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2021年2月21日 (日)

Uberドライバーの労働者性

 以下の記述はBBCの速報記事をみて書いたものですので,詳細はイギリス労働法の専門家の解説がそのうち出るでしょうから,それを参照してください。
 イギリスの最高裁(Supreme Court2009年に設けられたもの)が,Uberに対して,そのドライバーに,労働者に対して認められている最低賃金(minimum wage)と休暇手当(holiday pay)を支払うよう命じたそうです。ライドシェアサービス(英語では,ビジネスとして行われているものは,ride share ではなく,ride hailingという言葉を使うようです)のドライバーの労働者性は世界的に問題となっていて,このブログでも何度か取り上げていますが,ついにイギリスでも最終的な決着が付きました。この点については,拙著『会社員が消えるー働き方の未来図』(文春新書)でも扱っています。Uberのドライバーについて,「雇用労働者と認定される可能性は十分にある」とし,そこでは「イギリスでは,ウーバーのドライバーの雇用労働者性を肯定した裁判例がある」と書いていました(160頁)。この裁判例が最終審でも維持されたのです。
 最高裁は,記事によると,Uberのドライバーの契約の実態をみると,従属的な状況にあり,自営的就労者(the self-employed)ではないと判断しました。簡単にいうと,Uberに対して,指揮命令下で働かせている以上,使用者としての法的責任を負えとしたのです。
 客に対するサービスを充実させようとすればするほど,ドライバーに対する指揮監督は強まります。そうなると労働者性が肯定されやすくなるのですが,そうなると人件費が高くなり利用価格に転嫁されていく可能性があります。そうなると通常のタクシーと変わらなくなり,このUber的なサービスの優位性がなくなり,衰退していく可能性があります。
 それは仕方ないというのも一つの考え方です。ただ本来,このビジネスモデルは,利用者は安くて快適なサービスを享受でき,ドライバーも隙間時間を活用して収入を得ることができるというウィン・ウィンが成立可能で,そうした社会的な価値のある事業をするプラットフォーマーが正当な手数料を得るということであれば,むしろ望ましいものとして推奨されるべきなのです。ところが,利用者・ドライバー・プラットフォーマー間のバランスが崩れれば,たちまちこのビジネスモデルが揺らいでしまいます。それは社会的にも損失となります。労働法が乗り出してくるようになると,このビジネスモデルは破綻するのです。
 Uberは,この事件は2016年のもので,それ以降,待遇を改善していると主張しているようです。ドライバーが労働者かどうかは問題の本質ではありません。このビジネスモデルを持続するためには,ドライバーが納得いくような仕事の仕組みをきちんと築くことができるかがポイントとなります。労働者を雇用するビジネスであれば労働法をきちんと遵守していれば文句は付けられません。しかし労働法の外で人材を利用する場合には,プラットフォーマー自身が,労働法に代わるような,きちんとした社会的に受け入れられる働き方のモデルを構築しなければなりません。これはギグエコノミーの労働者全般に関係する問題です。この努力を怠ると,労働法の規制を潜脱しているブラック企業という汚名を着せられてしまいます。この業界に参入する企業は,かなりの覚悟をもって挑まなければならないのです。

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