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2021年3月 8日 (月)

志が違う

 藤井聡太二冠は,長考派の棋士です。将棋の対局では持ち時間に制限があるので,終盤で考えるための時間をとっておくために,あまり序盤から長考しない棋士も少なくありませんが,藤井二冠は序盤から納得ゆく手を指したいために,とくに十分に事前に研究している戦法以外は,一手一手にしっかり時間をかけて指し手を決めています。そのため終盤で時間が残っていないこともよくありますが,彼の美学は,もしそれで時間が足りずに負けても仕方がないということなのでしょう。実際には,時間がなくてもミスをしないから,あれだけの勝率をあげているのですが。
 将棋というのは,序盤や中盤でどれほど有利に進めても,最後に悪手を指すと負けてしまいます。たしか,羽生善治九段も,将棋は最後にミスをした者が負けるゲームと言っていたと思います。これまでの積み重ねが,最終盤の1手のミスでフイになってしまうこともあるのです。それがわかっていても,自分がどのような手を指したかはすべて棋譜として残るのであり,それが恥ずかしいものにならないよう,すべての手について全力で考えているのでしょう(負け将棋で往生際が悪く延々と指すことを「棋譜を汚す」と言ったりもします)。このように将棋に美学を求める棋士の代表が谷川浩司九段ですが,最近の棋士は,どんな勝ちであっても,勝ちは勝ちと割り切って考えている棋士も少なくありません。藤井二冠は,勝負事なので勝ちにこだわることは当然ですが(実は,藤井二冠は,相手のミスを誘発するような手を指す独特の勝負術を兼ね備えています),そのなかでも,自分の手が記録として残ることを意識して,少しでも優れた手を指そうと努めています。とても志が高いのです。
 まだ20歳にもならない若者とはいえ,求道者のように高みを目指していく姿には,すでに神々しいものを感じます。そういえば,藤井二冠と同じ中学生棋士である加藤一二三も「神武以来の天才」と言われましたが,大山康晴15世永世名人にいじめられて(盤上でのことですが),その実力ほどのタイトル獲得記録は残っていません。加藤にとっての大山のような,藤井二冠に立ちはだかる棋士は,現時点ではいない感じもします。ただ,藤井二冠に迫るライバルが新たに登場する可能性はあります。AI時代における将棋界において,藤井二冠がこのままあっさり「天下統一」できるほど,この業界は甘くない気もしますが,どうでしょうか。

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