2017年6月28日 (水)

鎌田耕一・諏訪康雄編『労働者派遣法』

   鎌田耕一・諏訪康雄編『労働者派遣法』(三省堂)をいただきました。どうもありがとうございます。労働者派遣法の入門書です。非常に分かりやすいつくりになっており,厚生労働省での政策立案に関わった著者たちが,いわば啓蒙活動のために執筆したものと言えるのでしょう。
 忙しい方は,諏訪先生が執筆された序編「労働者派遣法の道しるべ-構造・機能・歴史」と第1編「労働者派遣法の歴史」を読むだけでも,労働者派遣法の全体像がよくわかると思います。
 第2編以下は,「法の目的と労働者派遣の概念」,「労働者派遣事業の許可」,「労働者派遣事業の規制」,「派遣元・派遣先間の法律関係」,「派遣元・派遣労働者間の法律関係」,「派遣労働者・派遣先間の法律関係」,「労働基準法等の適用の特例」,「紹介予定派遣」,「労働者派遣法の実効性確保」となっています。
 理論的には,「派遣労働者・派遣先間の法律関係」の編が,労働者派遣における難所であり,そこは山川隆一先生というエースが投入されています。
 三省堂出版の労働法の本というのはあまり知らなかったのです(コンパクト型の六法は知っていましたが)が,一般人向けの本に,これだけの執筆者を集めて,面白い本を刊行したのはやや驚きです。
 専門家はともかく,派遣とは何かを,少ししっかりと学びたい人にはお勧めです。そのうえで,もっと理論的に踏み込んで学びたいと思えば,本庄淳志『労働市場における労働者派遣法の現代的役割』(弘文堂)を手に取ってください。

 

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2017年6月27日 (火)

藤井聡太四段29連勝

 報道がすごかったですね。NHKの19時のニュースでもとりあげられ(そこで永瀬拓矢六段は藤井勝ちを予想),実際21時のニュースのころは,すでに藤井四段が優勢になっていましたが,番組は藤井特集という感じで,しかも番組中に投了シーンがあったので,映像的には最高だったことでしょう。
 私は,この将棋は,夕方くらいから,スマホの将棋アプリで棋譜を追い,iPad,ノートパソコンを使って,AbemaTVとniconcoの解説をみていました。夕方くらいでは,藤井四段が不利だと思っていました。藤井四段の飛車が3六にいて,増田四段が2七角と打ち,4九の金との飛金両取りをかけていました。増田四段は飛車の入手が確実な状況で,藤井四段の玉はそれほど堅くなく,8筋の飛車が藤井陣をにらんでいるし,なんと言っても,藤井四段は2枚の角をもっても,打つところがなく,また2四に出た銀は浮いていて,おまけに1五角などの攻防手の邪魔になっているなど,どうみても藤井四段は劣勢でした。もっとも,niconico動画の解説をしていた谷川浩司九段は,必ずしもそうはみていなかったようであり,2枚の角をうまく使えれば,先手もやれると考えていたようです(Abemaのほうの若手の解説は軽くて,解説対決では,谷川九段を登板させたniconicoの勝ちでしたね)。
 ここで2一桂の頭に打った2二歩が絶妙手だったようです。その手を指す前に藤井四段は長考していました。その途中で夕食のメニューを店員らしき人が聞きにきて,しばらくしてそれが品切れで,また聞きに来るというハプニングもありました。聴衆は藤井四段の思考を邪魔するなと突っ込んだと思います。品切れは縁起が悪い,なんて思っていたのですが,勝負には関係なかったですね。
 2二歩を同金と払った増田四段ですが,そこからの藤井四段の攻撃が凄かったです。増田陣の欠点は,居玉であり,7一銀も好守に参加していないこと(ただし本局ではそれほど悪形ではないとのこと),8五の飛車が不安定な位置にあることでした。藤井四段は,このタイミングで7七桂と跳んで8五の飛車にあて,飛車が逃げたところで,今度は6五と二段跳びをしたのです。素人なら桂馬の高飛び歩の餌食ですが,これで一挙に局面が変わりました。たった2手で,景色を変えてしまったところが凄かったのです。
 ここでは前に増田陣の金を2二に追いやっていたことが効いていて,7五角が絶好手となりました。かなり攻め込んでいたと思っていた増田四段ですが,このあたりから防戦一方となります。そして1五角で攻防の金取りをかけ,増田四段は飛金交換を強要され,藤井四段は金を入手して一挙に勝勢になりました。
 とくに5三桂といった重い攻めをしながら,最後はその桂を成り捨てるなど,詰め将棋の名手ならではの華麗な手筋もみせました。最後は一発逆転を狙って放った2八角に対して,その望みを絶つ3八飛で,増田四段は戦意喪失しました(3八飛は素人が指しそうな手で,俗に友達をなくすというような辛い手でしたが,これが決め手となりました)。
  本局の桂馬の活用は,中原誠第16世永世名人のようであり,角の活用は,谷川九段(第17世永世名人)のようでもあります。そして勝負術は,羽生善治三冠(第19世永世名人)のようでもあります。
 人間がソフトに勝てないということがほぼ確実になった将棋界です(佐藤天彦名人が2連敗)が,それでも将棋をこれだけ楽しむことができるのです。いまや藤井四段の連勝は社会現象となっています。AI時代において,AIをうまく使って成長した若い天才の頭脳に,私たちは夢を託しているのかもしれません。本局でも,人間では指しそうにない桂馬の活用は,いかにもソフト好みの手だと評されていました(藤井四段が5三桂を打った局面は,プロでもみたことのないような異様な局面だったようで,Abemaの解説者は困惑していましたね。ただ谷川九段は5三桂を予想していましたが)。AIは,棋士の仕事を奪うのではなく,棋士の可能性を広げるのでしょう。ただ通常の天才では太刀打ちできなくなる厳しい時代の到来でもあります。
 竜王戦決勝トーナメントは,旬の棋士が集まります。初戦で勝った藤井四段の次の対局は,佐々木勇気五段です。若手の実力者です。佐々木五段は,NHK杯のときのように,和服の正装で対局するかもしれません。7月2日の対局は,都議会選挙よりも,兵庫県知事選よりも,藤井四段の30連勝なるかという報道で盛り上がる可能性がありますね。

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2017年6月26日 (月)

野川先生の書評に多謝

 拙著『AI時代の働き方と法-2035年の労働法を考える-』(弘文堂)について,日本労働研究雑誌の最新号(7月号)で明治大学の野川忍先生に書評をしていただきました。弘文堂のさくらんぼさん経由で,PDFファイルを送ってもらいました。日本労働研究雑誌のほうから,本書の英文タイトルの問い合わせがあったと聞いていたので,書評に取り上げていただけることは事前に知っていましたが,どなたが担当されるのかは知りませんでした。すでに経済学や経営学の専門家の方からは書評をいただいていたのですが,法学者がどのような反応をするのかは興味あるところでした。もちろん,ある意味で(?)労働法学を挑発した本なので,まともに相手にされない危険性もある,と思っていたのですが,野川先生はよく引き受けてくださいました。書評の内容は,本書の意図を十分に汲んでいただいており,たいへん感謝しています。
 限られた字数なので,野川先生の本音は十分に書かれていないかもしれませんが,「突っ込みどころ満載」とされていることから,言いたいことは山ほどあったのでしょう。いつか,どこかで論文で発表していただけるのかもしれません。そして,それは「おそらくこれこそ著者のねらい」と書かれているとおりなのです。既存の枠内にとどまらず冒険をして議論を喚起するということをしなければ,学問は発展しないというのは,学者修行を始めた当初から,山口浩一郎先生や諏訪康雄先生にたたき込まれていたことであり,私はそれを愚直に実践してきたつもりです。たとえ菅野シューレのなかでは異端になってしまっても,それはそれで存在価値があれば自分の人生としては満足行くものです。
 野川先生に最後に書いていただいた「高度に知的鍛錬に裏打ちされた重厚な学問的産出を中断することのないよう,切に願わずにはいられない」というのは,こんな軽薄な本を書いているようではいけないという先輩からの叱咤激励なのかもしれません。もっといえば,野川先生自身の書かれている『労働協約法』(弘文堂)のような本を書かなければならないということかもしれません。実は山口先生からも,本書には好意的な反応をいただきましたが,少し前までは,もっとしっかりしたものを書かなければならないというお叱りを受け続けていました。
 研究者としての私のことを心配してくださる先輩諸賢のアドバイスは,ありがたいことなのですが,私の考えは少し違うのです。たしかに,法学の本というのは,既存の文献や判例を詳細に紹介・分析し,外国法も参照しながら,これらとしっかり「対話」をし,慎重に一歩を踏み出す(解釈論や立法論を提起する)というスタイルのものを書けば手堅く重厚感が出てきます。学問的貢献度も大きいでしょう。拙著でいえば『労働条件変更法理の再構成』(有斐閣)は,それに近いスタイルです(慎重さは希薄かもしれませんが)。私も後輩にはそういうものを書けとアドバイスします。
 ただ現在の私の考え方では,本書のようなものこそ,高度かどうかはともかく「知的鍛錬に裏打ちされた……学問的産出」だと思っているのです。あえて「重厚感」をもたせないスタイルにしていますが,日常的な知的鍛錬は誰にも負けないつもりでやっています。既存の労働法学の議論の定跡は,だいたいわかったつもりです。実はそこから多くの知的刺激を受けなくなっているところが問題なのです。むしろ,定跡を崩して,何を作るかこそが大切だと考えています。そこに知的創造性が重視されるAI社会に共通の課題があると思っているのです。本のスタイルの重厚性や軽薄性は,知的産物の発信方法の違いによるものです。広く発信して理解者を広げていけば,社会的発言力は高まるでしょう。たとえ軽薄感があっても,そのなかに本当の知創造性があれば,それでよいと割り切っています。その意味で,本書の発信方法は,若干中途半端なのかもしれません。新書よりは難しく,プロ向けには軽薄感があるのでしょう。ただ,そうした点も本書の個性であり,それはそれで面白いのではと思っています。……という軽薄さがいけないということかもしれませんが。

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2017年6月25日 (日)

定年制廃止?

 6月23日の日本経済新聞の経済教室で,早稲田大学の谷内満教授という方が,定年制の廃止に言及していました。労働力人口の減少のなか,高齢者就労の増加が必要で,そのためには定年制を廃止する必要があるという議論です(それ自体はとくに珍しいものではありません)。論考のなかでは,定年制を廃止すると,年功型賃金が修正されて,労働力の流動性が高まるとし,また,厳しい解雇法制を残したまま,定年制のもつ雇用終了機能のみ廃止するのは問題なので,解雇の金銭解決を導入する必要があり,そして解雇規制が緩和されると非正規雇用問題も解消していくという結びになっています。限られた字数で,印象的なトピックを並べたという感じなので,その相互がどうつながるかは,よく考えなければ理解しづらいかもしれません。
 ところで定年制廃止は,具体的には,どういう規制となるのでしょうか。現行法では,高年齢者雇用安定法によって,定年制が合法であることを前提に定年年齢は60歳以上でなければならないという規制のみなされています。また,この定年(年齢)規制に加えて,65歳までの高年齢者雇用確保措置を事業主に義務づけており(年齢は経過措置あり),高年齢者雇用確保措置のオプションの一つに定年制廃止もあります(他のオプションは,定年引上げと継続雇用制度)。多くの企業は,定年制廃止ではなく,継続雇用制度を導入し,なかでも再雇用という制度を導入しています。そして,この年齢を70歳までに引き上げようという議論もされています。高年齢者雇用確保措置を70歳まで義務づけたとすると,実際上は定年制がない状況に近づいていきます。多少,法律を知っている人ならば,高年齢者の就労促進を考えるならば,定年制廃止ではなく,高年齢者雇用確保措置の対象年齢を引き上げるということをまず考えるでしょう。前述のように,高年齢者雇用確保措置の一つに定年制廃止も含まれいるのです。定年制廃止論に対しては,再雇用などの方法で高齢者を就労させることではいけないというメッセージになりそうな懸念も出てきそうです。
 ところで,谷内氏は,70歳までの雇用を義務づけるのは企業の負担が重いとし,そのため,労働市場の弾力化をしなければならないとします。定年制を廃止して,年功賃金がなくなれば,長期雇用へのインセンティブがなくなり,労働市場が弾力的となるということです。
 ここで私は,一瞬,谷内氏が,どのような方法で高齢者の就労を促進しようとしているのかわからなくなりました。定年制の廃止論というのは,本来,同じ会社での継続就労をするためのものだからです。ところが,谷内氏は,それは企業の重荷となるので,労働市場の流動化で対処しろと言い,それは要するに別の企業で雇用継続を進めたらいいということのようです。これを私なりに理解すると,人材のミスマッチが労働市場で起こっているはずなので,どこかに高齢者労働の需要があるはずだし,またそうした需要を生むためには,現在過剰に解雇から守られている相対的に若い層の雇用を弾力化するため解雇規制を緩和する必要がある,そして他社に移籍した能力ある高齢者がいつまでも働き続けるようにするためには定年制がないほうがよい,こういうロジックなのかもしれません。
 ただ,企業は,高年齢者雇用安定法の改正で,高年齢者を活用する人事システムに関わりつつあります。さらに労働力人口の減少のなか,いかにして人材を集めるかが重要となるので(とくに中小企業),優秀な人材を定年だから放出するという行動をとる余裕はないでしょう。だとすると,定年制廃止を政策的に進める必要はないともいえそうです。よけいな政策的介入をしなくても,現存の高年齢者雇用安定法の慎重な規制手法で十分ではないでしょうか(企業の利益,労働者の利益を調整しながら,年金の支給開始年齢の引き上げにも対応しています)。
 むしろ高齢者就労をめぐる現在の最大の問題は,高年齢者雇用安定法の高年齢者雇用確保措置の趣旨が拡大解釈され,たとえば再雇用後の処遇の低下について,労働法のほうから厳しい規制をかけようとしていることです。たとえば仕事を変えて,賃金が大幅に低下するような形での雇用継続であれば,実質的に高年齢者雇用確保措置をしたことにならないという議論があります。他方で,同じ仕事をさせていれば,同一労働同一賃金にせよという議論もあります。
 後者については,ガイドラインでは,定年後の高齢者はひとまず対象外としていますが,今後,最高裁の判断も出てきそうなので,その結果次第では,大きな争点となる可能性もあります。長澤運輸事件における地裁と高裁の対立は,エコノミストの方も耳にしたことがあると思いますが,同じ労働契約法20条を適用していても,解釈がまったく異なっているので,最高裁の判断が待たれているのです。これまでは,定年でいったん退職し再雇用されたときは,労働契約はリセットされるので,従来と同じ労働条件を保障する必要はないという原則論(契約の自由論)が比較的強かったのですが,正社員と非正社員との格差是正という観点から,この原則論がどこまで修正されるかが原理的に重要な問題となっています(格差が,定年後の嘱託社員と定年前の一般正社員との間でも問題とされるべきかという論点です)。
 定年後の処遇はやっぱりそれまでとは違うよね,という常識が通じなくなりつつあります。定年制がなくなると,いっそう処遇格差は難しくなるでしょう。たしかに谷内氏が予想するように年功型賃金は徐々になくなるしょうし,そうなると成果型処遇が貫徹されるようになり,格差問題は基本的には解決されていくかもしれません。これは理想的な形かもしれませんが,そのとき,高齢者の就労可能性がほんとうに高まるかどうか。新しい技術の発達のなかでの,高齢者の転職力(employability)が問われることになります。AI時代の到来は,高齢者に必ず有利となるわけではありません。
 定年廃止論は,アメリカのADEA(年齢差別禁止法)が40歳以上の定年を禁止していることを参考にした議論が10年以上前に流行しました。私は,定年制は日本の雇用システムの本質にかかわることなので,高齢者雇用促進という観点だけから論じることには慎重であるべきだという論考を書いていますので,ご関心がある方はどうぞ(『雇用社会の25の疑問-労働法最入門-(第2版)』(2010年,弘文堂)の第19話「定年制は,年齢による差別といえるであろうか。」)。

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2017年6月24日 (土)

前川氏の記者会見の感想

  小林麻央さんの訃報に涙し,豊田とかいう女性議員の「ハゲ~」という言葉におそらく多くの男性と同様強い憤りを感じながら,あまりに馬鹿馬鹿しい低レベルの暴力パワハラに失笑を禁じ得ないという「怒哀楽」の一日のなか,感情をおさえ冷静にみたのが,前川喜平元文部科学事務次官の日本記者クラブでの会見をYoutubeでした(前川氏の名前の「喜」で,喜怒哀楽が完結しました)。
 行政の決定プロセスの歪みについての衝撃的な告発だと思います。内容は生々しくかつ理路整然としています。もちろん,前川氏の証言は,あくまで文科省側からの認識によるものです。組織防衛の匂いがまったく感じられなかったわけではありません。実名をどんどん出したのは,相手が逃げられないようにするためで,文科省に圧力をかけた官僚への恨みは深いものだとも思いました。いずれにせよ,この告発を,官邸側は黙殺することはできないでしょう。
 それにしても国家戦略特区は,特定の人に恩恵を与えるものであるから,その対象決定プロセスはそれだけ透明性が必要だという趣旨のことが語られていたのは,非常に説得的でした。もちろんそれをあまり言い過ぎると既得権益を守ることにつながりかねないのですが,そこは前川氏もしっかり説明しています。つまり獣医学部新設について,特区の趣旨に合致しているかどうかを示すのは,専門的知見のある農林水産省と厚生労働省のほうの責任なのに,それが示されないまま手続が進められたということです。前川氏は,そこに怒りと憤りを感じていたことがよくわかりました。「加計」が先に決まっているので,あとはどう辻褄を合わせるかという,というような行政ではダメだということです。これを行政プロセスの歪みと呼んでいるのでしょう。文科省は,3省庁の連携ができるよう萩生田副長官に調整を託したようですが,それも功を奏せず,あとは「敗戦処理」をするだけになったという生々しい証言もしていました。
 最後に,恒例の署名のところで,「個人の尊厳」と「国民主権」という言葉を書かれていました。これは公務員として働く場合の国民への姿勢ということではなく,公務員にも尊厳をもった個人としての面があり,また一主権者なのだという気持ちをもって働いてほしいという後輩国家公務員へのメッセージのようです。これはまさに前川氏が,政治権力によって,強い圧力を受け,また文科省全体が,「黒を白と言わされる」ような状況に置かれたなか,良心の自由は重要だ,自分たちも主権者なのだということを強調したかったのでしょう。そこには,国民の知る権利にこたえるために,内部告発した自分の行為を正当化したいという気持ちも表れているように思います。もとより,私は公務員がこういう気持ちをもって仕事をすることは望ましいと考えており,逆にいうと,こういうことをあえて座右の銘のようなものにしなければならないほど,国家公務員は,たとえ高級幹部のような存在であっても(逆にそうだからこそかもしれませんが),政治家との関係ではhumilatingな立場に置かれているということが残念です。
 一方で,前川氏は,自分たちの行政が,どのように一般の国民のためになっているのかということを,それほど強く訴えた感じはありませんでした。自分たちのprofessionへの誇りはよくわかりましたし,加計や森友の問題点もよくわかってきました。しかし,官邸との関係で,蛇ににらまれたカエルであると述べて,自分たちの無力ぶりを強調していたところには,違和感もありました。国民にとっては,蛇ににらまれたカエルも,蛇にすりよっているカエルも,同じカエルです。加計をめぐる行政内の問題は,首相とお友達ではない圧倒的多数の国民にとっては,同じ穴のむじな(カエル)たちのやりとりであったように思えたのは,私だけでしょうか。

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2017年6月23日 (金)

学会講座第6巻

 日本労働法学会編の『講座労働法の再生第6巻』(日本評論社)のタイトルは「労働法のフロンティア」だったのですね。水曜日に受け取りました。私は第2章の「雇用社会の変化と労働法学の課題」という平凡なタイトルの論文を執筆しています(当初は「法と経済学」に関するテーマの依頼でしたが,変えてもらいましたので,タイトルに悪口を言ってはいけませんね)。もともと町内会で何かイベントをやるので強制参加というノリだったので,気が進まず,何度もイベントメンバーから外してほしいとお願いしていたのですが,脱落を許してもらえませんでした。なんとか昨年末に書きましたが,半年も経過しており,何を書いたか忘れてかけていました。
 論文の内容は,「労働法の再生」というのがこの講座の共通テーマだと思ったので,労働法学は再生のために何をしなければならないかということを書いたつもりです。拙著『AI時代の働き方と法-2035年の労働法を考える』(弘文堂)と内容的には重複しているところもありますが,私は同じモチーフのものを書くことにはファイトがわかないので,前著ではメインにしていない労働法学そのもののあり方を意識した論考にしたつもりです。そういうこともあり,最初に諏訪康雄先生を,最後に西谷敏先生に登場していただきました(著作からの引用という形の登場です)。
 本が届いたので,まずは私の論文を確認しようとすると,右頁から始まる論文のすぐ左の頁が東大の水町さんの論文の最後のページでした。そこに「jurisprudence」という言葉があったので,おやおやと思いました。この言葉は,私が以前に論文の末尾に使ったことがあったからです。それが大竹文雄他編『解雇法制を考える-法学と経済学の視点』(勁草書房)に寄稿した論文「解雇法制の"pro veritate"」です。そこでは,私は「法的賢慮(Jurisprudence)」という表現にしていました。経済学との対話を意識した論文集でしたので,経済学の議論との違いを説明するために,法的(juris)な知恵(prudence)も大切だよと言ったつもりでした。
 経済学において原理主義的な主張がまだ強かった時代に,法学の独自性を示すという意味込みで,少し気取って外国語を使ったのです。論文のタイトルの「pro veritate」(真理のために)と並び,気負った感じのみられる論文ですが,論文の内容そのものについては,けっこう満足していました。
 ところで,今回の学会講座の論文については,続編(?)を書く機会がありました。総務省のAIネットワーク化に関する会合のメンバーを中心とした出版企画で,私の論文は一番最後の目立たないところに,ひっそり収録されるはずです。タイトルは「変わる雇用環境と労働法-2025年にタイムスリップしたら」です。未来予測エッセイのようなもので,労働法学の未来についても少しだけ言及しています(それが「続編」の意味です)。現在,ゲラのチェックの段階ですが,未来予測をするのは楽しいですね。経産省の若手官僚の「不安な個人,たちすくむ国家」が話題となっていますが,不安ばかりではつらいです。未来は豊かでチャンスがたくさん。国家に頼らず,したたかに生き抜いていこうというメッセージを今後も出し続けたいと思います。

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2017年6月22日 (木)

藤井聡太四段28連勝(歴代記録タイ)

 将棋ネタの頻度が高まりました。藤井四段が勝ち続けるからです。
 プロの将棋は勝てば勝つほど対局が増えます。強い人ほどたくさん対局をして,収入も増えます(あたりまえですね)。
 ですので年間最多対局という記録もあり,過去最高は,羽生善治三冠が2000年に達成した89勝です。連勝記録は対戦相手次第で勢いということもあり偶然性もないわけではありません。それでも28連勝はすごいのですが,記録保持者の神谷広志八段の場合は,狂い咲きといったら失礼ですが,人生の運をすべて使ったという感じかもしれません。神谷八段は記録男ではありますが,順位戦のA級経験もないですし,タイトルもとっていないので,トッププロ棋士ではありません(神谷八段,申し訳ありません)。
 そこで,棋士の強さを示す記録としては,年間対局というのが出てくるのです。もっとも,この記録も,ある程度強くなって,予選免除で本戦から登場するとか,いわゆるシード棋士になったりすると対局数もそれだけ減るので,ある時点での最強を示す記録ではありません。ただ,若いときに年間最多対局数の記録をとっている棋士はすべて大成しています。歴代ベスト10をみると,過去最多は,羽生三冠の2000年の89局です(この年の年間68勝も,年間勝数歴代1位です)。ついで故米長邦夫の88局(1980年),谷川浩司九段(1985年)と佐藤康光九段の86局(2006年),中原誠永世名人の82局(1982年),羽生三冠の80局(1988年),森内俊之九段の79局(1981年),森下卓九段(1991年)と羽生三冠(1992年,2004年)と谷川九段の78局(2000年)です。
 ここに中原,谷川,森内,羽生という永世名人がそろっていることがすべてを物語っています。それに米長も佐藤も名人経験者です。森下九段は無冠の帝王ですが,若い頃は羽生と何度もタイトル戦を戦った元A級棋士で,その実力は折り紙付きでした。
 ところで現在,藤井四段は,今年度だけでみても,昨日の対局の前までに17連勝ということで,どこまでこの記録に迫れるかも注目です。もちろん最多勝利(羽生の68勝),最高勝率(中原の0.8545)も狙えるでしょう。
 そこで,澤田真吾六段との対局でしたが,藤井四段の完勝でした。これで今年度18勝0敗(対局18,勝数18,勝率1.0000)です。無敗の28連勝も異次元ですが,対局数や勝数などの地味な記録も注目したいところです。
 澤田戦では,先手藤井四段の駒が前半から伸びていき,澤田陣の飛車や金が押し込まれているような感じですが,プロ的にはどうも,こういうのは指しすぎで,逆襲をくらいやすい形のようです。実際,澤田六段は逆襲して,途中で飛車・銀両取りに角をうち,銀をとって馬を作ったあたりは互角の印象もありました。そのあと,藤井四段は銀で馬を追ったのですが,澤田六段の6六馬が香取りで,しかも玉に迫るというので,呼び込みすぎかと思ったのですが,5五角と打ち返して馬を消しました。その後,澤田六段から飛車,桂,香のどれかが取れる位置に味のよい角打ちがあったのですが,藤井四段はいったん飛車を逃げた上で,6四に角をうち,これが攻防の好守で,あとは4四歩から4筋を攻めて一気に寄せてしまいました。澤田六段としては,せっかく馬を作ったのですが,それが窮屈で働かず,働かせようとして飛車にあてたために,飛車が4筋に移動し,攻撃に参加してしまいました。4七に歩を打てば飛車を止めることができたのですが,その順が回ってこない鋭い寄せでした。谷川九段の高速のきれいな寄せとはまた違う,ライフル銃のようだが,鋭利な刃物でもあるといった感じの寄せに思えました(プロはどう評価しているのでしょうかね)。負けたほうはショックが大きいのではないでしょうか。この相手には,もう勝てないと思ったでしょう。
 澤田六段とは,前の対局では激戦をしていて実力は互角という感じでしたが,たった数日のうちに藤井四段は格段に強くなっていた感じです。育ち盛りのころの力士は,「一晩寝るたびに強くなる」なんてことをいいますが,将棋の世界の藤井四段も,そういう感じですね。
 次は竜王戦の決勝トーナメントの初戦です。相手の増田康宏四段は,非公式戦の炎の七番勝負の初戦の相手で,藤井四段が勝っています。藤井四段が入るまでは現役最年少棋士だった19歳です。増田四段の竜王戦決勝トーナメント進出も,棋界では十分に大きなニュースになる快挙なのですが,藤井フィーバーでかき消されています(テレビのほとんどすべての報道番組でとりあげています)。心中おだやかではないでしょう。増田四段の雪辱はなるでしょうか。ひふみんは,藤井四段はあと5連勝はすると無責任な予言をしていましたが……。

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2017年6月21日 (水)

ビッグデータの海外流出?

 一昨日の日本経済新聞のオピニオンのなかで,「介護サービス大手のセントケア・ホールディングは3月,人工知能(AI)を活用してケアプランを提供する新会社を設立した」とあり,この新会社CDI社には,「セントケアのほか介護分野に力を入れだした日揮,介護施設を運営するツクイや社会福祉法人こうほうえん(鳥取県米子市),産業革新機構も出資している」と紹介されていました。成長産業に,日本の企業が取り組んでいくことはビジネス的の面でも,さらに日本の高齢者の受ける健康や介護に関するサービスの質の向上という面でも,とても大事なことです。
 ただ,一つだけ気になったのが,「『データをAIでふるいにかけ,ケアプランの有効性を高められないか』。そう思い立って,担当者は米西海岸の有力大学のAI研究所の門をたたいた。『おもしろい』。研究者は目を輝かせた」。「研究者は学内でベンチャー企業を立ち上げ,セントケアに分析結果を伝えると約束した」という部分です。研究者がとびついたのは,「要介護者の見守りなど現場へのAIの応用に取り組む米国の研究者にとって,3万件ものデータは深層学習を進めるうえで宝の山だから」です。
 CDIは,うまく契約したのでしょうが,日本の高齢者の貴重なデータが,アメリカのベンチャー企業の手に渡ってしまい,ビジネスで活用されそうな感じがしてしまったので,気になったのです。
 どんなに優秀な人工知能があっても,ビッグデータがなければ宝の持ち腐れとなります。ビッグデータこそ,多くの企業が喉から手が出るほど求めているものです。GoogleもAmazonもデータ集めに余念がありません。あっさり外国に提供するのは,ちょっともったいないのでは,と思ってしまいました。
 たぶん日本でこういう分析をしてくれるAI研究者が見つからなかったのでしょうね。そうだとすると,なぜこうしたベンチャー企業が日本の研究者によって立ち上がらなかったかということを,もっと真剣に考えなければなりません。
 個々人の健康データは,その管理がデリケートである(プライバーがとくに関係するセンシティブデータである)という点でも重要ですし,高齢社会においては大きなビジネスチャンスを生むという点でも重要です。政府が戦略的にかかわるべきことでしょう。
 健康データをめぐる権利関係についての議論はどこまで進んでいるのでしょうか。今後,医療現場でIoTが進むと,外国製の機器を使えば,日本人の患者のデータがそのまま簡単に海外流出してしまうことにもなるでしょう(すでに起きているのかもしれません)。そこに懸念すべきところはないのでしょうか。
 新聞記事には何もこの点が出ていなかったので,気になってしまいました。たぶん私が知らないだけで,きちんと対策はとられているものだと信じています。

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独禁法と労働組合(おわびと修正あり)

 先日,私がこのブログで,独禁法と労働組合の関係で,間違った条文を参照していました。申し訳ありませんでした。素人がうっかり手を出すと危ないということですね。独禁法の適用除外規定のうち23条5項は,「この法律の規定は,公正取引委員会の指定する商品であつて,その品質が一様であることを容易に識別することができるものを生産し,又は販売する事業者が,当該商品の販売の相手方たる事業者とその商品の再販売価格(その相手方たる事業者又はその相手方たる事業者の販売する当該商品を買い受けて販売する事業者がその商品を販売する価格をいう。以下同じ。)を決定し,これを維持するためにする正当な行為については,これを適用しない」という規定で,その販売の相手方たる事業者との関係で,消費者や勤労者の互助を目的とする消費生活協同組合や労働組合等の団体に対して販売する場合には適用除外の対象とならないという趣旨のものであり,独禁法そのものの適用除外とは無関係の規定でした。おわびし,訂正します。ブログのなかの該当部分は削除しました。

 中小企業協同組合に独禁法が適用されないのは,独禁法22条1項で適用除外される組合との関係で,中小企業等協同組合法7条の規定があるからです(労働金庫法にも同様の規定があります[9条])。中小事業主の結成した「労働組合」についても,こうした適用除外規定の趣旨に照らして,独禁法上どのような議論が可能かが重要となるのでしょう。この適用除外は,公正かつ自由な競争を促進するものだから認められるという説明がされているようであり,交渉力のない中小企業の保護というロジックは使われていません。ただ,この二つのロジックはコインの裏表のようなところもあり,実質的に内容が異ならないとすると,労働組合も,実は公正かつ自由な競争を促進する(そしてそれが労働者保護の機能もはたす)から独禁法の適用除外となるというロジックも原理的に立ちうるかもしれません。こうした議論が可能かどうか,引き続き勉強していきたいと思います(労働者が事業者ではないとすれば,そこでおしまいの話ではありますが,そこで思考を停止すると,前に書いたように労働者と自営的就労者の中間的な人の扱いをどうするかが難しくなり,強引に二分法を貫徹するという無理をしなければならなくなります)。

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2017年6月20日 (火)

インタビュー記事

   「人材ビジネス」という雑誌の370号の「著者に聞く 『AI時代の働き方と法ー2035年の労働法を考える』」に登場しました。フリーのライターからインタビューを受けたものです。拙著をよく読んでくださっていました。この雑誌の存在は知らなかったのですが,人材ビジネス関係者の方にも,ぜひ拙著を読んで,今後のビジネス戦略の参考にしてもらえればと思います。
 もう一つ,「RMS Message」という雑誌の第46号にも登場しました。こちらは,長時間労働に関するインタビューでした。拙著の『労働時間制度改革-ホワイトカラー・エグゼンプションはなぜ必要か』(中央経済社)を読んだ方がインタビュアーでした。
 この二つのインタビューは対照的でした。前者のほうは,私が東京出張のときに,ライターの人に宿泊ホテルの近くに来てもらい,喫茶店でのインタビューとなりました。この方が,インタビュー欄を請け負っていて,質問,写真,原稿とりまとめのすべてを担当していました。原稿はほとんど手に入れるところはなかったので助かりました。
 後者のほうは,神戸大学まで来られました。インタビューをセッティングした仲介(?)会社(出版社?),インタビューをした質問者,それをまとめるライター,カメラマンがすべて異なっている分業体制でした。残念ながら,こちらのほうの原稿は,私がかなり手を入れなければなりませんでした。 
   一般的にいって,法律の話の取材は,ライターが,法律家が語った内容をどこまで理解したうえでまとめてくれるかが,とりわけ重要です。何度も取材を受けたことはありますが,個人的には,ライターを使うなら,最初から私に依頼してくれたほうが,自分で原稿を書いてお渡しできて早いように思っています。それだと先方は私に原稿料を払わなければならないと考えて,躊躇されるのでしょうかね(取材だけなら,無償ですませることができますし,ライターへの支払はそれほど高くないのでしょう)。
   どこのマスコミの取材か忘れましたが,そのときは,事前に質問票をもらい,それに対して詳細なレジュメを用意して答えたため,それがほぼそのままインタビュー記事になっていました。そういうやり方であれば,事後に手直しする手間がはぶけるので,助かります(レジュメ作成のほうが,他人の書いた文章の直しより,はるかに楽です)。それに,話し言葉は,どうしても論理的ではないので(人によりますが),法律の厳密な議論をやるには向いていない気もします。論理的でない会話を,素人のライターが正確に文章にまとめるのは,よほどしっかり勉強していなければ無理ではないしょうかね。

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