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2021年3月 6日 (土)

教員の身分保障

 先日の神戸労働法研究会で,高橋聡子さんに報告してもらった,奈良学園大学事件(奈良地判令和2721日)の判決のなかで,大学教員の整理解雇をめぐって,「原告らは,いずれも本件大学のビジネス学部又は情報学部の教授,准教授ないし専任講師という大学教員であり,高度の専門性を有する者であるから,教育基本法9条2項の規定に照らしても,基本的に大学教員としての地位の保障を受けることができると考えられる。」という部分があったので,大学教員=高度の専門性=地位保障について議論となりました。
 教育基本法9条は,第1項で,「法律に定める学校の教員は,自己の崇高な使命を深く自覚し,絶えず研究と修養に励み,その職責の遂行に努めなければならない」とし,第2項で,「前項の教員については,その使命と職責の重要性にかんがみ,その身分は尊重され,待遇の適正が期せられるとともに,養成と研修の充実が図られなければならない」と定めています。「自己の崇高な使命を深く自覚し,絶えず研究と修養に励み,その職責の遂行に努め」ている教員の身分は尊重されるということなのでしょうが,上記の判示部分は,教員の高度の専門性と結びつけているので,その意味が若干あいまいとなっています。教育基本法との関係でいえば,おそらく職務の専門性よりも,職務内容である教育というものの特殊性(崇高性など)から論じるほうが適切なように思えます。それは憲法261項の国民の教育を受ける権利に応える職務であるということから根拠づけることもできるでしょうし,さらに大学教員の場合には,憲法23条の学問の自由の保障とも関係することになるでしょう。
 一方で高度の専門性という点でいうと,とくに教員だけにそういうことがあてはまるわけではありませんし,むしろ高度の専門性をもつ教員は,その専門とする授業科目がなくなるようなことがあったとき,大学側の解雇回避努力の範囲が限定され,解雇が有効と認められやすくなるかもしれません。他方,最近では大学によっては,教員にそれほど「高度な」専門性を求めず,広くゆるやかに専門性をとらえて,いろんな科目を教えさせることも増えているようであり,そうなると,高度の専門性があるから身分保障(ここでは雇用保障の意味)が必要となるというのではなく,むしろ,教育に高い専門性を求めないで採用されていることから,解雇回避努力範囲が広がり,雇用保障につながるというロジックに結びつくような気がします。
 本来,教員の身分保障は,学問の自由と結びついて,専門性に関係した研究内容に公権力が介入することを防ぐということが重要で,大学への支配力が強い文部科学省でも,ここにはタッチできないはずです。昨年の日本学術会議問題も,政府がここに介入しようとする可能性があったことから大きな問題となりました。
 一方,教員を,文字どおりの「教育をする職員」であるとみると,教育能力の点から評価することは可能であり,教育能力のない教員は解雇対象となるということはあるでしょう。ただ,これは高校以下の教育機関となると,ぴったりとあてはまるのですが,教員資格なしで教える大学では,やはり高校までの教育とは違うでしょう。大学教員は,自らの研究分野の専門的知見をベースにそれを学生に伝えることが求められているはずで,研究と教育は不可分となります。そうなると,教育に多少難があっても,研究業績が十分にあれば解雇はできないということになると思います。
 こういう分析を基礎として大学教員の雇用保障について考えると,教員の専門的な研究領域にかかわる内容を理由とする解雇は憲法上も疑義がありますし(私立大学では私人間効力の問題となる),採用時に特定の研究をしない旨の特約を結んでいたような場合でも,その特約に基づいた解雇は容易には有効と認められないでしょう。大学ではありませんが,十勝女子商業事件・最高裁判決(最2小判昭和27222日)は,採用の際の政治活動をしないことを条件とする契約を有効としていますが,これと大学教員の研究内容への介入とは別の問題です。
 一方,教員の教育上の能力を理由とする解雇も,研究と密接に関連していることから,解雇には慎重となることが求められるでしょうが,それは前述のように,高度の専門性ということではなく,学問の自由に関係するものだからです。むしろ高度の専門性に関係するものであっても,例えば法科大学院の専任教員として採用された場合には,その教育能力に著しく問題があれば解雇となることは否定できないように思います。
 それでは奈良学園大学事件で問題となったような整理解雇事件ではどうでしょうか。一般的に,専門性が限定されていれば,解雇回避努力の範囲が限定されるということはあるのは前述のとおりですが,例えば教員の身分保障から,人員整理対象について,職員から先にすべきというようなことは言えないでしょう。
 以上とは別に,最後に残された論点として,学問の自由の重要な要素である大学の自治に関するものがあります。大学の自治には,教育体制に関する自治というものも含まれているとすれば,そもそも大学が行った教員の解雇の有効性について,裁判所が細かく審査することには問題があるということにもなりそうです。学問の自由を大学の自治ということと結びつければ,議論は複雑となるのです。
 このように教員の雇用保障は,労働法全体ではマイナーな論点かもしれませんが,解雇法理の応用問題として,研究会では引き続き議論をしていければと思っています。

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