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2021年2月18日 (木)

留学の効用

 私は,ムーブレスな生活ができることの価値を推奨していますが,移動して得られる価値があることを否定しているわけではありません。通常の情報であれば,多くはICTをつかって伝達が可能ですし,梅棹忠夫のいう「体験情報」も,今日では疑似体験でかなりの情報が得られるようになっていますが,それでも留学して得る「体験情報」は,そう簡単には疑似体験で代替できないでしょう。自宅留学のようなことは,ありえないわけではないのでしょうが,私の場合で言えば,例えばMilanoに到着して,街の匂いを感じると,若いときの思い出がよみがえるのであり,これはまさに体験しなければ得られないものです。
 20代にMilano国立大学に留学できたことが,その後の自分の人生に大きな影響を及ぼしたことは確実です。もちろん日本にいてもイタリア法の勉強のかなりのことはできたでしょうが,そういう勉強の面ではなく,重要なのは人生観や価値観を大きく揺るがすことになったことです。若いときに留学をしていなければ,まったく違った人生になっていたでしょう。今日の留学と違って,私の20代のときの留学はインターネットは使えず,電話も高額で,海外に行ってしまうと,日本との通信手段はほぼ絶たれました。孤独ななか,新しい言語を覚えながら,まったく生活習慣も違うなかでサバイバルするという経験をして,成長しない人はいないでしょう。留学をして後悔している人というのは,あまり聞いたことがありません。留学それ自体が目的どおりにいかずに失敗した人はいるかもしれませんが,失敗しても留学したこと自体は良かったと思う人がほとんどでしょう。
 ところが現在,コロナのせいで留学がストップしてしまっています。大学の若い同僚も昨年4月以降,留学に行くことができなくなってしまっていますし,行っていた人も早々に切り上げて帰ってきています。これは,とても気の毒です。このように若い研究者が留学の機会を逃していくのは,国家的損失かもしれません。もちろん学生の比較的短期の留学も,もしストップしているのなら,これも大きな損失です。
 現在の留学は,私のときのように日本から完全に切り離されるということはないですし,いまの若い人は留学途中に帰国するというようなことを結構やっています。私が留学したときは,親の死に目にも会えないだろうという覚悟で行っていましたが,留学の意味もずいぶんと違ってきているのかもしれません。それでも日本から離れることには十分な意味があると思います。できるだけ若いうちに,完全に日本から切り離され,日本人とつきあわずに最低1年,理想は2年程度,海外に住む機会が得られれば,なおよいでしょう。そのような経験をするかどうかで,人生が大きく変わるはずです。
 例の森発言は,森氏が個人的に女性のことをどう考えようが自由ですが,国際的な場で,この種の発言がどのように受け止められるかは,留学を少しでもしていれば,肌感覚でわかるのです(森氏は,国際的な場で発言したつもりはないのでしょうが,オリンピック関係ということだけで,国際性を帯びています)。国際的な組織や公的な組織の「長」は,心にもないことでも,堂々ときれい事を語れるような人でなければなりません。男性であれば,少なくとも公式の場では,女性を敬い,障害者に配慮し,下品な話題を口にしないということでなくてはなりません(実際には,親しい人だけのプライベートな空間での落差に驚くことはありますが,そんなことは関係ないのです。個人的な印象では,女性に対する態度で,本音のレベルでは,西洋人が日本人より紳士であるという感じはしません。もちろん個人差はありますが,日本人女性はくれぐれも騙されないように)。それと自分の意見をきちんと語れる人でなければなりません。紙を読んでミスをしないようにしゃべるというのは,子どものやることです(よほどの重要な会議は別ですが)。まさに国益のためにも,こういうことがわかっている日本人を増やし,2度と森発言のようなものが世界中に発信されることがないようにしてもらいたいものです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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