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2016年10月17日 (月)

三浦九段事件

 渡辺明竜王への挑戦権を得ていた三浦弘行九段が,ソフトを使って対局していた疑惑で挑戦権が取り消され,年内の棋戦は出場停止となりました。将棋界にとって衝撃的な大事件です。
 労働法屋としては,こうした処分についての明確なルールが事前に定められていたのかが気になります。これは部分社会内部の問題なので,自治的な決定でやってよいということなのか,それともやはり一般的な法秩序の下におかれるべき問題なのか,も気になります。そもそも棋士の契約は雇用契約なのか,個人事業主なのか。実務上,後者として扱っていても,労働法は,就労の実態をみますので,労働者(労働基準法9条)と判断される可能性がゼロではありません。3段以下の奨励会員(記録係などをやる)となると,よけい労働者的性格が強くなりそうです。修業中や見習いといっても,日本法では,特別な地位には置かれませんので。三浦九段が地域の労働組合に加入して,日本将棋連盟に団体交渉を申し込んできたらどうなりましょうか。労働組合法3条の労働者とならないという保証はありません。
 ただ,こうした労働法上の論点は興味深いとはいえ,より重要なのは,将棋界の今後です。もはやスマホアプリのほうが強いということが常識になっています。対戦相手が,どうも三浦九段が,いつもより強いと思ったのでしょう。ソフトのほうが弱ければ,まったく問題とならないのに,強いソフトを使ったほうが勝てるということになって,こういう問題が起きてしまったのです。でも,これは対局中に強い棋士に助言を求めるのと同じようなことかもしれません。こちらのほうは職業倫理上問題でしょうが,禁止されていないですよね。
 だからといってスマホアプリを使うとなると,もはやプロ棋士の存在意義はなくなってしまいます。プロ棋士の対局は,どちらが致命的なミスをするかで勝負が決まるので,そこで終盤はまずミスをしないソフトを使うとなるとおもしろみがなくなります。誰もプロ棋士の勝負をみなくなり,そうなると棋戦がなくなり(スポンサーがつかなくなり),プロ棋士の主たる収入の道が絶たれます。
 もちろん三浦九段が黒という証拠はなさそうです。だから処分すべきではないというのも,そのとおりという気もします。法的な正義という点では,そう解すべきところでしょう。犯罪に対する処罰とか,懲戒処分とかは,当然,そのとおりです。疑わしきは罰せず,です。一方で,関連する論点として,労働組合の内部の統制処分について,司法審査が可能かというものがあり,一般市民法秩序と直結する処分(除名が典型)は司法審査できるが,それより軽い処分となると司法審査は及ばないという見解もあるところです。司法審査はともかく,処分の法的正義を論じる場合には,これが部分社会の内部の問題で,外部の人間が容喙できるものかどうかも考えておく必要があります(ただ処分が名誉毀損であるという主張であれば,一般市民法秩序と直結することなので,裁判で争うことは可能となります)。
 そこで気になるのが,自分たちの職業がかかっているプロ棋士たちの発言です。ハッシーが一億パーセント黒だと過激に言っていますが,この発言は重い気もします。プロ棋士の世界は,同じ相手と何度も戦うということで,狭いものです。挙動不審とか,突然の指し手の傾向の変化には,相手は敏感に気づくでしょう。もとより三浦九段が黒であるという立証はほぼ不可能ですし,白であるという立証も不可能です。立証不能な問題については,その組織が責任をもって対処していくしかないような気もします。
 これはある部分社会の規律維持のためのものという点では,労働組合の統制処分と同じレベルで論じることができるものであり,そうみると,専門職業集団内における自分たちの職業の存続がかかるような大きな問題であること,および,除名処分ではなく3カ月弱の出場停止処分をしたことからすると外部の規範で法的正義を論じることは難しいという考え方もありえるように思います。
 竜王戦は,現在の将棋界の最高棋戦です。最も大きい賞金がかかっており,スポンサーも力を入れているものです。スポンサーへの配慮として,疑惑がある棋士を出さないようにすることは,規律維持の必要性から正当化できないこともないように思います。黒と認定したからではなく,休業届を出さなかったという理由での処分は,三浦九段の今後を考えた温情処分であったとみる余地もあります。
 もし三浦九段が無実であれば悔しくて眠れないでしょう。名誉毀損として法廷闘争になるのか。あるいは前述のように労働問題となるのか。
 将棋ファンとしては,三浦九段はA級の実力者であることは将棋ファンならみんな知っていることです。あの羽生善治の七冠を崩した男として歴史にも名を残しています。復帰して実力であの事件はシロだったんだよと立証してくれたらいいなという気がしています。

 最後に将棋界はやはり実力と顔が大切です。少々のA級棋士程度では顔にならないのです。渡辺明竜王は名人経験こそないですが,永世竜王(初代)の実績から名人経験者に匹敵する顔であり,現時点では,佐藤天彦名人よりも格は上で,将棋界での位置づけも形式的にはナンバーワン,過去の実績をふまえても羽生三冠に次ぐ存在です。そんな渡辺竜王に対して,数日前のA級順位戦で,三浦九段が圧勝をしたことが,この問題の背景にあるように思えます。非常に強引な無理攻めを通して一方的に勝ってしまったのです。あの渡辺竜王が三浦九段にあんな負け方をするのはおかしいということで,とうの渡辺竜王は黙っていましたが,周りが黙っていられなかったということでしょう。そして,竜王戦という最高の舞台で,ソフト疑惑を残したまま三浦九段が勝ってしまう(2日制で時間はたっぷりあるので,席の退出はしやすい状況にある)となると,おそらく将棋界の最大の悪夢だったのでしょう。
 昨日,三浦九段と挑戦者決定戦で敗れていたが,繰り上げで挑戦者になった丸山忠久九段が,渡辺竜王に短手数で完敗でした(はじめて所持品検査が導入されたようです)。丸山九段は,三浦九段が渡辺竜王に圧勝したのと似たような戦法で臨みましたが,勝負になりませんでした。今回の竜王戦は違った意味で目が話せません(渡辺防衛は動かないでしょうが)。

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