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2019年7月13日 (土)

反対意見

 712日の日本経済新聞夕刊のフリーランスに関する記事で私のコメントが1行だけ紹介されました。フリーランスに関する話は,緊急性を要するものではないので,何か記事に余裕があるときに掲載されるのだろうと思っていましたが,意外に1面で大きく扱われていましたね。
 ところで,今朝の日本経済新聞の朝刊で,小さな記事ですが,「政府は消費者庁の徳島県への全面移転を見送る方針だ。危機管理や国会対応に支障が出るおそれがあると判断した。」と出ていました。こんなことになるのではないかと危惧していましたが,それが当たってしまいました。危機管理をアナログ的にやろうとしているかぎり,また国会対応なるものを従来のようなやり方でやろうとしているかぎり,東京一極集中から脱することはできないでしょう。現状を変えようとするとき「変えない理由」はいくらでも見つけることができます。組織は上にいる人が変える気がなければどうしようもありません。消費者庁にどういう人が上にいるのかわかりませんが,とにかく結果は残念なことです(そういえば,少し前に厚生労働省が,議員への説明をオンラインでするということが報道されていました。これは大変良い試みだと思います)。
 季刊労働法の最新号(265号)に,「労働組合の資格審査は必要か-組合自治と行政サービスの効率性の観点からの再検討」という論文を発表しました。労働委員会の組織のあり方を根本的に見直すべきだというのは,労働委員会で仕事をしている者として強く感じていることです。私は3年前にも同誌252号で,「労働委員会制度に未来はあるか?」という論文で,制度改革の必要性を論じましたが,今回はより論点をしぼって書いたものです。労働委員会は,もっとスリムに効率的に,集団的労使紛争の解決という自己の専門性を生かしたサービスを提供することができるはずだという信念に基づいて書いています。
 今回の資格審査制度不要論は,労働委員会の何かの会合(同種のものがいろいろあるので,その名前は忘れてしまいました)で報告をしたものに,加筆訂正を加えて論文化したものです。
 現存する制度で少しでも無駄と思うものは,たとえ面倒であっても,その存在意義をしっかり検討すべきです。存在意義があると確認できても,同じ目的をより効率的に達成できる方法がないかを検討すべきです。それにより組織をスリム化できるときは,スリム化すべきです。スリム化することにより,マンパワーを,より重要な仕事に回すことができます。組織は,そういうスリム化を実行できた人を評価するようにすべきです。実際には,できるだけ組織をこれまでどおりに,次につないだ人が評価されることが多いようですが,これはほんとうに困ったことです。組織のために滅私奉公できる人が組織人としては立派なのでしょうが,そういう組織には,今後は良い人が集まらないでしょう。そして,やがて組織は衰退していくのです。
 大事なのは,労働委員会という組織ではなく,労働委員会が果たしている機能です。その機能の重要性は誰も否定しません。問題は,その機能を十分に発揮できるようにするためのシステムが,うまくできているかです。資格審査制度不要論は,労働委員会の本来の機能を発揮できるようにするためのシステムを構築し,労働委員会制度を延命させるための一つの理論的・実践的な提言です。
 とはいえ,労働委員会関係者からは喜ばれないでしょうし,残念ながら誰からも相手にされない論文であることは自分でも十分にわかっています。それでも書くことが自分の義務だと思ったのです。
 最近,アメリカの1905年のLochner(ロックナー)判決のことを少し調べました。ニューヨーク州でパン屋の労働者の労働時間を110時間,160時間に制限する州法に違反したとして罰金を科されたパン屋の経営者が,この州法は合衆国憲法の第14修正(修正14条)に違反していると主張したものでした(これは,第14修正の「デュープロセス」条項が,「実体的デュープロセス」にも及ぶのかという論点とかかわりますが,詳細な説明はアメリカ憲法の専門家にゆずります)。そして,この判決は,契約の自由を重視して,州法は違憲であるとしたのです。経営者の契約の自由を適正に制限したものではないというのが主たる理由です。この法廷意見に対して,Halms(ホームズ)判事は反対意見(dissent)を述べています。その最初のフレーズが次のものです。

I regret sincerely that I am unable to agree with the judgment in this case, and that I think it my duty to express my dissent.

「心から残念なことだが,私はこの判決に同意することはできないのであり,反対意見を述べることは私の義務だと思うのである。」

 アメリカの労働立法を冬の時代に追いやることになるLochner 判決に敢然と異議を述べたHalms判事の言葉に妙に惹かれるものがありました。同判事の考え方は,私と同じではありませんが,それよりも当時のアメリカの連邦最高裁判所の流れ(といっても,この判決は54の僅差だったのですが)に飲みこまれず,「反対意見を述べることは私の義務だ」というフレーズに勇気づけられたのです。 

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