« 自宅からWebセミナー | トップページ | 書籍の紹介 »

2020年9月 5日 (土)

師弟の良書

 滞っている書籍紹介ですが,今回は師弟の2冊をまとめてやります。まずは弟子のほうから。土岐将仁『法人格を越えた労働法規制の可能性と限界―個別的労働関係法を対象とした日米独比較法研究』(有斐閣)です。彼の助教論文をまとめたものです。労働法上の責任を,労働契約上の使用者だけに限定していては不十分であるという問題関心から,どの範囲の主体まで,どのような理論的根拠で責任を負わせることができるかということを追求したものです。私は,この研究を,どちらかというと,規制手法の多様化という問題に引きつけて理解していたのですが,彼は規制主体の問題として正面から取り組んでいます。最近,私は拙著『デジタル変革後の「労働」と「法」』(日本法令)で触れているように,雇用主である企業,すなわち法人とはどういう存在であるのか,営利とは何かという問題に関心をもっており,これとESGSDGsといった最近の議論を組み合わせて,企業の社会的責任(CSR)や企業倫理的な側面から企業を捉えて労働法の規制を見直す必要があるのではないか,という問題意識をもっています。これを理論的に突き進めていけば,彼の研究と重なっていくことになりそうです。これからは,企業が労働者に責任を負う根拠は,「労働契約上の使用者であるというだけではないよね」,「サプライチェーンなどの従業員も見なければならないし,でもそれはなぜなの?」ということです。これは労働法の理論研究としては最難度のものだと思いますが,この領域をさらに突き進んで大きな成果を出してもらいたいです。若手は一回大作を書いてしまうと,そこで燃え尽きて,伸び悩んでしまう傾向もあるので,彼にはぜひ大きな飛躍を期待したいです。いずれにせよ,労働法のみならず,法学の大きな転換期を象徴するような業績が登場したことを,心より喜びたいです。
 師匠の荒木尚志先生の『労働法』(有斐閣)は,第4版となりました。最新の改正内容もしっかり紹介されていて(当然でしょうが),私はこの本で労災保険法の最新の改正内容なども勉強させてもらいました。全体的には,妙に詳しい部分とあっさりしている部分とがあって,それをバランスが悪いという人もいるかもしれませんが,これもこの本の個性だと思います(年休の出勤率要件というややマイナーな論点について表まで作って自説をしっかり説明されています)。やっぱり本には個性が必要ですよね。
 解雇事由について,荒木説が,菅野説の限定列挙説への転向を横目に,例示列挙説を維持しているところも興味深いです。この論点について,私は以前は例示列挙説だったのですが,解雇事由を就業規則で明記することを求めるガイドライン方式を提唱し,それと一貫させるために限定列挙説の立場をとっています(拙著『解雇改革』(中央経済社)の175頁以下)。そして,いま執筆している本では,行為規範を重視するという発想から,限定列挙説をより明確に打ち出すつもりでいます。私の限定列挙説は,他の限定列挙説とは異なり,就業規則の解雇事由以外の解雇はできないものの,解雇事由に該当しているかぎり,解雇は原則として有効となるというものです。権利濫用論に頼りすぎるのは行為規範としての明確性を損なうのでダメだという立場です。このあたりは単なる解釈の違いというより,労働法の規制手法の根本にかかわる話であり,今後の論争点となるかもしれません。
 細かい解釈論争よりも,常に広い視点で大きな議論もやらなければいけない時代です。荒木先生が,土岐君を指導して,ああいう立派な業績を出させたのも,大きな議論の重要性を十分に認識されているからでしょう。

 

 

 

 

« 自宅からWebセミナー | トップページ | 書籍の紹介 »

法律」カテゴリの記事