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2020年4月15日 (水)

企業による労働時間管理から,個人の自主的な健康管理へ

 テレワークの普及に対して,法的な観点からの阻害要因となりうるものとして,労働時間規制があることについて,今朝の日本経済新聞の朝刊で水野裕司上級論説委員が「中外時評」で論じておられます。そこに私の見解が引用されていました。とくに今回の記事のために取材を受けたわけではありませんが,『会社員が消えるー働き方の未来図』(文春新書)115頁以下をご覧になったのかもしれません。
 私の提案は,テクノロジーによる健康管理を進めべきであること,そこで得た情報は個人が管理すべきであることというもので,そういう観点から労働時間規制の根拠を根本から再考し,かつ企業の安全配慮義務も見直そうというものです。かなり大胆な提案ですが,デジタル社会を進めようとするなかで必然的な帰結だと考えています。
 国民が健康に生きていくことは,個人の問題だけでなく,政府にとっても重要な関心事であり(ちなみにイタリアでは,憲法において,国民には健康権(diritto alla salute)が保障されています[32条]),それは雇用だけでなく,自営で働く場合にもあてはまるものです。政府は,今後ますます増大することが確実な医療費用を減らすことの重要性も考慮すると,いかにして個人一人ひとりが,テクノロジーを使って自ら健康管理をしていくようにできるかという課題に取り組んでいく必要があると思います。私はこの分野では,行動経済学で言われる「ナッジ」を組み込んで,健康被害を予防できる「アーキテクチャ」を構築する(例えば,そういうプログラミングをしたアプリを無料で提供する)のが有効ではないかと考えています。現在,「ナッジ」,「アーキテクチャ」,さらに,それと関係するリバタリアン・パターナリズムを関心をもって研究しているところです。なお「ナッジ」については,大竹文雄『行動経済学の使い方』(岩波新書)を参照してください。

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