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2016年10月19日 (水)

Roger Blanpain の思い出

 Roger Blanpainが10月11日に亡くなりました。ベルギーの著名な労働法学者で,私も何度かお世話になったことがあります。比較労働法学会の巨人といってよいでしょう。
 Blanpain以前の労働法分野の比較法学者(comparatist)の代表といえば,Otto Kahn-Freundでしたが,1980年代ごろからは,Leuven 大学のBlanpainが台頭しました。Blanpain は,日本の労働法学者を大切にしてくれて,お世話になった人も多かったと思います。Blanpainの盟友であった花見忠先生のおかげでしょう。
 Blanpainは,欧州では,ドイツのManfred Weiss,イタリアのTiziano Treu, Marco Biagi らと一緒に,あちらこちらでコンファレンスを開いていました。旅一座というような感じもありましたし,グループをつくってもっぱら比較法を中心に活動していくところは,当時はかなり異彩をはなっていたと思われます。
 私の1990年代初めのイタリア留学の時に感じたのは,欧州における比較法に対する関心の低さでした。労働法はdomestic な法分野なので,国内法への関心が中心であったのです。そのようななかでBlanpain一派は,比較法に目を向け続けた点に特徴があり,その意味で比較法研究が若手の「必修」であった日本とは相性がよかったように思います。  
 1993年にECは市場統合し,まさに一体化が進んでいきます。少なくともEC域内加盟国への関心は徐々に高まっていきます。また日本の経済プレゼンスが大きくなるなかで,日本法への関心も徐々に高まります。労働法の分野では,アメリカ法は異端中の異端で,欧州ではあまりアメリカ法への関心は高まっていませんでしたが,それでもアメリカのJanice Bellaceあたりも,Blanpain一派に入り,グループはいっそう強化されました。日本も花見先生の世代から,菅野和夫・諏訪康雄先生の世代に,そして荒木尚志先生の世代へと,国際的なcomparatistの伝統は引き継がれています(次の日本の後継者は誰なのでしょうね?)。
 Blanpain が編者をした本は,日本でも数多く出版されています。ブランパン・花見『労働問題の国際比較』(日本労働協会)は,かつてはよく参照されていました。
 私がBlanpainと最後に会ったのは,10年くらい前になると思います。イタリアのモデナ大学でMichele Tiraboschi に招待されて,年齢差別に関する国際セミナーに参加したときのことです(Micheleは私がイタリアにいたとき,ちょうどBlanpainのところに留学していました)。そのセミナーではBlanpainがチェアマンで,私のプレゼンのときに彼に途中で打ち切られてしまったことを今でもよく覚えています。時間切れと言われたのですが,時間は残っていました。私が日本の制度について,聴衆がわかりにくいだろうと思って,少しくどくどと説明していたので,冗長になっていたのは自覚していたのですが,それを彼はいやがったのでしょう。まあBlanpain一派ではないくせに,イタリアでの国際セミナーでちょこちょこ特別枠で登場してくる若僧に少し権力をふるってみたというところかもしれませんが,失礼だなと感じた記憶は鮮明に残っています。
 でもBlanpainは親分肌の人で,何かあったときには頼りになる人でした。私もその恩恵をたくさん受けています。いろんな意味で大きな存在でした。
 もっとも,私はBlanpainのことを,ごく断片的にしか知りません。世界の比較法への貢献,日本への影響などは,おそらく花見先生や荒木先生あたりから,しっかりした追悼文が発表されることになるでしょう。

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