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2020年2月 2日 (日)

死者を蘇らせてはいけない?

 ゾンビの話ではありません。
 前にAI美空ひばりに感動したと書きましたが,あのような死者を見世物にする行為については批判もあることでしょう。実際,あれはアーティストを冒涜するものだとして厳しく批判する人たちもいるようです。確かに,もし美空ひばりがいま生きていて,あの新曲を歌うとしたら,あのように歌っていたかどうかわからないのに,勝手に蘇らされて,人前で歌わされるなんて耐えられないだろうと想像した人からは,あれは許しがたい暴挙だと思えても不思議ではありません。でも私はあのAI美空ひばりに感動したのです。遺族である長男もファンも感動していました。私には,それが暴挙だとは思えないのです。もちろん,あれで金儲けをするというのは許しがたいことですが。
 あれは美空ひばりのような偉大なアーティストだから問題となるのでしょう。例えば私が死んだあとに,AIで私の画像や音声を使って何かの講演を実現するなんてことがあっても,私は別に何も気にしません。それで講演料がとれたら面白いだろうな,というくらいの感覚です。はっきり言って,死んだあとのことはどうでもいいです。むしろ,それで遺族やその他の皆さんが喜んでくれれば,それで十分だと個人的には思っています(私は美空ひばりのような偉大なアーティストではないので,同列に論じることはできないでしょうが)。
 人は,大事な人が亡くなれば,その喪失感に苦しめられます。その苦しみと悲しみは時間とともに軽減してはいきますが,完全になくなるものではありません。24年ぶりの映画の続編が話題になっている岩井俊二『ラヴレター』(角川文庫)は,亡くなった恋人の住所に手紙を送ったら,返事が来たという話です。これはちょっとしたミスと偶然から起きたことで,心霊現象でもなんでもなかったのですが,それはさておき,いつまでも亡くなった大切な人が忘れられないという気持ちはよくわかるのです。理由はともあれ,ただ返事がくるということで救われることもあるのです。
 ちょうど数日前,机の上を片付けていたところ,私が大学院のときにイタリアに留学してからすぐに母が送ってくれた絵はがきが出てきました。できるだけ紙は捨てるようにしている私でも,これは捨てられません。いまならLINEとかWhatsAppでのやりとりとなるでしょうが,手書きの字は懐かしくて涙が出そうになりました。アナログの良さです。もし母をAIで,画像も声も再生できるのなら,私ならお願いしたいですね(もちろん費用次第ですが)。大切な人を失った喪失感から,AIでも何でもいいから,少しでも救われたいと感じるのが人間ではないかと思います。
 と書いてきましたが,一般論としていえば,AIで死者を蘇らせることは,悪用の危険があるので,お勧めできることではありません。それにAIで蘇らせても,ほんとうに復活するわけではありません。その後の喪失感がより深くなるだけかもしれません。そう考えると,やっぱりこういうことは技術的に可能であったとしても,やらないほうが良いのかもしれませんね。

 


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