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2019年12月27日 (金)

日本労働法学会でのワークショップに参加して

 先の日本労働法学会のワークショップで「問題提起報告」というものをさせてもらいました。テーマは,「解雇規制の在り方を考える」というもので,昨年,有斐閣から刊行した大内伸哉・川口大司共編著『解雇規制を問い直す-金銭解決の制度設計』を採り上げて,日本労働法学会で議論しようというものです。

 これまでの議論とはまったく異なる解雇の金銭解決(完全補償ルール)の提唱ですので,ワークショップで労働法学会の会員の方に解雇規制の在り方を議論してもらうには良い起爆剤となるかと思い,基調報告をさせてもらいました。こういう機会を設けて声をかけてくださった山口浩一郎先生と土田道夫先生には,心より感謝しています。とくに土田先生には,ご自身もいろいろ言いたいこともあるはずなのに,それを封印して,ファシリテータに徹してくださり,感謝いたします。

 とはいえ,このワークショップは大失敗だったような気がします。結局,私の報告に対する質疑応答だけで終わったからです。私たちの構想のポイントは,「解雇は完全補償をしなければできない」ということです。解雇規制について「解雇無効ルール」しかない日本法の貧弱さを補うために,「許されうる解雇」については金銭解決を「認める」が,それは完全補償の義務つきなので,実際上はきわめて厳しい解雇規制となります。従って,金銭解決イコール解雇の自由化ではないのです。このことを私は報告の冒頭で念入りに確認したつもりだったのですが,その後の質疑では,それをまったく理解できていない人がいて,がっかりしました。私はこの問題について海外の研究者とも議論をしましたが,金銭解決はその水準いかんでは強い規制となることに異論を唱える人などいませんでした。ところが,日本労働法学会では,そうではなかったようです。比較法的にみても最も厳しい規制の一つであろう「完全補償ルール」を,解雇の自由化や規制緩和と評価するコメントが寄せられたことには,唖然とすると同時に,もうこの議論は日本労働法学会の場でやるべきではないと確信しました。私のプレゼンがあまりにも悪かったのかもしれないのですが。

 ちなみに日本型雇用システムへの影響ということも指摘されました。そんなものはどんどん変わっていくという状況認識も共有できていませんでした。ただ,これについては,変化するということを主張する「立証責任」は私のほうにあると思うので,立証が十分にできていなかったと反省すべきなのでしょう。それに,これまでのシステムへの郷愁に浸りたいということは心情的にもよくわかります。私も個人的には日本型雇用システムがずっと続いてくれればそれが一番だと思っています。でも,現在の技術革新のスピードや国際的に置かれている日本企業の状況をみていると,それは不可能ですし,夢物語を前提に議論をすることは危険だと思っています。ただ,これは見解の相違なので,私の考えに同意できない人が多くいることは理解できます。もっとも,世の中の多くの人は,日本型雇用システムが続くなどと考えていないと思いますが。

 あと,もう一つ言っておかなければならないのは,私たちの『解雇規制を問い直す』というのは,従来の労働法関係の本としては,やや異なった性格があるということです。これは現状の解雇規制には問題があるという共通認識をベースに,経済学の立場からの理論(経済学にもいろいろな立場があり,本書の理論が唯一のものではないのですが)を具体的な立法構想に落とし込んだというものです。

 私個人の解雇規制に対する考え方は,すでに『解雇改革』(中央経済社)で表明しており,自分の学説としては,これが基本ですが(エッセンスは,ガイドライン構想と金銭解決),ただこのなかの金銭解決の内容をもっと理論的に詰めればどうなるかということを,『解雇規制を問い直す』では,経済学者に教わりながら一緒に実験的にやってみたのです。これは現状を漸進的に変更していくということではなく,理論モデルの提示なので,当然,これを採択するのであれば移行期の問題は出てきます。企業に重い負担を課すことになる提言なので,それに配慮した解雇保険は重要なのですが,その構想の現実性という問題も出てきます。そういうところを,学会では議論できればよいかなと思っていましたが,残念ながらそうはなりませんでした。

 こうしたワークショップでしたが,山口先生は,さすがに正鵠を射たコメントをしてくださいました。山口先生は,私たちの本について,原理論,現行制度との関係,現状認識という三つの観点から検討できるとし,原理論の面では,経済理論を使った法制度構築論は一応理解できるとおっしゃってくださいました(ただし,山口先生は,経済理論を純化させれば,「許されない解雇」でも使用者主導の完全補償ルールになるべきであるという,もっともなご指摘もされています)。現行制度との関係とは,私たちの構想を具体的な条文に落とし込んで運用してくる場合の問題はどうか,ということです。この構想を立法化していく際には,いろいろすりあわせていくべきところがあるのは,当然のことです。おそらく,私たちの構想に理解を示してくださる人も,そのあたりの懸念はおもちだと思います。その点は,私たちだけでは知恵が足りないので,みんなで一緒に考えていければと思っています。現状認識については,山口先生も,実際に訴訟外での金銭解決がどれだけされているのかよくわからないところがあるとおっしゃっておられて,この点からの評価は留保されていました。ただ,その後での議論で,山口先生も,前述した人たちと同じように,日本型雇用システムについて,まだ維持できるのではないかと考えておられるようでした。そして,この点で,山口先生は,結論としては,私たちの構想に賛成できないということのようです。最も重要な現状認識のところで考え方が違うので,そうなると,結論や評価が違ってくるのは仕方がないと思います。

 ということなのですが,実は,はなはだ個人的なことですが,私はワークショップが終わったあと,深い感動に包まれていました。涙が出るほどの感激だったのです。山口先生は,私にとって大恩師です。大学院に入って菅野和夫先生から,イタリア労働法を勉強したらどうかという勧奨を受け,山口先生と諏訪康雄先生に入門してから,3人の先生はずっと高い存在でした。なかでも山口先生は,一番年長でとりわけ高い存在でしたが,同じ関西出身ということもあって,いろいろ気に掛けてくださり,その受けた恩はとても語り尽くせるものではありません。師弟というには,あまりにも差がある関係なのですが,その山口先生が,おそらくほとんど来られたことがなかったであろう日本労働法学会に,わざわざ私の報告への,たった10分のコメントをするために来てくださり,そして本気で私の見解を論評してくださったのです。もったいなくて,ずっと先生のコメントを聞いていたかったくらいです。真の研究をずっと貫いてこられた大先生にまともに相手をしてもらえることの喜びは無上のものです。横に座っていた明治大学の小西康之教授も,横でそれを感じてくれていて,山口先生の愛を感じた,と言っていました。厳しい学問的な批判のなかにも,かいまみえる人間愛こそが,山口先生が多くの人に好かれる理由です。

 ワークショップが終わって帰るとき,山口先生が,私に手を差し出されました。先生と握手をするなんて初めてのことです。やっと,一人前の研究者として認めてもらえたような気がしました。

 

 

 

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