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2021年2月 8日 (月)

オリンピックとSDGs

 森発言のあと,オリンピックのボランティアの辞退者が続出しているようです。森は森,ボランティアはボランティアで話は別という気もしますが,これは実は,21世紀型社会における新たな価値観を典型的に示しているものだと思います(21世紀型社会と20世紀型社会の対置は,拙著『デジタル変革後の「労働」と「法」』(日本法令)のキーワードの一つです)。
 21紀型社会における価値観とは,共同体への貢献という人間社会の原点への回帰なのです。それは無償のものも含まれ,共同体からの還元という将来の対価が払われればよいという発想(お互い様という発想)に依拠しています。多くの人は生活のためには働かなければならないのですが,せめて賃金労働をしている以外の時間は,共同体のために貢献したいと考えている人が増えているのです。東京オリンピックは,国という大きな共同体の祭りであり,そこに貢献したいという気持ちがあるのです。こうした貢献は,共同体の持続的発展への願いという気持ちも込められています。女性蔑視発言は,自分の周りに必ずいるはずの女性の今後の活躍の可能性を狭めるものであり,共同体の将来にとって有害です。これは人権とかそういうことではなく,よりシンプルに人口の半分を占める女性をないがしろにして,共同体の持続的発展は望めないということなのです。
 株式会社に求められているESGにおけるEの環境も,共同体の持続可能性にかかわります。SSocialには,差別の問題に敏感であることを含みます。ESGをおろそかにする会社に投資家が背を向けるのも,共同体の持続可能性という新たな価値観に対応できない会社には今後の成長を期待できないからです。
 経済的成功を何よりも重視してきた20世紀型社会の(昭和的な)価値観は通用しなくなってきています。オリンピックを経済的な成功と結びつけているかぎり,新しい価値観の国民はついてこないでしょう。経済的成功にこだわりすぎることこそ,共同体の持続可能性を危険にするからです。オリンピックのボランティア辞退は,オリンピックのもつスポーツという営みの純粋さに共感し,共同体の祭りをともに盛り上げようという精神を重視する人が,すでにコロナ感染による健康被害などを気にせず闇雲に開催に邁進する対応から,うさんくさく思えてきていたオリンピックに,最終的に三行半を突きつけたというところでしょう。
 21世紀型社会の価値観は,SDGsネイティブ世代を中心に確実に広がってきています。共同体(その広がりは人類共同体,地球共同体,さらには宇宙にまで広がる可能性もあります)の将来を考え,その持続可能性に危険をもたらすような行為に背を向ける国民が増えてきていることを,政治家はよく知っておく必要があるでしょう。必ず近い将来において,大きな政治変動が起きるでしょう。
 森氏が,オリンピック誘致にこれまでどこまで貢献してきたかなどは,あまり関係ないのです。関係あるのは,森氏やそれを支えている人たちの価値観です。オリンピックに対して,どのような行動をとるか,国民はよくみているはずです。これまであまり顕在化していなかった大きな価値観の断絶が,これから明らかになってくるでしょう。このことが,21世紀型社会への本格的な移行を早めることになるかもしれません。

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