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2016年9月 7日 (水)

人工知能の光と影

  今朝の日経新聞の経済教室で「人工知能の光と影」の二人目の論者として,西垣通・東京経済大学教授の論考が掲載されていました(「光と影」って,前に私が登場したときにも使われていましたね)。その中で非常に違和感をもったのは,「ホワイトカラーの仕事が奪われるかもしれない」という心配について,これが誤解に基づいていると断言されている点です。「普通の人間でもコンピューターの力を借りれば天才を負かせるというだけの話だ。百科事典を丸ごと記憶しているコンピューターが入試用の暗記問題を解いたところで驚くことはない」と書かれていてます。「驚くことはない」のは,それは著者が専門家であるからでしょう。一般の人は,人工知能の発展の歴史についてよく知りません。いったい人工知能が何をどこまでできるのかということについて,よく知らされていません。それは勉強不足であるからかもしれませんが,一般の人に対してそこをしっかりと教えなければ,そんなことで驚いていてはいけないよ,という上から目線の話に聞こえてしまいます。
 実は,私たちがホワイトカラーの仕事が奪われるかもしれないと考えていることについて,どうも人工知能の研究者の間では,十分に理解されていない可能性があると思っています。仕事には,実は様々なレベルのものがあります。たとえばかつて自動改札機が登場した時,駅で切符の改札をしている人の仕事はなくなりました。私たちはこういうことをとらえて仕事がなくなるとか,奪われるとか言っているのです。たしかに,こうした仕事がなくなっても,その駅員が解雇されることはありませんでした。しかし,それは偶然という面もあるのであって,つまり日本では,そういう解雇をしなくてすむような雇用システムだったのです。ポイントは,駅員の仕事が,切符の改札だけに限定されていなかったことです。その時点の駅員の仕事がたまたま切符の改札であったとしても,その職務に限定されていたわけではなかったのです。だから解雇されませんでした。もし駅員の職務が切符の改札だけに限定されていれば,解雇はあり得たのです。職務が限定されていないという雇用システムだから,特定の仕事が機械に代替されても雇用は安泰でした。
 上のような意味での職務が,人工知能やロボットの発達によって次々と奪われていくことは確実です。そして,これからは日本も職務限定の雇用システムが広がっていくかもしれないと考えられています。だからこそ私たちは,どのような職務がなくなり,またどのような職務が新たに生まれてくるのかについての情報を知りたいと考えているのです。また,コンピューターの力を借りれば天才を負かせるというのは,普通の労働者でも,うまく機械を使えば,現在の雇用社会のエリート層に打ち勝てるということを意味しているのであり,こうした社会変革が及ぼす影響も知っておきたいということです。「驚くことはない」から心配無用というのは,少なくとも雇用の問題を考えている者からは危険な楽観論です。
 西垣教授は,人工知能が人間を支配したりはしないから心配無用だとおっしゃっているということはよくわかります。ただ,私たちは,そんなことは本音ではあまり心配してはいないのです。シンギュラリティが来るかどうかということも,いま考えても仕方ないことだと思っていて,あまり関心がありません。普通の人間は,まずは自分たちがこれからの人生において仕事があるか,食べていけるかを心配しているのです。
 よく産業革命が雇用を増やしたように,雇用は喪失しても創出されるのが技術革新だから心配ないというのが,まともな社会科学研究者の意見とされています。しかし私が主張しているのは,個人レベルで見た場合に,仕事の転換がうまくいかなければ失業者してしまうということです。仕事を転換するためには教育が必要です。教育をするためには費用がかかります。日本では,不断の技術革新のなか,企業が教育をして,新たな技能へのキャッチアップを支えてきました。つまり教育費用は企業が負担し(一部分は賃金に影響して社員が負担していたかもしれません),雇用も企業が守ってきました。だから,人工知能も同じだというのが,現在の楽観論です。果たしてそうでしょうか。
 人工知能の発達のスピードは凄まじいものがあります。そのスピードに対応できなければ教育もできないのです。ましてや厳しい国際競争にさらされている企業は,すぐに陳腐化してしまうかもしれない技能のために教育費用を負担することはしなくなるでしょう。そうなると誰が教育をするのでしょうか。私たちがこれからの雇用政策を考える上で知りたいのは,いったいどの程度のスピードで,どのような技術が実用に供されていくかです。それこそが雇用に直接影響するものだからです。その情報がなければ,これからの教育をどうしていくかの具体論にもなかなか入れません。
 グーグルのアルファ碁は,人工知能の技術としては,機械学習の一種である深層学習と強化学習を組み合わせたものに過ぎないという点で,専門家の目からはそれほど驚くべきことではないのかもしれませんが,しかし専門家であっても2016年にコンピュータがプロのトップ棋士に勝つことは予想していなかったのです。実現は10年先という意見もありました。このスピード予測こそが私たちにとって重要なことなのです。ここについて,しっかりとした情報を提供してくれない限り,心配無用という気持ちにはとてもなりません。
 人工知能の研究者は,人工知能の持つネガティブな影響のなかでも,とくに雇用への影響に敏感になっているのかもしれません。雇用にはマイナスの影響がないということを言っておかなければ,研究開発に影響が出てしまうのではないかという懸念を持っているのかもしれません(これ私の単なる予想にすぎませんので間違ってる可能性もありますが)。でも少なくとも私は,人工知能やロボットの開発は止めるべきではないと思っています。新技術は,私たちの生活を豊かにしますし,雇用の現場でも,強力な支援ツールになります。また,そもそも日本でだけ開発を止めても意味がありません。
 新技術との共生こそが重要なのです。そのためにも,人工知能の将来の発達予想を,そのスピードもあわせて的確に情報提供してもらい(将来のことなので不確実なことが多いでしょうが,楽観よりも多少悲観的な予想の方が良いと思います),そのうえで私たちはどのような雇用政策を構築していくかを考えてく必要があると思っています。
 いま私は,労働法の観点から,新技術にどう対応していくかということを論じたものを執筆しています。早く世に問うて,科学者たちと実りある議論ができるようになればよいなと思っています。

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