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2021年3月14日 (日)

書きたいことを書く

 やりたくないことはやらないと言うと,我がままに聞こえますが,自分がやらなくてよく,別の人がやったほうがよいことをやらないということであれば,許されるでしょう。原稿の執筆依頼が来たときでも,私ならではのものを書けそうなら引き受けますが,そうでない場合には,別の方に書いてもらったほうがよいと思うので引き受けないことにしています。逆にいうと,引き受けた以上,半端なものは書かないことを心がけています。その意味は,できるだけ自分にしか書けないものを書くよう目指すということです(といっても限界はありますが)。もちろん自分しか書けないものなんて,そうそうないのであり,自分では,自分しか書けないものを書いていると思っていても,客観的にみれば,誰でも書けるようなものを書いているにすぎないことも多いでしょう。だから結局のところ,そのとき一番書きたいことを書くということになるのであり,それが依頼側のニーズに合わなければ「ごめんさない」をするしかないと割り切っています。
 そんな感じなので,私には,作法が結構うるさい法学系の依頼はあまり来ないのですが,どういうわけか,たぶん私のことをよく知らないところから,判例評釈と書評の依頼が来ました。判例評釈は,昨年,労働委員会の命令についての評釈(ベルコ事件)を書いたくらいで(評釈の範疇に入っていたかは自信がありませんが),最近はほとんど書いていないのですが,たまにはやってみようかという気分で引き受けることにしました。福山通運事件です。いま抱えている本の仕事が終わったあとの締め切りなので,気持ちを新たに取り組みたいです。書評は,ある著名な体系書に対するもので,どうしようかなとも思ったのですが,体系書の書評はやったことがないはずなので,引き受けることにしました。書評は,3年ほど前に野村直之さんのAIの本についてやって依頼のことで,法学系では久しぶりです。どちらも引き受けた以上,私にしか書けないものを書いてみたいという気持ちは前述のとおりですが,できるだけ気負わず,自分の書きたいことを筆に乗せるということにしたいです。そういえば,別の法学系の代表的な企画での執筆依頼もあったのですが,私の書きたくなるものではなかったので,せっかく執筆陣に入れてやろうという有り難い話だったのですが,お断りしました(申し訳ありません)。これは別の人が書いたほうがよいと思われる依頼でした。

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