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2016年11月

2016年11月27日 (日)

講演の告知

 同一労働同一賃金について,政府のほうも大詰めになっているのでしょうかね。何か法律ができてしまってからでは,ピンぼけになってしまうのですが,「なぜ日本では同一労働同一賃金は誤った政策なのか-EUとの比較を通して-」という(少し挑発的な)テーマで,神戸大学の企画で,マスメディアの方向けの講演会が12月2日14時からあります(なぜマスメディア関係者に限定しているのかは,私はよく知りません)。
 詳しくは,http://www.office.kobe-u.ac.jp/intl-prg/jmcoe/event/2016/10/24/500.html 
をみてください。本当のことを書いたら怒られるかもしれませんが,参加希望者が少なくて,事務局のほうは困っているようです。私とこの問題について議論したいと思われるマスメディア関係者の方は,時間はトータルで1時間と限られていますが,どうぞお越しください。個人的には少人数のほうがしっかりディスカッションができてよいような気もしていますが……。

 私の後には,経済学研究科の吉井昌彦先生の「金融危機とBREXIT、そしてEUの将来」という講演もあります。これもタイムリーなテーマです。

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2016年11月25日 (金)

毎日新聞登場

 今朝の毎日新聞の「どうする?長時間労働/上 「残業=やる気」視野奪い」という特集で登場しました(電子版では,http://mainichi.jp/articles/20161125/ddm/013/040/017000c)。毎日新聞のインタビュー記事としては,たぶん初登場です(書いたものを紹介されたことは以前にもありました)。毎日新聞は,私からは遠いものと思っていたので,取材依頼は意外でしたが,結構,記者の方と意見が合うところが多かったです。ご存じのように,私は労働時間規制については,エグゼンプションも主張しています(『労働時間制度改革』(中央経済社))が,今回は,電通事件のインパクトからの取材なので,拘束的な働き方についての実効的な規制の必要性のほうに力点をおいた内容となりました。エグゼンプションの話もしたと思いますが,今回は流れからして採りあげられなかったようです。
 絶対的上限規制,勤務間インターバル,年休取得強制という3本柱を繰り返し主張することにより,労働時間規制のあり方について,みんながもっと考えてくれるようになればいいなと思います。と同時に,本来労働者の権利であった三六協定による時間外労働のチェック,年休の時季指定が機能しなかったことへの思いもかみしめて,法の強制に頼らざるを得なくなったことへの反省,そして自ら休んでいくという意識をもつことの重要性を感じてもらえればよいなと思っています。
 この点については,すでに受けている別の媒体のインタビュー記事で,もう少し詳細な私のコメントが出てくると思います。

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2016年11月23日 (水)

モデル就業規則

 今回,中小企業庁(経産省)の「兼業・副業を通じた創業・新事業創出に関する研究会」の委員となり(座長は柳川範之さん),先週,初回の会合でプレゼンをしてきました。法的課題について論じるというのが私に課されたテーマで,副業をめぐる標準的な労働法のことを話したうえで,日本の雇用システムとの関係からこのテーマを位置づけて(以前にWEDGEで書いたものと重なっています),副業による労働時間通算に関係する労働法や労働保険法上の問題を整理し,最後に若干の提言をするというものでした(資料は公開される予定です)。事前に,厚生労働省のモデル就業規則についての意見も欲しいと言われていたので,私のプレゼンでは,少なくとも多くの事業主が参考にする「モデル就業規則」で副業制限規定を設けることの合理性はないのではないか,という発言をしました。代表的な裁判例をみても,私生活の自由が原則とされており,副業の規制をすることには正当な理由が必要という枠組みですし,2005年の「今後の労働契約法制の在り方に関する研究会報告書」でも,「労働者の兼業を禁止したり許可制とする就業規則の規定や個別の合意については,やむを得ない事由がある場合を除き,無効とすることが適当である」となっていて,私もこのような立場は基本的に妥当と考えていたからです。もっとも私は副業をなんでもOKにすべきとすることには賛成ではなく,企業側にも副業を規制する正当な理由があることがあり,その点も留意しておかなければならないと述べました。ただ原則と例外の関係はおさえておかなければならず,やはり原則は副業OK,例外的にのみ規制が許容されるということであるはずで,そうするとモデル就業規則で,許可なく他社の業務に従事することを遵守事項とし,その違反を懲戒事由とするのは,ちょっとやりすぎだと考えたのです。
 ところで今朝の日経新聞の朝刊に「厚労省 モデル就業規則改正へ」と出ていて驚きました。この研究会が影響を与えたかどうかわかりませんが,経産省での研究会の立ち上げが何らかの影響を及ぼしたことは明らかでしょう。立法ではなくモデル就業規則程度であれば,機敏に変更できますしね。それに,モデル就業規則の上記の規定を維持することは,学説,判例いずれの観点からも無理なので,こういうおかしいところは,できるだけ迅速に対応したほうが,かえって厚生労働省の印象がよくなると思います。
 ただ私も偉そうなことが言えないのは,かつて『望ましい就業規則』(生産性本部)という本の編者をしておきながら,そこでは,副業については,基本的には厚生労働省のモデル就業規則と同様の規定を書いていて,ただその解釈として,限定解釈をしなければならないという趣旨のことを書いていました。規定は残しながら限定解釈をほどこして妥当な運用を図るというのは穏当なやり方だと思っていました。前記の「在り方研」の報告書は,一見ラディカルなようですが,結果としては同じようなアプローチになると思っていました。ただ限定解釈の内容を就業規則で明記するほうが「望ましい就業規則」だなと,いまは考えています。
 今回モデル就業規則がどのように変更されるかわかりませんが,いずれにせよ,上記の原則と例外の関係は明確にされることになることは確実でしょう。
 ここまで反応がよければ研究会のほうもやりがいがありますが,逆にその他の提言(労基法38条1項の行政解釈の見直しなど)のほうは難航するかもしれませんね。
 私はこの問題については役所のいわば内部に入ってしまっていますが,部外者の視点をもちながら,これからの厚生労働省の動き(とくに経産省との良きコラボの動き)に注目していきたいと思っています。
 おりしも,労政審のあり方に関する会議のほうも,大詰めを迎えているはずです。ここでも私は委員をやっており,実はとりまとめに向けての私的メモを事務局にすでに送っています。これがどのように扱われるかわかりませんが,状況によっては公開することも考えていますので,少しは検討の俎上に載せてくださいね(⇒厚生労働省の方々へ)。

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2016年11月21日 (月)

ちょっと多忙で

 11月に入り,かなり忙しくなっており,ブログも久しぶりです。他のところでアウトプットしていると,ブログで書こうというエネルギーが出てこないですね。
 先週は,毎日新聞の取材(そのうち掲載されるでしょう),Yahooの取材,出張,講演,さらにこれからはテレビ収録などもあり,その間に,弘文堂の新作の再校ゲラチェック,季刊労働法の初校ゲラチェックなどが重なってしまっています。腰痛が直る暇もないのですが,ここはがんばりどころです。
 取材が重なったのは,やはり(新)電通事件の影響です。労働時間のことについて関心が高まっていますが,多くの人はどこがポイントかわからなくなっているようです。だからテレビに出ている評論家なる人たちは,結局,「法律を改正すべき」というような無意味な結論でお茶を濁しています。現在の法律の内容がどうであり,そのどこに問題があるということがわかっていないので,コメントも空虚ですね。
 (新)電通事件についてのゼミの学生の反応は,冷静なものでした。ここでは学生たちがどういう反応であったかは書きませんが,大事なのは,感情的な議論に流されていては,この悲しい出来事の教訓が活かされないということです。
 日本の労働者が長時間労働時間に追い込まれているのは,いったいなぜなのか。これはかつて私が,ちくま新書の『雇用がなぜ壊れたのか』(2009年)で論じたテーマの一つでもあります。労働者の論理と企業の論理(生活者の論理)とのバランスはどう取るべきかという問題提起は,現在でもなお十分に有効だと思っています。

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2016年11月17日 (木)

有用な統計とは

 総務省の労働力調査の「従業上の地位」による分類によると,日本の労働者の圧倒的多数が「常雇」(Regular employee)とされています(平成25年で雇用者の91.5パーセント)。ただ,2013年より前の調査では,「常雇」には,「雇用契約期間が1年を超える者」が分類されているので,「常雇」イコール正社員ではありません。有期雇用でも「常雇」に入るからです。それでも契約期間が1年を超えるような労働者は,1年やそれ未満の期間の有期労働者とは質的に違うと考えれば,「常雇」という分類にも意味がないとはいえないかもしれません。2013年以降の調査では,「常雇」はさらに「常雇(無期の契約)」と「常雇(有期の契約)」に分類され,後者は「雇用契約期間が1年を超える者」と定義されています。有期契約は,「常雇(有期の契約)」以外に,「臨時雇」(雇用契約期間が1カ月以上1年以下),「日雇」(雇用契約期間が1カ月未満)に分類されます。このうち正社員の人数を把握する場合には,「常雇(無期の契約)」だけをみればいいと思うのですが,平成25年1月のデータでみると,「一般常雇」(常雇から会社役員らを除いたもの)のうち「常雇(無期の契約)」は80.7パーセントいて,同じ調査の雇用形態別の「正規の職員・従業員」は63.3パーセント(2013年全体)よりずいぶん多いです。
 おそらく「常雇」の無期でいう「期間の定めのない」には,定年までの雇用が「想定されている」正社員と,そうでない非正社員とが混在しているのだと思います。たとえば学生などに聞いても,アルバイトでは期間をとくに定めていないが,遅くとても卒業すれば辞めることが前提となっているようです。こういうものが無期のなかに混在しているとすると,このデータはあまり意味がありません。
 また有期のほうについても,平成25年1月のデータですが,「常雇(有期の契約)」が892万,臨時雇が444万となっていて,この数字もちょっと違和感があります。エビデンスを見ろとよく言われるのですが,私はこの数字には,重大な誤りがひそんでいるのではないかという懸念をいだいています。
 調査対象者は一般労働者です。そうした人は契約期間は1年だが,更新は2回まででトータルで3年という人も,自らの契約期間は3年と考えている人が多いのではないかと推察されます(この点は,ぜひ拙著『雇用改革の真実』(日本経済新聞出版社)の74頁以下「意外に難しい期間の意味」も参照してください)。私の周りだけの限られた(偏った?)調査ですが,私のこの疑問は100パーセントあたっていました。こうした人が3年や5年と回答すると,「常雇(有期の契約)」(2013年よりも前であれば,単に「常雇」)に分類されてしまうのです。契約期間が最初から3年の者ならともかく,1年更新でトータル3年の者(典型的な非正社員)を「常雇」と分類しても,統計上の意味はほとんどないでしょう。
 法律家にとって知りたいのは,こういう分類ではなく,有期雇用の1回ごとの期間設定がどのようなものか,それがどの程度更新されているのか(トータルの年数,更新回数。これからはトータルの年数は,労働契約法18条の影響で,5年以下となるでしょうが),という情報です。労働基準法14条や労働契約法18条,19条の見直し論に活用しうるからです。
 そういう点からは,上記の期間に着目した統計は,少なくとも労働法関係者にはあまり意味がないものであり,できれば改善してもらいたいですね。

 

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2016年11月16日 (水)

サッカー日本代表のサウジ戦

 昨日のサウジ戦は良かったですね。新しい戦力が活躍して結果も出して単なるサッカーの試合というだけではなく,日本の将来を考えていく上でも参考になることでした。沈滞したベテラン勢がいつまでも幅をきかせているようではいけません。とはいえベテランが必要なこともあるので,そのコンビネーションが非常に良かったです。ハリルホジッチ監督は,負ければ解任という噂も流れている中で,怪我をしてるわけでもない本田と香川を先発から外して,まさに後のない賭けに出て,見事に結果を出しました。
 数日前のオマーン戦は何のための試合だったかという批判もあったのですが,すでに好調であることがわかっている清武と原口以外に,大迫の調子が良いことを確認するという意味もあったのでしょう。浅野や斎藤の調子もみたかったのでしょう(そしてダメという判断をしたのでしょうね)。司令塔としての清武の安定感,前線の大迫の存在感,守備も献身的な原口,やはり信頼感抜群の長友や長谷部といった,新旧のコンビネーションがうまく機能しました。久保も,本田が今一つということで思い切って先発に使い,これで本田の尻に火がついた感じです。昨日は後半から出て頑張っていました。決定力不足は深刻ですが。香川はみんながもっとできるだろうという期待が高すぎることが彼に可愛そうなところもありますが,大事な試合では昨日のように途中出場になるでしょうね。
 それでもホームで1点差の辛勝ですから,やはりこれからの戦いは厳しいです。とくにサウジのラフな戦い方は,アウエイではもっときついものとなるでしょう。オーストラリアがもたもたしていて助かっていますが,最終予選の後半はまだまだ目が離せません。
 勝っても監督交代という話が出ていますが,ここは監督は代えない方がよいのでは,という気もしますね。新しい選手を登用するにいは,ある程度長く選手をみてきていることが必要なので。
 いずれにせよ今日のような試合をしてくれたら,忙しいときでも,ライブで見ようかなという気になります。

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2016年11月14日 (月)

さらばFAX

 前にも書いたことがありますが,役所のなかには,いまだに電子メールでの通信を拒むところがあります。銀行の行員なども顧客との間では電子メールを使わないようです。個人の秘密が関係するからでしょうか。とはいえ,電子メールを使わないことの市民や顧客にとっての不便さを考えてもらわなければなりません。電子メールを使わないほんとうの理由は,上司の頭がかたいからではないかとも推察しています。
 電子メールなんか使って,もし誤送信したらどうなる?秘密が漏洩したらどうなる?たしかに,そのような懸念は分からないではありません。でも,FAXなら大丈夫でしょうか。FAXを送った後にどうなっているかは,送信者にとってはとても心配です(誰が受け取るのか。個人のデスクにFAXがあるわけではないでしょう)。FAXでも誤送信はありえます。電子メールなら,少なくとも個人アドレスなら,誰が受け取るかははっきりしています。
 そういう私も,原稿の校正ゲラについては,雑誌の原稿くらいの量であれば,FAXで送受信していました。当然,郵便よりも早いからです。日本法令のビジネスガイドは,昨年くらいからでしょうか,校正ゲラはFAXではなく,PDFファイルで送ってくるようになりました。ただ,私はそれをプリントアウトして赤を入れて,返送はFAXでしていました。これをPDF化して返送してもよかったのですが,ちょっと面倒だったのです。ところが最近,新兵器を手に入れて,この状況に終止符を打つことになりました。それがソニーのデジタルペーパーです。薄くて軽いが,画面は大きいです。PDFファイルをこの画面に取りこみ,そこでタッチペンで直しを入れると,そのままPDFファイルのまま保存されます。これを電子メールで返送すれば,もはやFAXで返信する必要がありません。日本法令にも,これからは,この形で原稿を返送します。すでに弘文堂とのゲラのやりとりでは,この手法を取り入れています。
 これなら離島でFAXがないところでも,ネットさえつながれば,原稿の送付から校正ゲラのチェックまでできます。
 それとタッチペンでの入力なので,簡単に消すことができ,修正するのが簡単です。修正液を使う必要がないのは有り難いです(私はこれまでは修正液も使わないという横着をしていたので,汚くなってしまうことがしょっちゅうでした)。
 普通に原稿を読むのにもいいです。画面が大きいし,その画面の拡大もできるので,老眼の人にも優しいです。ネットにもつながるので,インターネットで調べ物をすることもできます。
 個人的には,紙に赤字を入れるということを,これからはしなくなるだろうなと思っています。今後FAXを利用することもなくなるでしょう。
 私のデジタル生活は,若い人からみれば何周もの遅れでしょうが,そんな私よりも数周遅れている人が私以上の世代にはたくさんいるようです。そういう人はまさにFAX世代なのです。FAX世代の人たちは,これからは,若い人に教えてもらいながら,便利なものをどんどん使っていくようにしていくべきでしょう。こうしたデジタル機器は,仕事を効率化し,まさにおじさん労働者たちにこそ利用価値が高いように思えますから。
 日本が依然としてFAX大国であることは,日本が新しい技術を職場で十分に使いこなせていないということの象徴だと思います。そこから早く脱皮しなければなりません。

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2016年11月12日 (土)

極上のモーツァルト

 1週間ほど前に飲みたくもない薬を飲んで必死に咳を抑えて,「極上のモーツァルト」という演奏会(大阪のザ・シンフォニーホール)に行ってきました。それにしても,人の努力をあざ笑うかのように,結構,遠慮なく咳をしている人がいて,腹立たしく思いました。でもこれは外国でもあることですね。他人に迷惑をかけないことによる自己満足ということにしておきましょう(それにしても,脳の中枢神経に左右すると言われた咳の薬は実によく効きましたが,ぼーっとした状態がしばらく続き,仕事には支障がありました。これからはコンサートがあっても咳対策はマスクだけにしようか,と思ってしまいましたが,やはりそういう心がけではいけませんね)。
 演奏会は,辻井伸行さんがメインかと思っていると,実はそうではありませんでした(パンフレットも辻井さんの名前が一番大きいのですが)。メインは,ヨーロッパ室内管弦楽団で,辻井さんは,そのなかの「ピアノ協奏曲第26番ニ長調K.537<戴冠式>」のカデンツァとして,ところどころで独奏するときだけの演奏でした。
 前半だけの登場だったので,前半終わりの休憩前に,アンコールに応えて,リストの「ラ・カンパネッラ」を弾いてくれました。辻井さんの生カンパネッラは,これで3回目かと思いますが,とてもよかったです(隣に座っていた年輩のご夫婦は後半も登場すると思っているような会話をしていたので,教えてあげたかったのですが)。
 コンサートでは,このほか,前半は昨年オペラでみた「コジ・ファン・トゥッテ」の「K.588序曲」,後半は「ディベルティメント ヘ長調 K.138」,「交響曲第41番ハ長調K.551<ジュピター>」でした。
 チケットはなかなか取れませんが,近いうちにまた辻井さんの演奏を聴きたいですね。CDではよく聴いていますけれど。

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2016年11月 9日 (水)

竜王戦

 話題の竜王戦は第3局が終わり,丸山忠久九段が連勝で2勝1敗となりました。ちょっと渡辺竜王の変調が気になります。第3局は,相穴熊での重い感じでしたが,最後は先手の丸山九段がうまく攻めきりました。竜王戦初戦こそ竜王が勝ちましたが,王将戦挑戦者決定リーグでは,久保利明九段(叡王戦で遅刻敗退という大失態をしてしまいましたが)と羽生善治三冠に連敗,竜王戦でもこれで丸山九段に連敗で4連敗です。なんとなく三浦事件で,渡辺竜王に風当たりが強くなっていて,彼もひょっとしたら精神的にまいっているかもしれませんね。丸山九段は,三浦九段に同情的であったので,敵討ちというようなところもあるでしょうか。いずれにせよ,丸山九段は,竜王戦に白星を集めてきたところもあるので,勢いにのって一気に竜王奪取をねらっているでしょう。
 その王将戦挑戦者決定リーグ(王将は郷田真隆九段)では,全勝の豊島将之七段が,新鋭の近藤誠也四段に敗れる波乱で,挑戦者争いは混沌としてきました。大本命の羽生三冠は,糸谷哲郎八段に敗れて(王座戦の雪辱です),2勝2敗です。糸谷八段は,豊島七段とならび3勝1敗ですが,糸谷は渡辺竜王(現在1勝2敗),久保九段との対戦が,豊島七段は羽生,渡辺との対戦が残っているので,まだまだ挑戦者争いの行方はわかりません。
 A級順位戦は,稲葉陽八段が羽生三冠に勝って4連勝。広瀬章人八段も4連勝で,1敗がいない状況なので,どうも新鋭二人のマッチレースになりそうです。三浦九段はおそらく12月までの対戦は不戦敗となりそうですが,1月以降に2局残っているので,これに連勝すれば3勝6敗で,星のうえでは残留の可能性があります。現在4連敗でがけっぷちの森内俊之九段は,第7局の三浦戦が気になるところでしょう。
 女流棋戦では,里見香奈女流四冠は,王座戦は2連勝(ともに快勝)で,王座奪取目前です。一方,防衛戦となる倉敷藤花は,昨日,初戦の室谷由紀女流二段(美女の誉れ高し)に敗れて黒星スタートです。これで里見さんの15連勝(今期は負けなしの14連勝でした)がとまりました。室谷さんは快勝で,これでちょっとこの戦いは目が離せなくなりました。里見一強時代が揺らぐか,ですね。

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2016年11月 8日 (火)

AI時代に向けた私の著作

 NIRA総研のオピニオン・ペーパー「AI時代の人間の強み・経営のあり方」が発表されました(http://www.nira.or.jp/president/opinion/entry/n161102_831.html)。柳川範之さん(NIRA総研理事・東京大学教授)と新井紀子さん(国立情報学研究所情報社会相関研究系教授)というスター研究者と並んで,私もひっそりと共著者に加えてもらえっています。この1年ほど,研究会でヒアリングをしたり討議をしたりしてきた成果であり,雇用政策のことにもふれられているので,政策担当者はぜひ目を通して,今後の政策立案の参考にしてもらえればと思います。今回は総論編で,これから各論編が出てくる予定です。   
  愛知経協(800号)という雑誌に「働き方の未来と企業人事のあり方」という論考が掲載されました。ここでは,厚生労働省の懇談会の「働き方の未来2035」の紹介もかねて,AI時代の雇用や人事について論じています。
 そして来年1月刊行予定の新作のタイトルも決まりました。『AI時代の働き方と法-2035年の労働法を考える-』です。トーマス・H・ダベンポート他『AI時代の勝者と敗者』(日経BP社)という本が注目されていますが,敗者にならないようにするために,どうすればよいかということを労働法や雇用政策の観点から書いてみたものです。現在,再校ゲラ待ちの段階です。

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2016年11月 6日 (日)

荒木尚志『労働法(第3版)』

 たくさんのお礼のやり残しがあるのですが,何はさておき,荒木尚志『労働法(第3版)』(有斐閣)については,御礼申し上げたいと思います。いつもありがとうございます。
 荒木・労働法は,最初はあまり刺激がないと思っていたのですが(まことに失礼なコメントですが……),第3版あたりまでくると,この安定感がむしろ大きな強みになってきていると思い直しています。とにかく現状の労働法を正確にかつ網羅的に学びたい人は,この本を,まず読むべきでしょう。最新の動向もしっかりフォローされていることも,この本の強みです。
 菅野和夫『労働法』(弘文堂)が,当時の新時代の労働法の全容を体系的に提示するという衝撃的なデビューから,Sagrada Familiaのように,時間をかけて改築を重ね,力強さを増しながらも,最近ではいささかグロテスクな様相を呈し始めているのに対して,荒木・労働法は,精緻な体系と構成で完結されており,当初の繊細な美しさがまだ維持されているという感じです。法律の本に特有の読みにくさもなく,800頁を超えるボリュームがあるとはいえ,労働法について何か語ろうとする人は,やはりこの程度の量のものは読んでもらわなければ困ります。
 この本のなかに出てくる分類・ネーミング(荒木さんの得意技?)は,ちょっとどうかと思うところがありますし,個人的には説の違うところも少なからずありますが,それは私が異端であるからでしょう。読者は,本書から,(どこかの書評で書かれていました)「正統派」の労働法を存分に味わうことができると思います。

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2016年11月 5日 (土)

年中行事

 以下は完全な日記ですが,仕事が進まず迷惑をかけている方への言い訳でもあります。

 昨日は久しぶりに風邪をひいてしまい静養していました。先週,厚労省の会議に出席するために,新幹線で上京したのですが,この時から少し喉の調子が悪かったのです。これまでも新幹線のなかで寝てしまうと調子を崩すことがあったのですが,今回もちょっと油断していたような気がします。しっかりマスクをしておくべきでした。
 熱はないのですが,咳がちょっとひどかったので,これでは今日のコンサートに行くことができないということで,咳止めの即効性のある薬をもらうために久しぶりに医者に行くことにしました。近所の医者に行ってみると,私が最年少で,高齢者ばかりです。なかなか順番が回ってきません。丁寧な診察をしているようですが,こちらはサクッと薬をもらって,早く家に帰って静養したいのに,そうはいきません。結局90分待ちでみてもらいました。座り心地の悪い椅子で長い時間座っているのは苦痛です。
 花粉症か風邪かどちらかだと思っていましたが,結局,風邪だったようです。熱はないと思っていましたが,微熱はあったようです。薬を服用すると,身体がだるくなり,頭もぼおっとしました。それで眠ってみると,非常に深く眠れた気がします。日頃,いかに浅い眠りであったかがよくわかりました。これが今回の薬をもらったことの最大の成果でした。
 それで咳がとまったかというと,微妙です。何か刺激がないかぎり咳は出ないので,とにかくコンサートは行きます。ちょっと高いチケットでしたからね。
 春と秋,季節の変わり目はいつもちょっと体調を崩します。年中行事のような感じです。気がつけば,だいたい何かきっかけがあるのですが,身体がアラームを鳴らしているのでしょうね。

 それで肝心の厚労省の会議はというと,珍しく発言時間がたっぷりあり,座長がわりと放任派なので,まさにフリートークでした。そこで私がちょっと気になったのは,「エビデンス」に基づく政策論議をすべきであるという論点についての議論です。「エビデンス」に反した政策を論議してもダメなのは当然ですが,過剰に「エビデンス」信仰となってはいけません。エビデンスとして提示されるもの自体も,しっかりとした反対尋問にさらされなければならないのです。せっかくの実証データだが,用語や定義の違いなどから,実は法律家からみると法政策に必要なデータとなっていないということもあります。このあたりが克服されてはじめて,ほんとうの意味でのエビデンスに基づく政策論議ができることになるのでしょう。
 

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2016年11月 3日 (木)

中央大学企業研究所セミナー

 昨日は,中央大学商学部の江口匡太さんに声をかけていただき,企業研究所の公開研究会に,一橋大学の神林龍さんとともに「非正規雇用の処遇改善:法学と経済学からのアプローチ:法学と経済学からのアプローチ」でプレゼンをしてきました。私は法学の観点から,非正社員というものがなぜ存在するのかを確認したうえで,処遇格差についての現行法の内容を確認し,さらに近年の労働契約法20条などをめぐる議論を簡単に紹介したうえで(ちょうど昨日,長澤運輸事件の高裁判決が出て,原判決が覆されて,労働契約法20条は適用されるが,格差は合理的であり,不法行為も認められないとする判断が出されましたが,今回のプレゼンでは取り入れることができませんでした),同一労働同一賃金をめぐる議論もふれながら,私自身はどのような政策的対応が必要であるか,ということについて話をしてきました。神林さんは,非正社員をめぐる統計データについて紹介した上で,呼称上の正社員と非正社員に注目すべきであり,非正社員が増加した背景には,自営業者が減少して,非正社員に移行したという現象があるという点を指摘してくれました。偶然ですが,私は最近は,自営業者への政策が重要であると述べているので,その点だけは(?)神林さんと一致しました。
 議論の時間はそれほどありませんでしたが,懇親会で活発な議論をすることができて,たいへん有益でした。労働を専門とするいろんな分野の人が集まって議論するというのは,かくも面白いことかということを体験できて,私にとっては非常に貴重な経験でした。
 こういう機会を与えてくださった江口さんや関口定一さんに心より感謝です。

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2016年11月 2日 (水)

解雇の解決金?

 10月31日の日経新聞の「核心」を引き続きとりあげると,そこで解雇の「解決金」ということで,イタリアの改革の例があげられており,あの著名な経済学者のBoeri(全国社会保障機構・INPSの総裁)のコメントも出ていました。たしかに,私たちは解雇の金銭解決と呼んでいるので(経済学の人のなかには「金銭解雇」という言葉を使う人もいますが,それが絶対的にダメということではありませんが,それだと事前型の制度を想起させるし,ちょっとラフなのでやめたほうがいいです),支払われる金額が「解決金」という表現になっても自然な感じもしますが,実はこれはちょっと困るのです。
 少なくとも法学系,あるいは実務感覚でいうと,「解決金」というのは,紛争を解決するために,明確な根拠なしに支払うというもので,それで清算終結という感じです。たとえば和解などでも,使用者が責任を負うということは認めないが,「解決金」としてであれば支払うというようなことがあり,通常は,当該係争に関する一切の債権債務はそこで消滅することになります。「解決金」の目的は,紛争を解決することだからです。
 ところが,「解雇の金銭解決」の場合には,補償金という言葉が使われることが通常です。イタリアでも,「indennità」という言葉が用いられていて,補償金と訳すべきものです。そういえば,厚生労働省で解雇の金銭解決について検討されている場が「透明かつ公正な労働紛争解決システム等の在り方に関する検討会」であるというのも,これを解雇紛争の解決という視点でとらえているということかもしれません。これはこれで誤りではありませんが,補償金=解決金として考える発想を生みやすくしていますね。
 解雇の際に使用者から労働者に支払われる金銭が,解決金か補償金かであるかは,制度のあり方を大きく左右します。イタリアは「indennità」という言葉を使っていることから,ニュアンスとしては不当な解雇をした使用者から労働者への損害を賠償する金銭という位置づけとなります。これを法定するので,もし労働者が法定の「indennità」以上の損害があることを立証できれば,差額の賠償請求ができるのかという論点が発生することになります(議論の余地があることは,昨年10月に,神戸大学で開いた国際シンポでも確認しています)。法律で労働者の損害賠償請求を限定するとしたら,日本では労働者の財産権侵害という論点が出てきそうです(労災保険の場合でも,労働者は保険で填補される以上の損害があれば,民事損害賠償が可能とされているというのと似たような議論です)。
 この論点は,「indennità」を解決金としたとしても出てくるものですが,たとえば立法で解決金としてしまったほうが,損害から切り離して考えようと割り切りやすいということはいえそうです。不当解雇による損害は,現行法を前提とすれば,発生しないという考え方もあって(不当解雇は無効なので,労働者に賃金請求権が残るため,精神的損害などを除くと損害が生じない),そうした問題をふまえながら,立法で「解決金」としての支払を命じるのが金銭解決だという見方もないわけではないのです。ここでは賠償うんぬんという話を最初から回避してしまっていることになります。この場合でも,労働者の損害賠償請求権という財産権を侵害するという主張も理論的にはありえますが,立法で「補償金」の支払としたときと比べて,補償金の対象となるような損害があることを正面から法律で認めてしまっているかどうかというところに差が出てくることになりそうです。
 非常に細かい議論ですが,「解決金」か「補償金」かは,法学的にいえば,大議論となるので,最初から「解決金」といってしまうと結論を先取りしていることになります。私は,いまのところは「補償金」と位置づけるべきだと考えています。「解決金」としてしまうと,ほんとうに法律で当事者の和解の相場を設けるだけのことになり,理論的な分析の必要性が後退します。また制度設計次第ではあるのですが,残余の損害について労働者が争う余地がなくなりやすくなります(使用者側はそのほうがよいでしょうが)。補償金であっても,法定すると,和解の相場にはなるのですが,最初から和解の相場でよいと考えて立法するのとは,やはり違います。
 まずは「補償金」とみて,不当な解雇には損害が生じるので,それを使用者は賠償すべきであるが,しかしそこにはある程度の基準の明確性が必要で,個別の完全賠償を目指さずに法定の基準を設け,そして残余の損害があったときには労働者が立証すれば不法行為による損害賠償請求できるといったことがアイデアとして考えられます。ただ,ここまで述べてきた損害というのは,具体的にどのようなものであるのか自体,いろいろな考え方がありうるので,それをどのようにとらえ,算定するかが重要な検討課題となります。現在,研究中です。

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2016年11月 1日 (火)

日本の正社員と非正社員

 昨日の日経新聞の「核心」のなかで,欧州総局長の記者が,欧州では,正規と非正規の違いを理解してもらうことが難しいと書いていました。これは私たちが欧州に行ったときにずっと苦労してきたことで,私個人としても最初の留学してから約25年も経験していることです。正社員という概念は欧州にはありません。regular employee と訳しますが,非正社員をirregular employee と訳すとダメで,non-regular employee と訳す必要があります。irregular とすると,非合法のニュアンスが出てきます。  欧州にも専門家の間では,typical とatypical ,permanent  あるいはcore とperipheral あるいはmarginalといった区別で話されることもありますが,微妙に日本の正規・非正規と違います。
 ということで欧州人には正規,非正規の内容を説明しなければなりません。欧州は,無期雇用でも職務ベースで働くので,キャリアが職務やprofession レベルで展開していくということを知っておかなければなりません。日本の正社員は,職務を限定せず,賃金も年功的で,長期的に雇用されます。日本ではそれがなぜ格差の上にたつのかが,普通の欧州人には理解できません。長期雇用はよいことだとしても,profession 単位でキャリアを展開できず,職務レベルに応じた賃金を支給されないというのは,欧州スタンダードでいえば,良いこととは思えないのです。日本は,なぜ逆なのか。ここでは,その説明をしません(私の新書でも,欧州(イタリア)と日本の違いにいろいろ言及していますので参照してください(『君の働き方に未来はあるか』『勤勉は美徳か?』(いすれも光文社新書))が,いずれにせよ,そこを説明しなければ,欧州人には日本の雇用システムのことをわかってもらえません。
 欧州に留学した労働法研究者のなかには,日欧の違いに直面し「だから日本はダメだ」とか,「日本は特異な国なのだ」とかと言って,欧州人に迎合する人もいて,いまだに欧州を理想化する人もいますが,そういう対応ではなく,日本型雇用システムの合理性を,正面から欧州人に説明するということが重要です。   非正規をなくせという主張がおかしいのも,そこから明らかになってきます。日本に正社員がいて,非正社員がいることには理由があるのです。非正社員だけを論じても意味がありません(定義にもよりますが,正社員がなくなれば非正社員もなくなります)。近年の非正社員政策がことごとくダメなのは,そのためです。
  もっとも私は日本の正社員制度礼賛派ではありません。個人的にはあまり好きではありません。それに,日本の正社員制度は,国際的にはやはり特異なものであることにかわりはなく,今後,好みと好まざるとにかかわらず,変わって行かざるを得ないでしょう。そこにはグローバル化の影響,AIやICTなどの新技術の影響があります。今後は,国際スタンダードの職務をベースにした働き方が日本でも主流になり,それにともない,日本の正社員制度(長期雇用,年功賃金,企業内技能形成など)は大きく変容するでしょう。  
  そのことと,政策で日本の正社員制度を壊すということとは違います。やみくもに非正社員の処遇を引き上げていくのは,ブルドーザーで正社員制度を壊していくような副作用をもつもので,それはやるべきではありません。日本の正社員制度はほおっておいても長期的には持続しないのであり,それに備えた政策を準備しておくことが必要なのです。それが雇用流動型政策です。
 非正社員に対する政策は即刻見なおして,むしろ正社員が流動化してしまう時代にそなえた政策を早急に打つ必要があります。こうした政策提言を盛り込んだ本を1月に刊行します。今朝,ようやく初校のチェックが終わりました。

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