2017年9月10日 (日)

夢の9秒台

 陸上の桐生祥秀選手が全日本インカレの100mで,ついに9秒台に突入しました。日本人で9秒台というのは,ほんとうに夢だったのです。たしかに伊藤浩司の絶頂期(1998年)に10秒00まで行っていたので,あともう一歩というところまで来ていました。桐生自身も4年前にすでに10秒01まで来ていました。しかし,10秒を切るかどうかは,その根拠はともかく大きな違いがあり,そこにこれまで壁がありました。日本記録は,およそ20年間停滞していたのです。
 私が陸上をやっていた高校生のころは,黒人にしか絶対無理と思われていた9秒台でしたし,いまでも,2010年に白人初の9秒台を出したフランスのLemaitre(ルメートル)はいますが,まだ圧倒的に黒人が強い競技です。日本人の9秒台は,国民を勇気づける快挙といえるでしょう。

 桐生の記録は,もちろん,日本の陸上史に残る大記録ですが,これは彼にとっての第一歩にすぎません。目指すはオリンピックでのファイナリストでしょう。今回は,世界選手権の個人競技に出れなかった挫折,大学最後のレース,自分の地位を脅かすようになった関学の多田修平へのライバル意識,適度の追い風など,いろいろな条件がそろって出た記録です。これからは普通の状態でもコンスタントに9秒台を出してもらいたいものです。

|

2017年9月 9日 (土)

自由と正義に登場

 休暇に入って何もしない癖がついてしまい,ブログの更新も面倒になり,1週間ほど休んでいましたが,ちょうど今日,「自由と正義」68巻9号が届き,そこに拙稿が掲載されていますので,ご紹介します。これをきっかけに再開しましょうかね。
 論文タイトルは,「AI時代における知的職業-弁護士業務の行方」です。いつものAI話ですが,弁護士業務はどうなるかという観点からの執筆依頼です。弁護士の皆さん,これから弁護士になろうとしている皆さん,私の話をどう捉えるかはご判断に任せますが,まじめに考えておいたほうがよいかもしれませんよ。
 AI時代においてどのような仕事が残り,どのような仕事がなくなっていくのか。また先端技術をどううまく使って働くのか。これが大切だというのは,労働者一般にあてはあまることですが,弁護士も例外ではありません。とくに知的職業とされているものほど,実は機械により代替されやすい面もあるので,より一層の注意が必要という警告でもあります。詳細は,拙著『AI時代の働き方と法』(弘文堂)もご覧になってください。
 ところで,調べてみると,「自由と正義」には初登場でした。この雑誌の名前は知っていましたが,読んだ記憶がなかったので,もしかしてと思って確認したら,執筆依頼が来たことがなかったのですね。今年はAI関係のおかげで,初登場する雑誌が多いような気がします。10月締切の原稿も初登場の雑誌があります。これもAI関係です。別に専門領域を広げたつもりはないのですが,あまり他人がやっていないようなことをやると,世界が広がるということですかね。
 

|

2017年9月 2日 (土)

働き方改革の予期せぬ効果?

働き方改革によって労働時間が短くなることはもちろん労働法的には良いことです。時間外労働はあくまでも例外的なことであり、それが短い方が法の趣旨に合致したのものと言えるでしょう。
もっとも、これまで三六協定の締結が儀式化されていた理由の1つとして、労働者の方にも時間外労働に対する拒否感が少なくなかったのではないかということを指摘してきました。労働時間短縮による残業削減(残業代減少)に対する労働者側の複雑な反応を見ているとそれが証明されたともいえそうです。
もちろん賃金が下がらない時間短縮があれば、それが労働者にとってはベストなのですが、それは経営者にとってもそう簡単なことではないでしょう。生産性が維持できれば残業代が浮いたぶんを基本給に還元可能で、それで労働者のモチベーションも高まれば労使双方にとって理想です。しかし、もしそこで時間外労働があれば、残業代の時間あたりの額が上昇するので経営者としては大変になります。
こうみると働き方改革は機械の活用による省力化を促進し、作業効率化を進めるだけでなく、さらに雇用代替の広範な影響の到来をいっそう早めるかもしれません。これは政府が想定している効果でしょうか?

| | コメント (0)

2017年9月 1日 (金)

休暇

現在休暇をとっています。日本人はもっと休まなきゃならないと言っている以上、自分で実践しなければ説得力はないと言うことを口実にパソコンも持ち込まずスマホ1つでのんびりヴァカンスしてます。さすがにメールのチェックをしないわけにはいかないので、最低限の返信はしていますが。
ただ本気で仕事をしようとするとスマホだけでかなりのことができそうです。私には十分に使いこなすスキルはまだないですが。このブログくらいなら、音声入力でそれほど苦労せずにかけます。
ところで話は変わって、今年は久しぶりに9月になっても阪神タイガースの試合が楽しめる年です。昨日の中日戦の先発メンバーを見ると1年前には予想もつかない感じです。大山4番は驚きですね。
次の広島戦で藤浪が好投すれば奇跡の大逆転Vの可能性が出てきそうですが、どうなるでしょう?

| | コメント (0)

2017年8月31日 (木)

菅井王位誕生

菅井竜也七段が王位戦で4勝1敗で羽生善治三冠からタイトルを奪取しました。菅井七段が勝った対局はほぼ完勝で最終局も強かったです。消費時間にも差がある対局が多く、さすがの羽生三冠も苦しんだようです。平成生まれの初のタイトルホルダーで、藤井ブームが実力派若手に火をつけたのかもしれません。その藤井四段も菅井新王位には先日負けましたし、もう一人名人奪取を狙っている若手最強豪の豊島将之八段にも棋王戦決勝トーナメントで完敗でした。豊島八段はA級順位戦でも3連勝です。
羽生は二冠になりましたが、竜王挑戦の可能性は残っています。松尾歩八段と1勝1敗のタイで決戦は8日です。

| | コメント (0)

2017年8月29日 (火)

経済教室

今朝の日経新聞の経済教室に私の原稿が掲載されました。昨年の5月以来で単著としてはおそらく4本目(記憶違いで5本目)でしょう。内容的には異論やツッコミどころはいっぱいあるでしょうが,将来を展望した成長戦略について労働市場政策という観点から執筆してほしいという依頼をいただきましたので,最近の私の政策論的立場をできるだけ盛り込んだものを思い存分に書いてみました。今後の労働政策論議の少しでも参考になれば幸いです。

| | コメント (0)

全国学力テストに思う

 全国学力テストは,都道府県対抗戦のようになっているのですね。でもあまり競争をあおってはいけないということで,正答率は小数点を四捨五入して整数にしたため,同点のところが多く,あまり差がはっきりしないことになりました。教育に活かすというのであれば,公表しないで,各都道府県に自分の順位を伝えて,低いところには反省を促すということでもいいと思います。なんでも公表すればよいというものではないと思うのですが。
 兵庫のライバルは大阪でしょうか。いや大阪は全国最低レベルですね。隣の県というと鳥取や岡山でしょうか。これは兵庫が優越意識をもっていてライバルとは思いにくいかもしれません。なんていうバカな議論をしながら,ついつい表を見てしまいますね。
 司法試験のことも思い出しました。法科大学院間でも合格率が数字に出るので,競争心がかなり強いです。もうすぐ合格発表がありますね。
 司法試験にせよ,学力テストにせよ,数字の競争が強まると,テストで点をとらせるためにどうすればよいかというテクニックに走りがちになります。教育改善につながればいいですがね。
 とくに学力テストのほうは,できの悪い学生に特訓をして過度な負担がかかるということにならないよう祈りたいです。小学校や中学校では,国語や数学が出来なくても立派な人になれるのです。そういうことをいうと,無責任なことを言うなという反論がきますが,でも国語や数学が出来なくても,運動,音楽,絵画が得意ということはあるでしょう。どっちのほうが,これからの社会で成功するのでしょうか。
 AI時代に必要な教育は何かが大切です。そこを間違って,意味のない教育に,教師や子供を駆り立てて,結果として,疲弊した教育労働者と子供たちだけが残ったということにならないよう,くれぐれもお願いします。

|

堀江貴文『多動力』

 ビジネス書としてトップ独走ということでしたので,堀江貴文『多動力』(幻冬舎)をKindleで読んでみました。感想は二つ。この人,私とかなり同じことを考えているな,と驚いたこと。もう一つは,結構,楽にラフにモノを書いているな,ということ。
 同感したところは,たくさんありました。いくつかあげてみましょう。

・「自分の時間を取り戻そう」
 私も,堀江氏ほどではないですが,時間に対するこだわりはかなり強くもっています。無駄な面談や会議に対する抵抗感も同じです。拙著の『勤勉は美徳か?』(光文社新書)の主題も時間主権の回復です。

・「電話をかけてくる人間とは仕事をするな」
 私の場合には,すぐに面談したがる人とは仕事をするな,ですね。こういう人は,私から時間を奪う泥棒なのです。

・「大事な会議でスマホをいじる勇気をもて」
 あまりお勧めではありませんが,気持ちはわかります。これも時間泥棒対策です。私はひどい会議では,スマホないし「内職」をします。

・「おかしなヤツとは距離を取る」
 これも同様に時間泥棒対策です。ホリエモンのようにはなかなか割り切れませんが,気持ちはわかります。

 以下は働き方に関係するもので,私と同じ考えかそれに近いものです。
・「寿司屋の修業に意味がない」
 ネットで簡単に情報が入る時代に,秘伝を教わるためにずっと下働きばかりさせられるのには意味がないということです。私が,若者の育成といっても,会社に入ってやらされる仕事は,将来役に立たないかもしれないので注意せよ,といっているのと同じことですね。AIに代替される作業のための訓練は無駄になるので,やらないほうがいいのです。

・「バカ真面目の洗脳を解け」
 言葉は激烈ですが,同感するところが多いです。この趣旨は,私が言っている自前主義をやめろ,ということとほぼ同じです。何でも自分でやらなければいけません,という思い込みが発展を阻害しているのです。ただ,これについては,私は堀江氏のようには自分では実践できていません。これからの企業は自前主義はダメと言いながら,自分は何でも抱え込んでやりすぎています。ほんとうは信用できる人がいれば任せて,その分はしっかり報酬を払って,自分の時間を買いたいのですが,なかなかそうはいきません(人材はいても,そういう人もまた忙しいのです)。よい仕事のパートナーというのは,編集者クラスでは何人かいますが,恒常的に助手のような人が近くにいたら助かるなということをいつも感じています。個人的にはいますぐにでも自前主義はやめたいのです。

・「見切り発車は成功のもと」
 これも,同感するところが多いです。これはあまり自慢できることではありませんが,論文も著作も100点を目指すと行き詰まります。90点を目指すくらいでいいと考えています。これが油断につながるといけませんが,90点をとるのと,そこから100点まで引き上げるのとでは,クオリティはあまり変わりがないのに,努力はものすごくかかります。100点主義は,自己満足の世界です。それを目指している人は尊敬しますが,私とは生き方がやや違います。自分の限られた時間は,別のところに注ぎ込みたいと思っています。

・「仕事を選ぶ勇気」
 そのとおりです。転職力を身につけよ(拙著『君の働き方に未来はあるか?』(光文社新書)を参照),という私の主張とも通じます。

・「教養なきものは奴隷になる」
 これは彼がわかって書いているかはなんとも言えませんが,まさにリベルルアーツ(教養)こそ,人を自由に(リベラル)させるための技芸(アーツ)ということです。奴隷ではなく自由な人間になるために教養は必要です。ただ,彼の言っている「教養」はちょっと広すぎますが。

・「知らないことは『恥』ではない」
 わからないことは専門家に教わるほうが効率的です。その前提として,自分が何かわからないかを知ることも大切です。ここで私も失敗することがあります。自分の知識に常に謙虚であるべきで,他人から教わるという気持ちをもつことが大切です。もっともダメ学生や無能なジャーナリストのように,自分で何も努力せず,何から何まで教わろうとするのは最悪です。
 これは「なぜデキる人は『質問力』が高いのか」にもつながります。優秀な人は,当然のことながら,質問が素晴らしいです。よい質問に誘発されて,良い答えができて,それがこちらの刺激になることもあります。こういう取材を受けたときは幸福です。

・「ヒマな人ほど返信が遅く,忙しい人ほど返信が早い」 
  これは常識です。私はヒマではないので,返信は早いと思います。返信をしないのは,返信する必要もないものです。少し考えて返信しなければならないようなメールは,そのうち忘れてしまうので,やはり返信しません。ややこしい相談ごともできるだけ即決します。もっとも私は勘が鈍いので,即決して失敗したことも少なからずありますが,へこたれないようにしています。
 
 そのほかにもいくつかあって,あまり同感できないものもありますが,全体として納得できる部分のほうが多かったです。では,この本は読む価値があるかというと,私は多くの人には道を誤らせる危険な本ではないかと思います。ということで,★★☆☆☆(★二つ)。

|

2017年8月28日 (月)

誉田哲也『プラージュ』

 誉田哲也『プラージュ』(幻冬舎文庫)をKindleで読みました。以下,ネタバレあり。
 住んでいたアパートが火事になり焼け出されてしまった貴生には,頼れる人は保護司の小菅しかいませんでした。貴夫は覚醒剤犯で執行猶予中でした。小菅が紹介してくれたのは,潤子という女性がやっている「プラージュ」というシェアハウスでした。そこはドアがなくプライバシーがまったくない変わったところで,食事は希望すれば潤子のやっている店のものを食べさせてもらえて,月の家賃がたった5万円というところでした。貴生は,そのうちそこの住民がいろいろな事情から犯罪に手を染めていた前科者であることを知ります。
 貴生は犯罪者といっても,たった1日,職場でいやなことがあって羽目をはずして飲み過ぎて,悪い連中と合流してしまって覚醒剤を1回使用したときに捕まったにすぎないのですが,会社を解雇され,再就職もままならないという不運にありました(おまけに家も火事になりました)。その他の同居人は,もう少し重い犯罪ですが,いずれもそれぞれに事情がありました。誰も根っからの悪人はいませんでしたが,世間の偏見と差別にさらされていました。悪い男につかまり,なかなか縁の切れない紫織,若いときにはやんちゃをしていたが,その後はまじめに働き彼女もいたのに,あるときに不良との騒動にまきこまれ,やや行きすぎた過剰防衛をしたために刑務所に入れられてしまった通彦などです。
 なかでも20歳の美羽は強烈でした。彼女は世間の常識がわからないサイコパスでしたが,嘘はつかないという娘でした。彼女には,かつて喧嘩をふっかけられて敵を派手に死傷させてしまった過去がありました。彼女には,被害者からの復讐の魔の手が迫っていました。
 もう一人,同居人のなかには友樹という男がいました。子供のころからの親友の重明を殺したとして第1審は有罪でしたが,控訴審で無罪となりました。重明の当時の彼女の証言でアリバイが認められたからです。友樹にふられた彼女は,第1審では偽証したのです。重明は友樹からずいぶんとお金を借りていました。あるとき,重明は,働いていた自動車販売会社が実は盗難車を扱っていて,そのことを事件を追っていたジャーナリストに喋ってしまったところ,それがばれてマフィアから逃げなければならなくなったが,逃亡資金がないので貸してくれと友樹に頼んできました。しかし友樹はそれを断りました。もう彼には金を貸さないと決めていたからです。その重明が,その夜,殺されたのです。彼と重明がいさかいをしていたのが目撃されていたことから疑われました。  
 この殺人事件を追っているジャーナリストがいました。彼は友樹はほんとうは有罪であり,その悪事を暴いて社会的正義を実現しようと考えていました。友樹がプラージュにいることを突き止めた彼は,プラージュに潜入するために彰という偽名で同居人となります。ところが,徐々に彰は友樹を告発することを断念する気持ちになります。
 あるとき,美羽が彼女に復讐しようとする者たちによって拉致されます。プラージュの同居人や客は,一致団結して美羽奪回に立ち上がります。奪回は成功したのですが,その現場で,彰は刺殺されてしまいました。
 彰が残していたファイルに,驚きの真相が書かれていました。彰も前科者でした。友樹の悪事を暴くのは,実は社会的正義ではなかったのです。重明が語ったジャーナリストは彰でした。重明を殺したのは彰でした。重明がお金をくれなければ,彰のことをマフィアに伝えると脅したために殺してしまったのです。彰は,自分を守るため,友樹が犯人であるという記事を書こうとし,そのネタ集めのために友樹に接近していたのでした。彰こそ極悪人でしたが,でも最後は悔い改めます。
 潤子にも悲しい過去がありました。潤子の父は一度の過ちのために社会復帰が許されませんでした。そして苦しんで自殺しました。潤子は,普通の人がちょっとしたことで犯罪者となり,そしていったんそうなったら世間の厳しい目でなかなか脱却できないという現実をみて,なんとかしようと考えてプラージュを作ったのです。プラージュとは,フランス語で「海辺」という意味です。悲しい前科者が波のように寄せてきては,なんとか自立して波のように去って行くという場ということでしょう。
 いろいろ考えさせられるし,ストーリー展開もなかなか面白かったですよ。 ★★★☆☆(☆三つ)

|

2017年8月27日 (日)

ビッグデータ収集とクラウドソーシング

  昨日の日経新聞の「オピニオン」に,村山恵一氏の「ネット群衆の力 生かす解を」というタイトルの論考が掲載されていました。村山氏は,私も一度取材を受けて,オピニオンに登場させてもらったことがあります。非常に優秀な方です。
 今回の記事の内容も,そのとおりと思う部分がほとんどでしたが,労働法屋としてちょっと気になるところがありました。それは次の部分でした。
 「例えばクラウドワークスは,人工知能(AI)を開発したい企業のために,ビッグデータを収集するサービスに乗り出した。大量の音声を録音したり,大量の画像に注釈を付けたりする作業も,140万人の登録ワーカーがかかれば,あっという間に処理できる。海外より出遅れ気味の日本のAI開発をクラウドソーシングで後押しする。そんな新手法といえる。」
 AI開発に必要なビッグデータの収集は,IoTなどによる無作為にできるものもあれば,コンピュータに学習させるための「教師データ」作りのように,人間の手が必要なものもあります。この作業は,基本的には,単純労働の部類のもので,人海戦術が使えることが多いようです。どれだけの報酬が支払われるのかわかりませんが,内職的な家内労働の現代版のようなものではないか,という気がしないわけではありません。クラウドソーシングをそのための手段として使うのは名案のようですが,クラウドワークを,これからのフリーランスの働き方の一典型例と位置づけて考えていきたい私にとっては,ちょっと複雑な気持ちです。
 クラウドソーシングは,文字どおり,人材をクラウド(群衆)から調達するもので,ネット社会だからこそ可能なものです。ただ私は,これを仲介する事業が社会的に支持されるためには,アウトソーシングをする側の正当な利益と,自営的労務を提供する側の適職探しを結びつけるという要素がなければならないと考えています。もちろん労働需給のマッチングさえできればそれでよいのでは,という考え方もあります。とりわけ今回の記事に出てくるようなAI時代に必要なデータの収集のためだから,社会的正当性があるともし言われると,そうかな思うかもしれません。
 ある研究会で,今後のAIの発達により,営業担当の人の仕事が不要になったとき,これまでの営業で培った膨大な情報をデータ化する作業に配転すれば雇用が維持できるというアイデアを聞いたことがありました。AIはデータあってのものですから,こうした作業は必要です。自分の仕事を奪ったAIのためにデータを作成するのは皮肉な感じもしますが,リストラを回避するためであれば,むしろ有用な人材活用と評価できるかもしれません。ただ,こういうケースとは異なり,ビッグデータ集めのために,新たに請負労働者を多数活用するとなると,ちょっとどうかなと思ってしまいました。これもAI時代の到来には避けて通れない道なのでしょうか?
   このモヤモヤ感は,私の誤解から来ているところも多いのでしょう。もう少し勉強してから,もう一度,このブログで報告したいと思います。

|

«プレフラではないですが……