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2016年8月

2016年8月31日 (水)

羽生の戦い

 しばらく将棋のことを書いていませんでしたが,今日の,羽生善治王位と木村一基八段とは,まさに死闘が繰り広げられました。172手で羽生王位が投了です(将棋は普通は100手から長くても130手くらいで終わります)。途中から羽生は圧倒的不利だったのですが,「くそ粘り」でした。史上最強の棋士にしては見苦しい感じもしましたが,これが羽生流なのでしょう。これで木村八段は3勝2敗で王手をかけました。これまで何度も羽生にやられてきただけに,人生最後の大勝負となるでしょう。
 羽生は続く王座戦では,糸谷哲郎八段の挑戦を受けます。ここのところ王座戦は若手の挑戦が続いていて,昨年は名人戦の前哨戦として当時の佐藤天彦八段とフルセットまで戦い,3勝2敗で防衛しましたが,その後,名人を取られてしまいました。糸谷八段は竜王をとったときも,羽生と挑戦者決定戦をやって羽生に勝っていますので,羽生との大勝負は経験済みです。一度,大きなタイトルを失って,再び這い上がってきた糸谷八段(決勝トーナメントでは,渡辺明竜王,稲葉陽八段,佐藤名人を破っています)には,羽生王座であろうと,そう簡単には防衛できないでしょう。
 羽生3冠は,永瀬拓矢六段との棋聖戦では1勝2敗から逆転で防衛しましたが,糸谷八段は経験が違います。しかも今期ここまで羽生3冠は珍しく負け越しています。いままでで一番不調のシーズンではないでしょうか。王位戦,王座戦のこれからが注目されます。
 そんな羽生3冠が,叡王戦に参戦して話題になっています。予選は見事に通過して本戦入りです。本戦には佐藤天彦名人や広瀬章人八段も残っています。叡王になると,電王戦に出てコンピュータソフトと対戦です(初代叡王は山崎隆之八段でした)。ついに羽生対ソフトが実現するかもしれません。
 とはいえ全盛期の羽生3冠ではないので,そこがちょっと物足りないです。できれば3冠のまま叡王も取ってソフトと戦ってもらいたいですが,いまならむしろ佐藤名人とソフトのほうが真の最強決定戦になるかもしれません。
 ただ羽生でも佐藤でもソフトにはまず勝てないと思います。電王戦ファイナルで永瀬六段が勝ったのは,成れる角を成らないという掟破りの手を指してソフトが混乱したからです(その手に関係なく永瀬勝勢であったのというのが,永瀬六段の言い分ですが)。
 ソフトは読みの効率性を高めるために,明らかに不利となる手を相手が指す場合を,読みの対象から外していました。角については,打ち歩詰めを避けるというような特別な場合でないかぎり,成ったほうが良い駒です(銀,桂,香は,成らずという手はありますが,飛角や歩は成らないことはまずない駒です)。その角を敢えて成らないのですから,ソフトはびっくりしたのでしょう。永瀬六段は,その盲点をついたのです。
 逆にいうと,正攻法ではまず勝てないということです。終盤でソフトが勝勢なら,確実にソフトは勝ちます。ただ私は今回の王位戦での羽生の粘りと執念をみて,羽生はソフトとの間でも,執念で何とか勝とうとするのではないか,という気がしてきました。人間とでは指さないような手であっても,何とかソフトの弱点をみつけて,ソフトをやっつけようとするのではないか,という気がしています。しょせんゲームです。正攻法でなければならないということではないと思います。
 個人的には正攻法は好きですが,最高の頭脳をもつ人間が知力をふりしぼって,ソフトに立ち向かうところをみてみたいです。次の電王戦でどういうことが起こるのか楽しみです。その前に,まずは叡王になってもらう必要がありますが。

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2016年8月26日 (金)

休息のすすめ

 たくさん勉強し,たくさん泳ぐ神戸労働法研究会の恒例の合宿が終わり,朝夕は夏の終わりの気配がただよう今日この頃ですが,日中はまだ暑いです。今年は猛暑だという予報が出ていましたが,そのとおりで,こんな暑さのなかで働くのは身体に悪いです。夏の身体へのダメージの影響は秋以降に出てきます。夏は働かないという社会を本気で作る必要があります。だらだら働いても生産性が高まらないというのは,1日や1週単位の話だけではなく,年間単位でもあてはまります。
 神戸大学でも8月15日から17日は夏季休業になっていますが,3日間では少ないです。しかも,その前後にオープンキャンパスなるイベントが夏休みに入っていたりとか,期末試験の実施,採点,大学院によっては入試も8月にやったりしています。一部の私大を除くと,どこの大学でも,似たようなものではないでしょうか。
 国民の健康確保のために8月はできるだけ休むということを,まずは公務員から率先してやってみてはどうでしょうか。
 長時間労働の是正が言われていますが,労働時間は量的な削減だけでなく,労働する時期や時間帯に着目し,深夜の労働を減らす,1日の休息を確保する,週に1度は確実に休む,8月はできるだけ休むといったようなメリハリが大切なのです。総労働時間が短くなっても,深夜労働が多かったり,休日なしの連続労働日が多かったり,8月もそこそこ働いているということではいけません。
 世の中で物事を決めていく偉い人たちは,だいたい真面目で,猛烈に働きます。しかしこういう人たちが上にいるかぎり,国民に真の休息の文化はなかなか根付いていかないのです。たくさん働いている人は,偉いと誉めるのではなく,とても気の毒だと思えるような社会を考えていきましょう。
  私もブログの更新の頻度がめっきり下がってしまいました。夏休みモードです。今年上梓した『勤勉は美徳か?-幸福に働き,生きるヒント』(光文社)は,勤勉さに疑問を提起したもので,まずは私自身が実践しているのです。

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2016年8月20日 (土)

4Kで銀メダル

 リオ五輪の陸上の100×4リレーで,日本が銀メダルをとりましたね。現在の日本の陸上でメダルに届くとすれば,有力チームがミスで脱落する可能性の高い男子4Kですが,まさかほんとうにアメリカに勝つと思いませんでした。アメリカは決勝で失格していましたが,着順でもアンカーのケンブリッジがわずかにアメリカ選手に勝っていました。これがどれだけすごいことかは,陸上をやっていた人以外でも,よくわかると思います。

 日本の4選手は,誰も決勝に残っていないし,10秒を切っていないのに,2位になれるというところが,リレー競技の醍醐味です。ボルトがいなくなれば,ジャマイカにだって良い勝負ができそう,というような夢を見させてくれる走りぶりでした。

 山県は,個人の100mから,ずっといい走りをしてきました。準決勝で敗退したとはいえ,自己ベストの1005を出していて,その安定ぶりはピカ一でした。ケンブリッジも準決勝に進出しましたが,予選より記録が落ちていました。桐生にいたっては平凡なタイムで予選落ちで,飯塚も200mで予選落ちということで,冴えなかったのですが,リレーで桐生も飯塚も生まれ変わりました。飯塚は100mのタイムはダメなのですが,リレーでは足を引っ張らず,エースが走る2走で見事につなぎましたし,桐生はリレーでは緊張がとけたのか,別人のようなワールドクラスの走りをしてくれました。ケンブリッジも,とくに決勝は,すさまじい追い上げにあいながら,よく逃げ切ったものです。

 技術(バトン技術の高さ)と精神(4人の精神的な結びつき)の勝利は,日本人を感動させる要素十分です。

 もともと男子100mは個人種目とは異なり,4Kはそこそこ勝負をすることがあったのです(北京オリンピックでも銅メダル)が,予選から37秒台に突入し,決勝では記録をさらに上げて銀メダルというのは,誰もが予想していなかった快挙でしょう。

 飯塚もよかったのですが,今後は100m100台で走るようなスペシャリストがもう一人くらい出てきて,あとの3人(山県,桐生,ケンブリッジ)が100台をコンスタントに出すような走りができるようになると,東京オリンピックは金メダルだって期待できるかもしれません(アメリカはリレーではよくミスをしますし)。

 競歩については全然知らなかったのですが,50キロで銅メダルというのもすごいですね。陸上は,ここまで棒高跳びの沢野の入賞(記録は平凡),女子5000メートルの上原と400メートル障害の野澤が予選で頑張ったくらいで,男子の10000メートルや,女子のマラソンの惨敗がひどすぎて,暗くなっていましたが,ようやく明るい話が出てきました。男子マラソンは全然期待していませんが,どうなるでしょうか。

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2016年8月19日 (金)

WEDGE再登場

 Wedgeの最新号(9月号)の「副業解禁」という特集のなかで,私の短い文章が掲載されています。雑誌がでるまで知らなかったですが,最近一緒に仕事をすることが多い柳川範之さんも登場されていますね。

 私は副業に関する普通の法的な説明をするのはつまらないので,正社員論で書かせてもらえるのなら,ということでお引き受けしました。Wedgeには,昨年10月号で初登場して,1年で3回も出ることになるとは予想だにしていませんでした。

 今回の原稿では書きませんでしたが,副業は,「自前主義」の見直しという動きとも実は関係しています。他社の社員であっても,使えるものは使うという発想で,そういう人材の「オープンソース化」は,技術もソフトもオープンでやるものと自前でやるものとを峻別するという流れと関係しているのです。私がこれからはクラウドソーシングの時代がくるという議論に賛同しているのも,このことと関係しています。企業外の技術,ソフト,人材などをいかにして活用するかが,これからの企業経営のポイントです。

 とはいえ,これは本文でも書きましたが,副業規制の禁止の法制化はやりすぎでしょう。自前主義を放棄することと,他社の人材を自由に使わせてくれというのとは,次元が違います。人材のシェアリングは,契約レベルで対応すべきであり,法が介入すべきではないというのが,私の立場です。自前で抱え込んでおきたい人材もいるのですし,そうした自前主義があるからこそ,企業には安心して人材育成に投資したり,企業の秘密にかかわるようなコアな業務に従事させたりすることもできるからです(守秘義務を課しても,現行法の下ではその実効性は高くありません)。

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2016年8月15日 (月)

たか木・Sirimiri

 年に2回の恒例の高校時代の同級生との飲み会は,今回は,芦屋の「たか木」にしました。ミシュラン二つ星の店で,おじさん4人で行くようなところではないかもしれませんが。
 前回の冬も芦屋で,そのときは「仁」という日本料理屋でした。仁もとても良かったですが,どちらかというとアットホームな感じで,たか木のほうは,接待にも使えるゴージャスな店でした。
 もちろん料理も完璧で何一つ不満となるところはありませんでした。飲み物はお酒にして,料理にあわせたものをもってきてもらうように店の人に頼みましたが,そのチョイスも良かったです。この飲み会では,過去数回,飲み過ぎになっているので,今回は飲み過ぎないように慎重に注文しましたが,それでも一人3合くらいは飲んだかもしれません。
 人手が足りないのか,注文の連絡がうまくいかないときもありましたが,とくに何も気になりませんでした(接待で使っていたら,ちょっと気になっていたかもしれませんが)。
 値段的には1万円のコースからで,めったに行けるところではありませんが,50歳を過ぎたおじさんたちがグルメを楽しむのですから,たまには許してもらいましょう。
 ところで先日,神戸元町にあるSirimiriというスパニッシュに行ってきました。スペインの雰囲気が漂う綺麗な店です。豊富な種類のピンチョスがおいしく,私の好物のtortillaも絶品でした。ここはバスク風だそうです。バスクは行ったことがないのですが,とても関心のあるところです。バスク語は他の欧州言語のどことも関連性がないので,その起源が長らく謎となっていました。ということなのですが,この店のマスターから,最近,アフリカ起源ということがわかったそうですよ,との情報。なるほどと納得すると同時に,これでますますバスクに興味が出てきました。いつか行きたいですが,とりあえず,この店の料理を味わってバスクのことを思うことにしましょう。なお,この店のsangria も最高でした。日本でも,sangriaを飲めるところは多いですが,私はここが一番美味しいと思いました(本場スペインのバルセロナでも何度も飲みましたが,たまたまかもしれませんが,味は今一つでした)。あとはpaella のおいしいところを見つけたいですね。

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2016年8月11日 (木)

同一労働同一賃金の法制化について考える

 先日,日本CSR普及協会主催のセミナー(大阪商工会議所,大阪弁護士会共催)で,「同一労働同一賃金の法制化について考える」というテーマで講演してきました。世間(とくに経営者側)では,「同一労働同一賃金の法制化」の動きについて大変気にされている方が多いようで,この講演も,募集後すぐに満席(公演ならチケット完売というところでしょうか)になったそうです。これは私に人気があるからではなく,このテーマへの関心が異常に高いからです。このホットな状況に冷水を浴びせるような話をしてきました。法制化はすべきではないし,したとしてもマイルドなものにすべきであり,実際にそうなるだろうというようなことを話してきましたが,厚生労働省では法制化に向けた動きを始めるようなので,現実にはどうなるのかは予断を許しません。
 講演では,契約論,賃金システム論,非正社員の地位改善政策という三つの観点からみて,どの観点からも適切でないというような話をしてきました。とくに賃金システム論からすると,同一労働同一賃金は,これを突き詰めると,正社員も非正社員も職務給で統一せよという話に近くなり,そんなことを政府や法律で強制してよいのか,という疑問を投げかけてきました。
 政策担当者は,そういうことはあまり考えていないのですが,この議論の前提にある基礎理論や逆にこの議論の理論的ないし実務的な帰結まで,よく考えずに話が進んでいるという印象があり,そういうことについても研究者としての疑問を率直に語ってきました。
 例の長澤運輸事件のことも,中井弁護士とのディスカッションの場で出てきました。この判決は,とくに弁護士の方の間で関心が高いようですね。
 労働契約法20条は,実は日本の雇用や賃金システムを変えようという野心をもって作られた規定という話もあります。私は,それは法の横暴だと思っていますが,かりにこの規定を理念規定ととらえ,この規定の趣旨に則して企業が自発的に非正社員のモチベーションを向上させるためやグローバル化時代において普遍的な公正さを実現するために職務給化して格差を是正させていくということであれば,何も問題はないと思っていますし,同条がそのきっかけになるということであれば,存在意義はあると思います。また,同条に則して労使交渉がなされ,それを通じて非正社員の処遇が改善していくということであれば,それも望ましいことといえるでしょう。その意味でも,労働契約法20条そのものに強い効力(強行的効力や直律的効力)を認めるべきではないのです。むしろ労使交渉の結果の格差であれば合理性があると認めるという解釈論が考慮されるべきでしょう。さらに契約論との整合性ということからは,非正社員が契約時において十分に情報を与えられ納得して合意した内容であれば,合理性を肯定すべきとする解釈論もありえます(20条の「その他の事情」で考慮するか,あるいは一種の個別的デロゲーションと位置づけるか,どちらもありえます)。このあたりは,先日の神戸労働法研究会でも議論されたところです(長澤運輸事件は,JILPTの山本陽大君が報告してくれており,その報告内容は,次の季刊労働法に掲載される予定です)。
 労働契約法20条,パート労働法8条は,政治の動向などとは切り離して,研究者が理論的に詰めた議論をしていく必要があると思っています。私も引き続き研究を進め,意見を発信していきたいと思っています。

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2016年8月 9日 (火)

やはりオリンピックはいい

 労働法の関係者のなかには原稿の債務に苦しんでいる人が多いのではないでしょうか。私も多重債務に陥っており,自己破産したい誘惑にかられています。債務という例が悪ければ,何打数もヒットがでないスランプという感じでしょうか。かつて似たようなスランプがあって,そのときのことは,拙著『労働の正義を考えよう-労働法判例からみえるもの-』(有斐閣)の「過労による健康障害について考えよう」の章(177頁以下)でも書いています。編集者や編者には怒られるかもしれませんが,健康第一です。くれぐれも無理をしないように。
 スランプがあっても,その後で素晴らしい成果がでればいいのです。イチローも3000本が出るまでは,残り2本で停滞しました。産みの苦しみです。オリジナリティのある原稿なんて,そう簡単に書けるものではありません。苦しんで苦しんだ末に生み出されるものです。オリジナリティのない原稿ならすぐに書けるかもしれませんが,そのようなものはあまり意味がなく,あえてやりたいことでもありません。イチローの3000本とはレベルが違いますが,どんな些細な点でも自分らしさを出したものを書くというためであれば,時間を惜しまないことにしています。
 オリンピックも,成績を出すために苦しんでいるところがいいです。楽しみたいと言っている選手も,それは成績を出すための苦しみの裏返しだと思っています。今朝まで,柔道の日本人選手はすべてメダルですごいことです。これだけ多くの国で柔道がされていて競技人口が増えているなか,安定してトップ4(銅メダルは2個)に入っている実力は賞賛に値します。選手の志も高く,競技者としての美しさを感じます。柔道は判定で微妙なものがあるのがイヤだったのですが,このオリンピックは比較的納得いく判定が多い感じがします。これからの重量級もメダルはともかく,美しい柔道をみせてもらいたいです。
 競泳の池江璃花子選手は泳ぐために日本新記録で,若さっていいなと羨ましくなりました。400メートル個人メドレーは,陸上の十種競技のようなもので,水泳のチャンピオン決定戦でしょう。それで金と銅を日本人が取るとは,考えられないような快挙です。萩野選手,瀬戸選手,引き続き良い泳ぎをみせてください。
 世界最高峰で戦っているアスリートをみていると,原稿なんてとても小さいことで,そんなことも克服できずにどうしているのかという気になりちょっとブルーになりますが,その一方で,彼ら/彼女らから力をもらっています。ということで,これを口実に,原稿がどんなに遅延しても,寝不足になっても,オリンピックはみることにします。昼間は高校野球ですね。

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2016年8月 7日 (日)

人事院勧告

 人事院は国家公務員の配偶者手当を段階的に廃止する勧告をするそうです。配偶者の年収が130万円を超えると扶養手当が支払われなくなるということが,女性の活躍への妨げとなっていることが,その理由のようです。子供への手当は増額するので,女性活躍推進や少子化対策という点では一貫した政策といえるかもしれませんが,人事院が現政権の意向に沿いすぎている感が否めません。
 公務員問題懇話会という人事院主催の会合が,今年は名古屋,神戸,高知で開かれ,実は私は神戸の会合に呼ばれていきました。なぜ私が呼ばれたのかはよくわからないのですが,私は,人事院側も公務員に対してどのような処遇をしているかについて情報発信をして国民の理解を得るようにすべきだという趣旨のことを述べると同時に,いくつかのテーマについてやや大きな観点から意見を述べました(個人名はでていませんが,出た意見の集約については,最新号の「公務員月報」に掲載されています)。ただ,私の記憶に間違いがなければ,少なくとも神戸では,配偶者手当のことの説明はありましたが,大きな論点にはなりませんでした。人事院のなかで扶養手当の見直しについて勉強会をしているということは知らされていましたが,ここまで迅速に実行に移されるとは予想していませんでした。それなら,もっとここについて意見を出してほしいと言ってくれればよかったのですが,人事院側からそういうことは言わないのでしょうね。結果として,懇話会ではとくに大きな反対はなかったという取扱いになってしまったのではないでしょうか。
 人事院勧告は民間準拠のはずなのですが,今回の配偶者手当の引下げについては,安倍首相の要請を受けたものとマスコミでは報道されており,これが事実であるとすると,人事院勧告制度の根幹にかかわるような気がします。人事院は,そのトップである総裁は首相(内閣)任命とはいえ,独立に権限行使ができる独立行政委員会であり,いま懇話会があれば,そこの経緯を確認したかった気がします。役所の会合に出るときには,もう少し,相手の意向を深く読んで行動して準備しておかなければならないと改めて勉強になりました。

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2016年8月 4日 (木)

改憲で,ホワイトカラー・エグゼンプションが消えた?

 改造内閣が発表され,交替だと思っていた塩崎大臣は留任でしたね。労政審の改革は進むのでしょうか。でも大臣は厚生系に力をいれて,労働系は「働き方」の加藤大臣のほうが担当するかもしれないですね。
 昨日の日経新聞によると,安倍内閣のいう「働き方改革」には,ホワイトカラー・エグゼンプション(高度プロフェッショナル制度)も解雇の金銭解決も入っていないようです。これは実は,参議院選挙で3分の2以上をとると,こうなるのではないかということが言われていました。3分の2以上とると,最終的には改憲となるので,雇用・労働面では来たるべき国民投票にそなえて,できるだけ波風を立てず,ポピュリスティックな政策が継続されるという懸念があったのです。雇用・労働政策は国民へのアピール度が大きいので,口当たりの良いものは継続となり,悪いものは隠すという懸念です。安倍内閣への好感度を高めたところが,改憲への勝負と考える,ということかもしれません。
 これが誤った憶測であることを祈りたいですが,もしこの憶測があたっていれば,労働法を馬鹿にした話で,とても容認できません。高度プロフェッショナル制度は白紙撤回でいいですが,新たなホワイトカラー・エグゼンプションは断固として実現すべきですし,解雇の金銭解決も早急にやるべきなのです。そして同一労働同一賃金などの愚策は早く引っ込めるべきです。この三つをふまえて,AI時代にそなえた労働法改革が必要で,それをしなければ,日本はダメになります。「働き方」の改革ではなく,変わらざるをえない「働き方」にあわせた法政策こそ必要なのです。「働き方改革」というネーミングからして,ほんとうはおかしいのです。
 とにかくいまやらなければ,いつやるのでしょうか。これからどういう改革改革プランが出てくるのか(誰がブレーンなのでしょうね),注視していきたいと思いますし,それによっては厳しい批判が必要となるでしょう。

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2016年8月 1日 (月)

長澤運輸事件判決を契機に考える

 女性の賃金を,男性と同じ基準で算定すれば2割の格差となるのに,実際には5割の格差をつけて支払ったとします。それが女性であることを理由とすれば,女性差別であり,労働基準法4条違反となります(4条は,「使用者は,労働者が女性であることを理由として,賃金について,男性と差別的取扱いをしてはならない」という規定)。故意があれば罰則も適用されます。もっとも,このときの女性の賃金がどうなるかについては,労働基準法には明確な規定がないので解釈問題となります。賃金を直律的に修正するのではなく,不法行為の問題とすべきでしょうが,いずれにせよ女性の得べかりし賃金額は5割アップではなく,3割アップで格差を2割とするのが正しい解決でしょう。差別禁止というのは,均等待遇と同じではありません。4条の見出しの「男女同一賃金の原則」は,上記のような意味でもミスリーディングです。

 一方,パート労働法9条は,職務内容と人材活用の範囲が,フルタイム労働者と同一のパートタイム労働者については,パートタイム労働者であることを理由として,賃金の決定などの待遇について,差別的取扱いをしてはならない,という規定です(2014年改正で,無期または実質無期という要件は削除されました)。この規定も労働基準法4条と同じ差別禁止規定ですが,これは均等待遇規定でもあります。というのは,要件面ですでに,職務内容と人材活用の範囲が同一であるとされているので,効果面でも同一であることが求められていると解されるからです。ここに9条の特徴があります。

 パートタイム労働法9条は,人材活用の範囲の同一性までを追加して同一職務であれば,同一賃金になるという規範を包含しているという点では,広義の同一労働同一賃金と呼んでもよさそうですが,そうとも言いきれません。というのは,これは差別禁止規定であり,「パートタイム労働者であることを理由として」パートを低位に扱ったということが必要となるからです(これが故意を意味するかどうかについては,理論的には議論がありえましょう)。同一労働(人材活用の範囲の同一性まで必要)の要件を充足しても,パートタイム労働者であることを理由としていなければ,同一賃金は求められません。結果として同一労働同一賃金となることがあるとしても,それは同一労働同一賃金の原則とはいえないでしょう。同一労働イコール同一賃金となるという規範ではないからです。

 いま話題の長澤運輸事件・東京地判平成28513日労判113511頁も,定年後再雇用された有期雇用労働者が,無期雇用の正社員と同一職種で同一の人材活用範囲となっているとして,結論は同一労働同一賃金となっていますが,これも実は結果そうなったというだけで,同一労働でも同一賃金でないことはありえるという判断を内包しているものでした。

ところで,この事件で,東京地裁は,これを労働契約法20条の問題としながら,パート労働法9条も参照しています。

前述のように,パート労働法9条では,パートであることを理由とした差別を禁止する規定ですので,使用者はパートであることを理由とした差別ではないということを立証して格差を正当化することが可能でした。ところが,労働契約法20条そのものは,有期雇用であることを理由とする差別禁止かどうかが微妙なのです。というのは,文言上,「期間の定めがあることにより」労働条件が相違する場合に適用される規定なので,有期であることを理由とした差別禁止規定とみることもできそうで,そうだとすると,有期であることを理由としたものではないという抗弁ができそうです。しかし上記判決は,定年後再雇用であることを理由とする格差であるという使用者の主張は,本件では「期間の定めがあること」による格差と同じだといって,この主張を封じています。となると,パート労働法9条のアナロジーで行くと,もう使用者には反証余地がなさそうなのですが,実際には正当化の余地(特段の事情)を広く認めているのです。これは,労働契約法20条は不合理な相違を禁止する規定なので,同一労働(人材活用の範囲の同一性まで必要)の要件を充足しているとしても,なお賃金格差を正当化できる余地があるということでしょう(不合理性の存否の判断)。

労働契約法20条の解釈として,有期であることを理由とするものではないという反証とは異なる合理性の反証を認めているということは,労働契約法20条はパート労働法9条の差別禁止規定・均等待遇規定とは異なる規範であるということを意味しています。この解釈を貫徹すると,20条は「期間の定めがあることにより」のような差別禁止規定的な文言はありますが,これは実質的には無視できるということとなるでしょう(上記判決は無視はしていないので,かえって中途半端になっています)。

 こうした理解は,労働契約法20条を参考にして制定されたパート労働法8条には,「期間の定めがあることにより」に相当して設けられるべき「短時間労働者であることにより」という文言が意図的でしょうか削除されていることからも補強されます。2014年改正で追加されたパート労働法8条は,労働契約法20条の差別禁止規定的でミスリーディングな文言である「期間の定めがあることにより」に相当する文言をあえて使わなかったのでしょう。こうした状況は,パート労働法8条が差別禁止規定ではなく,労働契約法20条も同様に解すべきとする解釈を補強することになるでしょう。

ということで,パート労働法8条も労働契約法20条は,同一労働(人材活用の範囲の同一性も要件ですが)なら同一賃金という規範を内包していたパート労働法9条とは規範としても異質で(だから,上記東京地裁判決は,違った規範を混合させたものとして批判の対象となるのでしょう),同一労働同一賃金からかなり遠い規定であるということができるのです。そもそも文言上も,職種と人材活用の範囲が同一であっても,その他の事情を考慮して,合理的な格差があるとして格差を正当化することを認めている規定です。裁判所が,いろいろ「独創的な?」解釈をしてくれたおかげで,かえってそのことが明確になった気がします。

では,どうして長澤運輸事件は,結果として同一労働同一賃金となってしまったのでしょうか。それは事実上,格差の正当化について使用者に立証責任を負わせてしまったからです。職種と人材活用範囲が同一のとき,賃金格差の正当化の立証に使用者が失敗したら,同一賃金になってしまうのです。これはいわば立証責任のマジックで,これにより,実体規範としても,「同一労働であれば,同一賃金とすべきである,ただし正当理由がある場合はこの限りではない」という規範と同じことになってしまっています。労働契約法20条などを,そんな内容の規定に読み込んでしまってよいのか,ということが問われるべきですし,立法論としての適否も現在,問題となっているところです。

 

 それにしても,パート労働法8条から10条,労働契約法20条は,非正社員と正社員との格差について,現行法はどのような規範構造になっているのかが,きわめてわかりにくい状況になっています(努力義務規定であるパート労働法10条は行政指導のための規定という解説もありますが,そんなことのために8条と併置して置くのは理論的におかしいです)。もちろん立法論としても,同一労働同一賃金も含めて検討すべき点が多いです(以前にも書いたことがあるように,同一労働同一賃金は法規範としては問題大ありです)。

 労政審や公益委員は,もう一度,しっかり考え直して,せめて相互の規定の理論的関係をクリアに説明できるようなものにすべきです。労政審の権威を高めるためにも,パート労働法と労働契約法20条をしっかり整理した立法の再編をすべきです。裁判官のおかしな判決は,裁判官が悪いということよりも,法律のほうが悪いかもしれないのです。

 

来週,大阪労働弁護士会で,同一労働同一賃金のことを語る場があります。上記のような理論的に細かすぎる話はしませんが,法制化論をどう考えるべきかについて語ってくるつもりです。 

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