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2016年11月 2日 (水)

解雇の解決金?

 10月31日の日経新聞の「核心」を引き続きとりあげると,そこで解雇の「解決金」ということで,イタリアの改革の例があげられており,あの著名な経済学者のBoeri(全国社会保障機構・INPSの総裁)のコメントも出ていました。たしかに,私たちは解雇の金銭解決と呼んでいるので(経済学の人のなかには「金銭解雇」という言葉を使う人もいますが,それが絶対的にダメということではありませんが,それだと事前型の制度を想起させるし,ちょっとラフなのでやめたほうがいいです),支払われる金額が「解決金」という表現になっても自然な感じもしますが,実はこれはちょっと困るのです。
 少なくとも法学系,あるいは実務感覚でいうと,「解決金」というのは,紛争を解決するために,明確な根拠なしに支払うというもので,それで清算終結という感じです。たとえば和解などでも,使用者が責任を負うということは認めないが,「解決金」としてであれば支払うというようなことがあり,通常は,当該係争に関する一切の債権債務はそこで消滅することになります。「解決金」の目的は,紛争を解決することだからです。
 ところが,「解雇の金銭解決」の場合には,補償金という言葉が使われることが通常です。イタリアでも,「indennità」という言葉が用いられていて,補償金と訳すべきものです。そういえば,厚生労働省で解雇の金銭解決について検討されている場が「透明かつ公正な労働紛争解決システム等の在り方に関する検討会」であるというのも,これを解雇紛争の解決という視点でとらえているということかもしれません。これはこれで誤りではありませんが,補償金=解決金として考える発想を生みやすくしていますね。
 解雇の際に使用者から労働者に支払われる金銭が,解決金か補償金かであるかは,制度のあり方を大きく左右します。イタリアは「indennità」という言葉を使っていることから,ニュアンスとしては不当な解雇をした使用者から労働者への損害を賠償する金銭という位置づけとなります。これを法定するので,もし労働者が法定の「indennità」以上の損害があることを立証できれば,差額の賠償請求ができるのかという論点が発生することになります(議論の余地があることは,昨年10月に,神戸大学で開いた国際シンポでも確認しています)。法律で労働者の損害賠償請求を限定するとしたら,日本では労働者の財産権侵害という論点が出てきそうです(労災保険の場合でも,労働者は保険で填補される以上の損害があれば,民事損害賠償が可能とされているというのと似たような議論です)。
 この論点は,「indennità」を解決金としたとしても出てくるものですが,たとえば立法で解決金としてしまったほうが,損害から切り離して考えようと割り切りやすいということはいえそうです。不当解雇による損害は,現行法を前提とすれば,発生しないという考え方もあって(不当解雇は無効なので,労働者に賃金請求権が残るため,精神的損害などを除くと損害が生じない),そうした問題をふまえながら,立法で「解決金」としての支払を命じるのが金銭解決だという見方もないわけではないのです。ここでは賠償うんぬんという話を最初から回避してしまっていることになります。この場合でも,労働者の損害賠償請求権という財産権を侵害するという主張も理論的にはありえますが,立法で「補償金」の支払としたときと比べて,補償金の対象となるような損害があることを正面から法律で認めてしまっているかどうかというところに差が出てくることになりそうです。
 非常に細かい議論ですが,「解決金」か「補償金」かは,法学的にいえば,大議論となるので,最初から「解決金」といってしまうと結論を先取りしていることになります。私は,いまのところは「補償金」と位置づけるべきだと考えています。「解決金」としてしまうと,ほんとうに法律で当事者の和解の相場を設けるだけのことになり,理論的な分析の必要性が後退します。また制度設計次第ではあるのですが,残余の損害について労働者が争う余地がなくなりやすくなります(使用者側はそのほうがよいでしょうが)。補償金であっても,法定すると,和解の相場にはなるのですが,最初から和解の相場でよいと考えて立法するのとは,やはり違います。
 まずは「補償金」とみて,不当な解雇には損害が生じるので,それを使用者は賠償すべきであるが,しかしそこにはある程度の基準の明確性が必要で,個別の完全賠償を目指さずに法定の基準を設け,そして残余の損害があったときには労働者が立証すれば不法行為による損害賠償請求できるといったことがアイデアとして考えられます。ただ,ここまで述べてきた損害というのは,具体的にどのようなものであるのか自体,いろいろな考え方がありうるので,それをどのようにとらえ,算定するかが重要な検討課題となります。現在,研究中です。

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