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2016年12月19日 (月)

橋本崇載『棋士の一分』

 橋本崇載(ハッシー)の本が刊行されました。『棋士の一分-将棋界が変わるには』(角川新書)です。将棋ファン以外には,あまり興味がもてそうにない本ですが,将棋ファンにとっても,ちょっと複雑な気分のする本です。
 ある意味では告発本です。日本将棋連盟の前会長の米長邦雄(2012年に死去)は将棋のみならず,会長としての豪腕ぶりも有名でした(どうでもいいですが,米長の悪行を次々と告発した桐谷広人七段(すでに棋士は引退)は,バラエティでは投資家としてよく出ていますね)。ハッシーによると,コンピュータとプロとの対戦という悪い先例を作ったのは米長氏だということです。本書には,米長が私利私欲のために将棋界を間違った方向に誘導したという怒りに満ちています。そして怒りの矛先は,さらに米長の暴走をとめられず,現在はその後継者となった谷川浩司九段が率いる現在の日本将棋連盟にも向けられます。さらに理事選に出て落選してしまったことから,自分を落選させた棋士たちにも怒りの矛先が向いているように思います。
 ハッシーは,なぜコンピュータとプロ棋士が対戦することに反対しているのでしょうか。
彼はプロ棋士の仕事を,有限の手しかない将棋において,それが無限であるかのように,新たな手を模索しながら対局していく姿勢をみせていくことにあると考えているようです。これはファンがプロ棋士に期待していることと同じでしょう。
 ハッシーおよび将棋界がいま抱えている問題は,AI時代における雇用代替の問題の一つとみることもできます。プロ棋士としては,コンピュータソフトのほうが強いとは口が裂けても認めたくないのでしょうが,でも実際は強いのです。最強者の決定ということになると,プロ棋士の仕事はなくなってしまいます。そういう時代において,プロ棋士はプロとしてどうして食べていくのかが問われているのです。そのことをまだ33歳の彼が一所懸命に考えているのが,私個人としては興味深いところです。まじめに自分の職業を愛し,でも周りには,自分たちの職業への愛の足りない先輩,同輩,後輩がいて,それにもどかしさを感じ,もっと智恵を絞って自分たちの生き方を考えようという若者の必死の叫びが伝わってきます。これは将棋の話ではありません。日本で有数の頭脳集団の仕事が危機に瀕していることは,その他の知的労働も危ないのです。将棋はゲームだから違うと思っていると,たいへんなことになりますよ。
 この本ではスポンサーである新聞社に対する気兼ねが出てきますが,実はプロ棋士が食べていけるのはファンがいるからです。ハッシーがファン投票による棋戦などという提案をしているのも,その視点でしょう。ハッシーは批判的ですが,評価点などが盤面に出てくるのも実は悪くありません。たとえばNHK杯で解説のプロ棋士が形勢を語るのは,局面ごとのプロの評価点を聞きたいというファン心理に応えているのです。評価点を出されるのは一手一手に成績をつけられているようでプロ棋士としては辛いでしょうし,ハッシーも評価点には批判的ですが,プロはそれに耐えるべきです。むしろ現在のファンは,なぜ評価点が高い手をプロは指さないのか,指せないのかというプロがミスをするところが興味深いのです。
 昨日のNHK杯で,佐藤和俊六段が,羽生善治三冠に勝ちました。佐藤六段は順位戦は最も低いC級2組(そのなかの21位)の棋士です。相撲でいえば,横綱対序の口くらいの格差があります(ちょっと言い過ぎか?)。もっとも佐藤六段も竜王戦は2組にいるので,横綱対十両くらいと言ってもいいかもしれません。その佐藤六段が,三間飛車というアマチュアでも普通にやる戦法を使って,羽生三冠に勝ったのです。ポーカーフェイスの佐藤六段が,途中で馬を二枚捨てるなど,大駒をすべて相手に渡しながら,まさに決死の攻撃をし,羽生三冠が苦渋に満ちた表情を出して考え込んでいるところに,まさに人間ドラマがありました。これはコンピュータ将棋にはみられないものです。あとでネットでみると,コンピュータの評価点では,羽生三冠は後半で悪手を指したということを指摘していますが,テレビ解説の戸部誠七段は悪手がどこにあったかわからないと語っていました。稀代の大棋士でも時間に追われて,苦しむなかで,実はコンピュータによると優勢な将棋であったのに悪手を指して負けることがあるというドラマをみてファンは喜ぶのです。そして佐藤六段の勝利に深い感動を覚えたファンは多かったと思います。久しぶりに良いものをみせてもらいました。
  ハッシーの日本将棋連盟批判は強烈です。でもこれを理由に処分などをすべきではありません。組織に対する建設的な批判は,組織のためにも必要なことです。実は,前にプロ棋士は労働者かどうか不明と書いていましたが,本書でプロ棋士は個人自営業者であることがわかりました。自営業者の組織なので,実態が雇用関係にあると評価できないかぎり,労働法の法理は適用されず,懲戒処分の制限法理などをあてはまることはできませんが,まさに連盟の良心として,そのようなことはしてほしくありませんね。

 将棋ファンの私としては★★★★(将棋ファン以外の人には★★くらいでしょうか)。

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