« カジノ法に思う | トップページ | 第128回神戸労働法研究会その2 »

2016年12月 9日 (金)

第128回神戸労働法研究会その1

 一人目は高橋聡子さんによる判例報告(富士運輸事件・東京高判平成27年12月24日労働判例1137号42頁)でした。割増賃金の定額制について,法所定の方式をとっていなかったものの,実時間外労働時間数に基づく計算をした額を上回っているので問題なしとしたものでした。
 法的な判断はこれでよいのですが,私自身が関心をもったのは,割増賃金の定額制をめぐる実務のあり方です。定額制であっても,法定の割増賃金の支給額を上回っていればもちろん適法だし(計算方法については法は縛りを設けていない),下回っている場合には差額分を支払うということにしていれば,法的には問題はありません。またかりに差額分を支払わないという完全定額制の場合であっても,労働基準法37条,13条により,差額分の請求権は法的には認められるので,完全定額制の合意を貫徹させることはできません。
 ただ,だからといって,差額があるときは支払うということを契約に明示していなくてもよいのかは,一つの論点です。定額制の有効要件として,差額分の支払の合意をすることをあげているものもあります。
 たとえば,テックジャパン事件・最高裁判決(大内伸哉『最新重要判例200労働法(第4版)』の第104事件)における櫻井裁判官の補足意見は,次のように述べています。
 「便宜的に毎月の給与の中にあらかじめ一定時間(例えば10時間分)の残業手当が算入されているものとして給与が支払われている事例もみられるが,その場合は,その旨が雇用契約上も明確にされていなければならないと同時に支給時に支給対象の時間外労働の時間数と残業手当の額が労働者に明示されていなければならないであろう。さらには10時間を超えて残業が行われた場合には当然その所定の支給日に別途上乗せして残業手当を支給する旨もあらかじめ明らかにされていなければならないと解すべきと思われる。本件の場合,そのようなあらかじめの合意も支給実態も認められない。」
 この趣旨は,差額分の支払いの合意も明示的になすべきことを述べたものと解されます。これは割増賃金の合意の明確性の要請は,たんに通常の労働に対する賃金と割増賃金との判別性だけでなく,差額支払いの合意にも及ぶということです。
 私は,これまでは,そこまで言う必要はないのでは,と考えていたのですが,少し考え直す必要があると思いはじめています。
 労働者に権利があるので,使用者のほうからわざわざそれを明示してやらなくてもいいとなると,使用者としては黙っておいたほうがよいと考えがちで,そして多くの労働者は無知なので,結局,完全定額制が実務上は貫徹されてしまうのです。年次有給休暇にせよ,育児休業や介護休業にせよ,理論的には,契約や就業規則で定めなくても,法律上,権利が発生するので,わざわざ使用者としては契約や就業規則に書かなくてもいいとなりそうですが,それはやはり望ましくないでしょう。法律上の権利であっても,できるだけ契約や就業規則で明示したほうがよいのです(就業規則の必要記載事項と解すことはできないとしてもです)。
 そもそも自分で時間外労働時間数に基づく割増賃金を算定して,時間外賃金からもらう額より下であると主張できるような労働者がどれだけいるのか疑問です。
 加えて,割増賃金定額制は,通常,一定の時間外労働を前提としており,しばしばその時間は長いものとなっていることがあります。時間外労働が予定時間数よりも少なければ労働者にとっては得となりますが,実際には,そうではなく,その時間までの時間外労働をすることが当初から想定された働き方であるという意味合いのほうが強いことが多いのです。とくに限度時間(1カ月で45時間)を超えるような時間外労働を想定したものとなっている場合には,違法とまではいえないまでも,法の趣旨には反する望ましくないものです。おまけにそれを超えても労働者は差額分を請求してこない可能性が高い(定額制を誤解している,あるいは使用者から誤解させようとする)となると,問題はより深刻です。
 また定額残業を基本給に組み入れていると,たとえ判別要件を充足していても,賃金が高く見えることにもなります(判別要件を満たしていなければ,前記のように違法です)。
 つまり割増賃金定額制は,一定の長時間労働を想定したものとしたうえで,賃金の見栄えがよくなり,賃金計算上も便利で,しかも差額分を支払わなくても労働者は文句を言わないかもしれない,というようにきわめて経営側に都合のよいものだとするならば,かりに違法ではなくても,やはり放置すべきではないでしょう。
 割増賃金は実時間外労働に応じて支払われるもので,それは可変的なものなので,定額制のような誤解をまねきやすい形の労働条件の明示方式は,それこそ行政指導の対象とすべきではないでしょうか。ましてや最初から1カ月45時間を超える時間外労働が想定されている定額制(労働時間がその時間を超えなければ労働者に有利な面があるにせよ)は,労働基準法36条に違反しないまでも,そこに法の潜脱の姿勢があれば,公序良俗違反で無効とするという解釈論も考えられてよいかもしれません。
 労働基準法は,法にふれないぎりぎりのところでやっておけば問題ないのだというのは,労働基準法が企業に対して公法的な規制をするものというとらえ方をしていれば,出てきそうな発想です。厳しい規制があれば,それをかいくぐることを指南するビジネスが出てきてしまうものです。しかし,労働基準法は私法的な規制でもあり,そこでは法の理念に照らした法の解釈や運用が要請されていると解すべきです。公法的な規制に抵触しなかったからといって,法の理念に反するような実務に何もサンクションがないということであってはいけないと思います。
 これが,西谷敏先生がおっしゃっていた労働基準法の二面的解釈(公法の側面と私法の側面とを分けて考えるべきとするもの)のねらいであったのだとすると(「労働基準法の二面性と解釈の方法」『外尾健一先生古稀記念 労働保護法の研究』(1994年,有斐閣),それはまさに慧眼であったといわざるをえません。

|

« カジノ法に思う | トップページ | 第128回神戸労働法研究会その2 »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事