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2021年1月 6日 (水)

緊急事態宣言と教育

 学生にとって,大学入試が人生にとってとても大事なものであることはよくわかります。ただ,デジタル社会の時代の大学入試の意味は,少し冷静に考えてみる必要があります。世間ではまだ良い大学に行かなければ良い人生を送れないと思っている人もいそうです。そうした時代もありましたが,それは過去のものとなるでしょう。良い大学の定義も変わるでしょう。偏差値などに支配されることもなくなるでしょう。勉強というのは,自分の人生の目的を実現するためにするものであり,他人に評価されるものではありません。そう遠くない将来に,小学校ではAIによって学習カリキュラムをつくってもらって個別にアダプティブラーニングをしていくことになるでしょう。その段階を終えると,自学が基本となります。もちろんその際もAIを活用するのが基本となるでしょう。大学を出ても仕事がみつかるわけではなく,むしろ早めに職業を意識した自学を始めたほうがよくなります。棋士の藤井聡太二冠(王位・棋聖)の職業人生は,AIを活用しながらスキル(棋力)を高めるという形で展開されています。彼が大学に行く時間がもったいないと考えたのは正しい選択でしょう。藤井さんが天才だから大学に行かなくてもよいというのではなく,藤井さんですらそうだから,天才じゃない普通の人こそ,大学に行かずに,早く手に職をつけるべきなのです。大学は高度の研究を行う研究者養成機関に特化するようになり,普通の人はAIを使いながら個人で学習していくというのが近未来の教育のあり方です。
 ただ,ほんとうにそうなるためには日本政府が,きちんとした教育政策を進めてくれなければ困ります。もしそれができなければ,日本からの人材流出が始まるでしょう。石戸奈々子『日本のオンライン教育最前線―アフターコロナの学びを考える』(2020年,明石書店)を読んでみてください。日本のデジタル教育の遅れがわかり,ひょっとしたら子どもをもつ親は日本から脱出したくなるかもしれません。先日,かつての教え子で弁護士として活躍している子育て中の人から,小学校教育への不満を聞きました。おそらく小学校の先生は懸命に頑張っているのでしょうが,技術革新のスピードが速くて,それを小学校教育のレベルにまで反映させることが難しくなっているのではないかと思います。石戸さんの本を読むと,わが子にこんな教育を受けさせたいという具体的なイメージが浮かぶと思いますが,現実とのギャップは大きいのかもしれません。
 そんななか,緊急事態宣言が出ても学校は休校にしない(つまりオンライン教育はしない),大学入学共通テストも予定どおり実施するというニュースが飛び込んできました。小中高はオンラインでやる準備ができていないことが問題です。大学入試はいまさらどうしようもないところもありますが,もっと事前にプランBを準備しておくべきだったような気もします。飲食と違い,試験を受けるだけだから感染リスクが低いというのは,そのとおりでしょう。でもそれは比較の問題で,試験場となる大学のキャンパスは,見知らぬ人が多く集まるので,感染リスクは普通より格段に高まるでしょう。教室などでは感染対策がとられるでしょうが,大学に移動する途中の駅,電車やバスの中では,一時的ですが人が密集します。無症状だけれど感染しているかもしれない若者が多く移動するので,近隣の住民にとっては脅威です。大学入試をやるのはよいのです。でも大臣は感染対策を万全にしてやるから大丈夫と言うのではなく,もし何かあれば自分が全責任を負うから,受験生のために大学入試をさせてほしいので,国民の皆さんご理解くださいと言うべきではなかったかと思います。
 数年後に,大学入試の重要性を過大に評価して,感染リスクとの比較衡量を誤ったという歴史的評価を受けなければよいなと心から思います。ほんとうに,何も深刻なことが起こらないことを願っています。

 

 

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