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2020年1月 7日 (火)

資本主義の行方

 

 日本経済新聞の新年からの特集で連載中の「逆境の資本主義」の2回目に少しだけ登場しました(紙媒体では13日)。昨年12月,神戸大学で1時間ほどの取材を受け,動画までとられました。動画は電子版で出ています(https://www.nikkei.com/article/DGXMZO53992140Q9A231C1000000/)。

 取材では,昨年10月のサントリー文化財団の学芸ライブで話したときのスライドをプリントアウトしたハンドアウトも使いながらお話をしました。そこまでやる必要はなかったのですが,資本主義を問い直すという趣旨の企画だと聞き,思わず力が入ってしまいました。
 なお学芸ライブの短縮版の動画は,https://www.suntory.co.jp/enjoy/movie/d/5714930400937.html?fromid=movlistでみることができます(私の太りすぎの醜い画像が残るのは辛いものがありますが,仕方がありません。現在では年末来の体調不良で2キロ以上痩せているのですが)。

 またこの学芸ライブの内容は,ノンフィクションライターの松本創さんが,東洋経済オンラインで紹介してくださっています(https://toyokeizai.net/articles/-/314682)し,兵庫県立大学国際商経学部講師の黒川博文さんのエッセイでコメントをしてくださっています(https://www.suntory.co.jp/sfnd/asteion/essay/vol39.html)。

 私の話は,人はなぜ働くのかというところから始まり,産業革命や資本主義の到来による労働の変質,株式会社制度の下で法人に仕える自然人という図式の登場,そのなかで資本家から切り離されて顔の見えるようになった経営者と労働者の間で構築された日本型雇用システムの登場とその危機,そしていま人間が労働をしなくなっていくというAI時代の到来のなか,未来はどうなるのか。人は狩猟採集時代のような小規模な共同体で,互酬関係のなかで生きていくというような形になるのか,という問いかけをして終わるというものです。労働とは自己の所属する共同体での貢献であり,バーチャルでグローバルな資本主義というのは,そうした共同体を極限にまで拡大して,そしてそれを破裂させてしまう運命にあり,そのとき生物としての人は,よりプリミティブな意味での生存のための共同体のなかで生きていくようになるのではないか,という話です。これがサバティカル中におぼろげに考えていたことです。

 なお前記の日経電子版の動画のなかのフリップで「個人中心の資本主義」と書いたのは,上記の話のなかのAI時代の到来の部分について,「企業中心社会から個人中心社会への変化」(拙著『会社員が消える-働き方の未来図』(文春新書)43頁を参照)という特徴を切り取って書いたものです。説明しなければ,なんのことかわからないですよね。

 

 

 

 

 

 

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