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2020年8月 1日 (土)

政治家は国民を納得させるべし

 私がいま執筆している『人事労働法』の中核的なコンセプトは,企業は従業員の納得した同意を得ながら人事管理をしなければならず(これを「納得規範」と呼ぶことにします),法は納得同意を得るよう企業が説得協議の手続をふむことにインセンティブを与えるものでなければならない,というものです。そこで重視されるのは,企業はいかなる行動をとるべきかという「行為規範」であり,これにより,これまでの「裁判規範」重視の労働法学から決別しようと考えています。
 労働者の納得の重要性は,かつて西谷敏先生も季刊労働法で論文を書かれているのですが,私のほうが労働者の主観的な納得をより重視する点に違いがあると考えています(詳細は,またそのうちに)。

 ところで,今日,書きたいのは,労働法のことではなく,政治のことです。政府の国民への説得についてです。現在,コロナ禍のなか,政府がいろいろ政策を打ち出しているのですが,そのほとんどに国民は納得していません。そして,国民は,政府がきちんと自分たちを説得しようとしていないことに大いに不満を感じています。逃げる,ごまかすの政治にはうんざりということです。
 昨日,BS7WBSという番組(よく視聴しています)で,「ジャパネットたかた」の創業者の高田明さんが「コロナに思う」で語っていたメッセージが良かったです(https://txbiz.tv-tokyo.co.jp/wbs/newsl/post_207215/)。高田氏は,経営者として客に商品を説明するときに大切なこととして,①商品を徹底的に勉強する,②本気で情熱をこめて説明する,③言語以外の要素も使って表現する,ということを挙げていました(このメッセージ自体,説得力をもって伝えられていました)。商売においては,当たり前のような気がしますが,同じことは企業の従業員に対する説得においても,そして政治家の国民に対する説得においてもあてはまるものです。
 説得というのは情報の提供の仕方に関係します。上記の①の要素は,提供者がその情報のことを十分に理解していなければならないということですし,②は相手にその情報を理解してもらいたいという情熱をもつことですし,③は技術的なものかもしれませんが,情報の伝達力における非言語的な要素の大きさを示すものです。
 日頃から首相の発言に大いに不満をもっていましたが,その理由は,①の面で,国民に向けて説明している政策の内容について自分が十分に理解していないのではないかと思われること,②の面で,事前に用意された文書を読んでいるだけのことが多く,情熱が伝わらないこと,③の面でも,本気度を示そうとする方法が,「しっかり」(この表現が安倍内閣ではよく出てくる)とか,「全力で」といったような,それっぽい言語を使うだけで空虚に聞こえ,非言語的な要素での伝え方が不十分であることです。言語にこだわるのは,スピーチライターが官僚だからでしょう。官僚が書いたものを棒読みするだけの首相や閣僚ばかりだから,①から③のいずれの要素も欠けてしまい,説得力がないのです。西村大臣は①は充たしているかもしれませんが,②の点で国民のことを本気で考えているという感じが伝わってきません。
 政府は,良い政策を考えても,国民に説得力をもって伝えられなければうまくいかないでしょう(「GO TOキャンペーン」のような,説得しようにもできない政策もあるのですが)。首相や閣僚は,いまやろうとしている政策がどのようなものかを自分でしっかり咀嚼したうえで,国民に向けて,ぜひ理解してほしいという情熱をもって私たちを説得してもらいたいです。政治家自身が理解も納得もしていない政策を官僚に言われるまま実行しているだけなので,失敗しても心底から「責任」を感じることにならず,結局,無責任政治が横行することになります。
 知的レベルでは,首相も閣僚も,官僚より劣っているのは,国民の誰もが知っていることです。だからこそ,政治家は,国民と同じ目線をもち,謙虚な姿勢で,「学び,理解し,そして納得したものだけを伝える」ということをしてもらいたいです。官僚に簡単に言い含められ,説得させられているのかもしれませんが,もしそうだったら情けないですね。閣僚は,せめて中核的な内容は,官僚のサポートがなくても質問に答えられるくらい理解をしてもらいたいし,そのようにして理解した政策だけを実行すべきでしょう。そのような政策であればこそ,国民に情熱をもって説得することができ,国民にも納得感がうまれるのです。 
 納得規範は,人事労働法だけでなく,政治にも適用すべきものなのです。

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