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2019年10月14日 (月)

「その日暮らし」の人類学

 


 


 小川さやかさんの『「その日暮らし」の人類学―もう一つの資本主義経済』(光文社新書)と『都市を生きぬくための狡知-タンザニアの零細商人マチンガの民族史』(世界思想社)を読みました。サントリー文化財団での仕事(学芸ライブ)でご一緒することになり,事務局の方から事前にお送りいただいていました。後者はサントリー学芸賞を受賞されている重厚な学術書です。そして,前者の新書は,その内容を中心としながら,さらに内容を追加して一般人向けに書かれたものです。


 これらの本から,タンザニアの商人たちの商売の仕方や生き方にディープに潜入した著者による,私たちが普遍的と考えているような資本主義とは違う,草の根のたくましい商人たちが支える資本主義があるのだという,強烈なメッセージが伝わってきます。著者は,別に彼らの生き方がよいと言っているわけではないのですが,この「もう一つの資本主義経済」のもつ私たちへのインパクトは非常に大きいものです。


 実は,私自身もサバティカル期間中,いまさらながらですが, 資本主義と労働というものをずっと考えていました。資本主義社会の到来により,雇われなければ生きていけない労働者が生み出されたところに今日の様々な問題の根源があるのです(それは労働法の原点でもあります)が,そうした資本主義社会に対して,共産主義に一気に傾斜するわけにもいかないなか,どのように向き合っていくかということは,私自身がこれから考えて行かなければならないことです。人間のとどまることを知らない欲望とどう向き合うか,物質的な欲望がもっと制御された,資本主義とは違う社会があるのではないか,という問題意識は重要だと感じています。


 もっとも,小川さんの紹介するタンザニア商人は,別に欲望を抑制しているわけではありません。資本主義の洗礼を強くうけないまま,ただたんに前向きに「その日暮らし」をしながら,グローバルな経済社会の底辺でたくましく生きているのです。だまされても,だました人の助けになっていたらいいし,ほんとうに困っているときに人を騙して窮地を脱することもあっていい。そういうことはお互い様である。でもやってはいけない最低減の道義のラインはある。そうしたラインが自然発生的に存在しているものの,国の規制として存在しているわけではなく,そこにある種の新自由主義的な経済社会があるともいえるのです。


 欲望がどんどん膨らみリスクの大きい資本主義のなかにいながらも,不安定さを嫌って,安心を求める日本人。いったん資本主義の洗礼を受けてしまった日本人がタンザニア人のようになることは無理だろうという気はしますが,なんとなく自分にまったくできそうにない生き方ではないのではないか,という気もしています。大学院生時代にイタリアに初めて留学したとき,それほど貧乏ではなかったものの,生存ギリギリのラインには,今よりもはるかに近いところにいたことは確かで,自分の将来がまだよくわからなかったあの頃の「その日暮らし」感は,ちょっと懐かしい気もします。


 いずれにせよタンザニアという,まったく想像もできないような国のことを,ここまで見事に私たちに描いてくださった小川さんに感謝すると同時に,体験と分析という肉体と知性の融合する研究のもつ迫力と面白さを存分に教えてもらいました。


 


 




 


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