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2016年12月30日 (金)

電通問題に思う

 電通の社長が来月辞任することになったそうです。電通では,これからの雇用社会をテーマに講演させてもらう機会があり,石井社長とも面識があっただけに,非常に残念です。電通だけが不当に厳しい扱いを受けている印象がまったくないわけではありません。東京労働局の担当者が,自殺した労働者の命日にあわせて書類送検したという趣旨のことを述べていたのも問題です。書類送検はされた側にとって大きなことです。公平性がなければ,労働行政への信頼が失われます。もし,世論の感情的な動向を意識しすぎたとするイメージを与えてしまうのは,一見,正義の味方になってよさそうですが,長い目でみれば副作用のほうが大きいでしょう。当局はそういう発言をすべきではありませんでした。本件の取扱いは,他の同種案件にはない例外的な悪質性があったからだということで通すべきだったのです。
 ただ,この電通問題は,労働基準法違反があると,経営者が刑事責任を問われる可能性があるし(実際に今回も起訴されるかどうかはわかりません),少なくとも経営トップが経営責任を問われるかもしれないということを世に知らしめた点で,重要な意義があることは確かです。これは私が日頃よく言っている話ですが,経営者は労働基準法を甘くみてはいけないのです。労基署が本気になれば,こういうことが起こりうるのです。どの程度のことで書類送検になるかの基準はよくわからないのですが,法的には,いわゆるサービス残業などは,労働基準法違反として,犯罪の構成要件に該当するので,裁判となるといつ有罪判決が下されてもおかしくありません。
 経営者は意識を変えなければなりません。労働基準法などの労働保護法規に反するような形で社員を働かせることは,労働力の不当利用であり,それは法違反であるというだけでなく,そもそも経営のあり方として間違っているということです。日本のホワイトカラーの生産性の低さが,そのことを証明しています。 
 懸念されるのは,こういうことがあると,表面的に帰社時間を早くするなどといった対応だけですまされることです。これでは,問題の解決につながりません。労働者にとって精神的な健康を一番害するのは,実は労働時間の長さではありません。労働時間の長さに加えて,人間関係などのストレス(とくに問題は上司のパワハラ)が合わさってはじめて,非常に精神的に危険な状況となるのです。職場の人間関係の改善こそが重要で,パワハラを一掃するなどの対策をとらなければならないのです。たんなる労働時間の長さだけに議論が集中してはいけません。
 しかし実は最も重要なのは,クライアント至上主義という働き方の見直しです。クライアント,消費者,生活者などの論理が,労働者の論理を上回っていることが,最も本質的な問題なのです。先日のカツヤマサヒコshow でも,このことを語ってきました(拙著『雇用がなぜ壊れたのか』(ちくま新書)も参照)。アマゾンの過剰サービスによる労働強化などもそうですが,私たち生活者は過剰に便利な生活を送ってしまっているのです。競争のなかで企業は生活者やクライアントの論理を優先し,それが労働者としての私たちを追い込んでいるのです。労働者の論理の復権がないかぎり,労働者の過労はなくなりません(霞ヶ関の役人の労働の論理より,国会議員の論理に上回っていること,学校の先生の論理より,モンスターペアレントの論理が上回っていること,等々も問題です)。
 労働者が声を上げるのは大変でしょうが,そこに行政の存在意義があります。今回の労働局の積極的な介入もこうした視点からは肯定的に評価することができます。
 もちろん,ほんとうは行政の介入などなくても,経営者が自ら意識改革しなければならないのです。労働者を過労(精神的な圧迫を含む)に追い込んでいるような企業の経営者は失格という意識をもって社内を本気で点検し,そして場合によっては,これ以上のサービスは無理ということをしっかりと発信して,消費者や生活者やクライアントの意識改革を促すことが必要なのです。
 東京オリンピック招致で日本人の「おもてなし」が有名になりましたが,これは実は危険なことです(滝クリに罪はありませんが)。過剰な「おもてなし」で,日本の労働者にストレスを生むとなると,それはやってはならないことなのです。東京オリンピックの成功にばかり目を奪われ,外国人に喜んでもらうことが国是となり,外国人に特別なおもてなしなど必要なんてないというと,非国民と言われるような風潮が起こることを私はおそれています。
 労働組合も,政府や行政が動く前に,しっかり声をあげるべきです。
 現在の過剰サービスをなくすだけで,ずいぶんと無駄な労働がなくなり,ストレスも減り,ワーク・ライフ・バランスも充実します。長い目でみれば,そのほうが日本経済にとっって良いことなのです。

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