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2019年7月12日 (金)

参院選の争点に欠けているもの

 参議院は途中の解散がないので,今回選ばれる改選議員には,これからの任期6年を託すことになります。そうなると,6年間に起こりうる変化に対応できるような人を選ぶという視点が必要となってくるはずです。年金が争点となっていますが,現在の年金制度を前提としたとき,それをどう延命させるかは技術的な側面が強いので,政治の争点としても仕方ないでしょう。年金のあり方などを抜本から見直して,国民の老後の最低生活保障を再検討するというのなら政治的イシューとなるでしょうが,そういう議論はあまり出てきていませんね。
 今回の選挙では,生活の安定というのを各政党が競い合って言っているような気がします。どの政党も,国民の可処分所得を増やす政策を提示しています。こうした政策それ自体が悪いわけではなく,これにより消費を刺激し,デフレ脱却につながるシナリオを描くことができそうです。具体的な手法は,家計収入を増やす賃金引上げ,家計支出を減らす教育無償化や消費増税阻止(政府の消費増税はするがポイント還元や軽減税率をするといった方法もその一つです)が言われており,財源についても,消費増税分をまわすとしたり,景気改善による将来の税収に期待したりするものもあれば,国債の発行や大企業への法人税の引上げ・富裕層への累進課税の強化というような直接的な方法で財源をもってくる方法なども言われています。
 欧州では財政出動の足かせとなるEUの財政規律への不満が,反EUをかかげ,反緊縮財政(anti-austerity)を唱えるポピュリズム政党を生み出しました。イタリアでは,ここから反EU政権(Movimento 5 stelleLegaの連立政権)が誕生しました(いま連立は危機にあるようですが)。政府が国民の可処分所得を増やす政策は,受けがいいのです。
 国民の可処分所得にターゲットをしぼった政策は,振り返ると,アメリカでの労働法の誕生とも関係しています。ニューディール期のワグナー法(全国労働関係法:NLRA)が,労働組合の団結を認めたのは,団体交渉による賃金の引上げに期待したからです。同様の狙いによる公正労働基準法(FLSA)による最低賃金の設定などがなされたのも,この時期です。これはケインズ的政策の成功例とされました(ニューディールにケインズの影響が実際にどこまであったかは議論があるようですが)。
 アメリカのニューディールは,あの黄金の20年代の最後に大恐慌が起きて,どん底の不況となり失業者があふれている時期になされた緊急避難的な対策であったように思います(ちなみにアメリカの労働法は,あの時期のものから,大きくは変わっていません[差別禁止法は別ですが
]。むしろNLRAは,その後の法改正により,労働組合への規制が強化されました)。こうした強力な政策的な介入は一時的な効果はあっても,持続的な成長のためにはまた違った政策が必要となるでしょう。
 生活の安定というとき,最低限のレベルの保証は必要なものの,それを超えるレベルについては,中期的な視点からの政策が必要となると思います。そこで注目したいのは,生活に必要なインフラがデジタル技術を使ったものとなる以上,その部分の費用の引下げや無償化を打ち出す政策です。こうした政策のほうが,実はこれからの生活水準をよほどよくすると思います。
 先の国会でデジタル手続法(情報通信技術の活用による行政手続等に係る関係者の利便性の向上並びに行政運営の簡素化及び効率化を図るための行政手続等における情報通信の技術の利用に関する法律等の一部を改正する法律)が可決され,政府もいよいよデジタル化に向けて動き出そうとしているようですが,あまり本気度はみえてきません。
 そもそも選挙のやり方からしてそうです。過疎地域の問題がいわれていますが,オンライン投票を進めるべきです(リスクはありますが,それを乗り越える努力をしてもらいたいです)。それにより国民の政治への参加も広がります(それが悪いと考えているのなら別ですが)。思わぬ人が選ばれる可能性もありますが,(民主主義の支持者であれば)それが民意である以上受け入れるべきでしょう。また教育の無償化については,とくに高等教育のほうは,無償になっても,教える教育の内容が,デジタル経済社会に向けた適切なものになっていなければ,意味がありません。
 そもそもデジタル技術は,社会的弱者に優しい技術となりうるものです。国民全員にスマートフォンを無料配布したり,デジタル音痴の人をサポートする人材を配置したり,様々なデジタルサービスのプラットフォームの構築を政府がしたりするなど,安価で良好なデジタルサービスを享受できるような状況にすることのほうが,中期的にみた国民の生活の安定に役立つと思います。そうした公約を打ち出す政党が出てこないでしょうかね。
 その一方で,実は気になっているのは,「安定」という言葉の響きです。安定というのは現状維持というニュアンスがあります。国民が安心や安全(security)を求めるのは当然で,それを社会的に提供するのが社会保障(social security)ですが,それは「安定」とは少し違います。「安定」ばかりを求めると,転落への始まりとなります。変わる環境のなかでの「安定」とは,「変化」することです。国民に必要なのは,「変化」への適応能力なのです。それがあって初めて「安心・安全」が得られます。
 政党がデジタル経済社会への対応といった新しい問題に取り組もうとしないのは,将来に向けたsecurityよりも,現在の安定を重視する姿勢があるからでしょう。「そんなこと言ったって,当面は国民の可処分所得を増やして,デフレから脱却しなければ仕方がないじゃないか」という反論が来そうですが,何かそこに危険な匂いを感じるのは私だけでしょうか。

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