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2021年1月24日 (日)

4つのスイッチ

 今朝のNHKの朝のニュースで,フェイク情報対策の授業についての報道がされていました。4つのスイッチが重要ということでした(「想像力のスイッチを入れよう」リライトにこめた思い | 下村 健一(ジャーナリスト) | 作者・筆者インタビュー | 小学校 国語 | 光村図書出版 (mitsumura-tosho.co.jp))。4つのスイッチとは,「まだ分からないよね」,「事実かな 印象かな」,「他の見方もないかな」,「何が隠れているかな」というものです。私がブログで情報発信している場合にも,読者は,こういうスイッチをもって読んでいることを前提としていますので,無批判に読まれると困ります。
 少し次元が異なりますが,大学の授業も情報提供の一種なので,やはり批判的に聞いてもらわなければならないのですが,学生は必ずしも批判能力があるわけではないので,そこは丁寧に教えなければなりません。法律の授業では,客観的なものは何で(法律の条文や判例),何が解釈の余地のある「論点」で,何が通説で,何が「私の」見解か,ということを明らかにして教えています。批判能力のない学生は,ついつい先生の言うことが,客観的で通説と勘違いしてしまうからです。
 旧労働契約法20条の例でいうと,私が授業でこの規定は訓示規定であると無条件にいうと,学説はそれを信じてしまいます。「私は,旧労働契約法20条は訓示規定と考える。その理由は・・・である」と理由付けを述べ,通説はなぜ私見と違うのかを説明し(その説明も私の解釈であることを明示する),私はなぜ通説と違うことをいうのかを説明し,そして君たちはどう考えるかを問うということになります。ただ先生が言うことを疑えというと,かえって困ってしまう学生も多いです。大学とは,そういう学生にも,自分で批判的に考えることの重要性を教え,「知の体力」を鍛える場であるといえます(もちろん試験の答案は,私の説で書いていなくても,評価にはまったく関係ありません)。
 ただ法科大学院は,これとは違います。時間の関係もあり,判例が何かということだけを解説していき,自説はできるだけ言わないことにしています。それに法科大学院はいまやアカデミックなことを教える場ではなく,試験に合格するために必要なことを効率的に教える場です。いまの法科大学院の学生は,それを求めているのであり,教師としてはそれに応えなければなりません(学生からは,水町先生の教科書の○○の部分の意味を教えてくださいと聞かれることがよくあるのですが,さすがに私は水町先生でははないからよくわからないので,自分で考えてください,と答えることが多いです)。私が提唱しようとしている人事労働法は,おそらく法科大学院では教えてはならないのでしょうね。
 ところで,昨日のブログで,「若者がLINEスタンプをよく使っている」と書いたところ,それに対して異議が唱えられました。読者に「他の見方もないかな」スイッチが入ったということかもしれませんが,それよりも,もう少し次元の低い「単なる事実誤認」を私がしていたにすぎなかったのかもしれません。こういう情報を流しているようではいけませんね。どうも事実は,若者はもうLINEスタンプから離れつつあるということのようです。でもこの「~のようです」という情報も,「事実かな,印象かな」「他の見方もないかな」スイッチを入れて読んでください。

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