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2016年8月 1日 (月)

長澤運輸事件判決を契機に考える

 女性の賃金を,男性と同じ基準で算定すれば2割の格差となるのに,実際には5割の格差をつけて支払ったとします。それが女性であることを理由とすれば,女性差別であり,労働基準法4条違反となります(4条は,「使用者は,労働者が女性であることを理由として,賃金について,男性と差別的取扱いをしてはならない」という規定)。故意があれば罰則も適用されます。もっとも,このときの女性の賃金がどうなるかについては,労働基準法には明確な規定がないので解釈問題となります。賃金を直律的に修正するのではなく,不法行為の問題とすべきでしょうが,いずれにせよ女性の得べかりし賃金額は5割アップではなく,3割アップで格差を2割とするのが正しい解決でしょう。差別禁止というのは,均等待遇と同じではありません。4条の見出しの「男女同一賃金の原則」は,上記のような意味でもミスリーディングです。

 一方,パート労働法9条は,職務内容と人材活用の範囲が,フルタイム労働者と同一のパートタイム労働者については,パートタイム労働者であることを理由として,賃金の決定などの待遇について,差別的取扱いをしてはならない,という規定です(2014年改正で,無期または実質無期という要件は削除されました)。この規定も労働基準法4条と同じ差別禁止規定ですが,これは均等待遇規定でもあります。というのは,要件面ですでに,職務内容と人材活用の範囲が同一であるとされているので,効果面でも同一であることが求められていると解されるからです。ここに9条の特徴があります。

 パートタイム労働法9条は,人材活用の範囲の同一性までを追加して同一職務であれば,同一賃金になるという規範を包含しているという点では,広義の同一労働同一賃金と呼んでもよさそうですが,そうとも言いきれません。というのは,これは差別禁止規定であり,「パートタイム労働者であることを理由として」パートを低位に扱ったということが必要となるからです(これが故意を意味するかどうかについては,理論的には議論がありえましょう)。同一労働(人材活用の範囲の同一性まで必要)の要件を充足しても,パートタイム労働者であることを理由としていなければ,同一賃金は求められません。結果として同一労働同一賃金となることがあるとしても,それは同一労働同一賃金の原則とはいえないでしょう。同一労働イコール同一賃金となるという規範ではないからです。

 いま話題の長澤運輸事件・東京地判平成28513日労判113511頁も,定年後再雇用された有期雇用労働者が,無期雇用の正社員と同一職種で同一の人材活用範囲となっているとして,結論は同一労働同一賃金となっていますが,これも実は結果そうなったというだけで,同一労働でも同一賃金でないことはありえるという判断を内包しているものでした。

ところで,この事件で,東京地裁は,これを労働契約法20条の問題としながら,パート労働法9条も参照しています。

前述のように,パート労働法9条では,パートであることを理由とした差別を禁止する規定ですので,使用者はパートであることを理由とした差別ではないということを立証して格差を正当化することが可能でした。ところが,労働契約法20条そのものは,有期雇用であることを理由とする差別禁止かどうかが微妙なのです。というのは,文言上,「期間の定めがあることにより」労働条件が相違する場合に適用される規定なので,有期であることを理由とした差別禁止規定とみることもできそうで,そうだとすると,有期であることを理由としたものではないという抗弁ができそうです。しかし上記判決は,定年後再雇用であることを理由とする格差であるという使用者の主張は,本件では「期間の定めがあること」による格差と同じだといって,この主張を封じています。となると,パート労働法9条のアナロジーで行くと,もう使用者には反証余地がなさそうなのですが,実際には正当化の余地(特段の事情)を広く認めているのです。これは,労働契約法20条は不合理な相違を禁止する規定なので,同一労働(人材活用の範囲の同一性まで必要)の要件を充足しているとしても,なお賃金格差を正当化できる余地があるということでしょう(不合理性の存否の判断)。

労働契約法20条の解釈として,有期であることを理由とするものではないという反証とは異なる合理性の反証を認めているということは,労働契約法20条はパート労働法9条の差別禁止規定・均等待遇規定とは異なる規範であるということを意味しています。この解釈を貫徹すると,20条は「期間の定めがあることにより」のような差別禁止規定的な文言はありますが,これは実質的には無視できるということとなるでしょう(上記判決は無視はしていないので,かえって中途半端になっています)。

 こうした理解は,労働契約法20条を参考にして制定されたパート労働法8条には,「期間の定めがあることにより」に相当して設けられるべき「短時間労働者であることにより」という文言が意図的でしょうか削除されていることからも補強されます。2014年改正で追加されたパート労働法8条は,労働契約法20条の差別禁止規定的でミスリーディングな文言である「期間の定めがあることにより」に相当する文言をあえて使わなかったのでしょう。こうした状況は,パート労働法8条が差別禁止規定ではなく,労働契約法20条も同様に解すべきとする解釈を補強することになるでしょう。

ということで,パート労働法8条も労働契約法20条は,同一労働(人材活用の範囲の同一性も要件ですが)なら同一賃金という規範を内包していたパート労働法9条とは規範としても異質で(だから,上記東京地裁判決は,違った規範を混合させたものとして批判の対象となるのでしょう),同一労働同一賃金からかなり遠い規定であるということができるのです。そもそも文言上も,職種と人材活用の範囲が同一であっても,その他の事情を考慮して,合理的な格差があるとして格差を正当化することを認めている規定です。裁判所が,いろいろ「独創的な?」解釈をしてくれたおかげで,かえってそのことが明確になった気がします。

では,どうして長澤運輸事件は,結果として同一労働同一賃金となってしまったのでしょうか。それは事実上,格差の正当化について使用者に立証責任を負わせてしまったからです。職種と人材活用範囲が同一のとき,賃金格差の正当化の立証に使用者が失敗したら,同一賃金になってしまうのです。これはいわば立証責任のマジックで,これにより,実体規範としても,「同一労働であれば,同一賃金とすべきである,ただし正当理由がある場合はこの限りではない」という規範と同じことになってしまっています。労働契約法20条などを,そんな内容の規定に読み込んでしまってよいのか,ということが問われるべきですし,立法論としての適否も現在,問題となっているところです。

 

 それにしても,パート労働法8条から10条,労働契約法20条は,非正社員と正社員との格差について,現行法はどのような規範構造になっているのかが,きわめてわかりにくい状況になっています(努力義務規定であるパート労働法10条は行政指導のための規定という解説もありますが,そんなことのために8条と併置して置くのは理論的におかしいです)。もちろん立法論としても,同一労働同一賃金も含めて検討すべき点が多いです(以前にも書いたことがあるように,同一労働同一賃金は法規範としては問題大ありです)。

 労政審や公益委員は,もう一度,しっかり考え直して,せめて相互の規定の理論的関係をクリアに説明できるようなものにすべきです。労政審の権威を高めるためにも,パート労働法と労働契約法20条をしっかり整理した立法の再編をすべきです。裁判官のおかしな判決は,裁判官が悪いということよりも,法律のほうが悪いかもしれないのです。

 

来週,大阪労働弁護士会で,同一労働同一賃金のことを語る場があります。上記のような理論的に細かすぎる話はしませんが,法制化論をどう考えるべきかについて語ってくるつもりです。 

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