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2021年3月10日 (水)

東京

 311日の東日本大震災のときは,東京にいました。このことは前にも書いたことがありますが,ちょうど日本労働研究雑誌の編集会議のときに,地震が来ました。編集会議はもう終わりかけていたときで,会議を中断し,そのまま解散になりました。翌日は,後期課程の入試の仕事があったので,その日のうちに帰るつもりだったのですが,それが危なくなったので大学になんとか連絡しようと苦労したのを覚えています(携帯電話や公衆電話はなかなかつながりませんでした)。日本労働研究雑誌の編集会議は,私が編集委員になったときは,新宿モノリスビルでやっていましたが,その後,大同生命ビルで,ベトナム航空の事務所の横の部屋でやり,地震のときは帝国ホテルの近くのビルの一室でやっていたと記憶しています。地震のあと新橋駅まで移動して,最後は経済学者の太田聰一さんと二人になり,東京駅まで一緒に移動して,喫茶店で時間をつぶしながら,そのうち太田さんと別れたことを記憶しています。そのとき,私はどうしようとしていたのか,あまり記憶がないのですが,東京駅で野宿を覚悟していたのだと思います。結局,突然,新幹線が動くことになり(アナウンスはありませんでしたが,人の動きでわかりました),切符も買わずに飛び乗って,喫煙車両しか空いていなかったので,タバコの煙に耐えながら新大阪まで行きました。新大阪でのタクシー待ちは長い列でしたが,なんとか朝になるまでに帰れました。あれだけの地震で,よく帰れたものです。東京には数え切れないくらい出張に行っていましたが,あの出張だけは忘れられません。
 コロナの前から東京出張は減らしていて,昨年は1回も行くことがありませんでした。今年も東京に行くことはないでしょう。不思議なことに,最近は,東京やそれより北の地域のニュースを聞いても,別の国の出来事のように思えてきています。少し前までは,東京に対しては,大学生時代以降,長く住んでいたこともあり,身近に感じていましたが,徐々にそれがどこか遠いところのように思えてきたのです。私がすっかりローカルな人間になってしまったということでしょうかね。世間でも,コロナ禍で人が移動しなくなり,中央と地方という図式が変わって遠心力が働き始めているように思えます。政治の世界でも,知事の存在感が高まり,霞ヶ関の脆弱性が気になりますね。東京に良い人材が集まる時代ではなくなり,地方にとどまっている人材をうまく活用していくことが求められる時代に来ているのかもしれません。

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