2017年4月24日 (月)

ロボットが仕事を奪う

 日本経済新聞の日曜版の第1面で,今後,ロボットによって人間の仕事がどこまで奪われるかの推計結果が出ていました。人間の職業を,業務に分解し,どこまでロボットによって代替されうるかを測定したようです。
 私はあるプロジェクトで,これと似た発想の企画を提案中ですが,その内容はここではまだ書かないことにしましょう。より直接的に,ロボットやAIの発展が,雇用にどのように影響を及ぼすかをみる方法があると考えています。
 それはさておき,ロボットによる代替可能性は,一つの大きなインパクトにはなるでしょう。記事では,日本は「主要国で最大となる5割強の業務を自動化できることも明らかになった」とされています。ロボットに代替されやすい定型的な業務がそれだけ多いということでしょう(日経の電子版では,業種と職業を選択すれば,代替率を示してくれるサイトがあります。https://vdata.nikkei.com/newsgraphics/ft-ai-job/)。
 拙著『AI時代の働き方と法-2035年の労働法を考える』(2017年,弘文堂)は,こうした技術の発達が,人間の雇用について,支援(効率化),代替(雇用減少),創出(雇用増加)といった多様なインパクトがあるものの,総量的には減少傾向にあり,いずれにせよ職業訓練による人材の再配置が起こるので,そうした未来予想のもとに政策的対応をする必要性について論じたものでした。ただ,こうしが議論は,国民が,そもそも雇用に深刻な影響が生じるという問題認識を共有してくれなければ,どうしようもありません。日本経済新聞の記者は,私と問題認識を共有してくれているようであり,今回の記事もそういう視点が十分に出ています。
 ところで,先日の神戸労働法研究会では,先月の北九州私立大学でのワークショップに引き続いて,JILPTの研究員の山本陽大君が,ドイツの白書「Arbeiten4.0」という白書(Weißbuch)の内容全体を報告してくれたのですが,そこでわかったのは,ドイツの政策の方向性が,驚くほど拙著の内容と似ていたことです。私はドイツの政策の動向については,まったく知らなかったので,びっくりしました。現状認識を共有すれば,どこの国であれやるべきことは,自ずから似てくるということでしょう。もちろん細かいところには違いがあります(集団的労使関係の位置づけなど)。また拙著では,真正な自営的就労者に対する法政策を重視していますが,ドイツは,政策対象は従属労働者以外は準従属労働者(労働者類似の者)までにとどまっているようです。
 とにかく外国の動向も視野に入れながら,これからの社会を見据えた労働政策が必要となります。まさに2035年の労働法を考えなければならないのです。来月の12日にJILPT主催の「The Future of Work 仕事の未来」というシンポジウムが東京でありますが,そこではどんな議論となるでしょうか(私は,後半の1時間ちょっとのパネルディスカッションの進行役として参加します)。

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2017年4月23日 (日)

名人戦第2局

 将棋名人戦は,佐藤天彦名人が稲葉陽八段に勝って星をタイに戻しました。急戦で,後手の名人が攻め倒した感じです。ただ現在は,将棋界の話題は,名人戦よりも,また名人対将棋ソフトの対戦でもなく,藤井聡太四段がデビュー以来の連勝をどこまで伸ばすかということに移っています。13連勝のことは新聞にも出ていました。しかも,その13連勝目は,NHK杯で,躍進著しい千田翔太六段に勝ったというものです。NHK杯は,放送までは結果は知らされないのですが,これは例外中の例外ではないでしょうか。どのような将棋であったか楽しみです(放送は5月14日です。この日は視聴率が上がるでしょうね)。
 藤井四段は公式戦ではありませんが,炎の七番勝負では,増田康宏四段,永瀬拓矢六段,斎藤慎太郎七段,中村太地六段,深浦康市九段,佐藤康光九段と対局し,永瀬六段に負けただけの5勝1敗と,こちらも好調です。最終局は,23日に羽生三冠が相手ですが,どうなるでしょう。
 これも非公式戦ですが,「第零期 獅子王戦」では,藤井四段は羽生三冠と対局して,羽生三冠の勝ちとなっています。
 14連勝がかかる公式戦は,26日に棋王戦の予選で平藤真吾七段と対局です。羽生三冠にもち勝ち,さらに公式戦無傷の14連勝を達成すれば,また新聞で大きく報道されるでしょうね。

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2017年4月22日 (土)

労働時間制度改革を正しく進めよ!

 昨日の日本経済新聞の社説において,労働時間法制の改革が遅れていることについて批判的な記事が出ていました。書かれている内容は,私が日頃言っているとおりのことで,異論はありません。安倍政権は,都議会選挙のような目先の利益にとらわれず,これだけ多数の支持を得ている今だからこそ,しっかり将来を見据えた政策や法改正を進めるべきなのです。
 ただ,安部首相の周りにいる官僚のブレーンがどうも雇用政策に無知な人が集まっているのではないかという不安があります。同新聞で,「内閣官房の研究」というのが,3回連載されましたが,その初回で,いきなり出てきたのが,新原浩朗内閣府政策統括官の名です。経済産業省出身で,内閣官房の「働き方改革実現推進室」の実質トップを務める,と紹介されていました。厚生労働省を労働政策の中心から追い出してしまい,強引に「同一労働同一賃金の原則」の法制化を進めようとしているという噂が,私の耳にも入っています(真実はよくわかりませんが)。労働時間の上限規制に力を入れすぎているのも問題です。
 個人的には,経済産業省の政策の方向性にほとんど異論はないのですが,しつこく書いているように「同一労働同一賃金」だけは,あまりにも筋が悪いもので反対しています。官邸周辺で,どのような力学が働いてるのかわかりませんが,日本の雇用や労働を本当によくわかって,何が国益にかなうか,現在そして将来の国民の幸福につながるかを真剣に考えてるい人が,安部首相のブレーンになってほしいです。
 ホワイトカラー・エグゼンプションに話を戻すと,Business Labor Trendの2017年4月号で,本家のアメリカにおいて,「ホワイトカラー・エグゼンプション見直しが後退の見通し」という記事が出ていました(42頁)。短い内容なので,詳細はよくわからなかったのですが,どうもホワイトカラー・エグゼンプションの対象を定める収入要件を,ブッシュ政権下で引き下げられた(エグゼンプションの対象者を広げた)のに対して,オバマ政権は,その引き上げを行おうとしていたのを,トランプ政権が止めたということのようです。
  私の考えている日本型のホワイトカラー・エグゼンプションでは,収入要件を不要としています。大事なのは働き方の特性に応じた労働時間規制をつくることであり,自らの裁量のもとに知的創造的な業務に従事する労働者は,時間比例で増加していく割増賃金により労働時間を規制するのに適しないということが,改革のポイントです。多くの収入があるから,エグゼンプションしてもよいということではありません。詳細は,拙著『労働時間制度改革』の第8章(提言をしている箇所)を読んでください。

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2017年4月21日 (金)

中窪裕也・野田進『労働法の世界(第12版)』

 中窪裕也・野田進『労働法の世界(第12版)』(有斐閣)をいただきました。いつも,どうもありがとうございます。ついこの前にいただいたばかりだと思っていましたが,もう2年経過していたのですね。
 まずはコラムに目が行きました。
 48頁のコラムは,「フランスの労働法改革」というタイトルです。季刊労働法の最新号(256号)でも,野田さんが大学院生と執筆されていたので,このコラムも野田さんの執筆でしょう。フランスの改革は,規範のヒエラルヒーを逆転させ,現場に近いところの合意を優先させようとする試みのようであり,まさに分権型規制です(条文のあるHPを開きましたが,あまりに大部なので読むのは諦めました)。
 日本の解雇や労働時間などについて,私は分権型規制をすべきと述べてきています(中央経済社の『解雇改革』,『労働時間制度改革』)が,これについては批判的な意見もあります。野田さんも,フランスの動向について「危うさ」を指摘されています。
 そのとおり危うさはあるのです。ただ,この危うさを乗り越えなければ未来がないと思うのですが,どうでしょうか。
 分権型規制は,広義の労働条件の不利益変更の問題でもあります。そこには,個別レベルにおける合意の問題だけでなく,規範の階層構造論からみた労働条件不利益変更の扱い方もあるのです(拙著の『労働条件変更法理の再構成』(有斐閣)の比較法の部分は,規範の階層構造論とも関わっていました)。フランスの動向がどうかはさておき,分権型を実質化するためにも,労働者代表法制のあり方の根本的な議論が必要でしょう(私は従業員代表の立法化に反対の立場ですが,濱口桂一郎さんは,労働判例1147号の遊筆で,非正社員の組織化という観点から従業員代表法制に賛成していました。非正社員の労働組合の組織化については,ビジネスガイドの「キーワードからみた労働法」の次号では,オリエンタルランドの最近の事例を紹介しながら,その難しさについて論じています。だからといって,従業員代表法制の導入ということにはならないのですが)。
 86頁のコラムは,「大学教員の労働契約と解雇」というタイトルです。どきっとするものです。私もジュリストの連載「労働法なう。」で,「大学教員の辞めさせ方」というものを書いたことがありました(1476号)が,こちらのコラムは,大学教員の雇用保障に肯定的な考え方です。学問の自由,優秀な人材の育成という公的要素が根拠とされています。人材育成という点をあまり強調すると,人材育成に成果を出していない教員は解雇してよいという話になりかねないので,むしろ根拠とすべきなのは学問の自由(憲法23条)だと思います。私立大学であっても,大学教員の学問の自由は保障されていて,ある種の私人間効力があると解すべきでしょう。その意味で,かりに労働契約法16条がなくても,大学教員の解雇は,制限されるべきなのだと思います(解雇自由の国のアメリカも,おそらく同様ではないでしょうか)。
 他方,これからの大学は,研究専従教員と教育専従教員を区別していくようになるかもしれません。大学の大衆化により,教育には中学や高校の先生のような有資格者並みのスキルが必要となると同時に,研究はいっそう高度化していくので,教育負担を重く抱えながら研究することが難しくなっていくことが予想されるからです。もしこのような教員の区分がされるとすると,学問の自由が保障される研究専従教員とそうでない教育専従教員との間で雇用保障の程度が違うということはありうるかもしれません。
 ICTの発達により,高度専門教育は,一部の研究専従教員によってオンラインで発信されるようになり(これにより世界中の優秀な研究者の講義を聴くことができるようになる),教育専従教員は学生に対するチューターや補習に従事するという分業も起きていくでしょう。
 大学教員の雇用保障も大切ですが,今後の大きな大学改革のうねりの中で,教員はいかにして自力で生き残るか(研究で勝負するか,教育スキルを磨いて生き残るかなど)を考えることもまた必要です。コラムで「教員がそれに甘えてはならないのは当然である」と釘を刺していたのは,上に述べたような意味で賛成できるものです。

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2017年4月20日 (木)

リーガルマインド

   何かとトラブルが伝えられるユナイテッド航空ですが,一昨日の夏目三久が司会する『あさチャン!』で,障害のある94歳の女性(オーストラリア人。顔の感じからすると白人ではありません)をビジネスクラスからエコノミークラスに移動させたというニュースが採りあげられていました。この女性はビジネスクラスのチケットをもっていたのですが,同行していた孫はエコミークラスにいて,介助のためにビジネスクラスにときどき行って祖母の世話をすることを許してもらおうと思っていたみたいです。行きの便は問題がなかったのですが,帰りの便では,CAが,孫がエコミークラスとビジネスクラスとの間を行ったり来たりすることはできないといい,孫がビジネスクラスの料金を払って移動するか,女性のほうをエコミークラスに移動させるかを選択せよと言われて,結局,後者となったようです。女性にとっては人生の最後の旅になるかもしれないということで,身体のことも考えて,孫たちがお金を集めてビジネスクラスのチケットを買ったのに,なんてひどいことをするCAだということで,番組ではコメンテータも含め,完全にユナイテッドが悪者扱いされていました。
 しかし,このケースに関しては,ユナイテッド側も十分反論ができそうです。エコミークラスの人が,いくら家族がビジネスクラスにいるとしても,そこに出入りすることが禁じられるのは仕方ないでしょう。一方,孫の女性は,それならCAが介助をしてほしいと申し出たそうですが,一般的な介助であればともかく,それ以上のことであればCAの業務ではないでしょう。介助などのために付き添いが必要な場合には,同伴しなければならないというのが,航空会社のルールでしょう。そうなると,ユナイテッドのCAの取った対応は,それほど問題はなかったのでは,という気もしてきます。とくにビジネスクラスの乗客からすると,同伴者がやるべき介助をCAにさせることによって,自分たちへのサービスが低下する可能性があるので,納得できないという人もいるかもしれません。
 ただもし自分が,この女性の家族の立場にあったら怒り心頭に発するでしょう。行きは良かったのに,なぜ帰りはダメかと言いたいこともわかります。ほんとうは行きもダメだったのでしょうが,CAがちょっとサービスしたのでしょう。そこで帰りも同じと期待したのですが,帰りはルールを厳格に適用するCAにぶちあたってしまったのでしょう。
 どちらに非があったのか,ほんとうのところはわかりません(ちなみに席を移動した新婚カップルやダブルブッキングとなった客を引きずり下ろしたなどのは,やり方には問題があったのでしょうが,テロ対策だった可能性もあります)。ただ,ここで問題にしたいのは,テレビが,可愛そうな乗客と極悪のユナイテッドという単純な図式でとらえ,乗客の立場だけからみた報道をしていたことです。障害者で,高齢者で,おそらく人種的マイノリティとなると,それだけで同情されるべきカテゴリーと推定されてしまいそうですが,そういう思い込みが真実を見誤ることはないか,ということです。   どんなことでも背景をみていけば,双方にそれなりの言い分があると考えるのが法律家です。裁判というのは,そういう発想によって成り立っています。感情論に流されることを避け,まずは逆の立場の人の意見を聞くという手続をふまなければならないというのが,リーガル・マインドなのです(経済学者なら,まずはデータを見ようと言うでしょうかね)。

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2017年4月19日 (水)

今朝の日経新聞から

  今朝の日本経済新聞で,「DeNA元会長のVB,インドの学生とAI開発」という見出しの記事が目に止まりました。DeNA元会長の春田真氏が2016年2月に設立したエクサインテリジェンスという会社が,AI開発について日本では人材が足りないので,インドから人材を調達しようとするという内容です。
 AI時代においては,AIを活用する分野で働くか,AIが苦手な分野で働くかが勝ち組(というか,生き残り組)に入るために必要となるのですが,AIを活用する分野では,すでに人材不足が起きているのです。日本の大学生の多くは,残念ながら,これからなくなっていく衰退分野で働こうとしているのですが,AIを活用する分野のほうは超成長分野です。教育,進路指導などにおいて,このことを真剣に考えていかなければならないでしょう。
 上記の記事は,グローバル化の深化ということも考えさせられます。日本企業は,できれば日本人を採用したいと仮に考えていたとしても,適当な人材がいなければ,世界から優秀な人材をかきあつめようとするのです。技術系の仕事だと,言語の壁は大きくありませんし,ましてやインド人は英語が上手なので(訛が強いですが),他の言語を使う人よりも日本人にとってコミュニケーションをとりやすいでしょう。
 逆に日本人のなかに,どこまで世界の企業からスカウトされるような人がいるかです。人材のグローバル化は,外国からの「輸入」だけでなく,外国への「輸出」もともなっていかなければならないでしょう。最近の日本の大学は,グローバル化を謳うところが増えていますが,ここでもやはり「輸入」超過です。日本の学部学生を,真の意味で「輸出」可能な人材にするためには,ちょっと数ヶ月留学に行かせたからといって十分とせずに,より戦略的に,どのような分野で国際競争力をもつ人材を育成するかを考えていく必要があると思います。

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2017年4月18日 (火)

薬丸岳『誓約』

 薬丸岳『誓約』(幻冬舎文庫)を読みました。この著者の作品は初めてです(ネタバレ少々あり)。
 落合とバーの共同経営者となっているバーテンダーの向井は,妻と娘のいる幸福な生活を送っていました。しかし,向井には暗い過去がありました。向井の本名は高藤。向井は生まれつき顔にあざがある醜貌で,親からも捨てられ,世間からも不気味な獣扱いされていました。福祉施設で育った彼は,悪の道に手を染めます。あるとき,やくざと争いになって相手に大けがをさせ,命を狙われます。必死に逃げているとき,ひょんなことから坂本という老女(実際には50歳代)と出会い,親しくなります。高藤は,他人の戸籍を買って,整形手術を受ければ,ヤクザから逃れられると思い,坂本に借金を申し出ます。そのとき,彼女から,ある条件をつけられます。自分の娘は,二人の男性に陵辱され殺されたが,犯人は死刑にならなかった,自分はこの二人に復讐したいけれど,その体力もないし,末期ガンに冒されているため時間もない,そこでもしこの二人が出所したときに殺してくれることを約束してくれれば,500万円あげる,というのです。殺人の約束などできないが,どうせ坂本はすぐに死ぬし,出所は遠い先だと思い,高藤は坂本に殺人の約束をしたうえで,500万円をもらうのです。坂本は用心深く,逃走資金分だけ先に与え,高藤に逃げた先で免許証をとらせ,新たな戸籍上の名前と住所を確認したうえで,残金を支払いました。
 こうして高藤から向井になったのですが,あるとき向井のところに,この二人が出所したという手紙が届きます。向井は驚きます。あのときの約束の履行が求められているのです。そして,その手紙では,向井が約束を履行しなければ,向井の娘に復讐をするというのです。こうして,向井は追い込まれます。いまさら殺人などできるわけがありません。しかし,坂本を名乗る者の催促は必要でした。いったい誰がこんなことをしているのか。坂本はもう死んでいるはずです。必死に向井は脅迫者を探そうとしますが,みつかりません。
 というような流れで,追い込まれた向井の行動は緊迫感があります。しかし,脅迫者は,向井の近くにいる者に決まっているということで,犯人は限定されてくるのですが,そうであっても,なかなか確信させないところが,著者のうまいところです。
 最後の犯人の動機について,ネタのちょっと後出し感があり,どうかと思いましたが,かろうじて無理のない範囲で筋をつなげたというところでしょう。
 でも面白かったです。 ★★★(お風呂のなかで一気に読んでしまいました)

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2017年4月17日 (月)

多文化主義と国際都市

 前にこのブログで日本経済新聞の朝刊のオピニオン欄は充実していると褒めたばかりなのですが,今日のオピニオンはあまり良くなかったですね。イギリスはBrexitなどで孤立化を進めているようだが,多文化主義の先進国であり,日本企業もイギリスの本質を見誤らず,イギリスとの付き合い方を考えた方がよい,という趣旨のメッセージが込められていました。それは全然問題ないのですが,冒頭で,日本では受付嬢が多いがロンドンでは男性の受付もいるといったところから話が始まり,イギリスのほうがあたかも平等が進んでいて,多文化主義もそれとつながっているという論調のようにも読めます。こういう余計なことが書かれているので素直にこの記事を読むことができなかったですね。
 イギリスが多文化主義といっても,みんながイギリスの言語である英語を話すので,自国語を話す者に寛大な姿勢をとるのは当たり前です。イギリスにかぎらず,どの国でも,自国語を話してくれる外国人には,もちろん程度の差はありますけれども,親切なものです(フランスは少し違うかもしれませんが)。そもそも英語という辺境の国の言語が世界中の人によって話されるようになったのは,植民地支配の影響です。イギリスが世界を遠慮なく軍事的に征服してきたために,たとえば高い文明を誇ってきたインド人も英語を話さざるを得なくなったのです。つまりイギリスの多文化主義というのは,侵略の歴史と密接に関係しているのです(イギリスのほうは,途上国の発展に貢献したというのでしょうが)。いろんな国にちょっかいを出して植民地化していた以上,それらの国から来る人たちなど移民に対して寛大になるのは当然のことといえます。現在のロンドン市長は,両親が旧植民地パキスタンからの移民です。これを多文化主義の象徴と,単純に評価する気にはなりません(もちろん,移民の子孫が,市長になれないよりも,なれたほうがいいのですが)。いずれにせよ,こうした侵略の歴史が,今日においても,イギリスの経済の強みと関係しているとなると,非常に複雑な気持ちがします。
 ロンドンにはもう長い間行っていませんが,かつてイタリアのミラノからパリ経由でロンドンに行ったとき,たしかにロンドンは,ミラノよりもパリよりも都会であるという印象を受けました。いろんな国の人がいて,それだけ外国人にとって(物価は高いものの)文化的には溶け込みやすく,住みやすいところだろうなと思いました。そしてそのことがロンドンの大きな魅力にもなっていました。真の国際都市というのはこういうものなのかもしれません。だから,ロンドンから帰ってきた日本人が,日本はとても視野の狭い遅れた国であるという印象を持つのも理解できないわけではありません。
 しかし尺度を変えると,国際都市になることが,ただちに良いといえるかには留保が必要です。都市の価値は,ビジネスだけではないからです。同じように外国人があふれているイタリアのローマでは,ロンドンのようにみんなが英語を話すというような状況ではありません。ローマにいても,イタリア語を話すことは求められません。ただイタリア語を話さない外国人は,しょせんよそ者であり,ロンドンほどビジネス環境はよくないでしょうが,同調圧力はないのです。グローバル化の波に媚びず,それでも外国人を文化的に魅了するという点に,ローマの奥深さがあります。ここに侵略の歴史とは無縁の真の国際都市の姿があるように思えます(もちろん,イタリアもアフリカの一部の国を侵略した歴史がありますが,イギリスとは比べものになりません)。
 ローマでは,受付はおそらく女性でしょうね。

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2017年4月16日 (日)

平和を守るために

 私の住んでいる地域の周りも桜の名所がたくさんあります。夙川の桜はとくにきれいですし,芦屋川もそうです。神戸大学のキャンパスも桜がきれいです。小林秀雄は,ソメイヨシノは下品といって嫌っていました(『学生との対話』(新潮文庫))が,それでもやはりきれいですね。たしかに山桜は趣が深いですが。

 こんな平和で美しい日本が,いま北朝鮮からの深刻な脅威にさらされています。アメリカのシリア攻撃は,北朝鮮を刺激したようです。日本を攻撃すれば,北朝鮮は終わりなのだから,そんなことはしないという意見がある一方,暴発や,道ずれなど,日本が北朝鮮の最期に巻き込まれないという保証はありません。

 私たちは実は少し誤解をしているのかもしれません。日本にいると,アメリカこそ世界の中心にいて,北朝鮮はアウトローで嫌われ者という認識が一般的です。しかし,世界を見渡すと,アメリカを嫌悪している国や国民はたくさんいますし,北朝鮮の友好国もたくさんあります。むしろ嫌われ者のアメリカと仲良くしている日本は,それだけで世界の多くの国から嫌われる可能性があるのです。そのことはテロの標的にもなりやすいということでもあります。

 安倍首相はそれを分かってアメリカに接近しているのでしょう。でも国民はどうでしょうか。イメージでアメリカについていくことが国益にかなうと信じこんでいませんか。北朝鮮や中国の封じ込めは,ほんとうに得策なのか。そこは私にもよくわかりません。私は日本が防衛力を強化することそのものは大切だと思っていますが,北朝鮮をどこまで刺激してよいのか,何かあったときにほんとうに世界は日本の味方になってくれるかに,大いなる不安を感じています。

 いまのアメリカに一貫した外交的な戦略がありそうにありません。しょせんはアメリカ第一主義です。アメリカに頼るのは,とても不安です。危険な力勝負に巻き込まれてしまわないでしょうか。アメリカを利用しながら,ロシア,中国,韓国としたたかな交渉をする外交力が発揮することが大切なのですが,それが日本の政治家や外務省にできるでしょうか。
 北朝鮮の核の脅威がひしひしと感じられているなか,日本の外交力に国民が注視しなければなりません。もう手遅れかもしれないのですが。

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2017年4月15日 (土)

週刊ダイヤモンド登場

 週刊ダイヤモンド4月15日号の「Column 高まる副業・兼業気運は本当にいいことなのか?」に,中小企業庁でプレゼンをしたときの資料を基にしたコメントが掲載されました。どこから情報を入手したのか,偶然ネットで見つけたのか知りませんが,やっぱり役所でプレゼンをすると目につきやすいのでしょうね。
 副業・兼業は,相変わらず旬のテーマのようです。2年くらい前から,私にも副業関係での仕事の依頼が増えました。しかし,ここは私のような「何でも屋」ではなく,しっかりこのテーマを専門的に研究する人に対応してもらうことが必要です。
 そのようななか,河野尚子さんが,神戸労働法研究会で,昨年,報告してくれた内容を,今回「兼業・副業をめぐる法的課題―キャリアの複線化と兼業規制―」という論文として,季刊労働法の最新号(256号)で発表してくれています。副業がテーマですが,それだけだとあまり発展性がありません。サブタイトルにもあるように,パラレルキャリアなど広い視点から,この問題を扱っているところに,将来性を感じます。
 解釈論もしっかりできたうえで,さらに政策論もできるような研究者が今後は必要となります。河野さんには,そのような研究者として大成することを期待したいです。

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