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2021年2月17日 (水)

藤井二冠の高校中退に思う

 将棋の藤井聡太二冠(王位,棋聖)が,高校を退学していたそうです。もちろん辞めさせられたわけではなく,自ら辞めたそうです。昨年の6月から7月にかけては,タイトル戦が続いていて,とても学校に行くどころではなかったことでしょう。中学生でプロになって,高校に進学する必要があるかということさえも,当初は悩んでいたようです。お母さんは東大に行くことを望んでいるという記事もあり,それをネタにして,原稿を書いたこともあります(「雇われない働き方」ジュリスト1529号)。しかし,藤井二冠は高校に行く必要はなかったでしょうし,ましてや大学進学の必要もないでしょう。多くの人が高校や大学に進学するのは,そこで何かをほんとうに学びたいからではなく,会社員になるためのパスポートを得るためです。すでに歴史的な大棋士になりつつある藤井二冠にとっては,不要なパスポートでしょう。
 棋士の多くは生涯一度もタイトルをとらないまま引退します。ましてや同時に二つのタイトルをとっている棋士は,ほんのわずかです。現役では,羽生善治九段,谷川浩司九段,渡辺明名人(現在3冠),豊島将之(現在2冠),久保利明九段,佐藤康光九段,森内俊之九段,高橋道雄九段,南芳一九段,永瀬拓矢王座だけです。歴代でも,これに大山康晴第15世永世名人,中原誠第16世永世名人,升田幸三実力制第四代名人,米長邦雄永世棋聖,ひふみん(加藤一二三)が加わるだけです。そうそうたるメンバーです。ちなみに,三冠となると,羽生,谷川,渡辺,豊島,森内,大山,中原,升田,米長だけとなります。四冠となると,羽生,谷川,大山,中原,米長だけです。このあたりとなると,完全にレジェンドです。藤井二冠は,三冠・四冠への挑戦に向けて,この春から夏に向けて,まずは二冠の防衛と,王座や叡王あたりを狙いにいくはずです。順位戦でも「鬼の住処」と呼ばれるB級1組で1年をとおして戦うことになるので,学業との両立は難しいでしょう。
 彼の棋士としての成功はほぼ約束されたものなので,高校を卒業したり,大学受験をしたりする意味はないのでしょう。それに勉強をしたくなれば,別に大学に行かなくても,ネット上でいくらでも勉強する機会はあります。
 最近の棋士には大学卒も結構いて,なかでも棋王戦で渡辺棋王とタイトル戦を戦っている糸谷哲郎八段のように,大阪大学の大学院の修士を終了している高学歴者もいます。糸谷八段のように,華やかな才能を感じさせる秀才肌の棋士は,大学や大学院で広く知識を深めることでそれを将棋に活かしていく道もあるし,ひょっとすると将来は将棋以外の道でも能力を発揮する可能性があります。一方,藤井二冠は,勝負術も兼ね備えた職人肌の天才棋士で,将棋で大仕事を成し遂げられる人でしょう。
 藤井二冠のような生き方は,普通の人にはまねができないような気もしますが,そうでもありません。AI時代においては,AIに負けない技能を習得するというキャリアプランを立てなければならないのですが,そうなると,大学には何のために行くのかということを,よく考えておかなければなりません。大学を出ていれば,会社員へのパスポートが得られるから,というかつての常識は,急速に通用しなくなってきています。いまの1年生あたりは,たんに大学を出るだけでは就職できないかもしれません。首尾良く企業に正社員として採用されても,それだけでは,おそらく幸福な職業人生を送ることは難しいでしょう。
 オンライン学習が一般化して,勉強はいくつになってもできるし,学歴はあまり意味がなくなる,という時代になったときには,藤井二冠のように,まずは自分のスキルを磨くためにそれに専念するという生き方こそが正しいものとなるように思えます。もちろん彼の長い人生において,今後,将棋以外のことを目指すときがくるかもしれません。ひょっとしたら純粋に学問をしたいと思うときだって,来ないとはかぎりません。大学には,そのときに行けばよいですし,そういう人こそ,大学に来て欲しい人たちなのです。

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