読書ノート

2021年5月 7日 (金)

藤村博之編『キャリアデザイン入門』

 藤村博之編『考える力を高めるキャリアデザイン入門―なぜ大学で学ぶのか』(有斐閣)は,はじめはよくある入門書のたぐいではないかと思いましたが,せっかくいただいたので,あまり期待せずに読み始めたところ,これが予想に反して,とても面白かったです。私は大学生ではありませんが,定年も視野に入ってきているようなおじさんが読んでも,ためになりました。私が学生達に伝えたいことの多くも,この本には詰め込まれていました。
 労働の連鎖(私たちの生活はたくさんの人に支えられている)は,大切な視点ですし(第1章,第4章),「頭の体感を鍛える」(第2章)ことの重要性は,私が若い研究者に死ぬほど勉強しろ(死ぬほど働けと上司が言うと今の時代はパワハラになるのですが)と言うことに通じています。「やってみなければわからない」(第7章)というのも,そのとおりです。研究については,迷わず進んでいこうというのが私のモットーです。とくに気に入ったのは第4部「変化に挑む」です。異文化と接触することの重要性はそのとおりです。「外国に行って最も聞かれるのは日本のこと」と「相手が持っている知識の体系に合わせて説明する」(第10章)は,私自身が留学して強く感じたことで,実践的なアドバイスになっています。異文化コミュニケーションを経験することは,自分の視野を広げると同時に,知的体力をつけることになります。「自分の中に語るべきものを持っていること」(第10章)もそのとおりで,英語は下手でもかまわないのです。相手が聞こうとしてくれれば勝ちです。流ちょうな英語でも内容がなければ軽蔑されます(もちろん最低限のレベルは必要ですが)。第11章「仕事の未来を考える」も,いつも私が述べていることですが,これは大学生よりも,すでに就職してしまっている40代以下の人こそ考えなければならないことでしょうね。第12章「変化対応力を鍛える」ことも重要です。私は,たんに適応力(アダプタビリティ)といっていますが,変化に対応できるための基礎力を鍛えなければならないということです。そして第13章「世界の中の日本」も良い章です。キャリアと直接関係ないようですが,そうではありません。国際的な視野をもつことは,充実したキャリアを展開するために不可欠な教養です。こういう視野をもたないおじさんたちが日本の支配層に多いことが,日本が二流・三流国になろうとしている原因です。終章の「考える力を高める」も,月並みですが,とても重要です。日本の教育になかったものです。大学はきちんと授業を聞いてくれれば「考える力を高める」ようになるはずなのですが,残念ながら大学生はあまり授業に来てくれません。大学に入学したときに,本書を読んだ学生は,大学で学ぶ意味を確認でき,充実した学生生活を送ることができるでしょう。できれば拙著の『君の働き方に未来はあるか?』,『勤勉は美徳か?』(以上,光文社新書),『会社員が消えるー働き方の未来図』(文春新書)も合わせて読んでもらえれば,より理解が深まると思いますよ。

 

 

 

2021年4月30日 (金)

労働者性について

 昨日に続いて,労働者概念,労働者性の話題ですが,JILPTから二つの労働政策研究報告書をお送りいただきました。一つは,労働政策研究報告書No.207『雇用類似の働き方に関する諸外国の労働政策の動向―独,仏,英,米調査から』です。鎌田耕一先生が座長のものです。そこには,プラットフォームビジネスのなかでのギグワーカーの出現などの新たな状況が出現するなか,世界中で労働者性をめぐる問題が生じているものの,立法的には,フランスのプラットフォームに関する法律が目につく程度で,どの国もあまりうまい対策ができていないように思えます。外国法を参考にするのもよいですが,私たちが日本で知恵を絞って,うまい方法を試し,その結果を世界に発信するということをやってみてもよいと思います。労働者性についての比較法研究は,私がかつてJILPTの特別研究員をやっていたときに,何度か中心になってやったことがあります(労働政策研究報告書No.18「「労働者」の法的概念:7ヶ国の比較法的考察」,労働政策研究報告書No.67「「労働者」の法的概念に関する比較法研究」)が,そのころと労働者概念をめぐる理論状況は,確かに表面的には変わってきているようにみえるものの,本質的にはあまり進展していないのではないかという印象も受けます。
 もう一つが,労働政策研報告書No. 206労働者性に係る監督復命書等の内容分析』です。これは濱口桂一郎さんが担当しています。労働者性をめぐって現場でどのような問題が起きているのかを,行政の文書である監督復命書と申告処理台帳を分析して解明しようとするものです。行政の現場では,労働者性の判断を実際に求められることがあるわけですよね。実は私の提案する事前認証手続の一つは,そうした行政での労働者性の判断をフォーマルな手続として整備し,その判断をファイナルなものとすることです。これにより紛争防止ができればというのが狙いです。
 実は,現行法でも,労働者性の判断についてのフォーマルな事前手続を定めたとみられるものがあります。一つは,労組法関係ですが,地方公営企業等の労働関係に関する法律52項は,「労働委員会は,職員が結成し,又は加入する労働組合……について,職員のうち労働組合法第二条第一号に規定する者の範囲を認定して告示するものとする」となっています(労働委員会規則28条以下)。実際にこのような認定・告示がされているのか,よく知りませんが,こういう手続があること自体,興味深いです。あるいは,実態がよくわかってないのですが,生活困窮者自立支援法16条に基づく生活困窮者就労訓練事業では,いわゆる中間的就労として雇用型と非雇用型とがあり,そのどちらに該当するかは,「生活困窮者自立支援法に基づく認定就労訓練事業の実施に関するガイドライン」によると,「対象者の意向や,対象者に行わせる業務の内容,当該事業所の受入れに当たっての意向等を勘案して,自立相談支援機関が判断し,福祉事務所設置自治体による支援決定を経て確定する」となっています。「非雇用型の対象者については、労働者性がないと認められる限りにおいて、 労働基準関係法令の適用対象外となる」とされているので,この手続で労働者性の判断が確定するわけではないのでしょうが,行政が労働者性の判断の前さばきをしているとみることができそうですね。こうした行政実務の実態がどのようになっているのかも知りたいところですね。
 やや類似のものとして,障害者の福祉的就労のB型利用者の問題があります。障害者総合支援法(障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援するための法律)による就労継続支援B型の利用者は,「通常の事業所に雇用されることが困難であって,雇用契約に基づく就労が困難である者」(同法施行規則6条の102号)とされ,そこでの就労は非雇用型とされています。ここでの雇用型と非雇用型の線引きが実際にどのようにされているかもよくわからないのですが,よい文献がありました。それが障害者の法制度と実務の関係を分析した,長谷川珠子・石﨑由希子・永野仁美・飯田高『現場からみる障害者の雇用と就労―法と実務をつなぐ』(弘文堂)です。この文献をみると,B型事業所の実態も調査されていますが,そこではやはり労働者性の問題があるようです。とくに「高い工賃を支払い,一般就労への移行が可能となるようにB型事業所を運営するようにとの要請が高まっており,これはB型利用者の労働者性を高める方向に作用する」ことになり,「B型事業所を一つの制度の枠に収め,B型利用者はおよそ労働者性がないとする現行制度の限界を示している」とします(346頁)。同書では,こうした問題意識から,福祉的就労について,Ⅰ雇用型,Ⅱ非雇用の就労重視型,Ⅲ非雇用の社会参加重視型の三類型に分ける提案をしています。これによると,A型事業所のなかの福祉型やB型事業所のなかのビジネス型が就労重視型(非雇用)に分類されます(354頁以下)。
 一方,こうした再編をしない場合には,B型でも実態によっては労働者性が認められることを周知徹底したうえで,かりに労働者でなくても,B型利用者に一定の就労条件を保障する法政策を検討すべきと主張しています(346頁)。これは自営的就労者一般について,私が主張しているところと重なっていますね。
 労働者性は,いろいろな場面で問題となってきて,私たちは,その都度,その判断の難しさに直面するわけですが,それと同時に,最終的に非労働者とされた者にも,保護を否定するのではなく,何らかのサポート政策をとることの重要性を認識させられるのです。

 

2021年4月23日 (金)

書評を書きました。

 久しぶりに労働新聞に登場しました(もちろん日本の「労働新聞」です)。2018年に「雇用社会の未来予想図-技術革新と働き方-」で23回連載したことがありましたが,それ以来の約3年ぶりの登場です。私は,この新聞を定期購読していないので,書評という欄があることは知らなかったのですが,もしかしたら誰かの原稿が落ちて,筆の速い私に声がかかったのか,純粋に締め切りが厳しい企画なのかわかりませんが,かなりタイトな締め切りで依頼がありました。労働関係の本にこだわらないということでしたので,有斐閣の「書斎の窓」の最新号を読んで興味をもっていた,森田果「法学を学ぶのはなぜか?」を購入してみて,読んだあと,これで書こうと決めました。私自身,優秀な若者が法学部に来るのはあまり良いことではないと考えている一方,法学部の教師でもあるので,「法学を学ぶのはなぜか?」という問いに真剣に向き合うのはとても大切なことでした。本書は,私にはかなり普通のことが書かれていると思われて,これを読むと,本当に知的で優秀な人材は法学部に来たくなるのではないかと思いました。方法論のない世界で知的挑戦をするということができそうだからです。一方,私の書評は,著書の議論を使いながら,その議論に正面からは向き合わなかったかもしれません。編集者には「『使わないこと』にも価値」という小見出しを付けられましたが,確かにそういうことを書きました。私が仕事をしている労働委員会は,法律の執行をして集団的労使紛争を処理するところなのですが,法律から離れれば離れるほどうまくいくという感触を個人的にはもっています。もちろん,必要なときには法律論をきちんとやるのですが,例えば和解の場では,法律の条文をしばらく忘れて,当事者の双方の言葉をしっかり聞いて,どうすればまとまるかということを考えて紛争解決をめざすほうがうまくいきやすいのです(弁護士が間にいないほうがうまくいきやすいです)。それでは,法律とは一体なんなのでしょうか。法律という血も涙もないが公平無比であるものが控えていることに意味があり,そのことが,紛争の解決に役立つのかもしれないと思っています。こうしたことを聴くと,法学部よりも,違う学部に行って視野が広げたあと,法学の勉強をして法律に携わるほうがよいと思うかもしれません。確かに,そうなのです。もっとも現実には,このルートで法学を勉強した人で,法学系からみて,優秀と思える人があまりいないのは不思議です。その理由自体,十分に検討に値するでしょう。
 書評では,森田氏の書いたディシプリンのない法学というショッキングな指摘に,私なりに共感していますが,これには異論があるところでしょう。ただ,法学との協働が多い経済学との関係が,どうしてもぎごちなくなる理由は,ここにあるような気もします。ぎごちなさに耐えられなくなると,飲み込まれたほうが楽と思ってしまうのです(ぎごちさなを感じていない人は,飲み込まれていることを自覚していないだけかもしれません)。
 実は私は法学とは何かというテーマについて,シェイクスピアの『ヴェニスの商人』やイェーリングの『権利のための闘争』などの定番の素材を使ったエッセイの準備はしているのですが,今回はいかんせん字数が1200字で限界がありました。いつか,どこかで,一般の人向けに法律とは何か,法学とは何か,というものを思う存分に書いてみたいと思っています。

2021年4月 6日 (火)

川口美貴『労働法(第5版)』

 大学の事務から,小包サイズの書籍が届いたという連絡があり,どんな巨大な本なのかと思って,本日大学に行ったら,川口さんの『労働法』(信山社)の第5版でした。前に第4版をいただいたばかりだったので,想定していませんでした。重厚長大化する労働法の教科書の配送はたいへんなコストがかかっているのではないかと心配です。
 それはさておき,ほんとうに,いつもお気遣いいただき,有り難うございます。まずは旧労働契約法20条に関する最高裁判決が追加されたということなので,お説拝聴しました。もともと私とは考え方がまったく相容れない論点なのですが,あまりにも立場が違いすぎるので,コメントが難しいです。
 第5版が出て困ったのは,私は『人事労働法』において,川口さんのこのご本を,数少ない略語使用する頻出文献に入れ,第4版の頁で引用していたので,いきなり拙著の情報が古くなってしまったことです。引用していた部分が改説されていないかのチェックもしなければなりませんが,その点は,拙著が増刷されることがあれば(たぶんないですが),そのときにさせてもらえればと思います。
 ところで拙著では,文献の引用はかなり絞ったため,なんで私のものがあがっていないのか,というお叱りを受けるかもしれません。とくに教科書・体系書は,比較的新しいもので単著に限定したため,菅野和夫『労働法(第12版)』,荒木尚志『労働法(第4版)』,土田道夫『労働契約法(第2版)』,西谷敏『労働法(第3版)』,水町勇一郎『詳解労働法』と,それと川口『労働法』だけに絞りました。もっと思い切って絞るならば,菅野『労働法』と西谷『労働法』だけでよいのですが,これではちょっと狭すぎるだろうということで,手堅い通説として荒木『労働法』,新たな通説的立場を狙いつつあり,かつ何でも書いてある水町『詳解労働法』,個性ある体系書の香りが強い土田『労働契約法』,独自の世界で突っ走っている川口『労働法』をそろえれば,現在の労働法学説の全体を知るのに必要な最小限のものはそろっていると判断を下しました。もちろん,このほかにも参照すべき水準の高い体系書としては,野川忍『労働法』(日本評論社)がありますし,個別法では,下井隆史『労働基準法(第5版)』(有斐閣),(個別法と違い古いものでも色あせない)集団法では,山口浩一郎『労働組合法(第2版)』がありますが,これらは紙数の都合もあり個別の参照にとどめています(ただし,山口『労働組合法』は,拙著では特別な位置づけであり,それは「はしがき」を読んでいただければわかると思います)。またとくに引用はしていませんが,参照した重要文献として,山川隆一『雇用関係法(第4版)』があります。労働法の教科書であれば,石井照久『労働法』,石川『労働組合法』,片岡『労働法』,久保=浜田『労働法』,中窪=野田『労働法の世界』,安枝=西村『労働法』,渡辺章『労働法講義』あたりは,最低限掲げておくべきなのでしょうし(ただし,石川『労働組合法』は参考文献で言及しています),その他にも挙げるべき教科書や体系書はあるでしょうが,拙著の性質上(その意味は,拙著を読んでご判断ください),あえて挙げなかったことをお許しいただければと思います。

 

 

2021年4月 4日 (日)

高橋賢司他『テキストブック労働法』

  高橋賢司・橋本陽子・本庄淳志『テキストブック労働法』(中央経済社)をいただきました。お気遣いいただき,ありがとうございました。とても爽やかな装丁ですね。著者3人の組み合わせは,私には意外な感じですが,どういう接点があったのでしょうね。編集者の露本さん(私は,解雇,労働時間制度,非正社員の『改革』3シリーズを出すときに,お世話になったことがあります)が,引き合わされたのでしょうかね。もちろん3人は,ドイツ法を専門としており,そこに共通性があります。橋本さんと高橋さんは,橋本編『EU・ドイツの労働者概念と労働時間法』(信山社)に高橋さんが参加していますね。
 3人は,それぞれ解雇,労働者概念,労働者派遣のエキスパートであり,どちらかというと専門書執筆タイプのように思われるのですが,分担して概説書を書くということで,そこからどういう相乗効果が出るのか楽しみです。ただ概説書となると,腕のうるいどころがあまりないのも事実で,本書でもどうも「コラム」あたりで独自色を出すということにしているのかな,と思いました(概説書としてはややマニアックな外国法の話が出てきたり,団体法の箇所のコラムで団体法に関係ない話が出てきたりで,コラムはかなり個性的です)。
 3人で知恵を結集させることにより,穴のない穏当なものとなるのが共著のメリットでしょうね。私の『人事労働法』(弘文堂)のように,一人で書いて自分の個性を縦横無尽に出してしまっている拙著とは対照的な感じです。

 

 

 

2021年4月 3日 (土)

池田心豪『仕事と介護の両立』

 佐藤博樹・武石恵美子責任編集の「ダイバーシティ経営」のシリーズで,今度は,池田心豪『仕事と介護の両立』(中央経済社)をいただきました。どうもありがとうございました。私のような者にまでお気遣いいただき感謝します。
 JILPTの主任研究員である池田さんの話は,以前にJIRRAの研究会でお聞きしたような記憶があり,ブログでも採り上げたような気がします。介護と労働の問題については,すぐに名前があがる方だと思います。
 育児介護休業法は,文字どおり,育児と介護を並列しており,休業をはじめとする様々な保障内容もほぼ相似形ですが,池田さんは,育児と介護は違うのであって,介護はそれ特有の問題に合わせたアプローチをしなければならないと主張されています。育児や介護を,企業にとって福利厚生の延長上のもので,それが法制度化されたものにすぎないという捉え方をすれば,両者は同じようなものとして一括りできるのでしょうが,育児や介護に関する社会的な課題をどう解決するかという観点からみれば両者はかなり問題状況が違っており,企業としても,そういう違いをふまえてワーク・ライフ・バランスや両立支援の実現をしていかなければならない,ということでしょう。
 実は私が今回刊行した『人事労働法』では,ワーク・ライフ・バランスの章のなかでは「育児・介護」として一括して扱っていますが,これは法的な観点からのものであり,拙著のもう一つのメッセージである企業の社会的責任(CSR)という観点からは,従業員のニーズに合った踏み込んだ企業の対応が必要であり,育児と介護を簡単に一緒にしてはいけないという話につながると思います。
 もっとも,介護については,そもそも従業員が個人で負担をしなければならないという事態を改善する必要があるという論点もあります。池田さんの本にも出てきますが,介護の場合は,育児と違い,仕事を継続しながらもできることが多いが,そのときにはプレゼンティズムの問題が出てくるのです。仕事の能率の低下です。また,夜泣きで起こされてしまって,翌日の仕事に支障があるというのは育児でも起こるのですが,育児の場合はいつかは終わるという出口がみえているのに対し,介護は出口がみえないところに大きな違いがあるという池田さんの指摘は,そのとおりだと思います。最近のように高年齢で子どもをもつことが出てくると,育児と介護が同時に及んでくることもありますので,そうしたときの介護はほんとうに大変です。介護の社会化が進み,介護休業をとる必要がなく,また介護離職せざるをえないような事態も起こらない社会になることを願いたいですね。
 介護には,これからの労働需要の増大が必至ということで雇用政策・産業政策的にも注目される面がありますし,ロボットなどのデジタル技術の活用が大いに期待されるという面もあります。さらに外国人労働者の活用への期待も大きいなど,労働政策上の重要論点と多面的にかかわっています。それに加えて,自らが介護をする場合においても,テレワークが有効であるという点で,現在の最優先の政策課題の一つにも関係してきます。
 いずれにせよ,経営戦略という狭い面だけでなく,幅広い政策課題の観点から考える際にも,まずは池田さんの本を読んで,しっかり勉強しておく必要があるでしょうね。

2021年3月16日 (火)

元木昌彦『現代の“見えざる手”』

 休刊したエルネオスで連載されていた元木昌彦さんの「メディアを考える旅」に登場させていただいた縁で,かなり前ですが,元木さんの編著書である『現代の“見えざる手”』(人間の科学新社)という本をいただいていました。元木さんの連載で登場したなかの,選りすぐりの言論人19人が登場します。2017年刊行なので,やや古くなっている話もあります(私が登場したのは20196月)が,反権力の論客が集まっているので読み応えがあります。副題の「19の闇」というのは,ちょっと恐ろしいネーミングですが,19人が闇なのではなく,19人が提起したのが現代社会の闇という意味ですね。テーマとしては,東日本大震災の原発問題の闇というものが多いですね。やはり原発問題は,日本社会のいろんな問題の縮図となっています。あの地震から10年経っても日本は変わっていないような気がします。
 今朝のNHKのニュースで,地震後の日本政府からの情報発信の少なさから,アメリカ政府は,トモダチ作戦を中止して,アメリカ人を待避させようとしていたことが報道されていました。自衛隊の原発への放水をみて,かろうじて思いとどまったということです。日本政府は,正確な情報も流さず,原発事故後の危機をアメリカ人に頼って乗り切ろうとしていたのですが,そんなことが通用するわけがないのです。民主党政府のこうした無能ぶりが,いまなお菅政権がこれだけ体たらくでどうしようもなくても延命している理由となっています。国民の多くは,あのときの民主党の流れを引き継いでいる現在の野党に政権を任す気はないでしょう。コロナ感染対策にしろ,迫る大震災への備えにしろ,現在の野党が政権についたら,とてもまともには対処できないと国民は考えているのです。
 有斐閣の書斎の窓の最新号(3月号)で,「直系家族システム」というキーワードで世相を斬っている辰井聡子さんが,「自民党を倒すんじゃなくて,後を継ぐんですよ」と言い,「政権を担おうという政党がやるべきなのは,戦後政治において自民党が果たしてきた役割を当の自民党以上に正当に,盛り気味くらいに評価した上で,自分たちこそがその真の継承者だと名乗り出ることでしょう。それで自民党員もそれ以外の国民も納得させる。新しい政治文化とそれだけの強さを身につけた政党が出てきて,政治の必要性を国民が理解したら,よい方向の政権交代は起きるんじゃないでしょうか」と語っています。もしかしたら,野党が自民党の血統の良い政治家をかついで,自分たちが自民党の良き歴史を引き継ぐというようなことを言っていけば,政権交代が起こるのかもしれませんね。野党がかつぐなら,河野太郎や田村憲久かもしれないし,石破茂かもしれません。自民党の血が入れれば,直系家族システム的には,政権は変わりやすくなり,現在の政治の閉塞状況を打破できるかもしれませんね。
 ところで,元木さんの本に話を戻すと,元木さんは私のときもそうでしたが,聞き手に気持ちよく話をさせてくれる方です。この19人の論客は,いわゆる「左」(なかには,かなり左)で,その内容には過激なものもあるのですが,元木さんがうまくリードされているからでしょうか,議論は比較的抑制された感じで,でも躍動感のあるものとなっているように思えました。続編を準備されているようなので,楽しみにしています(私は登場させてもらえるでしょうかね)。

 

2021年3月15日 (月)

女性のキャリア支援

 佐藤博樹さんと武石恵美子さんの責任編集の「ダイバーシティ経営」(中央経済社)のシリーズで,今度は,武石恵美子・高崎美佐『女性のキャリア支援』をいただきました。どうもありがとうございました。日本でも女性の活躍はずいぶん進んでいるのではないかという声があるなかで,著者たちは,いまなお外国と比較するとジェンダー格差は大きいと主張します。本書は,そのような問題意識から,女性のキャリア支援について検討するというものです。
 ところで,日本企業を外からみていると,組織の硬直性が目立っているのではないか,という気がしてなりません。とくに年齢に関係なく優秀な人材を抜擢するということができていないのではないか,ということです。ダイバーシティというのは,まずは外国人や女性の活用ということになるでしょうが,若い有能な人材を十分に活用できていないような企業は,能力主義となっていないので,外国人も女性も活用できっこないと思います。本書でも指摘されているように,女性は男性よりも多様なニーズをかかえる人材が多いのであり,そうした多様性への対応が,これまでの組織では難しかったことが,女性が活躍しにくい原因になっているのでしょう。逆にいうと,男性は,これまで組織に適合した働き方を強要され,それにおとなしくしたがってきたということでもあります。ほんとうは男性も多様なニーズを抱えているかもしれないのですが,男性にはそれを要求することが抑制され,組織に従順に従うことが求められてきたのです。女性は,出産などの問題もあって,そもそも組織に迎合した働き方が無理であるし,組織外の要因(とくに家庭)に左右されやすいので,組織の論理におとなしく従うことなんてできないという事情があったのです。それがジェンダー格差を生んできたのでしょう。だから,組織が変わらなければならないという話になるのですが,私は,組織はそう簡単には変われないと思っています。
 私が最近仕事をする際に出会うことが多いのは,こうした硬直的な組織と無縁の,フリーランスや経営者である女性達です。日本企業のメインストリームとされてきた大企業などの組織の枠に収まらない女性たちが,すでに大きく活躍し始めているように思います。ダイバーシティは,組織内ではなく,組織を超えた次元でみると,すでに広がっているのかもしれません。
 これからは,組織に頼らず自立して働くフリーワーカーの時代が来ます。その担い手は,おそらく女性ではないかと思います。いずれにせよ,女性のキャリア支援となると,組織での働き方よりも,フリーでの働き方の支援をするほうがよいのではないでしょうか。もちろん,これは男性にもあてはまることです。
 私も,年齢をかさねるにつれ,男性だからという気負いは徐々になくなってきています。むしろ,例えば育児をしている女性を見ると,それだけで価値が高いと思います。職業人としても,接客業などをみると,明らかに女性のほうが優れています。仕事で女性に勝つのは難しい時代が来ようとしています(仕事だけではありませんが)。個人的には,これからの時代は,男性のキャリアのほうが心配になるのではないか,と思っています。

 

2021年3月13日 (土)

國武英生『雇用社会と法』

 國武英生さんから,放送大学のテキストである『新訂雇用社会と法』が送られてきました。どうも有り難うございます。
 私は,放送大学には,過去一度だけ,中島士元也先生にゲストに呼んでいただいて登場したことがあります(テーマは忘れましたが,たしか労働者概念ではなかったかと思います)。あれが私の最初のテレビ出演ですね。
 國武さんには,彼が北大の大学院生のときに,私が編者をした『コンプライアンスと内部告発』(日本労務研究会)に参加してもらったことがあります。あのときには,お世話になりました。もうあれからずいぶんと時間が経ちましたね。
 ところで,若手が書くわかりやい教科書というものには,私はどうしても辛口になってしまいますが,彼はいまや北大系の研究グループの総帥ですから,もう若手とはいえないのでしょうね。
 このテキストでは,第1章の「雇用社会と法の役割」で,労働法の歴史にふれ,最後の第15章の「雇用社会と労働法の未来」では,AI時代のことなど将来のことにふれています。これからの労働法の教科書では,この本のように歴史と未来に言及することは必須といえるでしょう(歴史にふれるのは,未来のことを論じるうえで必要となってくるからです)。
 このテキストは,その性質上,本文ではあまり深い内容に踏み込んでいませんが,初学者には,この程度がちょうどよいと思いますし,その分「学習課題」にはなかなか骨のある良問が多くて,メリハリがきいています。学習課題はゼミで議論するに適したものでしょう。各章の末尾にある参考文献では,私の本もかなり挙げられており,かなり「個性的な」セレクションになっています。こういうテキストにおいて,私の本を参考文献にするのは勇気のいるのではないかと思いますが,有り難いことです。

 

2021年3月 7日 (日)

渡辺和子『置かれた場所で咲きなさい』

 日本経済新聞の土曜版の「詩歌・教養」面で,5回にわたり「この父ありて カトリック修道女・作家 渡辺和子」が連載されていました。渡辺和子さんの『置かれた場所で咲きなさい』(幻冬舎)は,以前に,ベストセラーとなっていると知って買って読んだことがあるのですが,今回の連載を読んで,改めて渡辺さんの言葉をかみしめてみようと思いました。修道女の言葉など説教くさくていやだと思うかもしれませんが,素晴らしい金言に満ちています。よく生きるにはどうすればよいかということのヒントがもらえます。といっても,とても自分にはできそうにないというようなことではなく,誰にでもできることが書かれています。本のタイトルでもある「置かれた場所に咲きなさい」も,良い言葉です。自分がいま置かれている状況は,たとえそれが不遇であっても,そこでくさらずに,周りの人を幸せにすることによって,自分が環境の奴隷にならずに,主体的に生きていくことができるという教えです。私は神を信じているわけではありませんが,気持ちのもちようによって,幸福を得ることができるということを教わることができました。 
 印象的な言葉は,「子どもは親や教師の『いう通り』にならないが,『する通り』になる」というものです。子どもは言うとおりにはならないですが,親の背中をみているのです。親や教師は,口であれこれ言う前に,行動で示せということですね。
 老いた者に向けた言葉もあります。「老いは人間をより個性的にするチャンス」は大好きな言葉です。
 ところで,この本のなかでも出てくる渡辺さんの父親の話は,悲惨なものです。二・二六事件で犠牲となった教育総監の渡辺錠太郎は,自宅で,9歳の娘である和子の前で40発以上の銃弾を浴びて殺されました。日経新聞の連載は,この事件のところから始まります(ライターは,梯久美子さん)。
 年齢がいってから生まれた娘である和子のことを,父の錠太郎はことのほかかわいがったそうです。戦争反対派であった父を,青年将校たちは武力で葬り去り,その後,日本は悲惨な戦争に突入していきます。父は愛する娘の前で無残に殺されたものの,娘は父の死に立ち会えたことを前向きにとらえます。そこには私たちの想像を絶する怒りと悲しみがあったでしょうが,和子は徐々にそれを克服していったようです。そのような和子の言葉ですから,多くの人にずしりと響くものがあるのでしょう。