究雑誌1月号の特集テーマにもなっていました。フランチャイジーを労働者と捉えるのではなく,私のいう「準従属労働者」としてみる余地がないかは,12月に刊行された季刊労働法の論文「労働法のニューフロンティア?」ではふれていませんでしたが,今後の検討課題としてみたいと思っています。ビジネスガイドの「キーワードからみた労働法」の第116回のテーマも,「インディペンデント・コントラクター」であり,すでに脱稿しました。そこでもフランチャイズのことを少しだけ採りあげ,ファミリーマート事件の都労委命令(労働者性を肯定)を紹介しています(また季刊労働法255号の土田道夫先生他の論文にも言及しています)。
 今日届いたばかりのビジネスガイドの最新号(第115回)は,古典的なテーマの「配転命令」です。いつも新しいテーマばかりでも読者の方が飽きるかと思い,いろいろ取り入れています。その原稿ではとくに厳しい表現を使わず,判例の紹介を中心としたものにとどめていますが,内心では,転勤は企業によるある種のハラスメントではないかという思いをずっともっています(私の問題意識は,『雇用社会の25の疑問-労働法再入門-(第2版)』(弘文堂)の第3話をごらんになってください)。将来的には,業務上の必要性をもっと厳格に問うべく,東亜ペイント事件・最高裁判決を見直すような内容の論文も書いてみたいですね。        
 もう一つ紹介しておきます。公刊されていませんが,弁護士法人神戸シティ法律事務所の弁護士・井口寛司先生と対談したものが,同事務所のニューズレーターNo.6に掲載されています(残念ながらネットにはアップされていません)。テーマは「働き方改革」です。昨年12月に行ったものですが,井口先生やその他の弁護士の方と意気投合する部分が多く,とても楽しい対談となりました。 弁護士の世界も,AI時代の波が及んできて,大きく業務内容が変わっていくかもしれませんね。

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2017年1月10日 (火)

土田道夫『労働契約法(第2版)』

 土田道夫『労働契約法(第2版)』(有斐閣)をいただきました。いつもありがとうございます。まだ第2版だったのですね。透徹した分析と重厚な議論を特徴とする土田労働契約法は,すでに実務で最も信頼できる体系書の一つとして定着しています。
 最近の労働法の教科書は,ますますボリュームがすごくなっていて,本書も900頁くらいなっています。菅野・労働法(弘文堂)も重厚化の一途をたどっていますが,現在の労働法をしっかり描くとなると,ある程度のボリュームになるのは仕方ないところでしょう。
 と書きながら,ふと考えると,この本は,労働契約法だけだったのですね。これに団体法が加わるとどうなるでしょうか。土田労働法の全体像は『労働法概説』(弘文堂)があり,そちらは概説なので,もうちょっと圧縮されています。
 司法試験の受験生で労働法を選択科目に選んでいる人には,土田信者が多いようです。私のLSのゼミ生にも,土田信者がいて,授業で土田説はどうですか,という私の質問に答える担当になっています。
 本書がどこまで分厚くなっていくかわかりませんが,土田先生の学風からすると,ますます膨らんでいくことは間違いないでしょう。普通は膨脹すると精密度が下がるのですが,土田先生の場合はそうはならないでしょう。
 私は,こういうスタイルの本には能力的にとても対抗できないので,これとは正反対の,思い切り圧縮した本を書いてみたいと思っています。ということを,ずっと前から言っているのですが,なかなか着手できていませんが,今年あたり,ひょこっと出版するかもしれません。

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2017年1月 8日 (日)

芦沢央『悪いものが,来ませんように』

  芦沢央子『悪いものが,来ませんように』(角川文庫)を読みました。最初は,湊かなえのような「イヤスミ」系かと思ったのですが,まさかのどんでん返し。久しぶりに爽快な騙され方でした。ネタバレ紹介はやめておくことにします。ぜひ読んでみてください。
 騙されるとわかっていても,騙される作品です。   ★★★(★四つでもいいのですが,ちょっと女性作家特有(?)のドロドロの気持ち悪いところもあるので,★一つ減点)

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2017年1月 6日 (金)

判定競技に思う

 お正月前後の休みはサスペンス小説ばかりを読んでいました。その合間に,年末はボクシング観戦もしました。井上直弥は強かった。井岡もダウンをくらったけれど頑張った。八重樫は手堅い勝利。というようなことがありましたが,一番驚いたのは,IBF世界スーパーバンタム級新王者の小国以載が,22戦無敗22KOという強いチャンピオンのグスマンに判定勝ちした試合です。途中でボディでダウンを奪い試合を優勢に進めました。11ラウンドでもボディでダウンを奪ったかと思ったのですが,レフェリーがローブローの判定で,チャンピオンを露骨に(?)助けるシーンがありました(レフェリーは,非常によく見える位置にいました)。ほんとうはあそこでKOになっていたのかもしれません。判定になって心配しましたが,3-0で完勝でした。戦前の予想では圧倒的に不利であったのに,ボディ攻撃が効果的で,恐れずに攻めていったことが勝利を生んだのでしょう。
 審判の問題シーンというと,少し前になりますが,クラブワールドカップの決勝の,鹿島対レアル・マドリード戦があります。最後は延長で鹿島は負けたのですが,後半終了直前に,レアルの選手が反則をして,審判がカードを出そうとしていたところ,突然不自然にその手を止めるということがありました。2枚目のイエローなので退場かと思ったのですが,結局,カードは出なかったのです。あそこは明らかに,審判はイエローが2枚目だと途中で気づいて,これはやばいと思って引っ込めたものでした。レアルが負ければ大変だと思ったのかもしれません。鹿島が押していただけに残念でした。
  そういえば,リオ・オリンピックの柔道の100キロ超級のリネール・原沢久喜戦も,明らかに原沢が優勢でしたが,リネールには指導が出ませんでした。絶対王者を負かせてはならないという遠慮をした審判の姿が世界中に流されました。
 一方当事者に肩入れしているような審判は,永久追放にしてほしいのですが,その一方で,審判に肩入れしてもらうくらい強くなればいいともいえそうです。判定競技の多くが審判に左右されるものであるのなら,その審判を(買収はいけませんが)活用するくらいの「顔」にならなければならないのでしょう。「顔」となるためには,まず勝っていかなければならないのですが。ボクシングなら顔にパンチをいれてのKO,サッカーなら絶対にオフサイドにならない位置からのシュートによるゴール,柔道なら文句なしの一本というように,審判の裁量が入らないところで勝てる力をつけて,這い上がっていくべきなのでしょうね。
 リオ・オリンピックの体操個人総合の内村航平の最後の鉄棒は,まさに審判も味方につけた演技だったのでしょう。内村くらいの絶対王者になればいいのです。原沢にはぜひ次のオリンピックで頑張ってほしいですね。小国もここで燃え尽きることなく,防衛していってほしいです。

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2017年1月 5日 (木)

年頭所感

  今年も正月は,駅伝三昧でした。青山学院大学の強さに驚きながら,駒澤大学のシード落ちの危機にはらはらしながら,早大の追い上げに期待しながら,兵庫県の高校出身のランナーを応援しながら,箱根駅伝を楽しんでいました(昨年終わりの高校駅伝では,兵庫県勢はまずまず活躍しましたね)。
 今年は昨年以上に「働き方改革」が流行となりそうですが,うまくいくでしょうか。

 昨年の拙著『労働法で人事に新風を』(商事法務)の続き…… 
 「戸川君。今年の我が社の方針は『働き方改革』でいくぞ」
 「はい,中上社長。政府も力を入れているそうですから」
 「まずは残業をできるだけ抑制するようにしなければならないね」
 「そうですね。労基署の目も厳しくなっていますから」
 「年次有給休暇も完全消化を義務づけよう」
 「はい,とてもいいことだと思います。私も今年度はほとんど取っていないので30日近く残っています。しっかり取らせてもらいます」(ハワイにでも行こうかな・・・)
 「うーん」(それはちょっと困ったな)
 「それで具体的にどのように進めていくおつもりですか」
 「それを考えるのが君の仕事だろ。来週,社員向けに訓示をするので,火曜までに働き方改革のプランをまとめて提出してくれないか」
 「訓示をするのは来週火曜じゃないですか。今日は金曜ですよ。もう3時ですし」
 「週末から3連休あるじゃないか。そこでじっくり考えてくれよ」
 「社長,私の『働き方改革』も考えてください・・・」

 経営者(役所では,大臣と置き換えていい)が力を入れだすと,その下にいる者が大変です。「働き方改革」をするために過労になるというバカなことが日本では起きかねません。
 流行に乗った口先だけの「働き方改革」ではダメなのです。では,どうやったら「働き方」は変わるか。まず大切なのは,あまりにもあたりまえのことですが,仕事を減らすことです。そして,生産性をあげることです。
 社内に無駄な仕事はありませんか。暇な上司が仕事を作って周りに迷惑をかけていませんか。過剰なルールを過剰に厳格に適用していませんか。ルールは何のためのものか,目的を忘れていませんか。顧客に過剰なサービスをしていませんか。ちょっとの苦情に過剰に対応していませんか。サイレントマジョリティーの声を把握できていますか。
 そしてもっと大切なことは,いま働いていて幸せですか。仕事がつらいのはあたりまえと思っていませんか。
 「勤勉は美徳?」。昨年,出した私の著書(光文社)のタイトルですが,最後の「?」が大切なのです。疑問をもち,自分で考え,そして現状を変えるために自己実現にもう少しだけこだわる(こだわりすぎると,周りとフリクションが生じますが)。こんなところから「働き方改革」は生まれていくのだと思います。

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