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2020年9月の記事

2020年9月30日 (水)

デジタル政策はデジタル庁で

 2021年度の予算の概算要求の受付は,今日が締め切りでした。報道によると,デジタル関連の予算の要求が急増したということでした。デジタルと関連付ければ予算が取れそうだということで,それぞれの役所で,とにかくデジタルに関連する要求を出したということでしょうかね。確かに政府がようやくデジタル改革に乗り出すということを受けて,各省庁も自分たちのできる範囲でデジタル関連政策を進めていこうとするのであれば,たいへん素晴らしいことです。しかし,各役所は本気でデジタル化に向けた政策を進めていくでしょうか。予算をとるだけの作文をしただけで,あとは知らぬということにならないでしょうか。マイナンバーカードが普及していないと言いますが,私はそれは総務省が本気で国民に普及させようとしてこなかったことも一因ではないかと考えています。そう思ったのは,私が住民基本台帳カードからマイナンバーカードに乗り換えることに関して,ちょっと不明な点があったので質問をしたときの相手の対応が悪すぎたという経験をしたからです。それ以来,個人的には,この役所のことを信用していません(役所の皆さん,相談窓口をつくったときには,きちんとした人を配置しましょう。困ったときに親身になって相談に乗ってくれた組織は,好感度大です。やる気のない若手職員なんかを配置すればロクなことがないですよ。ちなみにソニー銀行に,カードのことで問い合わせたときには,私の勘違いによるつまらない質問だったのですが,とても丁寧に対応してくれたので,このカードはずっと持っておこうと思いました)。
 菅首相は縦割り行政を打破すると言っているのですから,デジタル関連の予算要求も縦割りではなく,せっかくデジタル庁を新設したのですから,そこで統一的に政策を進めていったほうがいいのではないでしょうか。各省庁で勝手にいろんなことをやり始めると,また同じことの繰り返しです。行政のデジタル化が進まなかったのは,各省庁がバラバラにこの問題に取り組んできたからでしょう。菅首相が本気でデジタル改革をするかは,デジタル庁にどれだけの権限と予算を与え,他の省庁との重複を避けて税金の無駄遣いを回避し,本当のデジタル改革を迅速かつ効果的に進めるために税金を使えるかにかかっていると思います。

2020年9月29日 (火)

携帯料金

 NTTがDocomoを子会社化するということで,Docomoの株が急上昇してストップ高です。菅政権の携帯電話の料金の値下げ宣言が影響しているのでしょうかね。携帯電話は誰でも使っている必需品で,その料金を引き下げるのは,いかにも国民受けしそうな政策です。総務大臣も1割程度の引下げじゃダメとか,数値まで出して,目に見える結果にこだわっているようです。ただモノやサービスの料金を,政府が無理やり引き下げさせるというのは,ちょっと気持ち悪いところがあります。政府は,大手3社が不当な利益を貪っているという印象を与えています。実際にそのような面があるのかどうか,私にはよくわかりません。ただ,日本の携帯サービスのクオリティが高いことは事実であり,その対価として高い料金を支払っているのであれば,それは高すぎるとは言えないわけです。単に海外と比較した数字だけを挙げるのはごまかしです。同じクオリティのサービス間での比較をしなければなりません。
 数値目標を示すのは,政府の本気度を示しているようではありますが,それにごまかされてはいけないと思います。なぜ競争が促進されないのか,楽天がなぜなかなか追いつけそうにないのか,それは何か競争制限的な事情があるからか,それとも企業の実力によるものなのか。実力によるものであれば,政府が介入すべきではないでしょう。携帯電話は国民の基本的なインフラであるとして,サービスを国有化するというであれば,また話は別ですが,それはそれでまた多くの問題が起こるでしょう。
 菅政権というのは,実質的には安倍政権と同じです。というか安倍政権が,実は菅政権だったのかもしれません。安倍政権の抱えていた問題はそのまま菅政権の問題ともいえます。携帯電話の問題は、前政権と同様,この政権も強い権力志向をもつことを示すものではないかが心配です。前例主義の打破とか縦割り行政の打破とかは,私も共感するところ大ですが,目指しているところが違うような気もします。まずは雇用政策において,どのようなことをやっていくのか。注意深く見守っていきたいと思います。

2020年9月28日 (月)

半沢直樹

 久しぶりにストーリー系の原稿の依頼があったこともあり,会社を舞台とした,いまや国民的ドラマといえる「半沢直樹」のことは気になっていました。昨日の夜に,ビデオにとっていたものも含めてまとめて見ました。ストーリーを楽しむだけでなく,それ以上に役者のキャラが濃すぎて,むしろそちらのほうで楽しませてもらった感じです。「労働」という視点からは,違法な行為を上司に強要されるなかで,公益通報者保護法的な解決ではなく,自力で解決していこうとするスーパー従業員の物語といえるでしょう。こういう自力の解決ができるのが理想ですが,普通の人はできません。その現実離れしているところが,逆に夢をみさせてくれるということで,それがこのドラマがヒットした原因かもしれません。それに,銀行という組織の権化のようなところの社員である半沢が,良き理解者や仲間を得て自分の信念を貫くという生き方が,コロナ禍で閉塞感をもって生活している人たちにとって,何か希望を与えるような意味があったのかもしれません。
 ただ若い人が「半沢直樹」をみると,銀行で働きたくないなと思ってしまうのではないでしょうか。それと,「土下座」がポイントとなっているところも,ちょっとイヤですよね。謝罪は形で示せということです(榎本明が演じる箕部幹事長が,これを日本古来の謝罪方法と言っていましたね。そして最後に自分も形だけやって逃げていきました)が,それをやれば水に流すというのは困った解決方法であり,令和時代にはなくなってほしいものです。そういえば政治家も,選挙の最終盤になると,接戦の場合などは土下座をするそうですが,土下座をして政策を伝えるのではなく,「必死の思い」だけを伝えて当選した政治家にまともな政治ができるとは,とても思えませんね。
 ところで,正義を追求する半沢が最後に勝つという流れは,拙著『労働法で人事に新風を』(商事法務)において,主人公の戸川美智香が,ベテラン専務とやりあいながら,人事の正義を貫いていくというストーリーと,ちょっとだけですが,通じるところがあるように勝手に思っています。誰か,あの本のストーリーを原作にしてドラマ化してくれないでしょうかね。結構,面白いドラマとなると思うのですが。

2020年9月27日 (日)

神戸労働法研究会

 神戸労働法研究会も,オンラインでの会議がすっかり定着して,毎月コンスタントに開催しています(といっても,報告者を確保するのには,やや苦労しているのですが。研究会のメンバーの皆さん,ぜひエントリーをよろしくお願いします)。昨日(9月26日)も研究会を開催し,いつものようにいろんなことを勉強することができ,大変有益でした。最近では,解釈論のことをあまりやっていない私にとって,この研究会は頭をリフレッシュするためにとても貴重です。
 今日の研究会では,九州惣菜事件・福岡高裁判決と朝日建物管理事件・最高裁判決の報告を聞きました。前者は,私が『最新重要判例200労働法(第6版)』(弘文堂)にも掲載している比較的新しい裁判例ですが,神戸大学の櫻庭さんの報告を聞いて,改めてしっかり考える機会が得られました。私個人としては,やや使用者に厳しい判決ではないかという印象をもっています。定年後再雇用において,いったいどのような賃金設定なら許されるのかについての判断基準がないなかで使用者は賃金決定をしなければならず,これで慰謝料100万円というのは,私が使用者ならちょっと納得できないかなと思います。判決が挙げている不法行為の根拠で十分かは,研究会でも議論となりましたし,その他,高年法の趣旨や9条1項の解釈のあり方といった基本論点,高齢者の処遇と人事管理との関係,労契法20条との関係など,多くのことが議論できました。この判決については,秋の日本労働法学会でも採り上げられて,櫻庭さんがコメントされるそうで,そこでどのような議論がされるか楽しみです。
 もう一つの朝日建物管理事件・最高裁判決(最1小判令和元年11月7日)は,北海道大学の池田君に報告してもらいました。オンラインですので,北海道にいようが,沖縄にいようが,どこからでも出張なしに参加することができます。みんな自分の好きなところから研究会に参加できるのが,オンライン会議の魅力ですね。コロナが去っても,少なくとも私は,リアル会議に戻すつもりはありません。
 ところでこの最高裁判決は,最初に読んだときには,何が論点なのかよく理解できませんでした。池田君のいつもの簡にして要を得た報告を聞いて,ようやく理解できました。
 第1審は,有期労働契約の中途解雇について労働契約法17条1項の「やむを得ない事由」が認められないとして,これを無効とする判決を下したのですが,この判決の口頭弁論終結時までに有期労働契約の期間が満了していた事実については考慮せずに,労働者を勝たせていました。第1審は,使用者が解雇以外の労働契約の終了事由を主張しない以上,原告である労働者は,労働契約上の権利を有する地位にあるというべきである,としたのです。
 控訴審で,使用者側が,ようやく有期労働契約は期間の満了により終了したという主張を追加したのですが,労働者はこれを「時機に後れた攻撃防御方法」として却下すべきであると主張し(民事訴訟法157条1項),裁判所はこれを認めて,第1審の判断を結論として維持し,やはり期間の満了による雇用の終了について判断することなく,使用者の控訴を棄却しました。第1審の訴訟提起時が平成26年10月25日で,訴訟係属中の平成27年3月31日に契約期間が満了となり,なぜか口頭弁論終結は平成29年1月26日と2年近く先になるという,やや異常な審理進行が控訴審の判断に関係していたかもしれませんが,よく事情はわかりません。
 とにかく本最高裁判決は,第1審の口頭弁論終結時において,契約の期間が満了していたことが明らかであるとし,第1審の裁判所は,この事実をしんしゃくする必要があったし,控訴審では,第1審がしんしゃくすべきであった事実を使用者が指摘することが時機に後れた攻撃防御方法の提出であるということはできないし,また時機に後れた攻撃防御方法に当たるとして却下したからといって,その事実をしんしゃくせずに判断できるものでもないとして,原判決を破棄し,原審に差し戻しました。要するに,期間満了で終了したことは明らかな事実なのだから,裁判所は当事者の主張に関係なく,その事実をしんしゃくしなければならないということです。また,この事件では,労働者が,中途解雇が「やむを得ない事由」がないものと主張する前提として「期間の定めがあること」を主張しているので,主張責任のある当事者が主張しなくても,どちらかの当事者が主張している事実は判決の基礎にできるという「主張共通の原則」も関係してきます。
 第1審で,使用者が,仮に中途解雇が無効であるとしても,期間の満了によって労働契約が終了していたという予備的主張をなぜしなかったのか,また裁判所がなぜこれを争点としなかったのかは謎です。また,控訴審が,使用者によるこの事実の指摘を時機に後れた攻撃防御方法として却下した理由も不明です。いずれにせよ,最高裁は,第1審にも,控訴審にも,それぞれ手続上の問題ありとしたのです。
 このように本判決は訴訟手続上の論点にかかわる事件ですが,実体法上の問題と関わっている可能性もあります。研究会の最後のほうで議論になったのは,労働者が有期労働契約の中途解雇の有効性を争っている訴訟において,契約期間満了を理由として雇用の終了を認める判決を下すことに否定的な,菅野和夫『労働法(第12版)』(弘文堂)の343頁の記述についてです。
 池田君は,依頼元との関係で,手続法的な論点を中心に評釈を書かれるようですが,本件の背景に,実体法上の論点が関わっているとしたら,そこにはミステリー的な興味をそそられます。差戻審では,有期労働契約の中途解雇と雇止めを絡めた新たな判例が出てくる可能性もあります。そうなると,たんに手続的な瑕疵を指摘して控訴審(ひいては第1審)に「ミスを改めよ」と述べただけにすぎないような本判決が,労働法の発展に大きく貢献したなんてことにもなるかもしれません。

2020年9月25日 (金)

子のために

 SDGsは,何でも盛り込める便利な言葉ですが,私は自分たちの子や孫,さらにその子孫のための責任という意味を盛り込んでいく必要があると考えています。拙著『デジタル変革後の「労働」と「法」』(日本法令)の冒頭に挙げた「三つのメッセージ」のなかに,グレタ・トゥンベリさんの言葉を引用したのも,環境の重要性を私たちはもっと真剣に考える必要があると考えたからです。
 私も,まだ年齢的に,自分のためという欲望を捨てることはできないですが,若いころよりは,子孫のために良い環境をつくるという欲望がはるかに強くなり,いまは後者のほうが上回っています。
 労働法という観点からではありますが,少しでも未来のために良い環境をつくるための貢献をするというのが,私のやるべき労働(共同体社会のための社会貢献)だと思っています。社会のなかには私と意見や価値観の違う人がいるのは当然ですが,そうした人たちを,Trumpのように相手を罵倒して否定するというのではなく,異なる意見や価値観をもつ人も,それが各人の熟慮された知的産物であれば敬意を表しながら,しかし自分の信じるものについても,できるだけ多くの人に納得してもらうよう目指すということでなければなりません。
 今日もまた日本中で多くの子どもが生まれていることでしょう。その誕生の重みをかみしめながら,日々私たちは,自分の果たすべき責任を考えていかなければならないのだと思っています。

デジタルも環境も

 社会が急速に動くときには,いま大きな問題と考えられていることが,すぐに過去の問題となってしまうということが起こります。私がよく言ってるのは,正社員と非正社員の格差問題は,私たちにとっての最重要課題ではなく,これからはデジタル技術に乗れるかどうかというデジタルデバイドが真の格差問題だということです。このことは,日本経済新聞の経済教室でも2回書きましたし,拙著でもしつこく書いているので,またあの議論かと言われるかもしれませんが,とても大事なことです。日本はデジタル後進国ですが,一部の国民はデジタル技術を駆使しています。行政がデジタルからほど遠い超アナログ的な世界に安住し,本格的にデジタル改革に取り組んでこなかったことの弊害は,もちろん行政サービスの非効率性を生んだということもありますが,それだけでなく,日本社会全般にデジタル技術などは使わなくても何とかやっていけるという認識を広めてしまったことにあると思っています。そのことが結局,多くの国民がデジタル技術の活用において世界から遅れをとってしまい,様々な不便を経験することにつながっています。ただ,この不便は十分に自覚されておらず,実際にはアジアの近隣国の人や国内の一部の国民との間にすでに大きな格差があることの自覚もないところが,問題の深刻さを示しています。
 「私はちょっとアナログ人間なので,こういうのは苦手で」と言いながら,全然悪びれた感じがない人がいますが,徐々にそういう人は見捨てられていくでしょう。前に菅内閣には期待しないと書きましたが,現時点では,デジタル改革の機運をつくっていることを,素直に評価したいです。そして,今度こそ,行政もかけ声だけでなく,全職員が本気でデジタル改革に取り組んでもらいたいです。まずは政府関係の会議はすべてオンライン,ペーパーレスでやってみてください。閣議もオンラインでやるところを放映できれば,本気度が伝わるでしょう。
 そういう私は,デジタル技術を駆使しているとはとても言えないのですが,デジタルでできることはデジタルでという気持ちで日々の行動をしており,そしてそのことのメリットは十分に実感しています。ただ,環境重視というのも,もう一つの重要な行動準則なので,デジタル関連の「モノ」は必要最小限しかそろえず,私の生活のデジタル化には限界があります。ほんとうは,デジタル技術をつかって環境に優しい,というのが理想で,そういうものに出会えれば,積極的に導入していくつもりです。

2020年9月23日 (水)

GAFAと法律家

  私は独占禁止法のことは素人ですが,今朝の日本経済新聞で紹介されていたLina Khanの名前は聞いたことがありました(https://r.nikkei.com/article/DGXMZO63847570V10C20A9TL3000?disablepcview=&s=5)。法律家で,しかも若くて,ここまで話題になる学者というのは珍しいのではないでしょうか。記事によると,「現在の反トラスト法の運用では,短期的な消費者の不利益,つまり価格のつり上げがなければ違反とみなされにくい。しかしカーンは,それでは現代のオンライン経済での市場支配力を捉えることができないと言う。物流網の独占や膨大なデータにより競合相手を押しつぶすアマゾンの手法は小規模ビジネスや起業家,社会全体に損害を与え,たとえ低価格を実現していても規制すべきだとの主張だ」と紹介されています。
 彼女の主張が,どこまで競争法の主流の議論に影響を及ぼすのかは,よくわかりません。ただ,社会において何らかの均衡が崩れた状況があるとき,そこに反応することこそ法律家の本来の仕事であるということを考えると,GAFAという独占的な影響力をもつ支配的存在に対して,何らかの態度決定をすることは,法律家である以上,当然に求められることと思われます。私自身は,GAFAを,企業の公共性という観点から考えられないかと思っています。例えば企業も社会の一員である以上,他の社会の構成員に影響を与える行動は,社会的責任(CSR)という観点からの評価にさらされるわけです。そのようにみたとき,アマゾンのビジネスモデルはどう評価できるのか,ということが問題です。それは競争法の問題なのか,会社法の問題なのか,それとも企業倫理の問題なのかなどはさておき,そういう分類を乗り越えたinterdisciplinaryなアプローチが必要といえるかもしれません。
 ところで労働法はこの問題にどう関係しているのでしょうか。企業の手足になって現実に動いているのは労働者です。企業に何か問題があるとき,労働者もそれに加担しているのです。労働者は単なる第三者ではありません。CSRを実現するのは,企業の一員である労働者の責任でもあるし,他方,労働者がCSRを実現しようとするときに,企業がそれを阻止することは制止しなければなりません。後者のための仕組みの一つが,公益通報者保護法です。 

棋界情報

 最近ではNHKのニュースでも将棋の対局結果を普通に報道するようになっていて驚きです。今日はタイトル戦でもないのに,王将リーグの初戦の羽生善治九段と藤井聡太二冠の対局を詳しく報道していました(羽生九段勝ち)。
 この間,名人戦は,藤井聡太に棋聖をとられて二冠に後退していた渡辺明が,豊島将之から悲願の名人位を奪取しました。渡辺名人の次なる目標は永世名人ですが,藤井聡太が名人になるまでに5期達成できるかが注目です。
 渡辺の名人奪取は,最近の充実ぶりからすると当然のことであり,藤井にタイトルを取られたのは,藤井が強すぎたためで,決して調子は落ちていませんでした。一方,豊島のほうは,永瀬拓矢との叡王戦での死闘があり,かなり消耗していたこともあって調子が落ちているような感じでした。とはいえ,豊島も,叡王戦は,最後は2連勝してタイトルを奪取したのは見事でした。これで将棋界は,現在,渡辺三冠(名人,棋王,王将),豊島二冠(竜王,叡王),藤井二冠(王位,棋聖),永瀬一冠(王座)という勢力分布で,この4人が4強として,当分はタイトル戦が戦われると予想していました。ところが,竜王戦は,まさかと言ったら失礼ですが,丸山忠久九段が藤井聡太二冠に勝ってしまい,挑戦者3番勝負では,その丸山九段に羽生九段が21敗と勝って,しばらくタイトル戦から離れていた羽生九段がついに竜王戦に登場することになりました。2年前に広瀬章人八段に取られた竜王を奪回して,それ以来無冠である羽生九段が通算タイトル100期の偉業を達成するかが注目です。立ちはだかるのは豊島竜王です。もう一つの注目は王将戦です。渡辺王将に対して羽生九段,藤井二冠,豊島二冠,永瀬王座に加え,佐藤天彦九段,広瀬八段,藤井聡太にせっかくのタイトルを4連敗で奪われてしまった失意の木村一基九段というメンバーで王将リーグを戦います。渡辺三冠も含め4強が勢揃いで,現時点の最強棋士を決定するにふさわしいメンバーがそろいました。現在の調子からすると,藤井二冠,豊島二冠,永瀬王座が有力な挑戦者候補ですが、今日,藤井二冠は羽生九段に敗れ,また藤井二冠は,豊島二冠を公式戦5連敗と大の苦手にしていることも考えると,今日の時点で,本命は豊島二冠,対抗は永瀬王座,穴は羽生九段というところでしょうか。渡辺王将としては,藤井二冠が挑戦者になることを最も恐れているかもしれませんが。

2020年9月21日 (月)

危険なビーナス

 東野圭吾『危険なビーナス』(講談社文庫)のなかに,父親の病院を継いで医師になるとみられていた明人が,その通っている中学でコンピュータのサークルをつくっていると聞いた,獣医志望の異父兄の伯朗が,明人との間で交わす次のような会話があります(75頁以下)。

 「医者になるのに.コンピュータは必要ないと思うけどな」……
 「逆だよ。コンピュータがあれば,大半の医者はいずれ必要なくなる。医者がやってることを考えてみなよ。問診票やいろいろな検査結果から病名を推測して薬を処方する―ただそれだけだ。経験というデータベースが武器だけど,全世界の全症例を記憶するなんて,一人の人間には無理だ。でもコンピュータなら不可能じゃない」……
 「獣医も必要なしってわけか」
 「さあ,それはどうかな。費用対効果を考えると当分の間は人間が診たほうが安上がりかもしれない」
 「それを聞いて安心した」


 ここにはAIやロボットが雇用を代替するときに出てくる論点が,そのまま出てきていますね。
 ところで,私も含め多くの人は,医師にはたいへん感謝をしてはいるのですが,医師のあまりにアナログ的な仕事ぶりには驚かされてもいます(パソコンを置いているというだけでは誤魔化されません)。そもそも患者の健康情報なのに,なぜ患者にはデータでもらえないのでしょうか,それを医療研究用にきちんと分析するならまだしも,必ずしもそういうことではないようです。おそらく今後は,私たちは自分の健康データは自分で把握・管理して,それを自分でアプリなどをつかって分析し,わからないところを医師に聞くというようなことになっていくでしょう。ホームドクターは,リアルな病院やクリニックでなくても,オンラインで対応してくださればいいのです。熱があるときに,医者のところに行くつらさは誰もが感じています。往診してくれなくても,とりあえずオンラインで診察してくれれば助かるということが多いはずです。まだ重くなっていないのでそのうち治るかもしれないが,念のために診てもらいたいというときも,病院に行くと,ほんとうの重病人から感染させられないかと心配になります。待たされる時間が長いから,余計に心配です。
 こういうことを避けるためにもオンライン診療は必要なのです。対面型でなければならないという医師の言い分もわからないではないですが,そこはもっとテクノロジーをつかって,どうやったら対面以外の方法で患者の情報を入手できるか工夫をしてもらいたいですね(同じようなことは1月にも書きました)。 


 それで『危険なビーナス』はどうかというと,これは東野圭吾の作品にときどき出てくる最新医療ものです。サヴァン症候群の話をからめながら,伯朗と明人の母の謎の死や明人の失踪などが組み合わさり,そしてちょっとセクシーで小悪魔的な女性も出てくる,一級のミステリー娯楽作品です。

アメリカの最高裁判事

 アメリカ連邦裁のGinsburg判事が死去しました。ご冥福をお祈りします。体調が厳しい状況であることは数年前から知られていましたが,彼女が亡くなるとリベラル派がまた一人減り,Trumpが最高裁判事を指名すると(上院の承認は必要),保守派がいっそう増えることになるので,彼女は自分は死ぬことができないと頑張ってきたのでしょう。しかし,ついに力尽きました。アメリカの連邦最高裁の判事は保守とリベラルが明確に分かれていて,とくに国論を二分するような重要イシューでの違憲・合憲判決は,政治的にも大きな影響があるので,最高裁判事に誰が指名されるのかはアメリカ国民の大きな関心事です。Trump はすでに保守派の最高裁判事を2名指名しています。いずれも50歳代です。アメリカの最高裁判事は終身制ですので,若い判事を選ぶと,その在任期間が長くなる可能性が高くなります。いまは大統領選挙の前ですので,最高裁判事の指名は,次の大統領に任せるか,再選後指名するというのが良識的な対応のような気がしますが,Trumpはそういう行動をとらないでしょうね。
 日本では,国民が最高裁判事を罷免させることができます。「最高裁判所裁判官国民審査」制度です。罷免したい判事の名前の上に×をつけ,その数が上回れば,罷免されます。ちなみに行動経済学的にはデフォルトの設定が重要で,罷免したくない判事に○をつけるということにすれば,たいへんなことになるでしょうね。衆議院選挙の総選挙と同時に行われますが,国会議員の選挙と同じようなノリで国民審査はしてもらいたくないですね。国民審査の意義を高めるためには,最高裁判事にどういう人が選ばれて,どういう判決を出していて,とくに少数意見や補足意見などを書いたときに,その内容を紹介するといったことが,もっと行われてもいいと思います。これはおそらくジャーナリストのなかに法律に詳しい人が圧倒的に少なく,国民にわかりやすい情報を伝えることができていないことも関係しているように思います。
 ところで,昨年812日のこのブログで「Bidenは大統領になれるか」というタイトルの記事を書きました。Bidenが大統領になる道の険しさを書いていたのですが,いろいろあったものの,結局,Bidenが民主党の指名候補になりました。ライバル候補がレフトすぎて,これではTrumpに勝てないと判断されたのかもしれませんね。民主党は中道の適齢の人材が不足していた気がします。
 どちらが大統領になるかわかりませんが,政敵を公然と徹底的に攻撃するというTrumpのやり方は非常に不快であり,子どもの教育にも良くないし,その理由だけでも表舞台から去ってもらいたいです。しかし,そんなTrumpもBidenといい勝負で,再選の可能性があるというのは,いかにリベラル嫌いのアメリカ人が多いのかということも示していますね。Obama時代の政治には,光もあったでしょうが,陰もあったので,それに戻りたくないという人がかなりいるのでしょうね。日本人にとっても,アメリカの大統領が誰になるかは極めて大きな問題です。投票権はないですが,アメリカ人よ,良く考えた選択をしてくれ,と願っています。

2020年9月19日 (土)

労災補償保険制度の比較法的研究

 JILPTの報告書『労災補償保険制度の比較法的研究-ドイツ・フランス・アメリカ・イギリス法の現状から見た日本法の位置と課題』をお送りいただきました。執筆者は,山本陽大(JILPT)・河野奈月(明治学院),地神亮佑(大阪大学),上田達子(同志社大学)の4名です。どうもありがとうございました。労災保険法制度に関する基本的な情報に加え,複数就業者,テレワーカー,独立自営業者という新しい問題に関する情報を横断的に調査するもので,貴重な報告書だと思います(情報があまりない国もありますが,制度がないということも情報の一つです)。私自身の関心は,とくに独立自営業者にあり,個人的には,雇用労働者の労災保険の拡大ではなく,労災保険の存在理由というものから根本的に問い直して,新たな共済のシステムの構築を目指す必要があると考えています(私の問題関心については,拙著『デジタル変革後の「労働」と「法」』(日本法令)275頁以下でも若干ふれています)。
 本報告書では,総括のところで,日本法の今後についてふれられ,「特別加入制度の適用対象の拡大が検討されることになろう」となっています。また「労働政策審議会労働条件分科会労災保険部会において,特別加入制度の対象範囲の拡大や特別加入団体の要件の見直し等について,議論が行われる予定となっているが,このような方向性は,比較法的観点からもその妥当性を首肯することができよう」というのは,クライアントの厚生労働省への気遣いも含まれているでしょうかね。末尾の「使用者の災害補償責任を定める労基法第8章が現代において持つ意義と,それを踏まえた労災保険制度の法的性格付けについても,改めて議論ないし検討すべき時期に来ているように思われる」というのはまったく同感ですし,さらに上記のように労災保険制度の根本的な見直しが必要だと考えています。
 こういうことを書くと思い出すのは,いまから20年くらい前でしょうか,労働省の研究会に呼んでいただき,労災保険制度について自由に議論してよいという当時の課長の意向で,ほんとうに自由に議論をしていて民営化論とかもやっていたのですが,途中で課長が替わり,方向性が変わってしまい,あるときの会合で突然,いままで来たことがなかった人たちが席に座っていて,まるで勝手な議論を許すまじというような圧力をかけてくる雰囲気になったことです(私の主観ですが)。あれ以来,どうせ労災保険制度は本質的なところでは変われないだろうなと思っています。現在の受給者の不利益変更はダメですが,これからの制度をどうするかということを考えるときには,健康保険や国民健康保険との関係も視野にいれた,もっと大胆な議論をする必要があるはずです。厚生省と一体化した現在なら,以前より自由に災害補償のあり方について議論できる土壌があるのではないかと思うのですが,どうでしょうかね。それに重要なのは,労災についても,従来の20世紀型社会とデジタル技術中心の21世紀型社会とでは,内容がまったく異なることになることです。ぜひ,この報告書をきっかけに,デジタル社会の労災とはどういうものかを視野に入れながら,斬新で新たな統合的な災害保障システムを論じる研究が出てきてほしいですね。




運動不足解消

 テレワークの問題は,運動不足になることですよね。テレビ体操は前からときどきやっていましたが,この1年くらいは毎日欠かさずやり,最近は13回必ず約10分ずつやっています。朝は朝食前にNHKの教育テレビの625分からのテレビ体操を録画してやっています(同じ曜日は同じ体操ですが,何ヶ月か経てば変わります)。これで身体がずいぶんとほぐれます。昼は昼食前にYouTubeの自衛隊体操と超ラジオ体操をやります(あわせて7分くらいですが,自衛隊体操はとてもハードで,超ラジオ体操はとても気持ちいいです)。そして夕方には,録画している5分もの(1455分からのもの。現在は1355分からのもの)を二つ組み合わせて10分やります。朝のテレビ体操で「みんなの体操」が入っていなかったとき(例えば日曜日)は,必ず夕方にやることにして1日に1度は「みんなの体操」をします。おかげで,ほぼ一日中デスク仕事ですが,腰痛はなく(これはテンピュールのクッションのおかげでもあります),肩こりもときどきありますが,なんとかだましだまし切り抜けています。前はウオッチを付けて,眠りの深さとか血圧や呼吸も測っていたのですが,数値が安定していることもあり,いまは中断中です。
 という状況のなかで,最近MIZUNOの「リングレッチ」が加わりました。クッションですが,これを使って軽いエクササイズができます。モノはできるだけ増やさない方針なのですが,健康関連だけはどうしても必要だと思ってしまいます。でも良い買い物をしたと思っています。
 体重計は,長く使っていたものが壊れてしまったので,これも悩んだすえにRenphoの体重計を買いました。50グラム単位まで測れるので助かります(変化が細かくわかります)。毎日,朝と夜に体重計に乗ってスマホで管理しています。骨密度が少ないとか,いろいろ教えてくれるので,サプリを買って対応したりもしますが,サプリはすぐに飽きてしまい,テレビ体操ほどは長続きしませんね。でも痛風予防の明治のヨーグルトの「PA3」はずっと続けています。いまは体内年齢を実年齢に到達させることが目標です。

 

 

 

 

2020年9月18日 (金)

スピード感がほしい

 新内閣がデジタル改革に力を入れると聞いて,いよいよこれで日本も変わるかと楽しみにしていたのですが,デジタル庁の発足が20224月だと知って,ずっこけました。組織をつくるなんてことは後からでよくて,まず行政事務のデジタル化に向けた大号令を掛けるのかと思っていたのですが。1年半もかけていれば,そのうちうやむやになるし,そのときは別の内閣になっているかもしれません。このスピード感のなさが残念です。改革は,仕事に取り組む意識からまず行う必要がありそうです。
 じっくり検討して,関係する省庁の意見も聞いて,党のお偉方の意見も聞いて,海外も視察して,民間人の意見も参考にして,なんてやっていると,あっという間に半年くらい経過して,その間は何も進んでいないなんてことが起きてしまいます。民間人も入れた少人数のタスクフォースに全面的に権限を委譲して政策の立案と執行をまかせ,責任は大臣と首相がとるくらいの気構えでやってもらわなければ改革をめざす内閣とは言えません。
 デジタル技術のメリットは,くだらないことは機械に任せて効率性を高め,人間が本来やるべきことや,やりたいことに集中できるようにすることだと思います。デジタル改革大臣の使命は,デジタル技術の恩恵を,少しでも早く国民に浸透させることです。例えばデジタル化が遅れているため,コロナ対策ができず,事業継続が危なくなっている中小企業に,すみやかにデジタル技術の導入とその活用指南を行うといった施策はできないものでしょうか。所管が違うのかもしれませんが,首相命令でやればいいのです。アベノマスクのような明らかに無駄なことに使う金があるのですから,やろうと思えばやれるのだと思います。

2020年9月17日 (木)

業績の電子化

 在宅生活が続くなか,何かを書くときに困るのは,電子化されていない文献の収集です。何かの文献に引用されていて読みたいと思っても,電子化されていないものであれば,インターネット経由で入手できないので困ります。私は,コロナ中でも,月に1~2度は大学に行って,図書館で所蔵されている文献を,一挙にまとめて調べるということをしているのですが,できれば自宅でできれば有り難いですよね。そういう自分も,自分の書いたものがすべて電子化されているわけではなく,もちろん電子化する価値があるわけでもないのですが,今後は出版機会があればですが,電子書籍としても出すことになるでしょうし,ゆくゆくは電子オンリーとなると思います。
 今後は,デジタル化されていない文献は,存在していないものとされてしまうかもしれません。歴史を研究しているならさておき,そうでなければ,アクセシビリティの低い文献が無視されることは,これまでも行われてきたからです。どうしても読んでもらいたい文献は自分でPDF化して,(出版社の許可を得る必要があるかもしれませんが)自分のSNSやHPにアップするということになるかもしれません。そうなると引用方法も変わってくるでしょう。
 さらに進んでいくと,自分で勝手にHPにアップして業績として主張する人も出てくるかもしれません。こうなると,きちんとしたレビューが必要となるでしょう。季刊労働法でやっていた第3期文献研究は開店休業状態ですが,文献について専門家がこれこそが読むべきものだと精選して情報発信していくことの重要性は,今後ますます高まるでしょう。その点では,日本労働研究雑誌の学界展望も重要なのですが,誰が担当するかが難しいですね。

2020年9月15日 (火)

人命を軽視するな

 少し前の日経新聞で,30歳未満の若手男性官僚の7人に1人が,数年内に辞職する意向であることが,内閣人事局が実施した意識調査で分かったという記事が出ていて驚きました。そのとき,2つの正反対の印象をもったのですが, 1つは意外に少ないなという驚きです。たしかに,せっかく難しい試験を突破して入省したのだから,そう簡単に辞めてしまったら,もったいないです。しかし,安倍政権のもとでの官僚に対するぞんざいな扱い(側近の官僚だけは重用する)や以下の赤木さんの事件への対応などを見ていると,これでは仕事へのモチベーションが上がらないのではないか,と思っていたので,そのような観点からは7人に1人は少ないなと思ったのです。ただ,これだけの割合で若手が辞めていくのは,やはりちょっと多いなという意味の驚きもあり,それだけ霞ヶ関で働くことにはブラックな要素があるんだろうなと思ってしまいました。
 そこでどうしても気になるのが,財務省の近畿財務局における公文書改ざん問題で職員が1人自殺をしていることです。長時間労働によって精神的な疲労によりうつ病を発症して自殺をするというケースは,労働判例でもよく出てきます。ただ普通は長時間労働だけで,なかなかうつ病にはならず,自殺の事案ではパワハラ等の職場環境からくるすさまじいストレスが原因となっていることが多いのです。赤木さんのケースでも,公務員にとって組織は重要とはいえ,公務員の命ともいえる「文書」の改竄を組織によって強要されるのは,自分のこれまでの生き方が否定されたようなもので,そのストレスたるや想像を絶するものだったのでしょう。問題は,その後の政府の対応です。多くの人が批判しているので,私はとくに繰り返しませんが,少なくとも麻生財務大臣は最高責任者として辞任すべきだったと思います。電通の高橋さんの自殺事件でも,社長は辞任していました。それが普通の感覚です。麻生さんに個人的には何も思うところがありませんが,きちんとけじめをつけていないことには不満があります。噂では新政権でも重要閣僚ポストに就くということですが,それはとても許容される話ではないと思います。組織の犠牲となって1人の命が失われていることについて,まともな感覚をもっていない人が政治をやるようでは困るのです(もちろん事の発端となったのは安倍首相ともいえるので,知らんぷりは人間として許されないでしょう)。
 これは公務員の事案ですが,ある意味で労働法の問題でもあります。上司から違法なことをするように命令を受けたとき,労働者はどうすればいいのか。拒否すればいいと言うのは簡単なことですが,真面目な人ほどそういうことができないのです。公益通報者保護法はこういう場合に助けとなるために作られた法律ともいえるのです(公務員は適用除外。同法7条)が,現実には在職中に内部告発をすることは簡単なことではありません。ましてや国家公務員の場合には難しい面があるのでしょう。真面目で正義感のある労働者が組織の犠牲となって命が失われたことについて,他人事ではないという気持ちをもっていなければならないでしょう。遺族の方が民事訴訟を起こしているようですが,新首相はこの問題の政治責任から逃げずに,まずは遺族に向き合って真相を究明するところから取り組んでもらいたいです。人命を軽視する人に,首相を任せられません。

2020年9月14日 (月)

期待はしていないが……

 第2次安倍政権が終わろうとしています。第2次安倍政権の官房長官であった人が政権を継承することになりそうです。今回の自民党の総裁選は,権力にへつらう男達の醜態を見せてしまいましたね。
 雇用政策について,私は第2次安倍政権の初期の頃は,長期政権になることを予想して,国民に厳しくても将来に役立つ政策をやってもらえればと期待していました。しかし,「働き方改革」は,たいへん話題にはなりましたが,その内容は言われているほどのものではなく,10年後には忘れ去れているでしょう。私は真の改革はこれじゃないと訴え続けてきましたが,あまり誰からも耳を傾けてもらえませんでした。
 菅さんは,縦割り行政を壊すと言っていますが,壊して何をやるのか,もう少しはっきりしてくれなければ困ります。イエスマンだけを集めるのを目指そうとすると,日本の官僚のなかの若い優秀層は逃げていき,無能な政治家が支配する恐ろしい社会が到来するでしょう。民主主義と独裁制は両立します。私は石破氏のことはあまりよく知りませんが,納得という言葉を使っていたことには賛同します。私はいま,納得をキーワードとした労働法の再構築を考えていますが,政治の世界でも,国民への納得を最優先にしてもらいたいです。そのためにも大切なのは,情報提供と真摯な説明です。安倍政権にまさに欠けていたことです。菅さんにできるでしょうか。
 具体的な政策では,携帯料金を下げるのは結構ですし,ふるさと納税を自慢するのも結構ですが,そうした国内問題だけでなく,いまの日本の置かれている状況を大局的にとらえてもらいたいです。第2次安倍政権を振り返ると,トランプと話せることは強みでありましたが,いろんなものを買わされるだけに終わったのではないか(国民の税金でトランプの友情を買っただけではないか),北朝鮮政策は何もできなかったのではないか(いまや全く相手にされていない),中国の増長を許したのではないか(国内の媚中派に取り込まれ無策のままだった),ロシアとはたんに会談しただけに終わったのではないか(北方領土をどうするのか国民にはっきり言うべき),韓国との関係も有効な打開策をとれなかったではないか(けんかしたり無視したりするだけなら,誰でもできる),欧州とどのように付き合っていくのか(親しく話せる欧州のリーダーがいたか)といった疑問が次々と出てきます。これらの点について,新首相がどのようなことを語り,問題の解決にどのようにリーダーシップを発揮するのか注目です。
 経済は,デジタルシフトをきちんとできるかが重要です。デジタル庁をつくるとか言っていますが,何と言っても,いまのIT担当大臣のような不適任きわまりない大臣がいることについて,官房長官としてその責任を痛感してもらわなければなりません。安倍政権がデジタル化に本気に取り組んでこなかったことは明らかです。だから,現在の惨状があるのです。安倍政権の官房長官であった人がデジタル化と語っても,その本気度を信用できません。ほんとうはデジタル化はずっと前に取り組んでおくべきことであり,そこから先の政策をやらなければならないのです(デジタルデバイド対策など)。行政や社会のデジタル対応ができてはじめて経済の発展も期待できます。すでに1周以上遅れている私たちの社会は,いまや後進国に入りつつあります。デジタル技術という点では,中国はもとより,韓国も,台湾も,日本より先を走っています。このままでは,優秀な日本人は日本を見限り,優秀な外国人は日本をパスしてしまいます。
 自民党の総裁選をみて,政治の人材不足は危機的な状況になっているように思えました。しかし,私たち市民にできることは限られています。残念ながら新首相に期待するしかないのです。外交とデジタルシフト(経済・社会),防災対策と環境対策,せめてこれだけでもきちんとしてくれればと思いますが,どうなるでしょうか。

2020年9月13日 (日)

嘘を愛する女

 自宅にいる時間が長くなると,ちょっと気分転換という口実を自分に与えて,Amazonのプライムビデオをみることが増えました。いろんな映画をランダムにみていますが,何日か前に,長澤まさみ主演の「嘘を愛する女」をみました。どこかでみたことがある気もするけれど,どうしてもストーリーが思い出せないので,予告編でもみたのかなと思いながら,最後までみました。以下,ネタバレあり。
 由加利は,小出桔平と5年前から付き合っていて,そろそろ結婚をと思い,彼を紹介するため彼女の両親を呼んで食事をすることにしましたが,約束の場に桔平は現れませんでした。実は桔平はくも膜下出血でたおれて病院にかつぎこまれていたのです。一命はとりとめたものの,意識がもどらない状態にいました。しかし,そこで衝撃の事実がわかりました。病院で働く医師であると言っていた彼がもっていた職員証は偽物で,名前も偽名。彼は身元不明人だったのです。彼の所持品のなかにコインロッカーの鍵があったことから,そのロッカーをみつけだし,そこから出てきたのがパソコンでした。彼はパソコンをつかって小説を書いていました。若い夫婦と男の子が出てくる家庭小説です。しかし,場の設定は瀬戸内海でした。その描写の細かさから,彼の出身地が舞台で,彼がその家族について書いたものではないかと推測されました。由加利は私立探偵の海原と,彼が誰なのかを探る旅に出ます。そこでわかったのは,彼は働き盛りの医師で,妻子がいたこと,そして妻が育児ノイローゼになり子を殺してしまい,妻も自殺をしていたことでした。彼は自分を責め,自分の過去を捨てるため東京に出てきたのです。由加利は,彼がかつて住んでいた家を見つけ出しました。そこにはまだ幼い子のいる家庭の雰囲気が残っていました。ところが,海原はあることに気づきます。部屋に残されていた家族写真に写っていたのは女の子でした。小説に出てくるのは男の子だったのです。
 由加利は,桔平に,男の子が欲しいな,と語ったことがありました。小説のなかには,そのほかにも,由加利と桔平の間で交わされていた会話がしっかり書かれていました。由加利も海原も,桔平がずっと自分の過去の家庭を振り返って小説を書いていたと思っていたのですが,実は,桔平は由加利との幸福な生活を想像しながら小説を書いていたのです。由加利は,桔平の愛を疑った自分を責め,彼の快復を祈ります。
 恋愛小説というのは,会いたいのに,なかなか会えないという「すれ違い」ものが多いですが,この場合,会えているけれど会話ができないという設定になっていて,これは上手だなと思いました。
 という映画だったのですが,実は小説で先に読んでいたことが,昨日わかりました。部屋の本棚を整理していると,この小説がひょっこり出てきたからです。こうやってブログにでも書いていれば記憶に残っていたのでしょうが。肝心なところはすっかり忘れていたので,映画ではしっかり感動させてもらいました(上記のあらすじは,小説をベースにしていますが,映画の部分も取り込んだものです。小説では,会話ができない桔平の気持ちが書かれていて,いっそう切なくなります)。

 

2020年9月12日 (土)

ウイルスの言い分?

 ずっと引きこもりでいたのですが,労働委員会の担当事件だけはそういうわけにも行かず,まだリモートでやる態勢が整っていないので,今週は久しぶりに外出しました。手続のオンライン化は,都道府県労委だけではどうしようもないので,中労委がぜひ音頭をとってオンライン審査の確立に取り組んでほしいです。審問の公開性は,オンラインで動画配信という形でやったらどうでしょうかね。公開するということは,国民の目にさらすということなので,それだったら動画配信が最も徹底したものといえるでしょう(もちろんプライバシーの問題があれば非公開にすればいいですし,そうでなくて公開されたら困るという当事者は和解に応じやすくなるでしょう)。
 今回は,審問室の感染対策が十分にしてあって,不安はありませんでした。事務局の方の努力に感謝です。ただ,県庁に行くまでの(というより帰りの)電車は恐怖でした。ラッシュアワーにぶつかったこともあり,完全に密の状態で,高校生は大声で話しているし(君たちは感染しても大丈夫そうだから羨ましいな),換気は不十分で,短い時間しか乗っていなかったものの,それでも十分に恐怖を感じました。たまに外出すると,ウイルスに関係なく,知らない人が近くにいる状況に慣れていないので,ちょっと落ち着きませんでしたね。
 これだけ多くの人が電車に乗っているということは,学校も職場もオンラインがそれほど広がっていないということですよね。こんなことをしていると,状況が変われば,あっという間に感染が広がるだろうなと思いました。オンライン化には根強い批判があるようですが,いまのうちにオンラインでやれるものはやるという態勢にしておかなければ,これから冬になって本格的な感染拡大があったときに,ほんとうに社会がストップしてしまわないか心配です。大学入試もオンライン対応の準備をしておかなければ,無試験で入学させるとか,逆に入試中止なんてことにもなりかねません。前者は大学改革としてあり得る選択肢ですが。

 ところで,ウイルスが不気味なのは姿が見えないからですよね。ウイルスが生物かということについては議論があるようで,それは生殖と摂食という生物の基本的なことを,ウイルスは自分でやらずに他の生物に寄生して行うからだそうです。ただ生物かどうかはともかく,確かにウイルスの存在感はあるわけで,こういうモノと共存しなければならないのは,たいへんです。
 そんなことを考えているとき,ふと思ったのは,ウイルスのことを少しでも理解するために,誰かウイルスを主人公にした小説を書いてくれないか,ということです。アメリカではオオスズメバチが,大変,恐れられているそうです。確かにオオスズメバチは恐ろしいのですが,日本人はなんとか共存してきました。それに百田尚樹の『風の中のマリア』(講談社文庫)を読めば,オオスズメバチの「生き方?」に,思わず感情移入してしまったりします。小説とはいえ,ハチだって,いろいろ考え,悩み,必死に生きているという思いにさせられます。百田尚樹が上手なのですが。しかも解説で,あの唯脳論の養老孟司が,ひょっとして虫にも意識があるのでは,ということを書かれています(この解説もまた面白いです)。小説の内容は,荒唐無稽な話ではなく,合理的な想像力の範疇に入るものかも,と思ったりもしました。
 ウイルスと人間は,ずっと昔から,共生と敵対の関係にあったのであり,今後は,新種のウイルスとも次々と付き合っていかなければならなさそうです。でもこれは人間にも非があります。ウイルスは,例えば熱帯雨林のなかにひっそり棲息していた動物に寄生していたにすぎなかったのです。そこに人間が侵入してきたから,人間に感染するなんてことが起こってしまうのです。熊やイノシシだって,昔は彼ら・彼女らが平穏に住んでいた領域に人間が侵入してきたから,人間に危害を与えざるを得ない状況になったのでしょう。ウイルスも,人間が近くに寄ってきたから感染したにすぎないと言いたいかもしれません。ウイルス側の言い分を,誰か素晴らしい想像力をもった人に小説を通して語ってもらえれば面白いでしょうね。

 

2020年9月 7日 (月)

書籍の紹介

 川口美貴さんからは,ついこの前に第3版をいただいたと思っていたら,『労働法(第4版)』をいただきました。お礼が遅くなりましたが,ありがとうございます。とても丁寧に書かれているので,長大なものになっていますが,菅野和夫先生の『労働法』とは違った意味で,座右に置いて活用することができそうです。水町『詳解労働法』,野川『労働法』と並び,持ち運びが困難な大著のカテゴリーの本ですね。なお前にも書いたと思いますが,私は,この本のクオリティは高いと評価していますので(私に評価されても,嬉しく思われないでしょうが),労働法を研究する人は持っておくべき本だと思っています。
 長大化する師匠(水町さん)の本とは逆方向で存在感を発揮しているのが原昌登君の『コンパクト労働法』(新世社)でしょう。第2版をいただき,どうもありがとうございました。とにかく版を重ねるのはたいしたものです。こういう軽やかな本は,世間に受けるのでしょうね。

2020年9月 5日 (土)

師弟の良書

 滞っている書籍紹介ですが,今回は師弟の2冊をまとめてやります。まずは弟子のほうから。土岐将仁『法人格を越えた労働法規制の可能性と限界―個別的労働関係法を対象とした日米独比較法研究』(有斐閣)です。彼の助教論文をまとめたものです。労働法上の責任を,労働契約上の使用者だけに限定していては不十分であるという問題関心から,どの範囲の主体まで,どのような理論的根拠で責任を負わせることができるかということを追求したものです。私は,この研究を,どちらかというと,規制手法の多様化という問題に引きつけて理解していたのですが,彼は規制主体の問題として正面から取り組んでいます。最近,私は拙著『デジタル変革後の「労働」と「法」』(日本法令)で触れているように,雇用主である企業,すなわち法人とはどういう存在であるのか,営利とは何かという問題に関心をもっており,これとESGSDGsといった最近の議論を組み合わせて,企業の社会的責任(CSR)や企業倫理的な側面から企業を捉えて労働法の規制を見直す必要があるのではないか,という問題意識をもっています。これを理論的に突き進めていけば,彼の研究と重なっていくことになりそうです。これからは,企業が労働者に責任を負う根拠は,「労働契約上の使用者であるというだけではないよね」,「サプライチェーンなどの従業員も見なければならないし,でもそれはなぜなの?」ということです。これは労働法の理論研究としては最難度のものだと思いますが,この領域をさらに突き進んで大きな成果を出してもらいたいです。若手は一回大作を書いてしまうと,そこで燃え尽きて,伸び悩んでしまう傾向もあるので,彼にはぜひ大きな飛躍を期待したいです。いずれにせよ,労働法のみならず,法学の大きな転換期を象徴するような業績が登場したことを,心より喜びたいです。
 師匠の荒木尚志先生の『労働法』(有斐閣)は,第4版となりました。最新の改正内容もしっかり紹介されていて(当然でしょうが),私はこの本で労災保険法の最新の改正内容なども勉強させてもらいました。全体的には,妙に詳しい部分とあっさりしている部分とがあって,それをバランスが悪いという人もいるかもしれませんが,これもこの本の個性だと思います(年休の出勤率要件というややマイナーな論点について表まで作って自説をしっかり説明されています)。やっぱり本には個性が必要ですよね。
 解雇事由について,荒木説が,菅野説の限定列挙説への転向を横目に,例示列挙説を維持しているところも興味深いです。この論点について,私は以前は例示列挙説だったのですが,解雇事由を就業規則で明記することを求めるガイドライン方式を提唱し,それと一貫させるために限定列挙説の立場をとっています(拙著『解雇改革』(中央経済社)の175頁以下)。そして,いま執筆している本では,行為規範を重視するという発想から,限定列挙説をより明確に打ち出すつもりでいます。私の限定列挙説は,他の限定列挙説とは異なり,就業規則の解雇事由以外の解雇はできないものの,解雇事由に該当しているかぎり,解雇は原則として有効となるというものです。権利濫用論に頼りすぎるのは行為規範としての明確性を損なうのでダメだという立場です。このあたりは単なる解釈の違いというより,労働法の規制手法の根本にかかわる話であり,今後の論争点となるかもしれません。
 細かい解釈論争よりも,常に広い視点で大きな議論もやらなければいけない時代です。荒木先生が,土岐君を指導して,ああいう立派な業績を出させたのも,大きな議論の重要性を十分に認識されているからでしょう。

 

 

 

 

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