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2019年8月 4日 (日)

吉本興業問題に思う

 かつて一緒にNHKのテレビ番組に出演したことのあるロンブーの田村亮さんの涙の謝罪会見。私が会ったときの田村さんの印象は,あまり芸能人としてのオーラはなく,普通の善良な市民。もちろん,数十分間,テレビスタジオの本番で一緒にいたときに受けた印象にすぎないのですが。
 関西人にとって,吉本興業とその所属芸人はなくてはならない存在です。吉本興業や松竹芸能の笑いの文化にどっぷりそまって私たち関西人は育ってきました。テレビに吉本の芸人が出過ぎという気はしていますが,吉本興業の力はそれだけすごいんだなと思っていました。また吉本興業の労働環境が悪いことは,芸人がネタにして喋っているので,これも周知の事実です。よくこんなことを芸人に言わせて平気だなと思うくらいでしたが,それで笑いをとれるなら良しとして,吉本興業は許容していたのではないかと思います。すべては笑いのため,です。ところが,いま芸人たちが労働環境の悪さを,笑いのネタとしてではなく,本気で口に出し始めました。もちろん,待遇改善のために立ち上がることは,まったく問題はありません。それを,SNSで発信したり,マスメディアを通して世間を味方につけてやろうとするのは,現代風の戦略なのかもしれません。ただ,お笑い芸人は,すべては笑いのためということに徹して芸を磨いて,それを私たちに見せてくれるから,その芸を尊敬できたのです。待遇改善のための世間の同情があったとしても,同時に,舞台裏の見たくないものを見せられてしまったと思った人も少なくないのではないでしょうか。
 以上は一お笑いファンとしての意見ですが,労働法屋としての視点からはどうでしょうか。芸人は労働者ではありませんが,その多くは交渉力のない自営業者なので,労働者に近い存在でしょう。彼ら・彼女らが待遇に不満があるのなら,そのための解決策は,次の二つです。Exit Voiceかです。前者は,要するに,吉本興業と縁を切って,別の事務所に移籍することです。YouTubeの時代なので,事務所に所属しなくても個人で動画配信で食べていけるかもしれません(ピコ太郎の例もあります)。もし辞めたあと,芸能活動を妨害するようなことを吉本興業がすれば,それはジャニーズの元SMAPのメンバーに対するのと同じような独占禁止法上の優越的地位の濫用の問題が出てきます。もちろん,ダーティーなイメージのついた芸人の芸を見たくないという人が増えれば,事実上,活動はできなくなりますが,それは自業自得です。もう一つのVoiceとは,辞めずに待遇改善を要求することです。同じような不満をもっている者が集まって交渉を要求することです。自営業者は労働者ではないので,労働組合は結成できず,会社に団体交渉を申し込んでも,会社には応諾する法的義務はありませんが,会社が任意に応じる可能性はあります(吉本興業は,役員の退陣を迫るお笑い芸人個人との協議に応じたようです[加藤の乱])。なお,労働者ではないと言いましたが,就労の実態いかんでは,裁判所は労働者と認める可能性は皆無ではありません。
 個人的には,Voice よりもExitのほうがよいように思います。いろんな事務所に所属する芸人が,私たちに良いお笑い芸を見せてくれるように競い合い,そのなかで本当に面白い芸人が交渉力をもって,お金持ちになって成功していく姿をみてみたいなという気がするからです(労働法より,競争法的な視点かもしれません)。どこかアウトローの危険な香りがするが凄い芸を見せてくれるような人が,常識の枠内で平凡な人生を送っている多くの人に夢を与えるのです。
 一方,吉本興業のほうはどうすべきでしょうか。契約書がないとか,パワハラ的な発言があるとかは,直ちに改善していくべきでしょう。前述の優越的地位の濫用がないように注意する必要もあります。公正取引委員会も目を光らせていることでしょう。家族的経営が悪いとは言いませんが,それに納得できていない芸人が多いのであれば,その意見は無視できないでしょう。
 それにプラスして,会社のイメージとしても,今回の騒動で傷ついた芸人へのケアは必要でしょう。何らかの処分(謹慎,始末書など)はせざるを得ないでしょうか,教育も同時にして,本人が吉本に所属し続けることを希望するならば,再生させなければなりません(芸能人は,とくに反社会的勢力から狙われやすいので,教育は大切です)。今後,宮迫氏や田村亮氏らの芸をみて笑うことは難しくなるでしょうが,でもそうした芸人であっても,何とかうまくやっていけるようにサポートすることが,吉本興業のイメージ回復のために必要でしょう。その取組を面白おかしくやって,芸の域にまで高めてくれれば,さすが吉本と言われることでしょう。
 最後に気になったことを二つ。田村亮さんには申し訳ないですが,謝罪会見で,会社が親なら子(田村さんのこと)が正しいことをするのを後押しすべきだろうという発言はすべきではなかったと思います。正しいことができない子だったから今の問題が起きているのです。謝罪会見をすることが正しくないかもしれないから,させないようにするというのが親心です。会社が言うことを聞かずに謝罪会見すればクビだと言ったのは,親が子に対して言うことが聞かなければ勘当だというのと同じで,ほんとうに勘当したいわけではないこともあるのです。親子関係になぞらえるなら,むしろああいう会見をすべきではなかったのです。一事業主として弁護士もつけて会社と対峙するまでの気概を示すのなら,会社に甘えるような発言(親として子を支えてほしかったという発言)をすべきではなかったのではないでしょうか。厳しいようですが,そんな気がしたので,あの会見には良い印象がもてませんでした。
 ところで,もし彼らが個人事業主ではなく,雇用労働者であったとすれば,どうだったでしょうか。吉本興業は直営業(闇営業)を黙認していたようなので,これは副業の許容ということになります。副業を許す会社は,現在の風潮ではホワイト企業です。ただ副業が,会社の社会的信用や体面を汚す場合には,会社は規制をしてよいというのが一般的な考えです。会社は,副業先がヤバいところじゃないかのチェックをしてもよいのです。ただチェックをするかどうかは会社の任意の選択であり,チェックをしないほうが従業員の職業選択の自由や私生活の自由を尊重することになりそうですが,一方で,そういうチェックをせずに,今回のようなことが起きてしまえば,会社は信用を損なうリスクを負います。リスク管理の面では従業員に自由に副業をさせることは危険ということでしょう。いったん起きてしまった以上,会社は,信用のリカバーのために全力を尽くすでしょうし,副業をした当該従業員は重い懲戒処分を免れえないでしょう。当該従業員が勝手な行動をして,さらに会社の信用を損なう危険性があるなら,会社としてはリスク管理の視点からそれを阻止することもまた当然でしょう。このようにみると,もし宮迫氏や田村氏らが,雇用関係にある従業員なら,クビになってもやむを得ない面があり,また会社が,従業員が勝手に謝罪会見をするのを阻止しようとするのは当然です。むしろ独自に謝罪会見をさせてしまい,その釈明のための社長会見まですることに追い込まれたのは,リスク管理としてかなり問題があったということになるでしょう。
 実際には彼らは個人事業主なので,これとは話が違う面もあるのですが,本質的にはそれほど問題は変わらないような気もします。ただ,宮迫氏や田村氏が吉本と縁を切り,これから独自に芸能活動をするのなら,彼らがイメージ回復のために謝罪会見をすることを,吉本も止められません。彼らがほんとうに縁を切るつもりなのかどうか知りませんが,もし縁を切るつもりだったのなら,実はマスコミは彼らのイメージ挽回戦略にうまく利用されたことになるでしょう。 
 最後に,もう一つ。反社会的勢力のパーティに呼ばれて芸を披露してお金をもらったことが悪いのか,という点です。これは場合を分けて考えておく必要があります。関西のホテルは,暴力団の会合に場所を提供するのは道義的に問題があるので拒否する行動をとっていますが,もし何らかの理由で実際に会合が開かれてしまった場合には,しっかり料金をとるべきでしょう。宮迫氏らについても,これと同じことで,実際に芸を披露してしまった以上,お金をもらわないほうが,かえって悪い気がします。被害者から吸い取ったお金からギャラをもらったから悪いというのは,感情論にすぎません。むしろボランティアでやっていたら,その反社会的勢力に寄付をするようなものなので,いっそう問題があるでしょう。あるいは,仲間だからノーギャラだったというになることかもしれません。仕事をして報酬をもらうのは当然で,それを非難するのは的外れですし,相当なギャラをもらうということは,反社会勢力と仲間ではないことの証明になりうるような気もします。ましてや反社会的勢力であることを知らなかったとすれば,なおさら報酬受領は問題ないでしょう。そう考えると,お金をもらっていなかったという虚偽発言についても,「嘘をついてはいけません」という普通の道徳レベルの話で,それ以上の非難はできないと思います。ただ,ほんとうに知らなかったかは疑問も残るところであり,知っていて行ったのであれば,道義的に問題が出てくるのは当然ですし,かりに知らなかったとしても,彼らが出演している番組のスポンサー企業が,彼らの商品価値が下がることを理由に文句を言うのは当然のことですが,それはビジネスの問題です。 

 

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